クールな見かけに惹かれましたが、何か間違いましたか?

羽月☆

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29 同じ道を帰る日 ~萩原~

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まだ立ち消えにならない噂に踊らされてる誰かの視線が自分に突き刺さる。
あずかり知らないこととはいえ彼女を傷つけた切っ先だ、甘んじて受けよう。
うっとうしい視線はフロアを出てもちらちら注がれている気がする。
別の事で責められてる気がするのは気のせいか?

退社時間が過ぎ、あちこちに同じ会社の社員がいるだろうか。
そんな中このまま彼女に声をかけて一緒に並ぶのはどうなんだろう。
とりあえず駅に向かう。

大きな窓近くに彼女の姿が見える。
携帯で連絡して出てきてもらう。
歩いてくる姿を改めて見る。
少し細くなり頼りなげな細い体の線に反省を促されつつも庇護欲をそそられる。
前後して改札をくぐり電車に乗る。
さりげなく距離を詰めて、お互いに前方を見る。
やっと着いたいつもの駅。
改札を出て後ろを振り向く。
こっちを見ていた彼女の手を取って無言で歩きだす。
月曜日から一緒に部屋へ向かうことは初めてだ。
いろいろな思いは言葉にならず、ただしっかりつながれた手に熱がこもった。

今日報告を部長課長にした時にさすがに慰労された。
今週末には結果の連絡が来るかもしれないと。
それ以上関わることはないが、週末もなく緊張した一ケ月を過ごしたので有休でもとって休んではどうかと言われていた。
1人で休んでも仕方ない。

「仕事の調整をしてそうさせてもらいます。」と答えておいた。

彼女の都合を考えていた。
今のところ自分の仕事の都合など何とでも出来そうだった。
後で相談しよう。
前日夜の移動で近場に泊りがけで出かけてもいい。
いろいろ考えていたらあっという間に部屋へたどり着いた。
鍵を開けて玄関へ入る。
ほとんど話をしてなかったことに気がついた。
先に上がりジャケットを脱ぐ。
後ろからついてきた彼女がバッグを下ろすのを見届けて抱きしめる。

「琴。」

何と言っていいか分からない。

「もう二度とこの部屋へは来れないと思ってました。」

「なんで?・・・・・あ・・・・本当に、ごめん。」

自分の胸の前で首を振る彼女。

「今更だけど、途中ご飯食べてくればよかったかな?何でもよければあるものを用意するけど。」

うっすらと潤ったような目で見上げる彼女。
ゆっくり目を閉じるのを見て顔を寄せた。
会社でもつい我慢できなくて近づいてしまった。
ゆっくり味わう。懐かしい感触を。
お互いに触れた部分から熱を伝え合う。
ゆっくり、何度も。触れなかった時間をゆっくり埋めるように。

「ごめん、琴。ソファに座ってて。ちょっと食事しようか。」

キッチンに行って冷蔵庫を見る。
週末にぼんやりしすぎて何も買ってないが冷凍食品ならある、あとパン類。
冷凍パスタを取り出して彼女に見せるように掲げる。

「琴、どっちか食べたい?」

「あんまり・・・・食欲なくて。萩原さんの分少しください。」

ゆるく首を振りながら彼女が答える。
とりあえず皿にのせてレンジに入れる。
お湯をかけてインスタントスープを準備する。

「琴、心配だよ。その・・・ストレスなんだよね。」

「は・・・い、でも少しずつ、大丈夫です。今は心がいっぱいいっぱいというか。本当に大丈夫です。お昼から元気になってきてます。」

グーを作り笑う彼女。

「スープなら大丈夫でしょう?インスタントだけど。」

お湯が沸いたのでキッチンへ行く。
パスタも出来上がり皿に盛り小皿とフォークを持つ。
スープは彼女に運んでもらった。
スープを大切そうに飲みちょっとだけ取り分けたパスタを食べる彼女。

先週きちんとメールを送れて、彼女の顔を見れていたら。
変な噂に振り回されて悲しみに沈んでいた期間ももっと短くしてあげれていたのに。
メールを送信せずにとんぼ返りした日を後悔とともに思い出す。
自分の失態。今更だ。
もうこの問題は後始末の段階に入った。
噂を後押しした形の南田にきちんと後始末をさせるべく話をつけた。
やり方は任せるが、現状を明かさずに全くのウソネタだったことだけを流すように言っている。
数日で広まるだろう。
探るような視線も早々に落ち着くに違いない。
その後はまた考えればいい。

そう言えば・・・・。

「琴、水曜日か木曜日にでも有休取れないかな?俺は大阪のハードワークのご褒美に休んでいいって言われたんだけど、一人じゃつまんないし。ちょっと泊りで温泉にでもどうかなって思ったんだけど、いろいろとお詫びも兼ねて仲直りの旅。可能なら、どう?」

「多分大丈夫だとは思います。急なので第一希望木曜日でも大丈夫ですか?」

「うん、俺はどっちでも。琴次第で。」

「明日申請してみます。取れたらメールします。」

「うん、待ってる。」

「香には仕事を頼むかもしれないので言っていいですか?」

「勿論。噂も帰ってくる頃には消えてると思うよ。そのために南田を有効利用するからね。」

「そうだといいです。いろんなところで囁かれてました。社食でもトイレでも休憩室でも。もう、逃れることができないくらい、あちこちで。」

「う・・・・、本当に誰が言い出したんだか。でも南田に情報が集約して拡散したのは事実だから。」

沸き起こる怒りは何度目か。
収束の見事さ次第で水に流してやるつもりではいるが。

食器をかたずけて、紅茶を入れてのんびりとソファでお互いにもたれる。

「仕事のこと、今週末には結果が出るし、もう秘密もなにもない事だから話せるけど、大阪の方の会社との業務提携というか合併というか。そのあたりを調査して折衝して一番いい形でプレゼンしてきたんだ。ライバル会社がいて情報を管理していたからホテルの中に臨時会議室を作って詰めてることが多かった。週末は接待みたいなものでほとんどつぶれたし。メンバーのほとんどが課長クラスで、誰も途中帰郷しなかったくらい、せっぱつまってた。最初は見学みたいに何も意見すら言えなかったから悔しくて、なんとか爪痕残したくて必死についていったんだ。営業じゃ知りえないこと、裏側も面白くて。部屋に戻る時間もまちまちだし、一人でいろいろと部屋でも考えてたりして。ごめん、本当に連絡しなくて。それであんな噂が出たら疑う気持ちは当然だと思う。やっぱり俺が悪いんだって反省してる。」

途中から彼女が膝に置いた手を胸にのせ見上げてくるのがわかった。

「琴、だからって言うのもなんだけど、思いっきり怒っていいよ。つねったり、叩いたり、なぐったり、なじったり、もうなんでも、気が済むまで。」

「・・・・・もういいです。いろいろ考えて気がついたから。やっぱり隣にいたいと改めて思ったから。これからもここにいられるなら・・・・もういいです。」

肩に置いた手をグッと寄せる。

「ありがとう。」

いつものようにキスをする。
きっとすぐに1ケ月前に戻れる。
キスの音が長くなる中、彼女のジャケットを脱がして床に落とす。
ブラウスに包まれた体はやはり頼りなげに見える。

「琴、抱きたいよ。」

首に回った彼女の手が離れる。
交代で簡単にシャワーを浴びる。
彼女がシャワーを浴びている間に二人のジャケットをハンガーにかける。
ポケットに入っていた携帯が半分飛び出していた。
一緒に白いカードが出てくる。

そこには名前だけ知ってる年下社員の名前、手書きで個人用のメルアドと携帯番号が記されていた。
何だ?心にもやっとした感情が起こる。
とりあえず名前だけ記憶して元に戻す。
シャワーを浴びて寝室に向かう頃にはその存在をほとんど忘れていた。


「琴、愛してる。週末寂しかった。会いたかった。あんまり寂しくて・・・・・寂しくて。」

うっかりジャケットを取り出して、匂いを嗅いでいたなんて変態ぶりを自ら暴露するところだった。
危ない。自分の口は塞ごう、有効な方法で。・・・優しくキスをする。
1ケ月もの間、触れずにいた彼女の肩や腰をゆっくり撫でる。
細くはかなげなその体を壊さないように優しくゆっくりと触れる。

「萩原さん、・・・・・優しくなくていいです。・・・・もっと強く・・・・激しく抱いてください。もっと・・・・・・。」

今まで先をせかすように煽られたことはあったけど、言葉ではっきりとそんな事を言われたことも初めてで。
顔をのぞくと暗がりの中でもまっすぐに見つめてくる瞳と出会う。
何かのスイッチが入ったように動いたのは体だけじゃなかった。
要望に応えるように・・・というか、もう本能のままに1ケ月分の自分の欲望をぶつけた。
週末の2日をどうしようもない思いでやり過ごした気持ち、仕事後の達成感や開放感、今日1日向けられた視線へのいら立ちや彼女への罪悪感、先ほどのやり取りで得た安堵感。
そして結局また彼女に煽られたように、許された衝動に任せて突き進んだ。

今日が月曜日だということを忘れていた。
何度も何度も、彼女を攻めて攻めて喘がせて啼かせて声がかろうじて音を持つくらいになるまで攻めぬいて、やっと満足して自分も上りつめて果てた後なんとか始末をして横になる。
抜け殻のようになった彼女を抱き寄せる。
自分の隣には彼女がいい。他の誰もいらない。
これ以上ないくらいの肉体の満足感に浸った。

小さく名前を呼ばれるまで静かに目を閉じたまま沈んでいた。


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