クールな見かけに惹かれましたが、何か間違いましたか?

羽月☆

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8 最近のひそかな楽しみ ~萩原~

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数か月前、正確には春、4月の後半くらいか。
時々社食で見かける新人コンビも2年目になったらしい。
たくさんの中でとりあえず見かけない顔を少しずつ覚えていく。
名前は知らなくても顔だけなら1年あれば大体わかる。
そして人は小さな塊ほど覚えやすいもので。
その2人は時々4人になる。
そうなるとあまり個人を意識しないけど2人になると、それが毎日同じ組み合わせだとなんとなく覚えやすいから。
2人は雰囲気が似ていて小さな猫がじゃれ合うように楽しそうに食事をしていた。
猫みたいなコンビだな・・・ただそれだけだった。
廊下で会えば挨拶されるので挨拶するくらい。
課だってはっきりしない。特に知ろうとはしてもいなかった。

ある日その一人素朴で大人しい感じの子の方が突然大きな声を出して、驚きながら立ち上がった。
椅子のガタガタという音とともに周囲の音が引いて、一瞬注目される。
いつもはそんなこともない大人しいコンビだった。
珍しいこともあるものだ。

その子の声は「え~、うっそ~。」ただそれだけだった。

途端に我に返り小さく周りにお詫びの礼をすると椅子を引いて座る。
ゆっくりと周りの空気も元通り動き出す。
自分の周りは相変わらずで、ひたすら食事を見つめて食べていたのだが、少し気になって視線を止めたままになった。
彼女の隣でもう一人が真っ赤になっている。

「もう、琴ったら・・・・・」

意識するとちゃんと声まで聞こえるもんなんだな。
そんな風に思って聞いていた。

「ごめん。だって・・・・驚いて・・・。」

一度声を覚えると小さな声でも選択して拾えるのかもしれない。
やり取りもはっきりと聞こえてくるので聞いていたのだが。

「じゃあ・・・・あとは私だけ・・・・一人・・・・・寂しけど・・・・・で、・・・・。」

彼女の声量は一層落とされたために部分的にしか拾えない。
だけどなんとなくわかった。
友達に彼氏ができた。その報告に驚てしまった彼女。

『コト』というのが彼女の名前で。
多分コトヒラさんとかコトネちゃんとかコトミちゃんとかだろう。
視線はすっかり食事に戻りながらもぼんやりと考えたりして。

でもはっきりさせたい気持ちがあったのか、その数日後すれ違った時に見つめた社員証。
名前はわかった。3文字だと社員証も見やすい。

『相川 琴』これが彼女の名前だった。

ほう、下の名前で『琴』一文字とは想定外。
何故か隣の女性のことはこの時点で追加情報は皆無。
出来立ての彼氏1名ありということのみ。
ただ名前が分かってなんとなくスッキリした思いがしただけだった。
それで終わるはずだったのに。
相変わらず接点もないので社食で見かけるくらい。
その時に頭に名前がぼんやり浮かぶくらい。
その名前も意識してたのかどうなのかすら、はっきりとは分からないくらいだった。

ある日営業先を回り会社に戻る途中夕立に降り込まれた。
駅では同じような人たちが空を見上げている。
諦めてとコーヒーを買ってカフェで仕事をしていた。
ふと気がつくと窓側の席に彼女がいた。
時間は終業後で、多分帰るんだろう。
ぼんやりと外を見ている。
社食で見せる猫のような笑顔もなく、一人でぼんやりとしている横顔は今まで見かけたどの表情よりも頼りなく寂しそうに見えた。
パソコンで仕事をしながら時々顔を上げてみる。
ほとんど動いてないかのように、ただそこにいる彼女。
待ち合わせなら携帯を見たりしそうだけど。
結局彼女がコーヒーを飲み終えて帰ったのは1時間くらいたってからだった。
静かに立ち上がりごみを捨てて帰る。その間も無表情というより寂しさ漂う感じで、こっちまで勝手に寂しさを共感した気分になった。何かあったのかな?
ちょっと気になったけどそれだけで。

気がつくとすっかり雨も上がってた。
会社へ戻って仕事を続けたるためにカフェを後にした。
次に見かけた時は相変わらずのコンビの2人で、いつもの笑顔に勝手に安心した思いだった。
きっとあの日は仕事で嫌なことでもあったのだろうと。

ただあれから他のコーヒー屋でも彼女を見かけた。
どうしてそんなに簡単に見つかるかというといつも窓に面した席に座っていたからだった。
お店の中じゃなくて外から見つけられる。
相変わらず寂しそうな表情をしながらぼんやりしていて。
時間のある日は同じ店に入り彼女にばれないように後ろから見つめていた。
コーヒー屋は決まってるわけではなく、わかっただけで3か所。
金曜日はたいていどこかにいるようだ。
仕事が早く終わった日、その頃には彼女が総務にいることも分かっていたので、ちらりと総務を覗き込み彼女を見つけた。
先に外に出て彼女が仕事を終えて出てくるのをのんびりと待つ。
たいていコンビニの本を見ながら待った。
毎回同じコンビニも変なのでその辺は努力し、近所のコンビニの売り上げにも協力をし。
やたらと部屋に本が、ポケットにガムが増えた時期でもあった。
そんなことを何度か繰り返した。

カレンダーを見ればわかる。8回だ。3ケ月弱で8回。
もはやストーカーレベルにまで彼女のことがわかる自分にちょっと寒気さえ覚える日々。
誰も気がついてない、彼女さえ気がついてないことが幸いだった。
自分が何をしたいのか冷静に考えてみる。
そんなに難しい事じゃない。
それはシンプルに彼女が気になる存在だということに尽きる。
いつも横にいる南田さえ気がついていない。
一緒に彼女とその友達に挨拶しても、表面上ただの同じ会社の人。
得意の無表情を装っていても遠くから見えるだけで彼女だと分かる察知能力、少し体に力が入るくらいの程よい緊張感。すれ違った後に感じる安堵感。

ただそれだけでは物足りなくて。

ある金曜日、早く終わったのでまたいつものコンビニで彼女を待った、勿論勝手に。
幸い今日も一人で出てきた彼女をゆっくりと追いかける。
今日こそ声を掛けようと思っても、なかなか距離を縮められない。
結局いつものように同じコーヒー屋に時間差で入りぼんやりと背中を見つめる。
後ろからでは表情はまったく見られない。
ただコーヒーを口にすることもなく外を見ている。
行きかう人々を見ているのか、待ち合わせして固まる人々を見ているのか。
さすがにぼんやりにもほどがある。無性にその時間を奪いたくなった。
もっと有意義な時間の過ごし方をしようじゃないか、お互いに。
そう思って彼女の隣が空いた瞬間すかさず席を移動する。

偶然のふりをして話しかける。
ビックリする彼女。
親しそうに話しかけ自分のペースに巻き込んで食事に誘いだす。
とりあえず自分に見覚えがあるので食事を断られることもなく、気まぐれに誘われたんだろうといぶかしがりながらもついてきてくれた。
いろんな思いと緊張であまり話せないまま手だけをつないでお店までたどり着いた。
同じ沿線に住んでいることはわかっていた。
お店は前もってリサーチして自分の都合のいいようなお店を選んでストックしていた。
金曜日の夜に予約が取れたのはラッキーだったとしか言いようがない。

想像通りのお店に満足した。
何よりも横並びの席にこだわった。
思ったより密着度が高かったのはうれしい誤算で決して狙ったわけではない。
彼女がおいしそうな声を出すたびに自分もうれしくなる。
距離が近すぎてなかなか視線が合わなかったけどお酒が入り雰囲気にも慣れ、緊張が解けるころにはお互い気にならなくなった。
思った通りにかわいい彼女。
途中言葉のツボにはまりこみ泣き始めた彼女を自分に引き寄せてしまった。
その前に聞かされた話につい感情を揺さぶられて、嫉妬に駆られてしまったという小さな器の自分を思い知らされた。
結果的に彼女がすっきりしたのなら良かったと思うことにしよう。

その日は食事に誘えたけどどうにかして関係を継続させたいと願っていた。
連絡先の交換と次の約束。
そこをゴールにしてたのになかなか言い出せないままタクシーに乗る。

彼女の荷物を渡しながら手をつないでみる。
振りほどく様子がないのに安心する。
タクシーの中で口説くのは自分としてもかなり勇気がいることだった。
それでもなんとか決心して彼女を見るとすっかり夢の中で。

タクシーの運転手さんが気のいい人で良かった。
あからさまに好奇心を出されることなく、まさか自分が図ったなんて勘ぐられたりしたら、せっかくのいい気分も台無しになるところだった。

ジャケットだけ脱がせてベッドに横にして。
声をかけてもまったく反応がない。
さすがにお姫様抱っこは大変だった。
せめて意識があれば首につかまってもらえるけど、ほぼ全身脱力状態。
思いっきり引き寄せては見ても多分協力ある時よりはしんどい。
今度意識ある時に協力させて違いを味わいたいとすら思ったし、運転手さんに証拠の写真を撮ってもらいたいくらいだった。
絶対からかってやろうと心に決めていた。
明かりのない自分の寝室で熟睡する彼女。
寝顔を見ながら髪を払って名前を呼ぶ。
思い切って呼んだことのない名前のほうで呼んでみる。
言葉をかけても一度だけうっすらと反応があっただけ。

理性を前面に出してそのまま寝室を後にした。
ソファで寝るのも映画を見ながらの寝落ちはよくあるので別に苦にならない。
自分だけシャワーを浴びてさっぱりしたのが申し訳ないくらいだった。
シャワーの前にコンビニで買い物をしておいた。
スコーンを冷凍室から出しておき電気を消して自分も寝た。

隣の部屋に彼女の存在を感じながら、この展開は今日のゴールを飛び越えたと言えるだろうか?
すべては明日。明日ちゃんと気持ちを伝えたい。次の約束もしたい。

週末の朝がこんなに楽しみなのは久しぶりだった。
家族旅行前日の小学生のころのような。

そんな懐かしい心境を味わいながら眠った。

 
     
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