本当の愛を知るまでは

葉月 まい

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今夜も素敵な夜に Side.光星

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オフィスに入ると、光星は照明をつけないまま、代わりに窓のブラインドを上げた。
花純は窓際から夜景を見下ろす。

「今夜も綺麗な星空ですね」
「そうだな。君といる時はいつも晴れる」
「私、晴れ女なんです」
「そうなのか。俺、かなりの雨男だけど、君の晴れパワーには負けるらしい」
「ふふっ、そうなんですね」

隣に並ぶ光星を見上げて、花純は微笑む。
光星も優しく花純を見つめ返した。

「良かった、君のおかげで今夜も素敵な夜になる」

え?と、花純が首をかしげた時だった。
ドンという音と共に、夜空に大輪の花がパッと咲く。

「な、なに? え、花火!」

次々とたたみかけるように打ち上がる花火に、花純は目を輝かせた。

「わあ、綺麗。ね? 光星さん」
「ん? ああ、そうだね」

ふいに名前を呼ばれて光星はドキッとする。
が、花純は無意識だったらしく、何事もなかったように花火に見とれている。

「こんな位置で花火を見られるなんて、初めて。私、花火よりも上にいる! 空に浮いてるみたい」

子どものようにはしゃぐ花純に、光星は目を細めた。

浴衣姿の花純は美しく、ほっそりとした首筋と白いうなじが色っぽい。
興奮気味だった花純は徐々に落ち着いてきて、うっとりと花火に酔いしれている。
儚げな笑みを浮かべたその横顔に、光星の胸はキュッと締めつけられた。

思わず手を伸ばし、花純の頬に触れる。
そっと上を向かせると、柔らかな唇に優しくキスをした。
花純の身体がピクッとこわばる。
光星は一度唇を離すと、今度はついばむように口づけた。
チュッと音を立てると、花純の身体から力が抜けていく。
光星は左手で花純の身体を強く抱き寄せ、右手で花純の頬を包みながら、角度を変えて何度もキスを繰り返した。
甘く、優しく、ちょっと強引に、奪うように……
やがて花純の唇から吐息がもれ、その艶かしさに光星の身体は一気に熱くなった。

「花純……」

胸にかき抱いて深く口づけると、んっ……と花純は息を止める。
膝からくずおれそうになる花純を、光星は両手で胸に抱き留めた。

「光星……さん……」
「ごめん、抑えが効かなかった」

はあ……と息をつく花純を、今度は優しく抱きしめて頭をなでる。

「花火……もうちょっと見たい」

花純が甘い声でささやいた。

「そうか。じゃあ、ソファに座って見よう」

二人で並んで座り、光星は花純の頭を自分の肩にもたれさせる。

「今夜はこの為に私に浴衣を?」
「そう。と言うより、俺が君の浴衣姿を見たくてね。強引だったよな、ごめん」
「ううん、ありがとうございます」

可愛らしい笑みを浮かべる花純に、光星はたまらずまた1つキスをした。



花火が終わると、臼井がやって来てディナーの準備をする。
花純の浴衣姿を臼井に見られるのは本意ではないが、致し方なかった。

「わあ、今夜は和食なんですね」
「はい、花火と浴衣に合うように。森川さんの浴衣姿、とってもお美しいですね」
「そんな、ありがとうございます」

花純に微笑みかける臼井に、光星は咳払いする。
臼井はちらりと光星を横目で見ると、フフンと言わんばかりに顎を上げた。

(臼井のやつー!)

睨みを利かせるが、臼井は涼しい顔で花純に料理の説明をする。

「五目ご飯と天ぷら、それからこちらは土瓶蒸しです。まずはお猪口で出汁を味わってみてください」

花純は、臼井がお猪口に注いだ出汁を口にする。

「風味があって、とても美味しいです」
「良かった。では、具材もどうぞ召し上がってください」
「はい」

土瓶の中をわくわくと覗き込んだ花純は、途端にしゅるしゅると笑顔をしぼませた。

「花純? どうかした?」

光星が声をかけると、花純は眉をハの字に下げて困ったように言う。

「シイタケが、入ってるの……」

上目遣いで見つめられ、光星は頬を緩ませる。

(……可愛い)

ニヤけそうになる表情を引きしめ、平静を装った。

「ひと口でいいから、食べてごらん?」
「はい……」

花純は素直に頷くと箸を持ち、シイタケをひと欠片口に運んだ。
もぐもぐと食べてから、パッと顔を輝かせる。

「美味しいです!」
「ほらね。美味しいシイタケ、あったでしょ?」
「はい。お出汁の味がしみてて、歯ごたえも良くて。私、臼井さんがお料理してくれたシイタケなら食べられます」

すると臼井は、勝ち誇ったように光星に視線を送ってから花純の前に小皿を置いた。

「森川さん、デザートは和菓子にしてみました」
「えっ、なんて芸術的なの。これは花火の練り切りですか?」
「ええ、そうです。花びらのように赤やオレンジ、黄色に水色とグラデーションで色を変え、鮮やかな大輪の花火をイメージしました。中央に金箔をあしらっています」
「素敵……。私、とてもじゃないけど食べられません」

ははは!と臼井は楽しそうに笑う。

「森川さん、美しい花火も儚く消えるでしょう? 儚いから美しい。ですからどうぞ、この花火も召し上がってください」
「素敵な言葉。臼井さんも雅な方ですね。儚いから美しい……。分かりました、いただきます。でもその前に写真を撮って、アイコンをこれに変えてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」

花純はスマートフォンで写真を撮ると、設定し直したアイコンを臼井に見せる。

「どうですか?」
「うん、よく撮れてる」
「ふふっ、ありがとうございます」

光星は複雑な気持ちで二人の様子を見ていた。

(臼井と話している時の彼女は、自然な笑顔で楽しそうだ。俺といる時は? 楽しいと思ってくれているのだろうか)

本当は毎日デートしたい。
だが、自分の中で恋愛は大して大きな割合を占めていないと言っていた花純に、鬱陶しいと思われたくなかった。
毎日、おはようやおやすみのメッセージのやり取りだけで我慢していた。

焦らず少しずつ距離を縮めていきたい。
だが一方で、早く自分に落ちてほしいと焦っていた。
臼井はともかく、滝沢の存在が頭の中で警告音を鳴らしている。

(油断ならない。いつ彼女に告白してもおかしくない。俺とはまったく違うタイプで、若くてかっこいい)

花純は今、どう思っているのだろう。
滝沢、臼井、そして自分のことを。

(3人の中で、俺が一番好かれていると言えるのか?)

先ほど、気持ちを抑え切れずにキスをした。
受け入れてくれた花純は、その時は好意を持ってくれていたかもしれない。
だがひと度こうして臼井と話せば、途端に嬉しそうにする。
滝沢とだってそうだ。

(まだまだだ。俺は花純と本当の恋愛は出来ていない)

滝沢に、花純は俺のものだと言ってしまいたいが、花純は嫌がるだろう。
それにまだそこまで胸を張って言える自信はない。
けれど諦めるつもりも毛頭なかった。

(花純を決して離さない)

臼井と笑顔で話している花純に、光星は想いを強くしていた。



「それじゃあ、また」

車で花純をマンションまで送り届けると、光星は花純に着替えの紙袋を渡した。

「ありがとうございます。あの、こんなに素敵な浴衣までいただいてしまって……」
「俺が勝手に贈ったんだから、気にしないで。こちらこそ、急につき合わせてしまってごめん」
「いいえ、嬉しかったです。浴衣を着て特等席で花火が見られて。臼井さんのお料理も相変わらず美味しくて、そう!シイタケも。ふふっ」

花純の可憐な笑顔に見とれつつ、光星はほんの少し複雑な気持ちになる。

「じゃあ、また連絡する」
「はい」

肩に手を置いてそっと頬に口づけると、花純はほんのり赤くなった。

「おやすみ」
「おやすみなさい」

はにかんだ笑みでそう言うと、花純は浴衣の足元を気にしながらうつむき加減で歩き出す。
綺麗なその後ろ姿を、光星は優しく見守った。



「お帰り。これからまた仕事か?」

花純のマンションからオフィスに戻ると、片づけをしていた臼井が顔を上げる。

「ああ。お前はもう上がってくれ。遅くまで悪かったな」
「いや。森川さんはいつも喜んで食べてくれるから、作りがいがあるよ。それより大変だな、光星。彼女との時間を捻出する為に残業か」
「これくらい、どうってことない」
「へえ、なんか珍しいな」

光星はパソコンを立ち上げながら尋ねた。

「珍しいって、何が?」
「お前の方からデートの時間を作るのが。いつも受け身で、相手から言われるまで動かなかったじゃないか。それだけ森川さんは特別ってことなんだろうな。良かったな、つき合うことになって」
「ああ……」
「ん? どうした。なんかあんまり嬉しそうじゃないな」
「そうじゃないけど……」

言葉を濁すと、臼井は手を止めて聞き返してきた。

「けど、なんだ?」
「……戸惑ってる。俺といて本当に楽しいと思ってくれてるのかって。何をしたら喜んでくれるだろう。そう考えると、自信がない」

へえ!と、臼井は意外そうな声を上げる。

「お前がそんなこと言い出すなんて、初めてじゃないか? ピュアだなー、初恋か?」
「バカ! もう34だぞ? 俺」
「いいじゃないか、歳なんて関係ない。ようやくほんとに好きな相手を見つけられたんだな、光星」

大事にしろよ、お前の織姫を、と言い残して、臼井は帰って行った。
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