本当の愛を知るまでは

葉月 まい

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同伴女性

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気恥ずかしさに時折そわそわしながら、その日の業務を滞りなく終えて、花純は52階へ上がる。
光星のオフィスのドアをノックすると「どうぞ」と返事があった。

「失礼します」
「お疲れ様、花純。ソファで待っててくれる? すぐ終わるから」

いつもと変わらない口調の光星だったが、デスクを挟んで30代くらいの綺麗な女性が立っている。
初めてのことに、花純は戸惑った。

(社員さんかな? そう言えば、これまで光星さんの会社の方にお会いしたことないな。51階に行ったことないから、臼井さんくらいしか知らない)

ソファの端に座って、さり気なく耳を傾ける。

「こちらのサイトのリニューアルは全て完了しております。動作確認が済み次第、リリースいたします」
「分かった、よろしく頼む」
「それから社長。来週の企業懇親パーティーは、いつも通り私が同行するつもりでおりますので」

すると光星は、手にしていた資料を置いて顔を上げた。

「それなんだけど。今後パーティーの同伴は必要ない。私一人で行く」
「えっ? 社長お一人で、ですか?」
「そうだ」
「ですが、外資系企業主催のパーティーですので女性同伴の方がよろしいかと。なぜ急にそのようなことを?」
「いつも君について来てもらって申し訳なかった。それが当たり前になっていたのが悪いんだ。これからは大丈夫だから」

そう言うと光星は、まだ何か言おうとする女性を遮るように立ち上がり、ジャケットに腕を通す。

「私はこれで失礼するよ。何かあったら携帯に連絡してくれ」
「……かしこまりました。それでは失礼いたします」
「ああ、お疲れ様」

女性はお辞儀をすると、ハイヒールを美しくさばきながらドアへと向かう。
花純は立ち上がって会釈しながら見送った。



「花純、今夜はどこかで食べて帰る?」
「んー、外食は光星さんの身体にまだ良くないから、作ります」
「そう? じゃあ、スーパー寄って帰ろうか」
「はい。アイスクリームも買っていいですか?」
「ははは! もちろんいいよ、花純ちゃん」

帰りの車の中で明るく会話しつつも、花純は先ほどの女性のことが気になっていた。
それに仕事の話をしている時の光星はキリッと凛々しく、なんだか知らない人のように感じた。

(光星さん、いつもあんなふうに女性社員と話してるんだ。パーティーの同伴も、いつもあの人が?)

恋人同士になって距離が縮まっていたから忘れがちだったが、光星は有名企業の社長なのだということを改めて思い知る。

(私、ひょっとして随分不釣り合いなんじゃ……。さっきの人みたいに、綺麗でそつなく仕事をこなすような大人の女性じゃないと、光星さんの隣に並ぶ資格もない)

そう考えた途端、花純の心に影が差す。

「花純? どうかした?」
「えっと、夕食何を作ろうかなと思って」
「無理しなくていいよ。やっぱり食べて帰る?」
「ううん、ちゃんと作るから。茶わん蒸しと筑前煮にしようかな」
「おおー、楽しみだな」

スーパーに着くと、二人であれこれと食材を選ぶ。
アイスクリームも買ってから、マンションに帰った。



「花純、何か気になってる?」

夕食を食べながら、光星が切り出す。

「え、何かって?」

花純が聞き返すと、光星は手を止めて真っ直ぐに花純を見つめた。

「花純、俺たちは何でも素直に気持ちを伝え合うって決めただろ? 花純が今思ってることを伝えてほしい」
「あの、特に相談とか悩んでることはないです」
「それでもいいから、考えてることを話して」
「えっと、考えてたのは……」
「うん、なに?」

花純はとりとめのないまま話し出した。

「さっき、オフィスで光星さんが女性の社員さんと話してたでしょう? それを見て、ちょっと自信がなくなったの。光星さんの隣にふさわしいのはこういう大人の女性なんだろうなって。光星さんは社長だもの、私とは身分が違いすぎる。それに、今までパーティーにあの人と一緒に行ってたんだって想像したら、なんだかちょっと、ヤキモチ焼いちゃって……。つまらないこと考えてごめんなさい」

シンと沈黙が広がり、花純は耐え切れずに顔を上げる。

「あの、光星さん? もしかして、気を悪くした? ほんとにごめんなさい」
「違う、嬉しくて」

え?と花純は首をかしげた。
光星は見たこともないほど、嬉しそうに頬を緩めてうつむいている。

「花純がヤキモチ焼いてくれるなんて。俺のこと、そんなふうに見てくれたのが嬉しくて仕方ない」
「え、あの。どうして?」
「だって花純に比べて、俺の方が何倍も花純を好きな自覚があったから。ひと回りも年下の滝沢くんや、なんなら臼井にすら嫉妬するくらいに、花純が好きで好きでたまらなかった。俺だけがこんなに恋焦がれてると思ってた。けど、花純も俺にそんな気持ちを持ってくれたなんて。たとえほんの少しのヤキモチでも、すごく嬉しい」

そうだったのかと、花純は驚く。
まさかヤキモチを焼いて喜ばれるとは思ってもみなかった。

「花純」
「はい」
「もし良ければ、なんだけど」

光星はためらいがちにうつむく。

「なあに?」
「……来週のパーティー、花純と一緒に行きたい」

えっ!と、花純は手から箸を落としそうになった。

「ま、まさかそんな。大切なお仕事のパーティーに、社員でもない私が行くなんて」

必死にかぶりを振ると、光星は真剣な眼差しで再び口を開く。

「社員じゃなくても問題ない。皆、パートナーの女性と一緒に来るんだ。奥さんだったり恋人だったりするけど、外国の人はいちいち肩書なんて気にしない。大切なパートナーには変わりないから」
「あの、でも、そしたら私は?」
「もちろん、俺の大切なパートナーだ」

きっぱりとそう言う光星に、花純はドギマギした。

「花純、そんなに堅苦しく考えないで。外資系企業の主催だから、みんなで楽しく歓談する気軽な立食パーティーなんだ。花純と一緒に行けたら俺も嬉しい。退屈なら、すぐに抜けるから」

それなら敷居もそんなに高くないかもしれない。

「でも、本当に私で大丈夫なの?」
「もちろん」
「それなら、はい。分かりました」
「ほんとに!? ありがとう、花純。美味しいものたくさん食べられるから」
「え、それが目当てなの?」
「半分ね」

ふふっと花純は笑みをもらす。

「じゃあ花純、来週の金曜日の夜、空けておいて」
「はい。あっ、でも、どんな格好で行けばいい?」
「パーティー衣装のブティックで支度してから行くから、心配しないで」
「そうなんですね。ちょっと楽しみになってきました」
「そう? 良かった。俺なんて、めちゃくちゃ楽しみで仕方ない」

嬉しそうな光星に、先ほどまでの暗い気持ちも忘れて花純も微笑んだ。



翌週の金曜日。
花純は仕事を終えると52階へ上がり、光星と一緒にオフィスビルを出る。
まずは車でブティックに向かった。

「上条様、お待ちしておりました」

ブラックのスーツ姿のスタッフが5人ほど並んで、光星にうやうやしく頭を下げる。

「パーティーの支度をお願いします。先に彼女を」
「かしこまりました」

光星に見送られて、花純はスタッフと一緒に2階に上がった。

「お嬢様、ドレスのご希望はございますか?」
「私の希望はないのですが、上条社長の株を下げないようにしたくて……」
「あら、ご謙遜を。きっと上条様が惚れ直されますよ。こちらのワインレッドのタイトドレスはいかがですか?」

ノースリーブでサイドに深いスリットも入ったドレスを掲げられ、花純はブンブン首を振る。

「無理です、ダメです。あの、黒とか紺で、足が隠れるものをお願いします」

スタッフは少し残念そうにしたあと、別のドレスを持って来た。

「こちらはいかがでしょう。胸元と七部袖はブラックの総レースでオフショルダー、ウエストの切り替えでスカートは張りのあるシルクタフタでございます。色もグラデーションで、裾にいくほど徐々にシャンパンゴールドが濃くなっています。丈は膝が隠れる長さでございますよ」
「わあ、素敵ですね」

花純は上質のドレスにうっとりする。

「どうぞ、ご試着なさってみてください。きっとお似合いになりますよ」

促されて、ドキドキしながらそっと腕を通してみた。
サイズもぴったりで着心地が良く、鏡の中の自分が知らない人のように思える。

「まあ! なんてお美しい。早速ヘアメイクも整えましょう。こちらへどうぞ」

あれよあれよと手を引かれてドレッサーの前に座ると、手際良く髪を巻いてアップでまとめられた。
メイクも念入りに大人っぽく仕上げられ、アクセサリーやバッグ、靴も揃えてもらう。
花純はもはや、着せ替え人形の気分だった。

「はあ、もううっとりします。上条様にも早く見ていただきましょう」

高いヒールの靴に足元を気にしながら階段を下りていると、「花純……」と光星が呟く声がした。
顔を上げると、艶のあるスリーピースのスーツをスタイル良く着こなし、髪もサイドをすっきりと整えた光星の姿に、花純は思わず足を止める。

(光星さん、すごくかっこいい)

ぽーっと見とれていると、同じように光星も目を見張ったまま立ち尽くしている。
まるで二人同時に恋に落ちた瞬間のようだった。

「……花純、すごく綺麗だ」
「光星さんも。とっても素敵です」

ようやく言葉を交わすと、光星は階段を上がって花純に手を差し伸べる。

「ありがとう」

そっと手を重ねて微笑み合い、花純は夢見心地で階段を下りた。

「どうぞ素敵な夜を」

スタッフに見送られ、二人で車に乗り込む。
と、光星はハンドルに両腕を載せて斜めに花純を見つめた。

「花純、帰ろうか」

は?と花純は目を丸くする。

「どうしてですか? パーティーは?」
「行きたくない。こんなに綺麗な花純を、俺以外の男には見せたくない。ひとり占めしたいんだ」
「そんな……、ダメです。光星さん、社長なんですよ? ちゃんとパーティーに行ってください」

すると光星は、渋々頷いてエンジンをかけた。
かと思うと、また花純をじっと見つめる。

「光星さん? ダメですよ、帰っちゃ……」

言い聞かせるように振り向いた途端、光星はいきなり左手で花純を抱き寄せ、熱く口づけた。
驚いて目を見開いていると、光星はチュッとかすかな音を立てて唇を離す。

「忘れないで。花純は俺のものだ」

そう言って親指で花純の唇に触れる。

「この唇も、綺麗な身体も、触れていいのは俺だけだ。いい?」

顔を寄せてささやかれ、花純は頬を赤く染めて頷く。
光星はふっと笑みを浮かべると、耳元にチュッとキスをした。

「愛してる」

甘い言葉が鼓膜に響き、花純は目を潤ませる。
そんな花純にクスッと笑ってから、ようやく光星は車を発進させた。
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