本当の愛を知るまでは

葉月 まい

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試練の時

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「かいつまんでお話ししますと、光星がゴールデンシステムズの株を売買した時、公表前の株価に影響を与えるような重要事項を知っていた、いう疑念を持たれています」

光星が弁護士との話し合いに別室にこもると、臼井は花純に詳しく話を始めた。

「ゴールデンシステムズって、アンドリューの会社の?」
「ええ、そうです。確かに光星は1ヶ月前にゴールデンシステムズの株を買い付けました。ですが、そのような重要事項を知っているはずはありません」
「それなら、なぜ疑念を持たれたのですか?」
「内部告発です」

えっ!と花純は驚きの声を上げる。

「まさか、クロスリンクワールドの社員が……?」
「はい。金融庁の証券取引等監視委員会の情報提供窓口に、クロスリンクワールドの社員だと言う人物から匿名で通報があったそうです。更には同じ内容を週刊誌にも提供したようです」
「そんな……。なんてこと」

疑念を持たれただけでもショックだろうが、それが内部告発だったと知った時の光星の心情はいかばかりかと花純は胸が傷んだ。

「マスコミにも取り上げられ、スポンサーも注目していることから、光星は任意の取り調べを受けることになりそうです」
「でも、取り調べられても何も困ることはないのですよね? それならかえって、無実が証明されていいのではないですか?」
「それが、そうとも限らないのです」

臼井は眉間に深いシワを寄せてうつむく。

「内部告発した人物は、巧妙に細工をしていました。光星がゴールデンシステムズの株を買い付けた前日に、アンドリューからのメールを受信し、それを消去していた痕跡を残したのです。もちろん、光星には身に覚えがありません」
「ええ!? そんなことが出来るのですか?」
「不正行為ではありますが、ごく限られた人物なら可能かもしれません。それも、かなり光星に近い立場の社員なら」

花純はゴクリと喉を鳴らす。
気を許すと身体がカタカタと震えそうだった。

「臼井さん。もし、もしも……、取り調べで光星さんに不利な証拠が出て来たら、光星さんはどうなるのですか?」
「そうですね……。証券取引等監視委員会が検察庁に告発して刑事事件となり、刑事裁判で有罪として判決が下される可能性もあります」

花純は思わず息を呑む。
予想していたよりも恐ろしい事態に、もはや呆然とするばかりだった。

「もちろんこちらも、黙ってされるがままになるわけではありません。光星はこれから告発者の細工の解明に乗り出します。ですが、一人ではかなり苦戦を強いられるでしょう。我が社のシステムエンジニアにも頼ることは出来ません。なぜなら、誰が告発者か分からないからです」

聞けば聞くほど、花純の心は乱れた。
光星は精神的なショックを受けつつ、これから誰にも頼ることなく一人で戦わなければならないのだ。
臼井も辛そうにうつむく。

「こればかりは私も手伝えそうになく……。せめて光星の身の回りのことや、食事だけはサポートするつもりです」
「臼井さん、私もやります。やらせてください」
「はい。森川さんには、光星のそばにいてくれるだけでありがたい。あなたにも辛い思いをさせてしまうと思いますが、どうか光星を支えてやってください」
「もちろんです。どんなことがあっても、光星さんのそばにいます」

花純は込み上げる涙をグッと堪えた。



とにかく一度自分のオフィスに帰らなければと、花純は39階に下りた。

「花純! どうだった?」

もう皆の知るところとなっていたようで、駆け寄って来た原の後ろで、他のメンバーも固唾を飲んでいるのが分かる。

「原くん、心配かけてごめんなさい。詳しくは話せないけど、週刊誌の記事はデタラメです。これからそれを証明していくことになると思う」
「そうか! もちろん上条社長の無実を信じてる。早くそれを証明出来るといいな」
「うん、ありがとう。それで原くん、恐縮なんだけど……」

そこまで言った時、部長が奥のデスクから声をかけてきた。

「森川さーん、そろそろ溜まってる有給休暇を使いなさいよ。ちゃんと部下に使わせるのが私の役目だからね」
「部長……」

すると他のメンバーも大きく頷く。

「こっちのことは心配しないで」
「花純には花純にしか出来ないことがあるでしょ?」

先輩たちの優しさに、花純は胸が詰まった。

「そうだぞ、花純。俺と千鶴でなんとかするから、花純もしっかり上条さんを支えてやれ。いいな?」
「うん。ありがとう、原くん。皆さんも、ありがとうございます」
「何かあったら相談に乗るから、いつでも顔出せ。がんばれよ、花純」
「はい、行ってきます」

花純は皆に勇気づけられ、カバンを手に再び52階へ上がった。



怒涛の日々が始まった。
光星はスポンサーや顧客への対応、弁護士との打ち合わせに追われつつ、任意の取り調べを受ける。
その合間にも、告発者の細工を解明しようとひたすらパソコンに向き合っていた。

事態が収束するまで社員は全員自宅待機させ、マスコミやサイトの運営に関する対応は臼井が一人でこなしていく。
花純は食料品の買い出しから料理、洗濯、掃除など、自分に出来ることを精一杯やりながら二人をサポートしていた。

オフィスビルのエントランスには相変わらずマスコミが待機し、花純が食料品を買い込む姿に勘づかれて、質問攻めにされる。
気軽に出歩けなくなると、代わりに滝沢がカフェの食事を光星のオフィスまで届けてくれるようになった。

「ありがとう、滝沢くん。温かい飲み物も、すごくホッとする」
「ホットだけにね」

そう言って滝沢は、いつものようにニッと笑う。

「森川さん、元気出してよ。俺、いつでも分けてやるからさ。元気マシマシ、スマイルゼロ円で」

あはは!と花純は思わず声を上げて笑った。

「うん、滝沢くんに会うと元気出る。ありがとね!」
「あいよー。上条さんにもよろしくねー」

滝沢は片手を挙げて明るく去って行った。



時間がある時には、39階の自分のオフィスにも顔を出した。

「花純! ちょうど良かった。はい、差し入れ」

そう言って千鶴は、お菓子やフルーツ、アロマグッズなどを詰めた紙袋を渡してくれる。

「ありがとう! 千鶴ちゃん。仕事もお任せしてごめんね」
「いいってことよ。全部片づいたらビールおごってね」
「うん、もちろん」
「美味しく飲める日を楽しみにしてる。それまでがんばるのよ、花純」
「うん! ありがとう、千鶴ちゃん」

少しでも仕事をしようと思っていたのが、結局は何も出来ずに励まされてしまう。
皆の優しさに感謝しながら、元気をもらってまた光星のもとへと戻った。

だが、日に日に光星は疲れて表情も暗くなり、食事と睡眠もろくに取れずにやつれていく。
なんとかしたいのに、これ以上何も出来ない自分が歯がゆく、花純も懸命に辛さを堪えていた。
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