ある間諜と子爵令嬢の独白

Rachel

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番外4. 糾弾(令嬢視点)

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「きゃあああっ!」

すぐ近くで絹を裂くような叫び声がして、私は顔を上げた。

悲鳴はおそらく王太子の寝室だ。
私はちょうど衣装室で、王太子の明後日着る正装を侍女長と整え直しているところだった。

「いよいよですね」

侍女長は厳しい顔で言うと、持っていた肩章を棚にしまった。

「行きましょう、レリア。くれぐれも騒ぎ立てることのないようにね」

うう、やっぱり私も行くのね。私はしぶしぶ侍女長に従った。




夕刻に王太子が使用人たちを執務室に集めて計画を説明したとき、彼はその寝室に居合わせる人間まで指定した。
もちろん寝室といっても広間ではないので、使用人全員を入れるわけにはいかない。まずは選ばれたのが王太子の側近二人と親衛隊が七人、それから侍従二人、そして侍女長が何かあればすぐに寝室に駆けつけることができるようにと命令が下った。妥当な人選である。
しかし、これに加えて王太子は「レリア、お前もだ」と命じたのだ。
なによそれ。一介の侍女、しかも新人である私がそこに居合わせる意味はないはず。絶対におかしい。
一体何の嫌がらせかと抗議しようとしたが、その前に王太子は説明してくれた。

「お前は最近まで社交界に出入りしていただろう。今回の侵入者がほんとうにその人物なのか見極めてほしい、本人ではなかったら困るからな。お前は我が国の家臣として仕える貴族の令嬢として優秀だ。頼んだぞ」

王太子は爽やかに歯を見せて笑顔を浮かべ、片目をつむって見せた。私が悪寒を覚えたのと同時に、あちこちから若い女たちのため息が聞こえる。
確かに、私より前に貴族の娘が侍女として迎えられたのは、もう二年も前のことだ。侍女になれば社交界から離れた生活を送ることになる。くだんの二人、デュボワ公爵令嬢マルティーヌとランベルト侯爵令嬢エロイーズを、私がこの前の宮殿の舞踏会で見かけているから適役だと言っているのだ。
だが、待ってほしい。彼女たちの顔など誰が見たって一緒だ。
王太子本人だって舞踏会にいたし、なんだったら彼女たちと踊ったその辺の貴公子でも連れてくればいい話じゃない。一晩眠らせずにこんな明け方の時刻に、しかも修羅場に居合わせるなんて絶対私に対する嫌がらせだわ。毎晩私が嫌々寝室に水を持っていくのに対する当てつけかも。いいえ、そうに違いないわ。



心の中で王太子に対する不満を呟きながら、侍女長の後ろについて寝室に近づくと、どうやら事はすでに始まっているようだった。
王太子の低く厳しい声と、令嬢の泣き叫ぶような声が聞こえてくる。

「……黙れ、お前たちがここにいる時点で言い訳にもならんぞ。マルティーヌ嬢にエロイーズ嬢、お前たちの正体はとうに見抜いている」

「そんな、殿下っ! 私は!」

「わ、私はまだ何も……」

……今、王太子は二人の名前を読んだわよね? 私が修羅場に居合わせる意味がほんとうにあるのかしら。

めんどうだと思いながらそれでも侍女長と一緒に寝室に入ってみると、すでに中には王太子が命じた人物たちが立ち並んでいた。
いいえ、あの場にいなかった人もいるわね、暗い色の服に口元を覆っているからジャンと同じ仕事の人たちだわ。
部屋に集まった者たちは皆、燭台を持っているので煌々と明るい。そのためデュボワ公爵令嬢マルティーヌの泣きそうな表情がよく見えた。彼女は薄い夜着に身を包み、ベッド脇に立ち尽くしていた。
そしてベッドにはランベルト侯爵令嬢エロイーズが白いシーツを肩から羽織ったままの状態で座り込んでいる。
あら、彼女の隣で眠っている王太子の身代わりがいるようだけど、この騒ぎでも起きないなんて薬でも盛られたのかしら。夜中に私が持っていった水には特に何も入っていなかったし、それに飲んでいないようだっただけど。


「二人とも、夜這いとは大それたことを企んだものだ」

冷たい声で言った王太子は、入り口から一番遠く、マルティーヌたちとベッドを挟んだ部屋の奥に立っていた。後ろには側近と護衛の親衛隊の者たちが数人控えている。

「わ、私はただこの部屋を間違えただけですわ、ベッドを見たらこの女がいたからびっくりして……!」

マルティーヌがわめくと、エロイーズが「んまあしらじらしい、そんな格好して、あんただって私とおんなじ目的でしょ!」と噛みつくように言った。

ああ、わかった。
マルティーヌは夜着に着替え、使用人部屋を抜け出してこの王太子の寝室まで入り込んできたはいいが、ベッドにすでに先客がいた。それに驚いて思わず悲鳴を上げてしまい、王太子や皆が集まってきて、エロイーズも目を覚ました、そんなところだろうか。

「デュボワ公爵令嬢、お前はイザークのメイドになりすまして侵入したな」

彼は宝石のように美しい目を細めて続けた。

「紋章のブローチまで見せたと聞いたぞ。そんなもので我が宮殿の者たちを欺けるとでも思ったのか。どうやって手に入れた?」

「も、紋章は苦労して商人から取り寄せました……」

「ほう、公爵家は闇市に出入りする商人を使っているのか」

「で、でもこうするしかなかったのです。殿下、お聞きください! 私は公爵家の娘、一番殿下に近い家柄ですわ。私はこの国の高貴な血筋を守りたかったのです、ただそれだけですわ」

「なにが高貴な血筋だ、笑わせてくれるな。違法の経路で紋章を手に入れておいてよくもそんなことが言える。そもそもお前のそういう考えがすでに下賤だとなぜわからぬ」

「お言葉ですが、イザークなど、所詮は取るに足らぬ弱小国! そのような汚らわしい血を……」

「汚らわしい血だと?」

隣国を蔑む言葉を遮った王太子の声は、今までで一番低く恐ろしく聞こえた……その部屋の空気が一瞬で冷たくなるほどに。
どうやら地雷を踏んだようね。
出口近くに立っている侍従など、自分が怒られているわけでもないのに真っ青な顔をして足を震わせている。気の毒に。できることなら「もう下がって部屋に戻っていいわ」と言ってあげたい。

「良いかデュボワ公爵家の娘よ、教えてやろう」

王太子は息を吐いてから低い声のまま言った。

「名を偽って宮殿に侵入し、宮廷の者を欺こうとしたお前の行為は、我が王家に対する侮辱であり、謀反でもあり、許されないことである。よってお前は投獄させてもらう。牢から出るときはお前の一族ともども爵位剥奪だということを覚悟しておけ」

それを聞いたマルティーヌは目を大きく見開いて、絶望的な表情になった。

「嘘!? そ、そんな……!」

これだけのことをしたならなんらかの処罰は免れられないかもしれない。
王太子一人にこの国の貴族の、しかも公爵家の爵位剥奪などできるのかは甚だ疑問だけど、今の王太子の怒りの様子だとただではすまないわね。

「それからランベルト侯爵令嬢」

王太子はベッドの上に座り込んでいるエロイーズに視線を向けた。呼ばれた令嬢の肩が強張ったのがわかった。

「お前は父親の命令で優秀な忍びと一緒に侵入したらしいな。ああ、その前にまず忍びが変装していた薬草売りの解毒剤だったか。彼女は私のもとに毒入りの菓子が届いたことも知っていた、よほどの情報通らしい。それだけではないぞ、まさか部屋に睡眠薬の香をたくとはな。おかげでそこにいる私の身代わりはぐっすりだ」

睡眠薬の香ですって? なるほど、それを使ってエロイーズ様は王太子が眠っているところに侵入してそのまま朝を迎えるつもりだったんだわ。あら、でもその“優秀な忍び”はどこにいるのかしら。

そのとき、何か耳がキーンとなるような音が聞こえた気がした。
すると、先ほどまで怒りをあらわにしていた王太子が、突然にやりと笑みを浮かべた。

「だが、私の忍びの方が一枚上手だったようだな……入ってくれ」

王太子が呼びかけるように言うと、寝室の扉がギィと開き、全身黒い服を着た人物がぬっと現れた。

ジャン! 
私は驚きの声を上げそうになるのを堪えた。
珍しく大勢の者がいる場に現れた彼は、後ろから何かを引きずっていた。親衛隊たちの手を借りて部屋に運びこまれたのは、なんと網にかかって拘束された女だった。縛られ、さるぐつわも噛まされている。
この人が……エロイーズと一緒に侵入した忍び? ランベルト侯爵が雇ったというのが彼女なのね。

ランベルト侯爵令嬢は拘束された彼女をベッドから見下ろしたがすぐに顔を背けた。
王太子が言った。

「彼女がいることにお前は安心し過ぎていたようだな。この女が香を仕掛けたことも、お前がまだ危険だとこの女に止められながらも部屋に侵入してベッドに入り込んだことも全て知っている。私を含め、そこに立っている者たちは皆眠らずに見ていたからな」

エロイーズは何も言わなかったが、自分が迂闊だったことを悔いているように見えた。

「殿下、よろしいでしょうか」

突然ジャンが口をきいた。

「どうやらまもなくランベルト侯爵がこちらへ来られるようです」

「ほう、そうか」

王太子は口の端を上げた。

「娘が寝取られた、どうしてくれるのだと言う練習をして意気揚々と参るのだろうな……まあ良い、彼の相手もしてやろう、ランベルトの方はどうせ父親が黒幕だ。こちらには人質も証拠もあるのだ。それまでは」

王太子は厳しい表情のまま片手を上げる。同時に親衛隊たちが動き、マルティーヌとエロイーズの二人は両側から拘束された。

「二人で仲良く牢の中で自分のしたことを悔いるが良い」

王太子はそう言うと、親衛隊長に頷いてみせた。それを合図に、彼らは令嬢たちを捕らえたまま歩き出した。

「や、やめて! お願いです殿下、許して!」

「どうかお考え直しを! お慈悲を……!」

必死に許しを求める声にも、もう王太子は反応することなく、そのまま二人は数人の親衛隊たちに連行されて寝室を出ていってしまった。
哀れとは思わないけど、いくらなんでもあの恰好では寒いわよね。せめて着替えくらいは持っていってあげようかしら。

彼女たちが去っていったのを見届けた後、王太子は拘束されている間諜の女の方を「さて」と見下ろした。彼女は少し肩を震わせて下を向いている。

「こちらの方は少し興味深い……話によれば、お前は薬も調合できるらしいな。宮殿で雇えるかどうかは検討しておきたいところだが」

「殿下」

後ろにいた側近の一人が咎めるような声を出した。王太子は「わかっている」と振り返らずに返事をしてから、今度は彼女を連れてきたジャンと残っている親衛隊たちの方を向いた。

「ひとまずこの女も牢だ。さるぐつわは噛ませたままだ、殺すでないぞ」

王太子の命令で、ジャンは親衛隊の数人と一緒に忍びの彼女を抱えて寝室を出ていった。
ジャンは彼女と戦ったりしたのだろうか。彼の声が先ほどよりも疲れていたように感じた。ほんとうなら駆け寄って、彼の顔色を確かめたかったのに。


「お前たち」

ジャンや親衛隊を見送ると、王太子は出口付近にいた侍従二人に言った。

「悪いが謁見の間に灯をともして準備をしておいてくれないか、聞いた通りランベルト侯爵がもうすぐ見える」

侍従たちは「かしこまりました」と言って寝室を出ていった。
そのとき王太子の後ろにいた側近の一人が少し眉を寄せて「殿下」と言った。

「これから侯爵と会われるのですか? 今夜は一睡もしておられないのに、そのような……」

「良いではないか、今日は徹底的に悪事を暴くと決めていたのだ。それに、わざわざ黒幕が出向いてくれることなど、めったにないだろう……侍女長」

王太子が私の隣の人物に視線を移した。

「使用人部屋で控えているデュボワ公爵のメイドたちは屋敷へ帰すが良い。彼女たちには何の非もなかろう」

「かしこまりました」

侍女長が小さく頭を下げて部屋を出ていこうとするので、私も彼女の後ろについて従おうとしたが、王太子が「ちょっと待て」と声を上げた。

「どこへ行く、レリア」

「牢獄は冷えます、ご令嬢たちに何か着る物を思いまして」

「ほう、気が利くではないか。だがお前は残れ。侍女長、頼めるか」

侍女長様、それは私の仕事です。どうかお断りくださいという視線を送る。しかし侍女長はこちらを見ることもなく、ただ「承知しました」と言って、寝室を出ていってしまった……私を残して。

王太子は私の不服そうな視線には目もくれず、後ろの側近たちに言った。

「お前たちは謁見の間でランベルト侯爵をもてなしてくれ。絶対に彼を帰してくれるなよ、すぐに私も行く」

側近たちは顔を見合わせ、少し眉を下げたが頭を下げた。

「かしこまりました……あまりご無理はなさらず。昼には本物のイザークの使いが来ることをお忘れなきよう」

王太子の「わかっている」という返事を聞くと、側近の二人は寝室を去っていった。
次に、王太子は口元を覆った間諜らしき者たちの方を向いた。

「リュークはここで寝させたままで大丈夫だ。そのうち目覚めるだろう。お前たちは謁見の間でランベルトを見張ってくれ」

言われた二人は「御意」と小さな声で言うと、すすっと音もなく部屋を出ていってしまった。
忍びの人ってみんなあんな風に静かに歩くのかしら。ジャンは上から下に落ちてくるときも音を立てない。私も貴族の娘として静かに歩く練習をしたけど、あそこまではできないわ。一体どんな訓練をするのかしら。


「ところで最近思うのだが」

私はぼんやりと後ろの出口の方を見ていたが、王太子が口を開いたのに、はっと前を向いた。
部屋を見回すと、いつのまにか私と王太子、そしてベッドの中で眠る身代わりの男だけになっている。
今のは私に話しかけているのだわ。はっと見ると、王太子は目を細めてこちらを見ていた。

「貴族から外れて侍女になってから、お前は私に遠慮というものがなくなったな。仮にも雇い主が部屋にとどまれと言えば、文句も言わずに従うのが道理だろう。それなのになんだ、そのふてくされた顔は」

ふてくされた顔ですって! 私の顔はもともとこんな顔をしているわよ。

「子爵令嬢というものはしがらみが多いのです。貴族は王族の臣下、逆らえませんものね。嫌なものは嫌だとはっきり言えない生活から抜け出せて、私は幸せですわ」

私は努めて冷静に返した。

「臣下が聞いて呆れるな。お前、主従というものを履き違えていないか?」

「十分に存じております、どうかご心配なく。ところで私を残した理由はなんですか、こうした当てこすりを言うためでしょうか?」

私の問いに、王太子は「あ、いやそれは」と口ごもった。なんだか急に照れ始めた様子だ。
……当てこすりの意味を知らないのかしら。はっきり"嫌味"と言えば私の皮肉が通じた?
私は眉を寄せて首を傾げた。

「ご用がないのであれば、下がらせていただき……」

「ま、待ってくれ!」

王太子が真面目な顔で引き留めた。
一体なんなの? 不平を言ったり、突然照れたり、真剣になったり、なんだか気味が悪い。

王太子は言った。

「その……今回のことだが、その、ディ、ディートリンデに言っておくべきだと思うか」

ディートリンデ様に?

「今回のこととは、この夜這いを失敗させる作戦のことでしょうか」

「いや、その……今回のことだけではなくすべてだ。私がディートリンデと婚約してから今日までのことを、彼女に話しておいた方がいいのか……その、わからなくて、だな」

わからない? 隠しておく必要があるだろうか、この国に住んでいれば、あの聡い王女ならわかってしまうのに。

王太子は続けた。

「そ、その、すべて阻止したとは言え、彼女たちは私の妃になりたいと願った者たちだろう……私はただでさえディートリンデに自尊心の高い男だと思われている。だから、そのそういう話を……私が自分で話すのはなんとも……」

ああ、そういうこと。
大勢の女たちに襲われそうになったと自分で言うことが、自惚れのように聞こえはしないかと懸念しているのね。
そんな小さなことを気にするなんて、やっぱり彼はディートリンデ様に対して本気なのだわ。
私は咳払いをした。

「言い方にもよりますが、そういうお話は隠される方が嫌な思いをするものでございます。ご自分ならどのように話をされたら気分を害さないか、お考えくださいませ」

「そ……それがわからぬから聞いているのだ。彼女によれば、私の話はどれも尊大に聞こえるのだそうだ」

さすがディートリンデ様、よくわかっていらっしゃるわ。王太子は自慢話が日常だから感覚がおかしいのよ。
しかし王太子が自分の所業を気にするなんて、滅多にないことだ。へたなことは言えないわね。
私は少し考えてから言った。

「お話をするときはなんでも相手を思いやってから口を開くようにしてはどうでしょうか。今回の件であれば、王太子妃の座を狙っていた者たちが幾人もいたということは、ディートリンデ様を疎ましく思う者が少なからずいるということでしょう? それはあの方の危険にも繋がります。ですから十分気をつけてほしい、また何かあったらすぐに打ち明けてほしいと言い添えれば、少なくとも尊大には聞こえないかと」

「おお、そうか……なるほど!」

王太子の青い目が大きく広がる。

「彼女を思いやっていることを前提に……そうすれば私の愛の真心も伝わるな!」

「……それはどうかわかりませんが、常に相手の気持ちを思いやることは大事です。それに、今回の件では宮殿の者たちが皆一丸となって殿下をお守りしたでしょう? それは私たちがディートリンデ様を歓迎していることと同じ。どうかそのこともぜひお伝えください」

「おおそうだな、確かに味方が増えるのは嬉しいだろう……いや、お前は全く素晴らしい! さすが社交界を生きてきただけあるな、感謝するぞ、レリア」

にこにこと嬉しそうに笑顔を向けてくる王太子に、私は苦笑いを浮かべた。
なぜ侍女である私がこんな相談を受けているんだろうか。彼の教育係は仕事をさぼって何をしていたのかしら。
このままこの先も彼の相談役を務めるのは願い下げだと思っていた時、ふと頭上からかすかな息遣いが聞こえた気がした。
はっとして振り返り、天井を見上げる。
もしかして。

王太子は私が突然天井を見つめたのに「おや、どうした」と不思議そうに尋ねたが、すぐにわかったようで言った。

「ああ、さてはジャンだな? そこにいるのなら下りてくるがよい」

王太子が少し声を張ると、天井の隙間からすっと黒い影が下りてきて、すぐ目の前に膝をついて頭を下げているジャンが現れた。
やっぱり彼だったのね! 私は再び姿を見ることができて自然と顔がほころんだ。

ジャンが小さな声で言った。

「……報告に参りました。例の女を東の牢へ入れました、令嬢たちとは離れています。それからランベルトがまもなく謁見の間に通されるようです」

「うむ、ごくろう。礼節はいいから、立って顔を上げろ、口の覆いも取れ」

立ち上がり顔を明かしたジャンは、やはり疲れた表情をしていた。彼は一瞬だけ私の方を見て小さな笑みを浮かべてくれたが、すぐに真面目な顔に戻って主人の方を向いた。

王太子は目を細めてジャンに言った。

「此度はよくやってくれた。やはりお前に任せて正解であった……二つ気になることがあるのだが、きいても良いか」

「なんでしょうか」

「まずはあの睡眠薬の香だ。あれが置かれたばかりのとき、お前は香のけむりを吸わないようにと言っていたが、もう今は眠くならない。けむりは窓の外に出ていったということなのか?」

確かにそうだわ。睡眠薬の香と聞いたときはどきっとしたけど、この部屋にすでに集まっていたみんなは、ベッドの中の身代わりの人を除いてちゃんと起きていた。あのエロイーズだって、マルティーヌの悲鳴で起きたのだ。
王太子の問いに、ジャンが「ああ、それはおそらく」と言った。

「あの香は即効性のあるものだったからかと思います。捕らえた女が寝室に戻ってきたとき、彼女は覆いをとって匂いを確認していました。最初は彼女に薬の耐性がついているのかと思っていましたが、その後に入ってきたランベルト侯爵の娘もなんともないようでした。なので……」

「香のけむりは、たかれた直後にしか効き目がなかったということか」

「はい、おそらく空気に触れ続けると効き目がなくなるかと。ただし、効き目の方も即効性があるようでした。実は、殿下に言われてもう一度香をたいたときに俺も少しけむりを吸いまして、すぐに眠気に襲われ……」

「なんですって」

思わず口を挟むようにして声が漏れてしまったが、これは聞き捨てならない。殿下に言われてもう一度香をたいた? この男は彼をそんな危険な目に合わせたのだろうか。
ぎろりと王太子に視線をやると、彼は「い、いや、あれはやむをえなかったのだ」と言い訳し始めた隣で、ジャンが「レリア、大丈夫なんだ」と私に言った。

「俺はこういうことには慣れてるから。あのときは気つけ薬を持ってたからそれですぐに眠気が覚めた」

「そうなの……? それならよかった」

私はほっと胸を撫で下ろした。それじゃ、襲われることはなかったのね。さすがジャンだわ。

王太子は「そ、そうなのか、すまなかったな」と言って私の方をちらっと見てから再びジャンを見た。

「もう一つ気になっているのはそれからのことだ。お前はあの女をどうやって捕らえたのだ?」

私もそれは疑問だった。話を聞く限り、彼女はとても手強そうに見えた。なんせジャンと同業者だ。
ジャンは恥ずかしそうに下を向いた。

「大したことはしてません。俺は……戦闘向きの人間じゃありません。恥ずかしながら彼女と対峙したところで、俺に勝算があるとは思えませんでした。だから、この宮殿に張り巡らされた罠や仕掛けに頼ろうと思いました。彼女が俺を追いかけてくるように仕向けて、相手が罠に嵌るまで俺はただ逃げ続けただけです」

この宮殿に罠! そんなものがあったことすら知らなかったわ。

王太子は納得したように頷いた。

「そうか、だからあの女は妙に粘着性のある網にかかっていたのだな。まさに間諜におあつらえむきの場所で捕らえられたということか」

「……しかしやはり彼女はやり手です。他にある罠をいくつも突破しておりました。加えて動物のような耳と反射神経を持ち合わせています。この網にかからなかったら、俺は彼女に追い詰められていたかもしれません」

宮殿の片隅に追い詰められるジャンを想像して、背筋がぞっとした。やっぱり彼は危険な役回りだったのだ。
私はすぐそばに立っている自分の夫である男を祈るように見つめた。
こうして彼が無事にここにいることはほんとうにありがたいことなのだわ。どうかもう彼が二度と危ない目に遭いませんように。

私がそんなことを考えている一方で、王太子は「ううむ、ではやはり前向きに検討するか」と呟いてからジャンに言った。

「あの女を野放しにするのは危ない……というより惜しい。ランベルトに制裁を与えた後に牢に行って彼女と話をつけるようにしようと思う。側近たちはうるさいだろうが……お前はどう思う、ジャン」

ジャンは難しい顔をした。

「なんとも言えません。俺もきちんとした会話はしていませんので。雇うかどうかは、彼女次第なのではないでしょうか。話すときはくれぐれもご用心を」

「そうだな……まあ十分気をつけよう」

それから王太子はふっと笑みを浮かべて彼の肩に手を置いた。

「ほんとうによくやってくれた、ジャン。お前がいなければ、こうもうまくはいかなかっただろう。褒美に何か望みがあれば叶えてやるぞ」

望みがあれば叶えてやる! なんて高飛車な言い方かしら。私は鼻を鳴らしたくなるのを堪えてジャンを見た。
王太子の言葉に、ジャンは戸惑うような表情を浮かべていた。

「俺は給料がもらえればそれでいいです」

王太子は「そんなことは知っている」と口をへの字に曲げた。

「それ以外の話だ。金のほかに何か望みはないのか? もうすでに用意しているものもあるのだが、それはまた別だ……私は王太子だからな、たとえば、食べたい物はないのか。良い服なんかどうだ、それにあれだ、お前の銅像を造らせることもできるぞ」

自分の銅像を造りたいなんて思うのは殿下、あなただけですよという言葉を私は飲み込んだ。
ジャンの方は少しだけ思案していたようだったが、「では一つだけ……」と言った。

「ディートリンデ王女がいらしたら……その、レリアを殿下の専属から外していただけますか」

え……私を?
思わず彼の方を見ると、ジャンは下を向いてしまった。彼はこぶしをぎゅっと握って床を見つめたまま続けた。

「その……恐れながら、レリアを殿下ではなくディートリンデ様の専属侍女に移してもらうことはできませんでしょうか」

そう口にする彼の表情は赤く染まっていた。それはまるで恥ずかしさを押し殺しているようで、私は彼の心に嫉妬があったことを初めて知った。

ジャンの願いは王太子も予想外だったようで、彼は目を瞬かせていた。

「レリアを私の専属から外せだと? 彼女が私の専属だと、お前に不都合でもあったのか」

そう言われたジャンは困った顔になって、ますます下を向いた。
王太子は訝しげに言った。

「答えなければわからぬ。喧嘩をしたわけでもなかろう。そもそもレリアがお前と会いやすかろうと思って、私の専属にしたのだぞ? レリアは常に私といるのだから必ずーーあっ」

突然王太子は言葉を途切らせてから、わずかな沈黙の後すべて悟ったかのように勝気な笑みを浮かべた。なによこの顔、いやね。
私は胡散臭そうなその笑顔にこっそり辟易した。

王太子はにやつきながら言った。

「……わかった、いいだろう。ちょうど侍女長に輿入れするタイミングでディートリンデ付きになる侍女を割り当ててくれと頼もうと思っていたところだ。レリア、そういうことだ」

「はい、承知しました」

私はすぐに頭を下げた。

ようやく王太子から解放だ。イザーク国からついてくる侍女もいるだろうが、私はなによりもあの屈辱を味わわずに済むのだ。そのことが何よりの喜びだった。
王太子はそんな私を見下ろして「ふん、お前はばかに嬉しそうだな」と言った後に「ジャン」と呼びかけた。
彼が顔を上げると王太子は言った。

「その、気を悪くさせていたなら悪かったな。だが、心配する必要はない。私は彼女に毛虫のように嫌われているし、私はここまでしたたかな女は……」

そのときちょうど寝室の扉が叩かれて、侍従がひょこっと困ったような顔を出した。

「あのう殿下、ランベルト侯爵様がお待ちです、その……お怒りのようです」

王太子は「時間切れか」と呟いた。
ちょっと、今私の悪口を言おうとしたわよね? ジャンの気持ちを慮るからと言って、人を侮辱していいと思っているのかしら。

私の視線を流して、王太子はジャンに言った。

「そこのリュークはそのまま寝かせておいてやってくれ。お前ももう休め……と言いたいところだが、あの間諜の女が気になっているだろうから様子を見にいっても良いこととする。ただし、二時間仮眠を取ってからだぞ。いいか、十五分ではない、きっかり二時間だ。サバ読みをするな」

ジャンは苦笑いを浮かべて「承知しました」と言った。そしてやっと王太子は咳払いしてこちらを見た。

「そう睨むな、レリア……ベッドのシーツはリュークが起きてから替えておいてくれ。それから朝は軽いもので頼むと調理場に伝えておけ」

「承知しました」

私が返事をすると、王太子はカツカツと靴の音を鳴らして寝室を出ていった。

扉がパタンと閉まると、私はすぐにジャンの方へ駆け寄って、彼が「わっ」と声を上げるのにもかまわずぎゅっと両腕を回して抱きしめた。

「よかったわ……無事で。ずっと心配していたのよ、あなたの身に何かあったらって」

彼の仕事は情報を掴むことだけだと思っていた。まさかあそこまで危険をおかして侵入者を捕まえていたとは。
この二ヶ月で、彼は一体何度危ない目にあってきたのかしら。命がいくつあっても足りないのではと思う。
しかし彼はこの仕事を天職としている。そして内密に情報を得るという彼の仕事から、危険を取り除くことなどできないだろう。
それならば私は彼の無事を祈り、信じるしかないのだ。

「レ、レリアこそ」

ジャンが口を開いた。

「レリアこそ心配させてる。今日初めて寝室に入ったあんたを見たけど、ベッドの横で男に笑いかけるなんて」

え?
私は腕を解いて彼を見上げた。
ジャンは口を歪め、視線を床に下げて続けた。

「ベッドの脇であんな風に笑顔を見せたりなんかしたら、何をされるかわからないんだぞ、あ、あんたはほんとうに美人なんだから……お、おい! なんで笑う、俺は真剣に言ってるんだ」

「ふふふっ!」

私は抑えきれずに笑い声を上げてしまった。

「だって仕事なんですもの。毎夜殿下がお水を飲まれるから持っていくようにって侍女長様に言われているのよ」

「で、でも、夜に男の寝室に入るんだからもっと警戒するとか……」

ジャンは拗ねたように口をへの字に曲げている。ああ、そうかと私は思った。きっとジャンはそのことを気にして、私を王太子からディートリンデ王女の専属に移してくれたのかもしれない。
私自身はあの王太子の妙に癇に障る態度から解放されることに純粋に嬉しく思っていたけど、ジャンはほんとうに私の身を案じてくれていたのね。
そう思うと心がじんわりと温かくなり、自然と笑みが浮かぶ。

「ありがとう、ジャン」

私はすぐ目の前のジャンを見上げたまま言った。

「これからはうんと気をつけるわ……でもあなたも無茶はしないで。あの王太子はあなたになんでもやらせるんだから」

「なんでもやらせるって言ったって、そんな大したことじゃ……」

ジャンはちらりとだけこちらに目を合わせたが、すぐに逸らして咳ばらいをすると「わかったよ」と答えた。

「でも、レリアが王太子の専属から降りることをあっさり受け入れたのには驚いた。あんたほど王太子に信頼されてる侍女はいないのに」

私は苦笑いを浮かべた。

「私が何があっても絶対に彼を好きにならないからっていう保証があるからよ。私にはジャンという、とても魅力的で素敵な人がいるもの」

私がそう言うと、ジャンは突然私から一歩下がって、両手で顔を覆った。

「どうしたの、ジャン」

「……いや、その、聞き慣れないことを言われると、どんな顔をしていいのかわからないから……気にしないでくれ」

そう言ったジャンはしばらくそのまま俯いていたが、やがてふっと顔を上げた。もういつも通りの、これから仕事をしようとするきりっとした顔になっている。
彼は黒い布を取り出して口元を覆った。

「それじゃ、俺は牢の方に行ってくる」

「え? さっき王太子に二時間眠るように言われたばかりじゃない」

「……牢の天井裏は空間が広い。そこで仮眠を取る」

私が疑い深い目を向けると、ジャンは心外だと言うように「ほ、ほんとうだ」と語気を強めた。

「わかったわ。私も新しいシーツの用意をしておかなきゃ」

私は寝室の扉の方に向かったが、あっと思い出して振り返った。

「その口元の布、前に私が涙を拭かせてもらった物でしょう? よかった、また使っているのね!」

あれから念入りにきれいに洗って彼に返したが、口に当てる物なので捨ててしまったかもしれないと思っていたのだ。
嬉しくなってふふっと笑みを浮かべながら、「それじゃあね」と彼のいる寝室を後にした。


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