Bravissima!

葉月 まい

文字の大きさ
18 / 32

倒れたって構わない

しおりを挟む
芽衣の卒業試験が終わるまでは、と動画撮影を先延ばしにしていたが、2月14日にようやく三人は顔を揃えた。

「なんだか随分久しぶりに感じるね、芽衣ちゃん」
「ええ。私もお二人と会うのが半年ぶりくらいに感じます。あ、そうだ!今日はバレンタインなので、お二人に私からも義理チョコ持って来たんです」

そう言って芽衣は、ゴソゴソと鞄の中を探る。

公平は思わず笑い出した。

「そんなあからさまに義理チョコって言う人、初めてだな」
「えっ、そうなんですか?ごめんなさい」
「気にしないで。芽衣ちゃんらしいなって思っただけだから」
「では、はい!日頃の感謝を込めたサンキューチョコです。高瀬さんに手作りを渡す勇気はないので、買って来たものですけど」
「ありがとう!嬉しいよ」

すると黙って見ていた聖がようやく口を開いた。

「公平、毎年誕生日にチョコばっかりもらう羽目になるな」
「ん?まあね。でもありがたいよ」

芽衣は、へ?と首をひねった。

「誕生日?え!高瀬さん、バレンタインがお誕生日なんですか?」
「うん。実はそうなんだ」
「ええー、大変!すみません、私知らなくて」
「いいよ。この歳の男がいちいち誕生日なんて気にしないから」
「如月さんもそう言ってましたけど、でもお誕生日はいくつになっても特別な日ですから。改めて何かお祝いさせてくださいね。今はこれしか出来ないですけど」

そう言って芽衣はピアノの前に座った。

ジャーンと和音を随所に入れながらハッピーバースデーのメロディを奏でると、徐々にテンポアップして曲調を変えていく。

ジャズ風、ワルツ風、タンゴ風、マーチ風……

いつの間にか聖もヴァイオリンで加わった。

どこまでも続く二人のアドリブに、公平は感激して聴き惚れる。

最後はロマンチックにしっとりと奏で、ラストの音をフェルマータで美しく響かせた。

「高瀬さん、お誕生日おめでとうございます!」
「おめでとう、公平」

演奏を終えた芽衣と聖が笑顔で拍手をする。

「ありがとう!なんか俺、めちゃくちゃ嬉しいよ」
「ふふっ、如月さんのお誕生日も驚いたけど、まさか高瀬さんもとは。名前の由来は?バレンタインと関係あるんですか?」
「公平だよ?ある訳ないでしょ。芽衣ちゃんは5月生まれだからだっけ?名前が誕生日に由来してるのは、天才ならではだな」
「は?どこのデータですか、それ」
「俺調べ」

あはは!と芽衣は笑い出す。

「対象人数二人とかですか?当てにならないですよー」
「あー、俺も誕生日に由来した名前だったら、天才ピアニストになれたかもなあ」
「バレンタインに由来した名前って、どういうのですか?」
「そうだな……。バレンティーノとか」

バレンティーノ?!と、芽衣はますます面白そうに笑い転げる。

「いい!似合いますよ。天才ピアニスト、高瀬 バレンティーノ。CDめっちゃ売れそう。貴族っぽい衣装のパッケージ写真で」
「勘違いしたナルシストみたいなやつね」

盛り上がる二人に、聖はやれやれと苦笑いする。

「ほら、バレンティーノにイスラメイ。早く撮影するぞ」
「はーい!如月さんも、何か外国人っぽい名前考えましょうか?」
「いらんわ!」

今日も1発撮りで、シュテックメスト編曲の「歌の翼による幻想曲」を合わせる。

ハイネの詩によるメンデルスゾーンの有名な歌曲『歌の翼』を題材とした、フルートとピアノ為に書かれた美しい曲を、この日も二人は息を合わせて見事に歌い上げた。

そしてまたおしゃべりを楽しむ。

久しぶりの三人の時間は、変わらずに賑やかで笑いの絶えないものだった。



「おめでとう。卒業演奏会メンバーに選出されたよ」

レッスン室で佐賀教授に言われて、芽衣は思わず視線を落とす。

「ありがとうございます。がんばります」
「嬉しそうには見えないけどね」
「いえ、そんなことは」
「他のメンバーは飛び上がって喜んで、涙まで流してたよ」
「……すみません」
「謝ることはない。それに無理に出演する必要もね。どうする?辞退する?」

芽衣はうつむいたままじっと考え込んだ。

「いえ。選んでいただいたのに辞退するなんて、教授や他の生徒さんにも失礼に当たりますから。謹んで精一杯演奏させていただきます」
「そう、分かった。引き続き練習していこう」
「はい、よろしくお願いいたします」

思い詰めた表情の芽衣に、教授は小さくため息をつく。

(ようやく最近、明るい笑顔が増えていたのに)

聖との動画撮影で、音楽の楽しさを改めて見い出せていたのは事実だろう。

だがやはり、過去のトラウマはそう簡単には克服出来ないようだった。

(これでは安心して卒業させるどころか、心配で引き留めたくなるな)

なんとかしなければ。
教授はますます焦りを募らせた。



「え?ドリームステージ、ですか?」

翌日。
いつものようにレッスン室に現れた芽衣に、佐賀教授はチラシを差し出した。

「そう。如月フィルと共演出来る夢舞台だ」
「へえ、素敵ですね」
「だろ?君も応募してみなさい」

は?と芽衣が目を丸くして顔を上げる。

「私が、ですか?いえいえ!滅相もない。オケと共演なんて、そんな大それたこと許される訳がありません」
「それが許されるのが、このドリームステージだよ」
「ですが、私なんかがそんなこと……」
「選ぶのは如月フィルだ。君が決めることじゃないよ」
「いえ、あの。応募するのもおこがましいですし……」

頑なに拒否する芽衣に、教授は切り札を出した。

「応募すれば、卒業演奏会は免除しよう」

え!と芽衣は教授を見つめる。

「だって、そっちの練習にかかり切りになるからね。それなら卒業演奏会を見送っても仕方ないと、周りも納得する。それに大学側も、君が卒業演奏会に出るよりオケと共演する方が、宣伝効果や実績の面でも喜ばしいだろうしね」
「ですが、やはり私なんかが……」
「言っただろう?君を評価するのは君じゃない。如月フィルだ。応募して、もし落選でも構わないよ。そこから卒業演奏会の練習は間に合わないからと言ってね。つまり、応募するだけで卒業演奏会は免除。どうだい?どっちのステージを選ぶ?試験と同じ曲をもう一度独奏する方がいい?」

芽衣はじっと一点を見据えて考えている。

「想像してごらん。オケと共演出来るんだ。どんな曲がいい?どんなふうに弾きたい?全ては君の自由なんだよ」

ハッと芽衣は顔を上げた。
その瞳に強い意志が宿る。

「先生、私やりたいです。どんなに緊張しても、どんなに恐怖に襲われても演奏したい。そのまま舞台で倒れたって構いません。今、私が持てる全てをぶつけて挑みたいです」

教授は大きく頷いてみせた。

「よし、やろう!」
「はい!」

生まれ変わった。
その表現がぴったりだと、教授は目の前にいる芽衣の姿にそう思った。



それから10日後の2月28日。

ドリームステージの応募締め切りギリギリに滑り込んで来た申し込みフォームに、公平は驚いて目を見開いた。

(これって、芽衣ちゃん?!)

事務局のデスクで、何度も名前と年齢、所属学校名を確認する。

添付されている演奏動画を急いで聴いてみた。

その音で確信する。

(間違いない。この音は芽衣ちゃんだ。どうして応募したんだ?選ばれたら、大きなステージに立つことになるのに……)

佐賀教授に連絡して事情を聞いてみよう。

そう思って電話に手を伸ばしたが、思い留まった。

(いや、そんなことは出来ない。彼女はごく普通に一般応募してきたんだ。それに対して俺が特別に何かをする訳にはいかない)

あくまで応募者の一人として、他の応募者と同じように。

公平は心を落ち着かせながら、そう自分に言い聞かせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

課長のケーキは甘い包囲網

花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。            えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。 × 沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。             実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。 大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。 面接官だった彼が上司となった。 しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。 彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。 心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡

年下男子に追いかけられて極甘求婚されています

あさの紅茶
恋愛
◆結婚破棄され憂さ晴らしのために京都一人旅へ出かけた大野なぎさ(25) 「どいつもこいつもイチャイチャしやがって!ムカつくわー!お前ら全員幸せになりやがれ!」 ◆年下幼なじみで今は京都の大学にいる富田潤(20) 「京都案内しようか?今どこ?」 再会した幼なじみである潤は実は子どもの頃からなぎさのことが好きで、このチャンスを逃すまいと猛アプローチをかける。 「俺はもう子供じゃない。俺についてきて、なぎ」 「そんなこと言って、後悔しても知らないよ?」

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

身代わりの仮婚約者になったら、銀髪王子に人生丸ごと買い占められた件

ななせくるみ
恋愛
聖プレジール学園。 そこは、世界中の富豪の子息が集まる超名門校 特待生の庶民・花咲ひまりの目標は 目立たず平穏に卒業すること。 だがある日、学園の絶対君主であり、 完璧な「王子」と称えられる一条蓮から 衝撃の宣言をされる。 「今日から君が、俺の仮の婚約者だ」と。 冷徹な王子様だと思っていた蓮は 二人きりになるとまるで別人で――? 格差1000億円の溺愛シンデレラストーリー 開幕です!!

エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―

久乃亜
恋愛
前世の記憶を持つぽっちゃり看板娘ハルネは、 人の「感情の色」が視える魔眼『エモパレ』と、持ち前の経営手腕で、実家の香房を切り盛りしていた。 そんなある日、とある事件から、 オジさま――第二調査局副局長、通称「鬼のヴァルグレイ」に命を救われ、 ハルネの理想のオジさま像に、一瞬で恋に落ちる。 けれど、彼がハルネに告げたのは、愛の言葉ではなく ――理不尽な『営業停止』の通告だった!? 納得いかないハルネは、自らの足と異能で犯人を追い詰めることを決意する。 冷徹で無表情な彼だが、なぜかハルネに同行し、過保護なまでに手伝ってくれて……? 「人生2週目」のポジティブぽっちゃり娘と、不器用な冷徹最強騎士が織りなす、 お仕事×捜査×じれじれの初恋溺愛ファンタジー! ※ 第1部(1~3章)完結済み。 毎日投稿中

異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……? しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし! 危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。 彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。 頼む騎士様、どうか私を保護してください! あれ、でもこの人なんか怖くない? 心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……? どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ! 人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける! ……うん、詰んだ。 ★「小説家になろう」先行投稿中です★

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

処理中です...