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抱き枕かミーアキャット
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村尾が出て行った部屋で、翔はどうしたものかと芹奈を見つめる。
すぐに目を覚ませばいいが、ずっと眠ったままなら?
少し経っても起きないようなら、起こして自宅まで送ろうか?
芹奈はソファにもたれて、ぐっすりと眠っている。
(疲れが溜まってたんだろう。このままゆっくり寝かせてやりたい)
そう思い、芹奈を抱き上げてベッドに運んだ。
もう何度目だろう?こうして芹奈がベッドで眠るのをそばで見守るのは。
優しく頭をなでて思い返す。
今までの自分では考えられない。
好きな女性とこんなシチュエーションになっても、手を出さないなんて。
いや、そもそもこんなに誰かを好きになったことなど、あっただろうか?
いつもなんとなく相手に言い寄られ、流されるまま気軽につき合ってきた。
海外に移住してからは特にそうだ。
(俺って、ひょっとして恋愛初心者なのか?)
告白などしたことがないし、どうすればいいのかも分からない。
(情けないな。けど、里見さんのことは絶対に諦められない)
強引に抱きしめて奪いたいが、それ以上に大事にしたい。
翔は愛おしそうに芹奈を見つめながら、サラリと芹奈の髪をすくい、そっと口づけた。
それだけで胸がキュッと締めつけられる。
(ははっ、完全に恋愛ビギナーだ。でも悪くない)
一歩一歩、彼女を好きな気持ちを噛みしめながら近づいていきたい。
大切に大切に触れていきたい。
そばで優しく見守り、いつの日か想いを伝えよう。
心から君が好きだと。
翔は微笑みながら、ただひたすら芹奈の髪をなでていた。
◇
「副社長……?」
小さな声が聞こえてきて、デスクでパソコンに向かっていた翔は顔を上げる。
ベッドに半身を起こした芹奈が、ぼんやりと辺りを見回していた。
「おはよう。目が覚めた?」
「はい。え、おはようって……。今、何時ですか?」
遮光カーテンを閉めている為、部屋の中は薄暗く外の景色も見えない。
「ん?今、朝の9時だよ」
「ええー、9時!?大変、仕事が!」
「あはは!今日は土曜日だよ。仕事は休み」
「え、あ、そうでしたね。あの、副社長。もしかして、私ずっとここで?」
不安そうに尋ねる芹奈に、翔は立ち上がってベッドに歩み寄り、芹奈のすぐそばに腰掛けた。
「夕べ、疲れて眠ってしまったんだ。起こしてうちまで送ろうかとも思ったんだけど、そのまま休ませてあげたくて」
そう言って右手を伸ばし、そっと芹奈の頬に触れる。
「ごめん、食事に誘ったりして。無理をさせたね。よく眠れた?」
「はい、おかげさまで。ご迷惑をおかけしました」
「とんでもない。俺も君のおかげでぐっすり眠れたよ。すぐに朝食を持って来てもらうから」
「ありがとうございます……?」
立ち上がって内線電話をかけに行く翔に頭を下げてから、ん?と芹奈は首をひねった。
(君のおかげで……、俺もぐっすり眠れた……?)
じっと自分の今いるベッドに目を落とすが、どう見てもダブルベッドでこれ一台しかない。
(はあ……。またしても添い寝したってことね)
服装は乱れていないから何もなかったことは確かだろうが、それにしてもなぜこう何度も?
(あれかな?新人の頃村尾くんと勉強会して、そのままうっかり机で寝ちゃったっていうのと同じ?私、よほど副社長に女として見られてないんだろうな)
そうか、だからこんなにも気軽にベッドで一夜を共にするのか。
そうに違いない。
(だって女として見てたら、何かしらあるもんね。何度も一緒のベッドにいて何もないんだもん。副社長にとって私は、抱き枕か、ミーアキャット?って、女どころか人間ですらない)
苦笑いを浮かべていると、電話を終えた翔が振り返った。
「朝食が来る前にシャワー浴びてきたら?」
「あ、はい。副社長は?」
「俺はもう済ませたから。どうぞごゆっくり」
「はい、ありがとうございます」
ようやく芹奈はベッドを下り、バスルームへと向かった。
◇
シャワーを浴び、ドライヤーで髪を乾かしてから服を着て部屋を出る。
すると翔がホテルのロゴ入りの紙袋を渡してきた。
「よかったらどうぞ。君の着替えに」
「え?お洋服、ですか?」
「そう。俺の着替えのついでに頼んだんだ。スタッフにお任せにしたから、趣味が合うといいんだけど」
そう言えばさっきはバスローブ姿だった翔が、今はラフなカットソーとチノパンに着替えている。
「そんな、私の分まで?」
「ああ。試しに着替えてみてくれないかな?」
「あ、はい」
紙袋を受け取ると、芹奈はもう一度バスルームに戻って着替えた。
入っていたのはベージュのパフスリーブワンピース。
ウエストは高い位置にベルトがあり、そこからふんわりと広がるスカートのシルエットは何ともエレガントな雰囲気だった。
「ええー?こんなワンピース着たことないよ」
自分では絶対に選ばないようなお嬢様っぽいワンピースで、鏡の中の自分が別人のように見える。
「うーん……。どうしよう、うーん」
どうもこうも、悩んだところでどうしようもない。
芹奈は髪をハーフアップで結ぶと、意を決してリビングに戻った。
「お、着替えられた?サイズは……」
そう言って顔を上げた翔が、目を見開いて固まる。
「あの、副社長?」
芹奈が恐る恐る声をかけると、翔はハッと我に返った。
「ごめん。思わず驚いてしまって……」
「やっぱり、似合いませんよね?」
「い、いや!すごく似合ってる。というか、可愛すぎてびっくりした」
「またそんな。副社長、ダグラスさんみたいですよ?欧米人のリップサービス」
「あいつと一緒にしないでくれ。ほら、朝食も届いたし、どうぞ座って」
「はい、失礼します」
翔が引いてくれた椅子に、芹奈はゆっくりと腰掛ける。
テーブルにはオムレツにクロワッサンにスープ、フレッシュジュースやフルーツ、ヨーグルトとサラダも並んでいた。
「わあ、朝から豪華ですね」
「どうぞ、召し上がれ」
「はい、いただきます」
カーテンを開けた室内に朝の眩しい陽射しが射し込み、芹奈は優雅な気分で美味しい朝食を味わう。
「副社長って、確か普段は朝食を召し上がらないんでしたっけ?」
「ああ、コーヒーだけだな」
「それは心配です。少しでも何か召し上がった方がいいですよ」
「うん、けどさ。男のひとり暮らしなんてそんなもんじゃない?」
「そうなんですか?それなら早くご結婚なさってはどうでしょう。そう言えば副社長が帰国されてから、社長は色んな取引先の方に縁談を持ちかけられてるんです。副社長と結婚したいご令嬢がたくさんいらっしゃるみたいで」
すると翔は手を止めて、傍目にも分かりやすくしょんぼりとした。
「え、ごめんなさい!私ったら余計な事を。そうですよね、副社長は心に決めた大切な恋人とご結婚されるんですよね。失礼しました」
芹奈は慌てて謝ると、何やら考え込む。
「そういうことなら、私も協力いたします。実は社長から、副社長の仕事が落ち着いた頃に、ご令嬢との食事の場を設けたいと言われていたんです」
今度は翔が、えっ!と慌てた。
「そ、そんな話が?」
「はい。副社長、お父上である社長に、恋人のお話はされていないんですか?社長はどうやら、副社長がずっと独り身なのを気にされて、縁談を進めようとなさっています」
「知らなかった。それは困る」
「ですよね。私からそれとなく、縁談は先延ばしにするようにしておきましょうか?」
「ああ、頼む」
「かしこまりました。ですけど、そう長くは引っ張れないと思います。副社長も恋人とのご結婚、この機会に現実的にお考えに……って、ええ?どうかしましたか?」
翔は眉を八の字に下げて、すがるように芹奈を見つめてきた。
「ふ、副社長?もしや、お相手の女性とあまりうまくいってらっしゃらないのですか?」
「違う、そうじゃないんだ。実は俺、大好きなんだ」
君のことが……と続けようとした翔の言葉は、「ひゃー!」という芹奈の声にかき消された。
「ちょっと、すごいですね。さすがは欧米流。どストレート!彼女さん、嬉しいでしょうね。そんなに副社長に愛されて。あー、びっくりした。ふふっ」
照れたように可愛らしく笑うと、芹奈はまた食事に戻る。
弁明しようと口を開いた翔は思わず芹奈の笑顔に見とれ、結局何も言えずにフォークを握り直した。
◇
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「どういたしまして」
朝食を食べ終えると、芹奈は腕時計に目を落とす。
「副社長。チェックアウトは何時ですか?10時なら、そろそろ出ないと」
「ん?いや、もうひと晩部屋を押さえてあるんだ。だから大丈夫」
「そうでしたか。では今夜もここに?」
「ああ。せっかくみなとみらいまで来たし、この周辺をもう一度視察しておきたくて」
「そうなんですね。休みの日までお仕事されて、大丈夫ですか?」
彼女とデートした方が……と言おうとして、芹奈は思いとどまった。
(秘書がプライベートなことまで口出ししちゃいけないわよね)
うん、と己に頷くと、芹奈は改めて翔に向き合った。
「副社長。今回も大変お世話になりました。何から何まで、本当にありがとうございます」
「いや、気にしないで。それより君はこれからどうするの?」
「電車で帰ります」
「そう……」
なぜだか寂しげにうつむく翔に、芹奈はどうしたのかと首をひねる。
「副社長、どうかなさいましたか?」
「あ、いや。何でもない」
「そうですか。これから視察に行かれるんですよね。今日はどちらに?」
「そうだな……。今まで君と村尾と三人で見て回るのに慣れてたから、自分一人だとすぐには思いつかないな」
でしたら、と芹奈は自分のバッグから書類ケースを取り出した。
「前回の視察の時の資料がこちらです。あの日は平日でしたから、今日は休日の様子をご覧になってはいかがでしょう?この住宅展示場は定休日で行けませんでしたし、こちらのショッピングモールは、前回時間がなくて回り切れませんでした」
「なるほど、そうだな。このショッピングモールって、前に君が話してた人気ショップが入ってたんだっけ?」
「はい。韓国コスメのお店と、ハワイの有名なパンケーキのお店と、あとは休日限定のランチメニューがあるのがここのカフェで……」
説明しながら顔を上げると、翔は何とも複雑な表情をしている。
「副社長?大丈夫ですか?」
「いや、うん。男一人でどうやって回ろうかと思って……」
「あ、確かに」
コスメのお店もパンケーキも、男性一人だとハードルが高そうだ。
「えっと、副社長。ご迷惑でなければ、私もご一緒しましょうか?」
「えっ、いいのか?」
「はい。私も早くプロジェクトの為の資料を仕上げたいと思っていましたから」
「助かるよ。あ、でも休日なのに仕事なんて……」
「いえ、大丈夫です。普段、副社長には散々お世話になっていますし、これくらいさせてください」
すると翔は、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「ありがとう。お言葉に甘えてもいいかな?」
「はい、もちろんです」
芹奈も笑顔で答える。
二人は早速、街へと繰り出した。
すぐに目を覚ませばいいが、ずっと眠ったままなら?
少し経っても起きないようなら、起こして自宅まで送ろうか?
芹奈はソファにもたれて、ぐっすりと眠っている。
(疲れが溜まってたんだろう。このままゆっくり寝かせてやりたい)
そう思い、芹奈を抱き上げてベッドに運んだ。
もう何度目だろう?こうして芹奈がベッドで眠るのをそばで見守るのは。
優しく頭をなでて思い返す。
今までの自分では考えられない。
好きな女性とこんなシチュエーションになっても、手を出さないなんて。
いや、そもそもこんなに誰かを好きになったことなど、あっただろうか?
いつもなんとなく相手に言い寄られ、流されるまま気軽につき合ってきた。
海外に移住してからは特にそうだ。
(俺って、ひょっとして恋愛初心者なのか?)
告白などしたことがないし、どうすればいいのかも分からない。
(情けないな。けど、里見さんのことは絶対に諦められない)
強引に抱きしめて奪いたいが、それ以上に大事にしたい。
翔は愛おしそうに芹奈を見つめながら、サラリと芹奈の髪をすくい、そっと口づけた。
それだけで胸がキュッと締めつけられる。
(ははっ、完全に恋愛ビギナーだ。でも悪くない)
一歩一歩、彼女を好きな気持ちを噛みしめながら近づいていきたい。
大切に大切に触れていきたい。
そばで優しく見守り、いつの日か想いを伝えよう。
心から君が好きだと。
翔は微笑みながら、ただひたすら芹奈の髪をなでていた。
◇
「副社長……?」
小さな声が聞こえてきて、デスクでパソコンに向かっていた翔は顔を上げる。
ベッドに半身を起こした芹奈が、ぼんやりと辺りを見回していた。
「おはよう。目が覚めた?」
「はい。え、おはようって……。今、何時ですか?」
遮光カーテンを閉めている為、部屋の中は薄暗く外の景色も見えない。
「ん?今、朝の9時だよ」
「ええー、9時!?大変、仕事が!」
「あはは!今日は土曜日だよ。仕事は休み」
「え、あ、そうでしたね。あの、副社長。もしかして、私ずっとここで?」
不安そうに尋ねる芹奈に、翔は立ち上がってベッドに歩み寄り、芹奈のすぐそばに腰掛けた。
「夕べ、疲れて眠ってしまったんだ。起こしてうちまで送ろうかとも思ったんだけど、そのまま休ませてあげたくて」
そう言って右手を伸ばし、そっと芹奈の頬に触れる。
「ごめん、食事に誘ったりして。無理をさせたね。よく眠れた?」
「はい、おかげさまで。ご迷惑をおかけしました」
「とんでもない。俺も君のおかげでぐっすり眠れたよ。すぐに朝食を持って来てもらうから」
「ありがとうございます……?」
立ち上がって内線電話をかけに行く翔に頭を下げてから、ん?と芹奈は首をひねった。
(君のおかげで……、俺もぐっすり眠れた……?)
じっと自分の今いるベッドに目を落とすが、どう見てもダブルベッドでこれ一台しかない。
(はあ……。またしても添い寝したってことね)
服装は乱れていないから何もなかったことは確かだろうが、それにしてもなぜこう何度も?
(あれかな?新人の頃村尾くんと勉強会して、そのままうっかり机で寝ちゃったっていうのと同じ?私、よほど副社長に女として見られてないんだろうな)
そうか、だからこんなにも気軽にベッドで一夜を共にするのか。
そうに違いない。
(だって女として見てたら、何かしらあるもんね。何度も一緒のベッドにいて何もないんだもん。副社長にとって私は、抱き枕か、ミーアキャット?って、女どころか人間ですらない)
苦笑いを浮かべていると、電話を終えた翔が振り返った。
「朝食が来る前にシャワー浴びてきたら?」
「あ、はい。副社長は?」
「俺はもう済ませたから。どうぞごゆっくり」
「はい、ありがとうございます」
ようやく芹奈はベッドを下り、バスルームへと向かった。
◇
シャワーを浴び、ドライヤーで髪を乾かしてから服を着て部屋を出る。
すると翔がホテルのロゴ入りの紙袋を渡してきた。
「よかったらどうぞ。君の着替えに」
「え?お洋服、ですか?」
「そう。俺の着替えのついでに頼んだんだ。スタッフにお任せにしたから、趣味が合うといいんだけど」
そう言えばさっきはバスローブ姿だった翔が、今はラフなカットソーとチノパンに着替えている。
「そんな、私の分まで?」
「ああ。試しに着替えてみてくれないかな?」
「あ、はい」
紙袋を受け取ると、芹奈はもう一度バスルームに戻って着替えた。
入っていたのはベージュのパフスリーブワンピース。
ウエストは高い位置にベルトがあり、そこからふんわりと広がるスカートのシルエットは何ともエレガントな雰囲気だった。
「ええー?こんなワンピース着たことないよ」
自分では絶対に選ばないようなお嬢様っぽいワンピースで、鏡の中の自分が別人のように見える。
「うーん……。どうしよう、うーん」
どうもこうも、悩んだところでどうしようもない。
芹奈は髪をハーフアップで結ぶと、意を決してリビングに戻った。
「お、着替えられた?サイズは……」
そう言って顔を上げた翔が、目を見開いて固まる。
「あの、副社長?」
芹奈が恐る恐る声をかけると、翔はハッと我に返った。
「ごめん。思わず驚いてしまって……」
「やっぱり、似合いませんよね?」
「い、いや!すごく似合ってる。というか、可愛すぎてびっくりした」
「またそんな。副社長、ダグラスさんみたいですよ?欧米人のリップサービス」
「あいつと一緒にしないでくれ。ほら、朝食も届いたし、どうぞ座って」
「はい、失礼します」
翔が引いてくれた椅子に、芹奈はゆっくりと腰掛ける。
テーブルにはオムレツにクロワッサンにスープ、フレッシュジュースやフルーツ、ヨーグルトとサラダも並んでいた。
「わあ、朝から豪華ですね」
「どうぞ、召し上がれ」
「はい、いただきます」
カーテンを開けた室内に朝の眩しい陽射しが射し込み、芹奈は優雅な気分で美味しい朝食を味わう。
「副社長って、確か普段は朝食を召し上がらないんでしたっけ?」
「ああ、コーヒーだけだな」
「それは心配です。少しでも何か召し上がった方がいいですよ」
「うん、けどさ。男のひとり暮らしなんてそんなもんじゃない?」
「そうなんですか?それなら早くご結婚なさってはどうでしょう。そう言えば副社長が帰国されてから、社長は色んな取引先の方に縁談を持ちかけられてるんです。副社長と結婚したいご令嬢がたくさんいらっしゃるみたいで」
すると翔は手を止めて、傍目にも分かりやすくしょんぼりとした。
「え、ごめんなさい!私ったら余計な事を。そうですよね、副社長は心に決めた大切な恋人とご結婚されるんですよね。失礼しました」
芹奈は慌てて謝ると、何やら考え込む。
「そういうことなら、私も協力いたします。実は社長から、副社長の仕事が落ち着いた頃に、ご令嬢との食事の場を設けたいと言われていたんです」
今度は翔が、えっ!と慌てた。
「そ、そんな話が?」
「はい。副社長、お父上である社長に、恋人のお話はされていないんですか?社長はどうやら、副社長がずっと独り身なのを気にされて、縁談を進めようとなさっています」
「知らなかった。それは困る」
「ですよね。私からそれとなく、縁談は先延ばしにするようにしておきましょうか?」
「ああ、頼む」
「かしこまりました。ですけど、そう長くは引っ張れないと思います。副社長も恋人とのご結婚、この機会に現実的にお考えに……って、ええ?どうかしましたか?」
翔は眉を八の字に下げて、すがるように芹奈を見つめてきた。
「ふ、副社長?もしや、お相手の女性とあまりうまくいってらっしゃらないのですか?」
「違う、そうじゃないんだ。実は俺、大好きなんだ」
君のことが……と続けようとした翔の言葉は、「ひゃー!」という芹奈の声にかき消された。
「ちょっと、すごいですね。さすがは欧米流。どストレート!彼女さん、嬉しいでしょうね。そんなに副社長に愛されて。あー、びっくりした。ふふっ」
照れたように可愛らしく笑うと、芹奈はまた食事に戻る。
弁明しようと口を開いた翔は思わず芹奈の笑顔に見とれ、結局何も言えずにフォークを握り直した。
◇
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「どういたしまして」
朝食を食べ終えると、芹奈は腕時計に目を落とす。
「副社長。チェックアウトは何時ですか?10時なら、そろそろ出ないと」
「ん?いや、もうひと晩部屋を押さえてあるんだ。だから大丈夫」
「そうでしたか。では今夜もここに?」
「ああ。せっかくみなとみらいまで来たし、この周辺をもう一度視察しておきたくて」
「そうなんですね。休みの日までお仕事されて、大丈夫ですか?」
彼女とデートした方が……と言おうとして、芹奈は思いとどまった。
(秘書がプライベートなことまで口出ししちゃいけないわよね)
うん、と己に頷くと、芹奈は改めて翔に向き合った。
「副社長。今回も大変お世話になりました。何から何まで、本当にありがとうございます」
「いや、気にしないで。それより君はこれからどうするの?」
「電車で帰ります」
「そう……」
なぜだか寂しげにうつむく翔に、芹奈はどうしたのかと首をひねる。
「副社長、どうかなさいましたか?」
「あ、いや。何でもない」
「そうですか。これから視察に行かれるんですよね。今日はどちらに?」
「そうだな……。今まで君と村尾と三人で見て回るのに慣れてたから、自分一人だとすぐには思いつかないな」
でしたら、と芹奈は自分のバッグから書類ケースを取り出した。
「前回の視察の時の資料がこちらです。あの日は平日でしたから、今日は休日の様子をご覧になってはいかがでしょう?この住宅展示場は定休日で行けませんでしたし、こちらのショッピングモールは、前回時間がなくて回り切れませんでした」
「なるほど、そうだな。このショッピングモールって、前に君が話してた人気ショップが入ってたんだっけ?」
「はい。韓国コスメのお店と、ハワイの有名なパンケーキのお店と、あとは休日限定のランチメニューがあるのがここのカフェで……」
説明しながら顔を上げると、翔は何とも複雑な表情をしている。
「副社長?大丈夫ですか?」
「いや、うん。男一人でどうやって回ろうかと思って……」
「あ、確かに」
コスメのお店もパンケーキも、男性一人だとハードルが高そうだ。
「えっと、副社長。ご迷惑でなければ、私もご一緒しましょうか?」
「えっ、いいのか?」
「はい。私も早くプロジェクトの為の資料を仕上げたいと思っていましたから」
「助かるよ。あ、でも休日なのに仕事なんて……」
「いえ、大丈夫です。普段、副社長には散々お世話になっていますし、これくらいさせてください」
すると翔は、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「ありがとう。お言葉に甘えてもいいかな?」
「はい、もちろんです」
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二人は早速、街へと繰り出した。
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