距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい

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温泉宿は誰と行く?

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会社から歩いて5分ほどの料亭に入り、個室に案内される。

「休日だからか空いてますね。いつもはこの料亭、予約しないと入れないのに」

席に着いて季節のコース料理をオーダーすると、芹奈は部屋の中をじっくり眺めた。

「お部屋も落ち着いた雰囲気でいいですね。今度社長をお連れしたいです」
「ありがとう、いつも社長を気遣ってくれて。君のおかげで社長も仕事がやりやすいと思う」
「いえ、とんでもない。私の方こそいつも社長に助けられています。まだまだ力不足な私をおおらかに見守ってくださって、感謝しています」

翔はそんな芹奈を優しい眼差しで見つめる。

「力不足なんてことはない。その若さで社長の第一秘書を任されてるんだから。しかも一人で」
「いえ、それがですね。実は他に理由があるんです。本来なら村尾くんがそのまま社長の第一秘書で、私が副社長につくはずだったようです」

すると翔は、なに!?と真顔に戻った。

「ど、どういうことだ?なぜそうならなかった?」

予想外の食いつき方に、芹奈はたじろぐ。

「えっと、どうやら副社長が見目麗しいのが理由のようで……」
「は?訳が分からん」
「ですから、ハイスペックなイケメン副社長は女性社員にモテるだろうと。その横にいる秘書が私では、どうしてあんな子が?と言われてバトルが勃発する、という理由で村尾くんになったそうです」
「なにー!?」

翔はワナワナと拳を握りしめた。

「そんなくだらない理由で?本来なら君が俺の秘書になるはずだったのに?許せん!誰の差し金だ?」
「そ、そんな。悪事を働いたみたいに言わなくても……」
「だって俺から君を奪ったんだぞ?許すまじ!」

メラメラと闘志を燃やす翔に怯んだ時、料理が運ばれてきて芹奈はすぐさま手を合わせる。

「副社長、早速いただきましょう。ね?ほら、とっても美味しそうです」
「ああ、うん」

促されて翔も手を合わせた。



「お正月は実家に帰るの?」

美しく盛り付けられた美味しい品々を味わいながら、翔が芹奈に尋ねる。

「はい。大みそかに帰省して、3日間くらい滞在しようかと。と言っても実家は千葉なので、電車ですぐなんですけどね」
「そう、ゆっくりしてきて」
「ありがとうございます。副社長は?どう過ごされるんですか?」
「ん?そうだな。特に予定はないんだけど。そう言えば明日からの温泉宿の宿泊券を取引先からもらってたんだ。行ってこようかな?」
「温泉宿、ですか?」
「そう、伊豆のね。客室露天風呂もあって、なかなか人気らしい。もらったのは、1泊2日のペア宿泊券だったかな?」

ペア宿泊券……と、芹奈はうつむいて考える。

(副社長、誰と行かれるんだろう?)

チラリと視線を上げると、同じタイミングで顔を上げた翔と目が合い、ん?と首を傾げられた。

「いえ、何も」

芹奈は慌てて目を伏せて箸を進めた。



「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

店を出ると、芹奈は改めて翔にお礼を言う。

「どういたしまして。こちらこそ、つき合ってくれてありがとう。さてと。一度うちに寄ってもらっていいかな?車で送るよ」
「え?そんな。電車で帰れますから。それに副社長に運転させてしまって何かあったら、秘書としての立場がありませんし」
「勤務外なんだから、そんなこと気にしないで。じゃあ、行こう」

そう言って翔は背を向けて歩き出す。
芹奈は少し後ろを歩きながら、心の中で違和感を感じていた。

(副社長、いつもなら距離感ゼロでグイグイ肩を抱いてくるのに、今日はどうしたのかな?)

以前は肩を抱かれることにドギマギしていたが、今日はなぜか寂しく感じる。

(それに温泉宿も、誰と行くんだろう?)

下を向いて考え込んでいた芹奈は、翔が立ち止まったことに気づかず、ポスっと翔の背中に顔を突っ込んでしまった。

「大丈夫?」
「は、はい。すみません」

いてて……と芹奈が鼻に手をやっていると、翔がその手を握って顔を寄せてきた。

「見せて」
「いえ、あの。何ともないですから……」
「大丈夫そうだな。うん、可愛い」

そう言って芹奈の鼻の頭をチョンとつつく。
芹奈は一気に顔を赤らめた。

「ん?顔が真っ赤なのは、ぶつけたせいじゃないよな?」
「は、はい。違います」
「じゃあ、照れてるの?」
「そ、そうですね、はい」

素直に認めると、翔は、あはは!と笑って芹奈の頭にポンと手をやり、顔を覗き込んでささやく。

「今日も可愛いぞ?芹奈」

ブワッと芹奈の身体が一気に熱くなった。

(な、なに?今の。鼻チョンからの頭ポン!しかも至近距離で可愛いぞ?からの、芹奈呼び!)

あまりの合わせ技に、芹奈はノックアウトされてよろめく。

「どうぞ。乗って」

いつの間にかマンションの駐車場に着いていて、翔が白いスポーティーな車のドアを開けた。

「ありがとうございます。わあ、かっこいい車ですね」
「えっと、自宅の住所を教えてくれる?」
「あ、はい」

翔は芹奈が伝えた住所をカーナビに入力してから、ゆっくりと車を発進させる。

「副社長、普段から車は運転されるんですか?」
「たまにね。ドライブは好きなんだけど、日本の道路は走りにくくて」
「アメリカに比べたらそうでしょうね」
「ああ。でも明日の伊豆は車で行こうかな。いい気分転換になるし」
「あ、温泉……」

芹奈の頭の中で、先程の疑問が蘇る。

(温泉のペア宿泊券って、普通だったら彼女を誘うよね?えーっと、私は誘われてないし、そもそも彼女でもないし。はっ!もしかして副社長、気も合う身も合う、身体のお友達と!?)

両手で頬を押さえ、ドキドキする気持ちを必死で押し殺していると、「どうかした?」と怪訝そうな翔の声がした。

「いえ、あの。やっぱり欧米ではそんな感じなんですよね?」

そうだ。一夜を共にするくらい、どうってことないのだろう。

(だから副社長、私とも何度も同じベッドで寝たんだ。軽い気持ちなんだろうな。それに今まで何もなかったし。私は抱き枕で、夜のお友達はまた別にいるのかもね)

芹奈は、自分がひどく子どもじみているような気がした。

「大人の世界ですね……」
「ん?何が?」
「枕から見た恋人の定義です。私は、気持ちを確かめ合ってからじゃないと無理です」

は?と思わず翔は芹奈の方を見る。

「副社長、前を向いて運転してください」
「ああ、うん」

翔は、なんだ?と首をひねりながら、ハンドルを握っていた。



ワンルームマンションに着くと、芹奈は翔の手を借りて車を降りる。

「副社長、送ってくださってありがとうございました。今年も大変お世話になりました。来年もどうぞ……」
「いや、まだ早い」

年末の挨拶を遮られ、芹奈は、は?と顔を上げる。

「2泊分の着替えを持っておいで。ここで待ってるから」
「……は?あの、一体なぜ?」
「これから3日間、俺と一緒に過ごすから」
「はい!?あの、どういうことでしょうか?」

全くの理解不能な翔の言葉に、芹奈の思考回路はおかしくなった。

「そのままだよ。嫌なら気にしないで。下りて来なくていいから。じゃあ、車で待ってる」

スタスタと引き返し、車のドアをパタンと閉めた翔に、芹奈は呆然と立ち尽くす。

ポカンとしていると、運転席の翔がハンドルに両手を載せ、にっこり笑いかけてくるのがフロントガラス越しに見えた。

(いやいやいや、おかしいでしょ?どういうこと?)

そう思いながら、とにかく芹奈は部屋に行く。

「嫌なら下りて来なくていいから、待ってるって。日本語おかしくない?副社長、英語で言ってみてよ」

愚痴をこぼしつつ、頭の半分は冷静に「2泊分の着替えね」と考えながらバッグに詰めた。

「これから3日間、一緒に過ごす?それって、明日の温泉宿もってこと?抱き枕の出張かしら」

チラリと左手首のブレスレットに目をやる。

「え、もしかして!このブレスレットとプレゼント交換したってことは、私は未来永劫、抱き枕のお役を務めなくてはいけないの?なんてこと……」

それは困る。
ここはクーリングオフについて相談させてもらおう。

芹奈は頷くと、荷物を持って再びエントランスに向かった。
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