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スパイ活動
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コンコンとノックの音がして、「どうぞ」と翔は返事をする。
「失礼いたします」
入って来たのは芹奈だった。
朝マンションを出た時のスーツとは違い、アイスブルーのフレアスカートとオフホワイトのジャケット姿が大人っぽく美しい。
「お呼びでしたので参りました」
「ああ、ソファで待っててくれる?すぐ終わるから」
「はい、かしこまりました」
スッとソファに腰掛けた芹奈に、翔はチラリと視線を向けた。
バッグから取り出したタブレットを見ている真剣な表情は、キリッとしていて惚れ惚れする。
翔はパソコンをシャットダウンしてから立ち上がり、ジャケットに腕を通してコートを着た。
「お待たせ。行こうか」
「は?どこへ、でしょう?」
「ショッピングモールの視察。クリスマスの様子を見ておきたいんだ。君につき合ってもらえたら嬉しいんだけど、他に予定があったかな?」
「いえ、特には」
「じゃあ、食事がてら見に行ってもいい?」
「承知しました」
タクシーに乗ると、翔は「みなとみらいまで」と告げる。
(ええー!?そんなところまでタクシーで?すごい金額になっちゃう!)
そう思い、芹奈の頭の中はまた経済効果のことで一杯になった。
「副社長も、クリスマスにおける経済の動きに関心がおありなんですか?」
は?と翔は眉根を寄せるが、芹奈は真剣な表情で返事を待っている。
「ああ、そうなんだ。一年で最もお金が動く日かもしれないよな。その影響たるや、数字的にもすごいと思う」
「ですよね!私、今日はずっとそのことを考えていたんです。これから街に行って、肌でその感覚を確かめたいです」
「なるほど、ぜひそうしよう」
おかしなことになったと思いつつ、こうして二人で出掛けられることに翔はほくそ笑んでいた。
◇
タクシーが高速道路を下りると、これまで何度か訪れたみなとみらいは、辺り一帯がクリスマスの装飾で飾られていた。
その上今夜は、多くのカップルが行き交っている。
「すごいですね。見渡す限りカップルだらけ。わあ、イルミネーションが綺麗!ツリーも大きくてとっても素敵」
芹奈は興奮気味に翔を振り返り、そんな芹奈の笑顔に翔も目を細めた。
「人が多くて危ないから、こっちにおいで。迷子にならないようにな」
さり気なく手を繋いでも、芹奈は周りに見とれて気にしていないようだった。
翔はもはやニヤニヤが止まらない。
「じゃあ、まずはこのお店から視察しようかな」
そう言って、有名なジュエリーショップに入った。
「いらっしゃいませ。指輪をお探しですか?」
スタッフが笑顔で声をかけてくる。
目の前のショーケースには眩いばかりの指輪がズラリと並び、たくさんのカップルが肩を寄せ合って楽しそうに選んでいた。
「やっぱりクリスマスプレゼントと言えば、指輪なんでしょうか?」
芹奈が尋ねると、そうですね、とスタッフはにこやかに頷く。
「クリスマスイブにプロポーズをされて、今夜改めて婚約指輪をお探しになるカップルの方が多いです。ご覧の通り、店内は普段よりも随分賑わっていますし」
「そうですよね。クリスマスの経済効果たるや、ジュエリーブランドにとっても……」
真顔で話し続ける芹奈を、翔は横から遮った。
「あー、ほら。君も好きな指輪を選んで」
「ん?ああ!そうでしたね。えっと、では最近の流行のデザインと売れ筋の価格帯を……」
「そういうのはいいから!じゃあ、これ。ちょっとはめてみて」
翔が指差した指輪を、スタッフが手袋をはめた手でケースから取り出した。
「その前にお嬢様、指のサイズを測らせていただけますか?」
「はい、どうぞ」
「あ、左手をお願いします」
スタッフは芹奈の左手薬指のサイズを測り、6号ですね、と翔にささやく。
「お嬢様、ではこちらの指輪をどうぞ」
芹奈はそっと指輪をはめてみた。
「わあ、とっても綺麗な指輪ですね」
「ええ。こちらはダイヤモンドが最も美しく見えると言われるラウンドブリリアントカットで、カラーやクラリティも最高品質のものです。何より2カラットですからね、婚約指輪としてはこれ以上ないほどですわ」
「なるほど。ですが売れ行きとしては、もっとお手頃な価格のものの方がいいですよね?」
「そ、そうですわね。こちらの指輪などは、皆様によく選んでいただいています。ダイヤモンドも主張し過ぎず、普段使いもしやすいということで」
「確かに。これくらいのお値段が一番ポピュラーなんでしょうね。ちなみに今夜ひと晩でいくつくらい売れる……」
わー、もういいから!と、翔が横から手で遮る。
「じゃあ、違うコーナーも見てみようか。ね?」
翔は相手をしてくれたスタッフに目で詫び、芹奈の肩を抱いてブレスレットのコーナーに行く。
そこは比較的空いていた。
「君、いつも綺麗なダイヤのネックレス着けてるよね。それって男性からのプレゼントだったの?」
「違います。成人のお祝いに両親から贈られたものです」
「そうだったんだ!それなら良かった」
「ん?どうしてですか?」
「まあ、いいからさ。じゃあ、君へのプレゼントはネックレスではなくて、ブレスレットにしようかな。どのデザインがいい?」
「あ、調査ですか?それなら店員さんに売れ筋を聞いてみましょうか」
「売れ筋はいいの!君の好みは?」
怪訝そうにする芹奈に、「ほら、店員さん来たからお芝居して」と翔は小声でささやく。
「分かりました。えーっと、そうね。これなんかどうかしら?」
なぜだかマダム口調になる芹奈に、翔も合わせて頷く。
「ああ、いいね。君の細くて綺麗な手首によく似合いそうだな」
「試してみてもいいかしら?」
「もちろんだよ」
スタッフが、「こちらですね」と言ってケースからブレスレットを取り出し、芹奈の手首に着ける。
「わあ、素敵」
「うん。よく似合ってる」
シンプルながらダイヤモンドが所々に華やかに彩っている。
「こちらはフラワーモチーフになっておりまして、同じモチーフの指輪もございます」
「そうなんですね。とっても綺麗……」
しばし見とれてから、「ありがとうございました」と芹奈はブレスレットを外してスタッフに返した。
もう一度指輪のコーナーに戻ると、芹奈はスパイ活動のように目を光らせながら翔にささやく。
「副社長。私が見た限りでは、大体この価格帯の指輪が人気のようです。先程から次々と売れております」
「なるほど。値段を抑えつつ魅力的なデザインと高品質の商品を考えることが重要なんだな」
「おっしゃる通りです」
真面目な口調に吹き出しそうになりつつ、翔はなんとかスパイ活動を全うして店を出た。
◇
「ディナーは予約してあるんだ。行こう」
ジュエリーショップをあとにしてホテルへと歩き出した翔に、芹奈は驚く。
「副社長。クリスマスの夜によく予約が取れましたね?」
「うん、まあ、コネクションを嫌々使ってね」
嫌々?と芹奈は首をひねる。
だが前方に見えてきたホテルに、なるほどと頷いた。
「ハーイ!セリーナ。メリークリスマス!」
エントランスに入るなりダグラスに抱きつかれて、芹奈は苦笑いを浮かべる。
「こんばんは、ダグラスさん。メリークリスマス」
「君にこうして会えるなんて、何よりのクリスマスプレゼントさ」
芹奈にハグとチークキスを繰り返すダグラスを、翔が後ろからベリッと引き剥がす。
「もういいだろう、ダグラス」
「いや、もうちょっと」
「もう充分だ!」
「ん?今夜の予約を取ってやったのは誰だっけ?」
うっ……と翔は言葉に詰まる。
芹奈はダグラスににっこり微笑んだ。
「ダグラスさん、クリスマスなのに融通利かせてくださってありがとうございます」
「いいんだよ。セリーナの為ならこれくらい。今度俺とデートしてくれたらそれだけで」
「ふふっ、ダグラスさんお世辞も上手」
「お世辞じゃないよー。本気だよー」
そう言ってダグラスがまたしても芹奈に抱きつこうとすると、翔は慌てて芹奈の肩を抱き寄せた。
「ほら、もう行こう。予約の時間だから」
「はい。それじゃあ、ダグラスさん。素敵なクリスマスを」
手を振る芹奈に「君もね、セリーナ」とダグラスは投げキッスをする。
翔はグイッと芹奈の肩を抱いてキスを避けると、スタスタと歩き始めた。
◇
「わあ、クリスマスのムード満点ですね。とってもロマンチック」
フレンチレストランに着くと、芹奈はクリスマスツリーやイルミネーション、テーブルの上で揺れるキャンドルにうっとりと見とれる。
「私、こんなオフィススタイルで来てしまって。ドレスコード大丈夫でしょうか?」
周りのカップルはいかにもデートという装いで、芹奈は気後れした。
「もちろん大丈夫だよ。日本女性って、そもそもいつもオシャレだし」
「そうなんですか?でもパーティーでは外国の方の装いってすごくゴージャスですけど」
「まあ、パーティーではね。だけど普段はかなりラフだよ」
そう言って翔は優しく芹奈に笑いかける。
「君はいつだって綺麗だよ。何を着ても、どこにいても」
途端にスイッチが入ったように芹奈の顔は赤くなる。
「副社長。視察のお芝居まだ続いてるんですか?」
「ん?まさか。純粋にそう思ってる」
そうですか、と芹奈は気まずそうにうつむいた。
「ひょっとして忘れてた?俺が君を好きで、今君を口説くのに必死なこと」
「あ、えっと、そうですね」
「じゃあ、思い出させてあげる。俺は君の全てが好きなんだ。明るい笑顔も、優しい微笑みも、真剣に仕事をしている横顔も、ちょっと勝気だったり、時々拗ねたりするところも。一番好きなのは、寝起きの君かな?目がトロンとしてて無防備で可愛い。あと、ミーアキャットになった時も……」
「あ、あの、副社長。もう結構ですから」
「そう?それならイエスの返事をくれる?」
「いえ、それは……」
「頷いてくれるまで続けるよ」
いえいえ、本当に、と手で遮った時、オーダーしたワインが運ばれてきた。
「まあ夜は長いし、気長にいこう。それじゃあ、メリークリスマス」
「メリークリスマス」
二人はグラスを合わせてから、美味しいワインを味わった。
◇
美味しいフランス料理のフルコースを堪能しながら、芹奈は周りのカップルの様子に目をやる。
先程からあちこちのテーブルで、彼が彼女にプレゼントを渡していた。
「やっぱり今夜は指輪のプレゼントがダントツですね。四角いケースをパカッて開いて、彼女がキャッ!ってなってて。あとは花束も。スタッフの方も大変そうですね。サプライズの対応にてんやわんや」
冷静な芹奈のリポートに翔は苦笑いする。
「君もサプライズされたいタイプなの?」
「いやー、私はいいです。だって心臓に悪そうで」
「心臓!?そんな、お化け屋敷じゃないんだから」
「でもそこまでロマンチストでもないし、そもそも恋愛経験がほとんどないので慣れてなくて。普通にプレゼント交換したいです」
「そう。じゃあ普通にそうしようかな」
そう言うと翔は、ジャケットの内ポケットから四角いケースを取り出した。
「メリークリスマス。君へのプレゼント。受け取ってくれたら嬉しい」
えっ!と芹奈は目を見開く。
「副社長、話が違うじゃないですか?」
「は?どういうこと?」
「普通にプレゼント交換がいいって言ったのに。これじゃあサプライズですよ」
「そう?サプライズってもっとこう、真っ赤なバラの花束の中に指輪が入ってたり、デザートプレートにチョコレートで『 Will you marry me?』って書いてあったりするんじゃない?」
「えー!?そ、そんなことあるんですか?これはちょっと、世間のサプライズを調査しないと」
いや、だから!と翔は思わず真顔で止める。
「そんなことはいいから、プレゼント受け取って」
「え?あ、はい」
芹奈はおずおずと両手を伸ばし、翔の差し出したケースを受け取る。
「開けてみてもいいですか?」
「もちろん」
そっと開いてみると、ダイヤモンドの輝きが目に飛び込んできた。
「こ、これって、さっきのお店の?」
「そう、君が気に入ってたブレスレット」
「いつの間に?」
「ん?君が熱心にスパイ活動している間にね」
そう言うと翔はケースからブレスレットを取り、芹奈の左手首につける。
「うん。やっぱりよく似合ってる」
「そ、そんな。私、いただけません」
「どうして?君の為に俺が贈りたいだけなんだ。受け取って欲しい」
「でも私、副社長に何も用意してなくて。プレゼント交換出来ません」
「ははは!気にしなくていいのに。でもそれなら、リクエストしてもいい?プレゼント」
「はい、何でしょう?」
芹奈が身を乗り出すと、翔はにっこり笑った。
「抱き枕」
「……は?」
「ぐっすり眠りたいんだ。だから抱き枕が何より欲しい」
「えっと、それは、どちらに売ってますか?」
「非売品だよ。しかも俺だけの特別なね。さてと。デザートは部屋に用意してもらったんだ。行こうか」
「……は?」
話が呑み込めず固まったままの芹奈にクスッと笑い、翔は芹奈の手を取ってレストランを出た。
「失礼いたします」
入って来たのは芹奈だった。
朝マンションを出た時のスーツとは違い、アイスブルーのフレアスカートとオフホワイトのジャケット姿が大人っぽく美しい。
「お呼びでしたので参りました」
「ああ、ソファで待っててくれる?すぐ終わるから」
「はい、かしこまりました」
スッとソファに腰掛けた芹奈に、翔はチラリと視線を向けた。
バッグから取り出したタブレットを見ている真剣な表情は、キリッとしていて惚れ惚れする。
翔はパソコンをシャットダウンしてから立ち上がり、ジャケットに腕を通してコートを着た。
「お待たせ。行こうか」
「は?どこへ、でしょう?」
「ショッピングモールの視察。クリスマスの様子を見ておきたいんだ。君につき合ってもらえたら嬉しいんだけど、他に予定があったかな?」
「いえ、特には」
「じゃあ、食事がてら見に行ってもいい?」
「承知しました」
タクシーに乗ると、翔は「みなとみらいまで」と告げる。
(ええー!?そんなところまでタクシーで?すごい金額になっちゃう!)
そう思い、芹奈の頭の中はまた経済効果のことで一杯になった。
「副社長も、クリスマスにおける経済の動きに関心がおありなんですか?」
は?と翔は眉根を寄せるが、芹奈は真剣な表情で返事を待っている。
「ああ、そうなんだ。一年で最もお金が動く日かもしれないよな。その影響たるや、数字的にもすごいと思う」
「ですよね!私、今日はずっとそのことを考えていたんです。これから街に行って、肌でその感覚を確かめたいです」
「なるほど、ぜひそうしよう」
おかしなことになったと思いつつ、こうして二人で出掛けられることに翔はほくそ笑んでいた。
◇
タクシーが高速道路を下りると、これまで何度か訪れたみなとみらいは、辺り一帯がクリスマスの装飾で飾られていた。
その上今夜は、多くのカップルが行き交っている。
「すごいですね。見渡す限りカップルだらけ。わあ、イルミネーションが綺麗!ツリーも大きくてとっても素敵」
芹奈は興奮気味に翔を振り返り、そんな芹奈の笑顔に翔も目を細めた。
「人が多くて危ないから、こっちにおいで。迷子にならないようにな」
さり気なく手を繋いでも、芹奈は周りに見とれて気にしていないようだった。
翔はもはやニヤニヤが止まらない。
「じゃあ、まずはこのお店から視察しようかな」
そう言って、有名なジュエリーショップに入った。
「いらっしゃいませ。指輪をお探しですか?」
スタッフが笑顔で声をかけてくる。
目の前のショーケースには眩いばかりの指輪がズラリと並び、たくさんのカップルが肩を寄せ合って楽しそうに選んでいた。
「やっぱりクリスマスプレゼントと言えば、指輪なんでしょうか?」
芹奈が尋ねると、そうですね、とスタッフはにこやかに頷く。
「クリスマスイブにプロポーズをされて、今夜改めて婚約指輪をお探しになるカップルの方が多いです。ご覧の通り、店内は普段よりも随分賑わっていますし」
「そうですよね。クリスマスの経済効果たるや、ジュエリーブランドにとっても……」
真顔で話し続ける芹奈を、翔は横から遮った。
「あー、ほら。君も好きな指輪を選んで」
「ん?ああ!そうでしたね。えっと、では最近の流行のデザインと売れ筋の価格帯を……」
「そういうのはいいから!じゃあ、これ。ちょっとはめてみて」
翔が指差した指輪を、スタッフが手袋をはめた手でケースから取り出した。
「その前にお嬢様、指のサイズを測らせていただけますか?」
「はい、どうぞ」
「あ、左手をお願いします」
スタッフは芹奈の左手薬指のサイズを測り、6号ですね、と翔にささやく。
「お嬢様、ではこちらの指輪をどうぞ」
芹奈はそっと指輪をはめてみた。
「わあ、とっても綺麗な指輪ですね」
「ええ。こちらはダイヤモンドが最も美しく見えると言われるラウンドブリリアントカットで、カラーやクラリティも最高品質のものです。何より2カラットですからね、婚約指輪としてはこれ以上ないほどですわ」
「なるほど。ですが売れ行きとしては、もっとお手頃な価格のものの方がいいですよね?」
「そ、そうですわね。こちらの指輪などは、皆様によく選んでいただいています。ダイヤモンドも主張し過ぎず、普段使いもしやすいということで」
「確かに。これくらいのお値段が一番ポピュラーなんでしょうね。ちなみに今夜ひと晩でいくつくらい売れる……」
わー、もういいから!と、翔が横から手で遮る。
「じゃあ、違うコーナーも見てみようか。ね?」
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そこは比較的空いていた。
「君、いつも綺麗なダイヤのネックレス着けてるよね。それって男性からのプレゼントだったの?」
「違います。成人のお祝いに両親から贈られたものです」
「そうだったんだ!それなら良かった」
「ん?どうしてですか?」
「まあ、いいからさ。じゃあ、君へのプレゼントはネックレスではなくて、ブレスレットにしようかな。どのデザインがいい?」
「あ、調査ですか?それなら店員さんに売れ筋を聞いてみましょうか」
「売れ筋はいいの!君の好みは?」
怪訝そうにする芹奈に、「ほら、店員さん来たからお芝居して」と翔は小声でささやく。
「分かりました。えーっと、そうね。これなんかどうかしら?」
なぜだかマダム口調になる芹奈に、翔も合わせて頷く。
「ああ、いいね。君の細くて綺麗な手首によく似合いそうだな」
「試してみてもいいかしら?」
「もちろんだよ」
スタッフが、「こちらですね」と言ってケースからブレスレットを取り出し、芹奈の手首に着ける。
「わあ、素敵」
「うん。よく似合ってる」
シンプルながらダイヤモンドが所々に華やかに彩っている。
「こちらはフラワーモチーフになっておりまして、同じモチーフの指輪もございます」
「そうなんですね。とっても綺麗……」
しばし見とれてから、「ありがとうございました」と芹奈はブレスレットを外してスタッフに返した。
もう一度指輪のコーナーに戻ると、芹奈はスパイ活動のように目を光らせながら翔にささやく。
「副社長。私が見た限りでは、大体この価格帯の指輪が人気のようです。先程から次々と売れております」
「なるほど。値段を抑えつつ魅力的なデザインと高品質の商品を考えることが重要なんだな」
「おっしゃる通りです」
真面目な口調に吹き出しそうになりつつ、翔はなんとかスパイ活動を全うして店を出た。
◇
「ディナーは予約してあるんだ。行こう」
ジュエリーショップをあとにしてホテルへと歩き出した翔に、芹奈は驚く。
「副社長。クリスマスの夜によく予約が取れましたね?」
「うん、まあ、コネクションを嫌々使ってね」
嫌々?と芹奈は首をひねる。
だが前方に見えてきたホテルに、なるほどと頷いた。
「ハーイ!セリーナ。メリークリスマス!」
エントランスに入るなりダグラスに抱きつかれて、芹奈は苦笑いを浮かべる。
「こんばんは、ダグラスさん。メリークリスマス」
「君にこうして会えるなんて、何よりのクリスマスプレゼントさ」
芹奈にハグとチークキスを繰り返すダグラスを、翔が後ろからベリッと引き剥がす。
「もういいだろう、ダグラス」
「いや、もうちょっと」
「もう充分だ!」
「ん?今夜の予約を取ってやったのは誰だっけ?」
うっ……と翔は言葉に詰まる。
芹奈はダグラスににっこり微笑んだ。
「ダグラスさん、クリスマスなのに融通利かせてくださってありがとうございます」
「いいんだよ。セリーナの為ならこれくらい。今度俺とデートしてくれたらそれだけで」
「ふふっ、ダグラスさんお世辞も上手」
「お世辞じゃないよー。本気だよー」
そう言ってダグラスがまたしても芹奈に抱きつこうとすると、翔は慌てて芹奈の肩を抱き寄せた。
「ほら、もう行こう。予約の時間だから」
「はい。それじゃあ、ダグラスさん。素敵なクリスマスを」
手を振る芹奈に「君もね、セリーナ」とダグラスは投げキッスをする。
翔はグイッと芹奈の肩を抱いてキスを避けると、スタスタと歩き始めた。
◇
「わあ、クリスマスのムード満点ですね。とってもロマンチック」
フレンチレストランに着くと、芹奈はクリスマスツリーやイルミネーション、テーブルの上で揺れるキャンドルにうっとりと見とれる。
「私、こんなオフィススタイルで来てしまって。ドレスコード大丈夫でしょうか?」
周りのカップルはいかにもデートという装いで、芹奈は気後れした。
「もちろん大丈夫だよ。日本女性って、そもそもいつもオシャレだし」
「そうなんですか?でもパーティーでは外国の方の装いってすごくゴージャスですけど」
「まあ、パーティーではね。だけど普段はかなりラフだよ」
そう言って翔は優しく芹奈に笑いかける。
「君はいつだって綺麗だよ。何を着ても、どこにいても」
途端にスイッチが入ったように芹奈の顔は赤くなる。
「副社長。視察のお芝居まだ続いてるんですか?」
「ん?まさか。純粋にそう思ってる」
そうですか、と芹奈は気まずそうにうつむいた。
「ひょっとして忘れてた?俺が君を好きで、今君を口説くのに必死なこと」
「あ、えっと、そうですね」
「じゃあ、思い出させてあげる。俺は君の全てが好きなんだ。明るい笑顔も、優しい微笑みも、真剣に仕事をしている横顔も、ちょっと勝気だったり、時々拗ねたりするところも。一番好きなのは、寝起きの君かな?目がトロンとしてて無防備で可愛い。あと、ミーアキャットになった時も……」
「あ、あの、副社長。もう結構ですから」
「そう?それならイエスの返事をくれる?」
「いえ、それは……」
「頷いてくれるまで続けるよ」
いえいえ、本当に、と手で遮った時、オーダーしたワインが運ばれてきた。
「まあ夜は長いし、気長にいこう。それじゃあ、メリークリスマス」
「メリークリスマス」
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冷静な芹奈のリポートに翔は苦笑いする。
「君もサプライズされたいタイプなの?」
「いやー、私はいいです。だって心臓に悪そうで」
「心臓!?そんな、お化け屋敷じゃないんだから」
「でもそこまでロマンチストでもないし、そもそも恋愛経験がほとんどないので慣れてなくて。普通にプレゼント交換したいです」
「そう。じゃあ普通にそうしようかな」
そう言うと翔は、ジャケットの内ポケットから四角いケースを取り出した。
「メリークリスマス。君へのプレゼント。受け取ってくれたら嬉しい」
えっ!と芹奈は目を見開く。
「副社長、話が違うじゃないですか?」
「は?どういうこと?」
「普通にプレゼント交換がいいって言ったのに。これじゃあサプライズですよ」
「そう?サプライズってもっとこう、真っ赤なバラの花束の中に指輪が入ってたり、デザートプレートにチョコレートで『 Will you marry me?』って書いてあったりするんじゃない?」
「えー!?そ、そんなことあるんですか?これはちょっと、世間のサプライズを調査しないと」
いや、だから!と翔は思わず真顔で止める。
「そんなことはいいから、プレゼント受け取って」
「え?あ、はい」
芹奈はおずおずと両手を伸ばし、翔の差し出したケースを受け取る。
「開けてみてもいいですか?」
「もちろん」
そっと開いてみると、ダイヤモンドの輝きが目に飛び込んできた。
「こ、これって、さっきのお店の?」
「そう、君が気に入ってたブレスレット」
「いつの間に?」
「ん?君が熱心にスパイ活動している間にね」
そう言うと翔はケースからブレスレットを取り、芹奈の左手首につける。
「うん。やっぱりよく似合ってる」
「そ、そんな。私、いただけません」
「どうして?君の為に俺が贈りたいだけなんだ。受け取って欲しい」
「でも私、副社長に何も用意してなくて。プレゼント交換出来ません」
「ははは!気にしなくていいのに。でもそれなら、リクエストしてもいい?プレゼント」
「はい、何でしょう?」
芹奈が身を乗り出すと、翔はにっこり笑った。
「抱き枕」
「……は?」
「ぐっすり眠りたいんだ。だから抱き枕が何より欲しい」
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