本当の愛を知るまでは

葉月 まい

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いつか二人で虹と星を

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10日経っても解決せず、膠着状態が続いていた。
夜も更け、臼井が退社して二人になると、花純は光星をソファに促す。

「光星さん、温かいカフェオレです。少し休憩しませんか?」
「ありがとう、花純」

かろうじて笑みを浮かべ、光星は重い空気を抱えたままソファに座る。

「花純、ごめん。俺といると気が滅入るだけだろ?」
「ううん。そばにいたいから、いさせてもらうだけで嬉しいの」
「本当に? 無理してない?」
「無理なんてしてない。だけど、光星さんの力になれないのが悔しくて……。私がもっとパソコンに詳しければ良かったのに」
「そんなことない。花純がそばにいてくれるだけで、どんなに助かってるか。落ち着いたら必ず花純に恩返しする」
「ふふ、じゃあクリスマスの旅行、楽しみにしてますね。一緒にたくさん遊んでください」

ああ、と笑顔で頷いた光星は、ふと視線を落として呟いた。

「花純は、どうして俺を信じてくれるんだ?」

え?と花純は首をひねる。

「俺は、ずっと一緒に仕事をしてきた仲間に裏切られたんだ。何年も、1日の大半を一緒に過ごしてきた仲間に……。俺は社員の誰一人も疑っていなかった。本音を言うと、今でも信じている。誰が告発者なのか見当もつかない。それくらい人間不信に陥っている。だけど花純は、どうしてそんなに俺を信じてくれるんだ?」

心の内に抱えた辛さを吐き出すようにそう言う光星に、花純はゆっくりと口を開いた。

「それはあなたが私に真っ直ぐに接してくれたからです。確かに私はあなたと知り合ってまだ1年も経っていません。何年もかけて信頼関係を築いたわけではないけれど、あなたが私にくれた優しさや温かさは、私の心をいっぱいに満たしてくれました。週刊誌や他人の言葉なんか、信じようとも思いません。あなたの真っ直ぐな瞳が、私の心に直接語りかけてくれる言葉だけを信じます」
「花純……」

光星は目を潤ませると、花純をギュッと抱きしめる。

「ありがとう……。花純がいてくれて、良かった。花純がそばにいてくれる限り、俺は勇気をもらえる。花純の存在が俺を奮い立たせてくれる。俺は諦めない。必ずこの手で花純を幸せにする為にも」
「光星さん……」

泣いてはいけない。
私は笑顔でいなければ。

花純はグッと唇を引き結ぶと、光星に微笑みかけた。

「光星さん、止まない雨はない。必ずまた空は晴れます」
「そうだな。そして綺麗な虹がかかる。二人でその虹を見よう」
「はい。そのあとに光り輝く星も、光星さん」
「ああ」

二人で涙を堪えて抱きしめ合った。



その3日後のことだった。

「これだ! 臼井、分かったぞ」

オフィスのデスクで突然声を上げた光星に、臼井と花純はハッとする。

「イントラネットがクラッキングされた痕跡がある」
「なに!? つまり、社内ネットに不正にアクセスされたってことか?」

臼井は光星のデスクに駆け寄った。

「ああ、そうだ。待ってろ、今犯人を特定出来る」

カタカタとキーボードに指を走らせる光星を、臼井も花純も固唾を飲んで見守る。
タン、とエンターキーを押した光星は、次の瞬間目を見開いた。

「まさか、彼女が……」

かすれた声で呟き、しばらく光星は微動だにしなかった。



その日のうちにオフィスに呼ばれてやって来たのは、いつぞやパーティーの同伴の話をしていた30代の女性社員だった。
出迎えた花純は驚きつつ、コーヒーを淹れると隣の仮眠室に引き揚げる。

(どうなったんだろう? どうか無事に解決しますように。これ以上、光星さんが傷つきませんように)

祈るように待っていると、1時間ほど経ったところで光星が部屋にやって来た。

「花純、もう大丈夫だ」
「え、あの人は?」
「帰ったよ。弁護士にも報告した」
「そう……」

光星は花純の手を取ると、ベッドに腰掛ける。
並んで座った花純を抱き寄せ、ホッとしたようにため息をついた。

「あの、光星さん? 無事に解決したの?」
「ああ」

やっぱり彼女が犯人だったのか。
きっと光星に近い立場の人で、信頼していただろうのに、と花純は胸が痛くなる。
なんて声をかけようかとためらっていると、光星が花純の肩に頭を置いて呟いた。

「良かった……。俺は誰にも裏切られてなかった」
「えっ? それって、どういう……」
「彼女の知らないところで、赤の他人によってクラッキングされていたんだ」

光星は静かに事情を説明した。
パーティーの同伴を断った日、帰宅した彼女の部屋を、つき合い始めたばかりの恋人が訪れたこと。
やり残した仕事をしていた彼女は、テーブルにパソコンを広げたまま恋人を招き入れ、コーヒーを淹れにキッチンに立った。
どうやらそのすきに、その恋人は社内ネットを通じて、光星にしか権限のない社長のメールに不正にアクセスしたらしい。

「その時彼女が、俺が行くパーティーにゴールデンシステムズのアンドリューも行くことをその恋人に話したらしい。部外者に漏らしてしまったと彼女は泣いて謝ってたけど、そもそもそれ自体は機密事項には当たらない。それっきりその恋人とは連絡が取れなくなったらしいから、彼女は利用されてしまっただけなんだろうな。一番の原因は、イントラネットのセキュリティーが甘かったことだ。分からないように巧妙に遠隔操作アプリをインストールされていた。弁護士に報告して、これから声明文の発表に向けて話し合う」
「そうでしたか……」
「まだやることはたくさんあるけれど、これでひとまず解決した。はあ、良かった」

甘えるように身体を預けてくる光星を、花純は優しく抱きしめた。

「お疲れ様でした。光星さんが誰かに裏切られてなかったのが何より嬉しいです」
「俺もだ。信じ続けて良かった。信じられたのは花純のおかげだ。心折れずに今日まで踏ん張れたのも、花純がそばにいてくれたからだ」
「そんな、私なんて何も……」
「花純がどう言おうが、俺を救ったのは花純だよ。本当にありがとう」
「光星さん……」

ようやく実感が湧いてきて、花純はホッとする。
と同時に、目に涙が込み上げてきた。

「良かった、本当に良かったです」
「ああ。しばらくはまだ騒ぎも収まらないだろうし、一度離れたスポンサーやユーザーもすぐには戻ってくれないだろう。だけどどん底まで落ちたらあとは上がるだけだ。花純、もうしばらくつき合ってくれる? 俺が赤字抱えた冴えない社長になっても」
「もちろんです。私が好きになったのは、大企業の社長じゃない。世界でただ一人、光星さんの存在そのものだから」

光星はふっと笑みを浮かべる。

「ありがとう、花純。けど、このままで終わる俺じゃない。必ず巻き返して、花純を幸せにしてみせるから」
「はい。もう充分、幸せだけど」
「甘いな、花純。見てろ、まだまだこんなもんじゃないからな」
「はい!」

光星の力のこもった眼差しに、花純は笑顔で頷いた。



その後、事態は一気に収束へと向かう。
犯人はベンチャー企業を立ち上げた30代の男で、クロスリンクワールドを陥れようと不正行為を働いたことを認めた。
社員の女性に近づき、恋人となり、すきを見てイントラネットをクラッキングして遠隔操作アプリを入れた。
彼女から光星とアンドリューが懇意なことを聞くと、インサイダー取引の偽装を思いつく。
光星の個人情報にアクセスし、株の売買履歴を検索すると、ゴールデンシステムズの株を買い付けた前日にアンドリューからメールが送られて来たように偽装した。
そしてそれを、クロスリンクワールドの社員を名乗って内部告発し、週刊誌にも情報を提供していたのだった。
全てを自供した男は、今後不正アクセス禁止法に則り処罰されることになる。

光星は全社員を呼び戻し、事情を説明すると、弁護士を通して声明文を発表した。
スポンサーやユーザーに向けても謝罪文を公表し、今後はインターネットのサイトだけではなく、イントラネットのセキュリティーも強固にする為に、すぐに対策本部を立ち上げた。

花純も自分のオフィスに戻り、改めて皆に感謝の言葉を伝える。
誰もが、良かったねと笑顔で花純を労ってくれた。

ビルのエントランスにいたマスコミもいなくなり、光星と花純は久しぶりにマンションへと帰る。

「はあ、やっぱりうちはいいな」

ソファに並んで二人でコーヒーを飲む。

「光星さん、今夜はゆっくり休んでくださいね。疲れが溜まってるはずですから」

花純がそう言うと、光星はじっと真顔で花純を見つめた。

「光星さん? どうかしましたか?」
「身体は疲れてるけど、心を先に癒やしたい。いい?」
「え? はい」

よく分からず答えた途端、花純は光星に抱きかかえられた。

「えっ、光星さん? ちょ、待って!」
「待てない」

じたばたと焦る花純を、光星は足早に寝室へと連れて行きベッドに横たえる。
すぐさま覆いかぶさって口づけた。

「んっ、光星さん……」
「花純、愛してる。心の底から君が好きだ」

キスの合間に言葉を紡ぐ。

「人を愛するって、こういうことなんだ。俺の人生を、俺の全てを支えてくれる花純を、魂が求めて離さない。気持ちよりも心よりも、もっともっと奥深くで、俺は花純を愛してる」
「光星さん……、私もです。誰かをこんなにも自分の中に受け入れたことはない。私はもう私だけの存在じゃない。光星さんがいつも私の奥深くにいて、私を愛して守ってくれる。光星さん、私もあなたを愛しています」
「花純……、ありがとう」

感動で胸を打ち震わせ、幸せを噛みしめながら互いに抱きしめ合う。
心が通じ合えば、言葉はいらない。
二人はただ、温もりと愛情に溺れていた。
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