Bravissima!

葉月 まい

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リハーサル

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いよいよ3月15日。
ドリームステージ本番当日がやって来た。

公平は朝からバタバタと対応に追われる。

参加者の控え室を割り振り、名前を貼り出すと、案内は他の事務局員に任せてホールへと急ぐ。

ステージマネージャーと配置や転換を打ち合わせ、音響、照明、MCとも確認する。

しかも今日のステージは、ローカル局ではあるがテレビ放送されることも途中から決まった。

それだけ大きな反響を呼んだということだろう。

チケットの一般販売も、低価格とは言え既にソールドアウト。

参加者達だけでなく、如月フィルにとっても大切な日になることは間違いなかった。

そんな公平のかたわらで、聖もまた慌ただしく動き回っていた。

マエストロとの打ち合わせ、曲順や動きの確認、団員達からの乗り番降り番の質問。

とにかくいつもとはまるで勝手が違う。

参加者は素人ゆえ、思わぬアクシデントも考えられる。

演奏にばかり気を取られる訳にはいかない。

なにせ参加者一人一人の大切な夢舞台なのだから。

自分達の失敗は許されない。

聖は固く心に決める。

(たとえ何があってもフォローする)

それはもちろん、芽衣に対してもだった。



「それではこれより、リハーサルを始めます。板付きの状態で本番と同じ流れでやりますので、どうぞよろしくお願いいたします」

ホールの客席側から、マイクで公平が声をかける。

オケの団員やマエストロも既に配置についていた。

MCの女性が下手から現れて、挨拶を省いた途中のセリフから始めた。

「それでは最初の演奏者をご紹介しましょう。皆様、大きな拍手でお迎えください」

すると小さな女の子がはにかんだ笑みを浮かべて現れた。

「まあ、可愛らしいお嬢さんですね。こんにちは。お名前は?」
「みかみ はなです」
「花さんですね。何歳ですか?」
「5さいです」
「今日はこのステージで、どんな夢を叶えたいですか?」
「おうたをうたいます!」

元気一杯の声に、楽団員達から拍手が起きた。

「楽しみですね。では早速準備してくださいね」
「はい!」
「それでは、三上 花さんのドリームステージ。歌は『にじ』です。どうぞ」

聖は、すぐ近くまでやって来た花に小さく声をかける。

「花ちゃん、いい?いくよ?」
「うん」

返事をする花ににっこり笑ってから、聖はマエストロに頷いた。

指揮棒が上がる。

オーケストラが美しい前奏を奏で始めた。

聖が歌の入りを花に頷いて合図する。

花は堂々と大きな声で歌い始めた。

(ひゃー、可愛いー。なんて尊い歌声。世界が浄化されるー。俺のけがれが洗い流されるー)

演奏しながら聖はとろけそうな表情を浮かべた。

マエストロもにこにこしながら、花に合わせて指揮を振っている。

演奏が終わると、マエストロは花の頭をなでて笑いかけた。

「上手だったよー。本番も楽しんでね」
「はい!」

団員達もメロメロになりながら拍手で見送った。

その後も順調にリハーサルは進み、ラスト一人となる。

トリを飾るのは、芽衣だった。



「木村 芽衣と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

ステージに現れた芽衣を、団員達が温かい拍手で迎える。

これまでの参加者とは違うリハーサルになる為、芽衣はマエストロと相談しながら合わせてみることになった。

「通す時間はないので、気になる箇所だけの確認になるけどいいかな?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあまずは頭からやって途中で止めるよ。そのあとは、テンポや入りを何か所か確認しよう。君に合せるから、自由に弾いてね」
「はい、ありがとうございます」

芽衣は深々とお辞儀をしてから、ピアノの前に座った。

いつもと同じようにラフな服装で、髪を一つにまとめている。

聖はその姿をコンマス席からじっと見つめた。

久しぶりに会う芽衣は、すぐ手の届く距離にいるのに遠い存在に思える。

声をかけたいが、なんと言えばいいのか分からない。

大丈夫なのだろうか?

様子を気にするものの、後ろ姿からは何もうかがい知ることは出来なかった。

気を取られていた聖は、マエストロの視線を感じて慌てて姿勢を正す。

マエストロは聖と芽衣の両方に視線を配ると、指揮棒を構えた。

舞台にいる全員の意識がグッと集まる。

スッとブレスを取り、力強く曲が始まった。

そこにまるで魂をこめたような芽衣の一撃が加わる。

聖はハッとして目を見開いた。

一気に曲に惹き込まれ、雑念が取り払われる。

芽衣の心配など、している暇はない。
する必要もなかった。

ゾクゾクと背筋が震え、身体中の血が脈打つ。

興奮に呑みこまれないよう、聖は必死で己の気持ちを研ぎ澄ませて音を奏でた。

マエストロが指揮棒を軽く振って、ようやく音を止める。

「いやー、ごめん。もっとすぐに止めるつもりだったんだけど、止められなかった。第10変奏までやっちゃったな」

そう言ってマエストロは芽衣に笑いかけた。

「あとは本番のお楽しみにとっておいてもいいかい?」
「はい、大丈夫です」
「うん。ちゃんと君に合せるから、心配しないで。いやー、楽しみだな」

満面の笑みで指揮台を下りるマエストロに、芽衣はもう一度「本番よろしくお願いします」と頭を下げた。



「めーいー、やっほ!」
「弥生ちゃん!」

控え室で着替えを終えたところに、コンコンとノックの音がして弥生が顔を覗かせた。

「どうしたの?こんなところで」
「決まってるでしょ?芽衣の晴れ舞台を見に来たの」
「そんな……。だって弥生ちゃん、明日卒業演奏会でしょ?」

弥生は明日、学内のホールで行われる卒業演奏会の演奏者に選出されていた。

他のメンバーは、今頃必死で最後の追い込みをしているところだろう。

「んー?もうね、今更あがいたって無駄だもん。それよりも芽衣の演奏聴いた方が絶対テンション上がる!爆上がり!」
「やだ、弥生ちゃんてば。ロックのコンサートじゃないよ?」
「あはは!芽衣がロックを弾くのも見てみたいけどね。それよりちょっと!せっかく綺麗なドレスなのに、まさかそのおばさん結びで出る気なの?」

そう言って弥生は芽衣を鏡の前に座らせると、鞄の中からヘアアイロンを取り出した。

「弥生ちゃん、いつもそれ持ち歩いてるの?女子力高いね」
「芽衣が低すぎるの!その後どうなったの?色気は。手に入った?」
「あ!忘れてた」
「やれやれ……」

呆れたようにため息をついてから、弥生は芽衣の髪をヘアアイロンで巻いていく。

サイドの髪をねじりながら後ろでまとめると、指でほぐしてふんわりと整えた。

芽衣が軽く首を振ってみると、クルンとした毛先が肩で跳ねる。

弥生は鏡の中の芽衣に満足気に頷いた。

「うん!かーわいい!あとはメイクね」

弥生はメイクポーチを広げると、手早く芽衣の顔をブラシでなでていく。

「きゃはは!くすぐったい」
「こら、じっとしてて」
「だって、むずむずするんだもん」
「もう、緊張感の欠片もないわね。ほんと、芽衣は肝が据わってるわ」

え……、と芽衣は真顔に戻る。

「私、落ち着いてるように見える?」
「もちろん。芽衣はいっつも冷静だよね。私、あがり症だから羨ましいなって思ってたの」
「ええ?!弥生ちゃんこそ、いつも冷静に見えてたよ?」
「顔に出さないように、必死に堪えてたからね。でも手とか足とか、気づくとカタカタ震えてるよ」
「そうなんだ。知らなかった」

はい、出来た!と笑ってから、弥生は芽衣の両肩に手を置いて鏡越しに話し出す。

「緊張しない人なんていない。だって、その日のその瞬間の為に、膨大な時間ととてつもない努力をしてきたんだもの。想いが強ければ強いほど、その時が来るのが怖くなる。でもね、芽衣」

振り返った芽衣を、弥生は真っ直ぐに見つめる。

「音楽の神様は絶対に見捨てない。きっと幸せな世界に連れて行ってくれる。そう信じて、自分の気持ちを思い切り開放して来て」

そして最後に笑顔で付け加えた。

「大丈夫!失敗したって、命までは持ってかれやしないわよ」

芽衣は弥生の言葉を噛みしめた。

「うん、そうだね。弥生ちゃん、ありがとう!」
「よし!行って来い、芽衣!」
「うん!」

二人は笑顔で頷き合った。
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