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5 雨の日に外を見てひとりの部屋で思うこと。
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次の日も同じようだった。
外にいても、部屋にいても静かなふたり。
席は正面気味でうっかり顔をあげないように、視線をそらすためのタブレットを常に机の端に置いていた。
お昼は一緒に外でとった。
好き嫌いがないのは前に教えてる、そこは覚えていてくれて確認されて。
お店は任せて、お金も出してくれた。
「歓迎会代わり。」
そう言った割には領収書はなかったかもしれない。
いつもの私のランチ代に比べたら二倍ちょっとの料金だったと思うのに。
美味しいランチとコーヒーと。
会話はなく集中して食べた。
何とか話しかけてみたんだけど、大した会話にはならなかったのだ。
そんなに・・・・世間話もする相手にならないくらい射程外なんだろうか・・・・・。
喜ぶべきところなのに、少し寂しい気もするのは私の女としてのプライドだ。
たとえ射程外でももっと手慣れてるだろうから、世間話くらいの会話はしようよ・・・・。
ゆっくりのお昼時間が逆に苦痛を長くさせた。
それでもそのゆったりとられた時間と内容と価格とおごり・・・・なんて贅沢なんだろう。
午後の案件の資料は朝のうちにもらっていた。
ただ目で字を追っていただけだ。
名刺すら登場することのない私。
おまけでついてきた私、そんな感じだった。
タクシーの中で、すぐに言われた。
「同行は今日まででいい。来週からは留守をお願いして、その間にやってもらうこともあると思う。」
「はい、わかりました。」
そう返事してうれしいはずなのに、そっと顔色をうかがう。
ダメだった?
だって何をしていいのか・・・・・。
「書類を作ってもらったり、電話番とか、他の課の人との予定を合わせたり、そんな事だから。」
窺うように見てたのに気が付かれたらしい。
そんな事を言われた。
来週からの留守番中の仕事の事だろう。
「分かりました。」
そう言うしかない。
林森さん・・・・・これで楽しめると思います?やっぱり無理です。お互いに。
やっと金曜日になった。
約束通り友達と食事をすることになっている。
定時には部屋を出る、残業のある子がいるから駅のカフェで時間をつぶす。
自分の席で時間をつぶすなんて絶対できない。
だって二人の静かな時間が延びるだけじゃない・・・・。
携帯が震えて友達だと思ったら・・・・林森さんだった。
『お疲れ様。どんな感じだった?』
すごく報告を楽しみにしてるように見えるけど。
さすがに愚痴は言えない。
でもちょっとは言いたい。
『毎日静かな部屋で二人です。仕事は教えてもらいながらですが役に立ってる感じはないです。来週からは一人で留守番だし、そのうちに要らないと言われそうです。』
書いたものを読み返して、もっと付け加えた方がいいと思った。
結局『教えてもらう』の前に『優しく』の一言を加えて送った。
『なんだかあんまり仲良くなってない?くだらない話でもして距離を縮められるといいね。アドバイスが必要ならいつでも連絡してね。』
『ありがとうございます。まだ世間話をするなんて雰囲気ではないです。まずは仕事ですから。』
そんなやり取りをしてたら声をかけられた。
「お待たせ、香月。なんだか顔が怖いよ。」
「あ・・・・・。」
懐かしい声に顔顔顔・・・・。
思わず涙が出そう。
「会いたかった・・・・。」
そうつぶやいていた。
食事の席に着くなり質問を浴びせられた。
「どんな感じ?」
「仕事忙しいの?」
「やっぱり贅沢っぽい?」
「社長とかにも挨拶したの?」
「何してるの?」
「ランチはどうしてるの?」
などなど。
とりあえず数回タクシーで同行したけど、横にいただけで、当然会話もなかった事。
ランチを外で奢ってもらったけど、話が続かない事。
二人で部屋にいると異次元空間みたいに音がなくなり空気が冷える事。
とりあえず噂の事はよく分からないくらいに地味に仕事してる事。
そう正直に事実を並べて伝えて、来週からは留守番だからランチに行けるかもと言った。
あんまり想像してた内容じゃなかったらしいから不消化の皆の顔つき。
「全然怪しい雰囲気無し?」
「まったく、無。」
「前の人は逆に鬱陶しく絡んでいったらしいよ。そこが気に入らなくて交代させられたって聞いたけど。」
小さい声で言う綾香。
「本当なの?誰に聞いたの?」
「同期の先輩がそう言ってた。今は有休とってお休みしてるけど、来週には出てくると思う。」
「元の場所に戻るの?」
「そうだよ。」
私も不適格の烙印を押されたらそうしよう。
有休とって気分を変えて元の経理に戻る。それでいい!
「まだ数日だけだしね。楽しいのはこれからだよね。」
どうして皆まで楽しいなんて思えるんだろうと、そこが不思議な私。
じゃあ、誰か代わってくれるの?
だからそもそも何で私だったのよ。
友達がそう期待して、林森さんも仲良くできると思ってて、じゃあ関係ない外野の人々もそんな風に想像してる人がいると思う。
でも現実はそんな事なんて少しも想像できない関係だった。
週末、会社と関係ないほかの友達には愚痴った。
同期にも林森さんにも言えなかったことをダラダラと。
「普通何か会話があるっでしょう?タクシーで書類って、そんなに急ぎなの?って話じゃない。大体何で私が行かなきゃいけないのか、今も分からない。全然必要ない感じだし。本当にいる意味が分からない。」
『必要だと思われたいんだ・・・・話をしたいんだ。』
「普通そうだよ。自分のいる意味が見いだせないのはつらいじゃない。しかも無言で存在ごと無視されてるみたいだし。」
『噂の経営者一族でしょう?そこは香月からさり気なく近寄ってみたら?』
「だからハンターだから欲しいものには手を出すんだよ。まったく無視されてる時点で論外なんだよ。」
『まだ数日じゃない。これから知っていくともっと魅力に気がついてくれるかもしれないよ。』
「そんな深入りはしないでしょう。適当な遊び相手なんだから見た目と後腐れの良さだってば。」
『まだまだ期待は捨てないで。』
「期待してないって。飽きられたら元の部署に戻るんだから。無傷で噂も立たないくらいで戻らないとつらい日々になるじゃない。」
『う~ん。じゃあ手を出されない程度に愛想よく仲良くしたいってことね。』
「仕事を普通に楽しくしたいってことです!!」
「はいはい。とりあえず頑張って。また報告してね。びっくりするようなことが起こるかもね。」
結局無駄に期待してると思う。
せめて仕事では認めてもらえるくらいにはなりたい。
すべてはそこからだよ。
それでも本音を言ったらスッキリした。
無視されてる事実がつらいから。
すこしは相手にしてほしい、もちろん仕事の相手としてだけど。
次の週、留守番が始まる週だった。
確かにキーボードを打つ音はずっと聞こえてたと思う。
今週は専務がやっていた仕事が私に流れてきたらしい。
結構な文書を打ち込んだり、まとめたり。
先週よりはぐっと仕事量が増えた。
指示の言葉をもらい、分からない事は聞く。
それだけでも何度か言葉を交わすと先週の愚痴も少しは解消された気になる。
やる事があるっていうのは偉大だ!!
ノック無しに戻ってきた専務がこっちに向かってくる。
「これをすぐに20部コピーの上、綴じて、会議室に置いて。優先で。」
ばさりと書類を渡された。
コピーはいいとしても、綴じるの?
とりあえず席を立ちコピー機にお願いした。
正確にきちんと仕事してくれるから任せた。
でもその後綴じるのは私がやるしかない。
20倍になった資料を手に会議室に入る。
並べて端から一枚ずつ拾い、揃えて綴じて。
これまた20回繰り返して終了。
原本を持って部屋に戻って報告した。
「会議室に置いてあります。」
「ありがとう。」
渡した原本を持って部屋を出て行った。
パソコンも持って行ったから会議だろう。
予定の始まりの時間まであと10分。
間に合ってよかった。
後はまた預けられた仕事に戻る。
だいたい少し余裕ある仕事をもらうから、さほど急ぐこともないのがほとんどで。
水曜日からランチは下に降りるようにした。
「ああ、やっと降りてこられた?」
「うん、なんとなくマイペースでも行けそうに思える。」
「良かった。」
「どう?」
この間から面白い事が起こってるのか聞きたいのだろう。
まだ三日しか経ってないじゃない。
「別に。」
本当に何もない。大きな声で言いたいくらい。
だってちょっとだけ視線を集めた気がするから。
途中林森さんが近くを通った。
「どう?」
同じように聞いてくるけど、『仲良く』やってるのか聞きたいんだろう。
「黙々と仕事してます。」
「そう。頑張って。」
「ありがとうございます。」
そう言っていなくなった。
「でもちょっと痩せた?」
「だって部屋で一人でバランスバーとヨーグルトだよ。お腹すくよ。」
「専務と一緒に食べてたの?」
「まさか・・・・専務は副社長の部屋に行くから。一人で静かに食べてた。やっと降りてこれるようになったから美味しいものが食べれる。」
「やっぱり大変だね。」
「何だか視線が痛い気もするし、想像はしてたけど、変な噂は出てきてない?」
「今のところないかな。何で代わったのか皆知ってるから、逆に違うタイプだと思われてるかも。」
違うタイプです。
嫌がられる程ぐいぐい行くなんて、どんな大胆な先輩なの?
「普通にいるのはビックリだよね。知られてないとは思ってないだろうにね。」
小声だったけど皆がうなずいて聞こえてるのは分かる。
私もうなずいたけど、戻るしかないじゃない・・・・そうさせてほしい・・・・。
だいたいそんな事言われたら恨まれそうじゃない。
本当に大人しく仕事をしてるだけだから。
そんな日々はあっという間に過ぎた。
あれから同行がなくなり、一人の時間が増えたのも楽でいい。
その間は飲み物もトイレも欠伸も独り言も、全部自由!!
それでも予定が早まったら困るから、いなくなって30分後辺りが一番気が抜けてる時間だった。
今のところダメだしされることもない、聞いたらちゃんと教えてくれる。
普通の会話はないけど、それにも慣れた。
挨拶だけ出来てればいいと思えるようになった。
「あ・・・雨・・・。」
いつものように一人で休憩してたら、予報より早めに降り出してきたらしい雨。
夜の遅い時間に降り出すって言ってたのに、あっという間に黒い雲に覆われた空。
専務は傘を持って行っただろうか?
タクシーだから濡れないで帰れたらいいけど。
私も置き傘を持って帰るようだ。
見てる間に雨はどんどんひどくなってきた。
時計を見る。
あと一時間くらい。
その頃にはやんでたらいいのに。
そう思って仕事に戻った。
軽いノックの後専務が帰ってきた。
「お帰りなさい。雨は大丈夫でしたか?」
「ああ、大丈夫。」
「特に連絡はありませんでした。」
「ありがとう。」
外を見たら、雨はやんでいた。
良かった、ちょっとしたはぐれ雲があったのかもしれない。
仕事が終わり、外に出た時も雨は降ってなかった。
駅の中でふらりと買い物をして自分の駅についてびっくりした。
早めに降り出したらしい雨。
誰もが空を恨めしそうに見上げている。
数人がバッグの底から小さな傘を取り出して雨の中に歩き出す。
天気予報を見ていた人の方が足止めされてる感じだ。
どうしようかと思ったけどスーパーはすぐそこにある。
入り口まで走って行けばそんなに濡れないだろう。
そう思った人は走って行ってる。
買い物をしてまだやまないようなら傘を買えばいい。
そう思って早歩きで屋根から出た。
スーパーの屋根の下にもぐり込んでハンカチで濡れた部分を拭く。
それほどでもなかった。
籠を持って目についた野菜を買って行く。
一周してレジに行く前に外を見た。
地面に打ち付ける雨は残念ながらさっきより激しく跳ね返っていた。そして入ってくるお客さん誰もが傘を持っている。
入り口に引き返し一番お手軽価格の傘を持った。
タクシーに乗る専務のためよりも、自分のためにこそ雨が止むように祈るべきだったらしい。
小さな傘に守られて自分の部屋まで歩いた。
さすがに買い物袋もずいぶん濡れた。
そのままお風呂に入って、出てきてから買い物袋の中身を出した。
ああ・・・・・・冷凍食品が・・・・。
濡れたスーツと靴も乾かすようにして、食事を食べて、やっと落ち着いた。
今のところ大きな失敗もないし、言われたことはきちんとできていると思う。
それ以外は全くだけど、そもそもそんなに気を遣ってまで手伝うことがない気がする。
外に行く以外の時間もたっぷりある気がするし、きっと自分でするべきこともあるだろう。
もっとベテランだったりすると今以上の手伝いができるんだろうか?
経理の私が得意げにやってる領収書精算だって、基本は金額をコツコツ入れて行けばいいだけで、他の課出身の人だってできるだろう。
じゃあ、それ以外も特に・・・・・。
こんな感じでいいんだろうか?
外にいても、部屋にいても静かなふたり。
席は正面気味でうっかり顔をあげないように、視線をそらすためのタブレットを常に机の端に置いていた。
お昼は一緒に外でとった。
好き嫌いがないのは前に教えてる、そこは覚えていてくれて確認されて。
お店は任せて、お金も出してくれた。
「歓迎会代わり。」
そう言った割には領収書はなかったかもしれない。
いつもの私のランチ代に比べたら二倍ちょっとの料金だったと思うのに。
美味しいランチとコーヒーと。
会話はなく集中して食べた。
何とか話しかけてみたんだけど、大した会話にはならなかったのだ。
そんなに・・・・世間話もする相手にならないくらい射程外なんだろうか・・・・・。
喜ぶべきところなのに、少し寂しい気もするのは私の女としてのプライドだ。
たとえ射程外でももっと手慣れてるだろうから、世間話くらいの会話はしようよ・・・・。
ゆっくりのお昼時間が逆に苦痛を長くさせた。
それでもそのゆったりとられた時間と内容と価格とおごり・・・・なんて贅沢なんだろう。
午後の案件の資料は朝のうちにもらっていた。
ただ目で字を追っていただけだ。
名刺すら登場することのない私。
おまけでついてきた私、そんな感じだった。
タクシーの中で、すぐに言われた。
「同行は今日まででいい。来週からは留守をお願いして、その間にやってもらうこともあると思う。」
「はい、わかりました。」
そう返事してうれしいはずなのに、そっと顔色をうかがう。
ダメだった?
だって何をしていいのか・・・・・。
「書類を作ってもらったり、電話番とか、他の課の人との予定を合わせたり、そんな事だから。」
窺うように見てたのに気が付かれたらしい。
そんな事を言われた。
来週からの留守番中の仕事の事だろう。
「分かりました。」
そう言うしかない。
林森さん・・・・・これで楽しめると思います?やっぱり無理です。お互いに。
やっと金曜日になった。
約束通り友達と食事をすることになっている。
定時には部屋を出る、残業のある子がいるから駅のカフェで時間をつぶす。
自分の席で時間をつぶすなんて絶対できない。
だって二人の静かな時間が延びるだけじゃない・・・・。
携帯が震えて友達だと思ったら・・・・林森さんだった。
『お疲れ様。どんな感じだった?』
すごく報告を楽しみにしてるように見えるけど。
さすがに愚痴は言えない。
でもちょっとは言いたい。
『毎日静かな部屋で二人です。仕事は教えてもらいながらですが役に立ってる感じはないです。来週からは一人で留守番だし、そのうちに要らないと言われそうです。』
書いたものを読み返して、もっと付け加えた方がいいと思った。
結局『教えてもらう』の前に『優しく』の一言を加えて送った。
『なんだかあんまり仲良くなってない?くだらない話でもして距離を縮められるといいね。アドバイスが必要ならいつでも連絡してね。』
『ありがとうございます。まだ世間話をするなんて雰囲気ではないです。まずは仕事ですから。』
そんなやり取りをしてたら声をかけられた。
「お待たせ、香月。なんだか顔が怖いよ。」
「あ・・・・・。」
懐かしい声に顔顔顔・・・・。
思わず涙が出そう。
「会いたかった・・・・。」
そうつぶやいていた。
食事の席に着くなり質問を浴びせられた。
「どんな感じ?」
「仕事忙しいの?」
「やっぱり贅沢っぽい?」
「社長とかにも挨拶したの?」
「何してるの?」
「ランチはどうしてるの?」
などなど。
とりあえず数回タクシーで同行したけど、横にいただけで、当然会話もなかった事。
ランチを外で奢ってもらったけど、話が続かない事。
二人で部屋にいると異次元空間みたいに音がなくなり空気が冷える事。
とりあえず噂の事はよく分からないくらいに地味に仕事してる事。
そう正直に事実を並べて伝えて、来週からは留守番だからランチに行けるかもと言った。
あんまり想像してた内容じゃなかったらしいから不消化の皆の顔つき。
「全然怪しい雰囲気無し?」
「まったく、無。」
「前の人は逆に鬱陶しく絡んでいったらしいよ。そこが気に入らなくて交代させられたって聞いたけど。」
小さい声で言う綾香。
「本当なの?誰に聞いたの?」
「同期の先輩がそう言ってた。今は有休とってお休みしてるけど、来週には出てくると思う。」
「元の場所に戻るの?」
「そうだよ。」
私も不適格の烙印を押されたらそうしよう。
有休とって気分を変えて元の経理に戻る。それでいい!
「まだ数日だけだしね。楽しいのはこれからだよね。」
どうして皆まで楽しいなんて思えるんだろうと、そこが不思議な私。
じゃあ、誰か代わってくれるの?
だからそもそも何で私だったのよ。
友達がそう期待して、林森さんも仲良くできると思ってて、じゃあ関係ない外野の人々もそんな風に想像してる人がいると思う。
でも現実はそんな事なんて少しも想像できない関係だった。
週末、会社と関係ないほかの友達には愚痴った。
同期にも林森さんにも言えなかったことをダラダラと。
「普通何か会話があるっでしょう?タクシーで書類って、そんなに急ぎなの?って話じゃない。大体何で私が行かなきゃいけないのか、今も分からない。全然必要ない感じだし。本当にいる意味が分からない。」
『必要だと思われたいんだ・・・・話をしたいんだ。』
「普通そうだよ。自分のいる意味が見いだせないのはつらいじゃない。しかも無言で存在ごと無視されてるみたいだし。」
『噂の経営者一族でしょう?そこは香月からさり気なく近寄ってみたら?』
「だからハンターだから欲しいものには手を出すんだよ。まったく無視されてる時点で論外なんだよ。」
『まだ数日じゃない。これから知っていくともっと魅力に気がついてくれるかもしれないよ。』
「そんな深入りはしないでしょう。適当な遊び相手なんだから見た目と後腐れの良さだってば。」
『まだまだ期待は捨てないで。』
「期待してないって。飽きられたら元の部署に戻るんだから。無傷で噂も立たないくらいで戻らないとつらい日々になるじゃない。」
『う~ん。じゃあ手を出されない程度に愛想よく仲良くしたいってことね。』
「仕事を普通に楽しくしたいってことです!!」
「はいはい。とりあえず頑張って。また報告してね。びっくりするようなことが起こるかもね。」
結局無駄に期待してると思う。
せめて仕事では認めてもらえるくらいにはなりたい。
すべてはそこからだよ。
それでも本音を言ったらスッキリした。
無視されてる事実がつらいから。
すこしは相手にしてほしい、もちろん仕事の相手としてだけど。
次の週、留守番が始まる週だった。
確かにキーボードを打つ音はずっと聞こえてたと思う。
今週は専務がやっていた仕事が私に流れてきたらしい。
結構な文書を打ち込んだり、まとめたり。
先週よりはぐっと仕事量が増えた。
指示の言葉をもらい、分からない事は聞く。
それだけでも何度か言葉を交わすと先週の愚痴も少しは解消された気になる。
やる事があるっていうのは偉大だ!!
ノック無しに戻ってきた専務がこっちに向かってくる。
「これをすぐに20部コピーの上、綴じて、会議室に置いて。優先で。」
ばさりと書類を渡された。
コピーはいいとしても、綴じるの?
とりあえず席を立ちコピー機にお願いした。
正確にきちんと仕事してくれるから任せた。
でもその後綴じるのは私がやるしかない。
20倍になった資料を手に会議室に入る。
並べて端から一枚ずつ拾い、揃えて綴じて。
これまた20回繰り返して終了。
原本を持って部屋に戻って報告した。
「会議室に置いてあります。」
「ありがとう。」
渡した原本を持って部屋を出て行った。
パソコンも持って行ったから会議だろう。
予定の始まりの時間まであと10分。
間に合ってよかった。
後はまた預けられた仕事に戻る。
だいたい少し余裕ある仕事をもらうから、さほど急ぐこともないのがほとんどで。
水曜日からランチは下に降りるようにした。
「ああ、やっと降りてこられた?」
「うん、なんとなくマイペースでも行けそうに思える。」
「良かった。」
「どう?」
この間から面白い事が起こってるのか聞きたいのだろう。
まだ三日しか経ってないじゃない。
「別に。」
本当に何もない。大きな声で言いたいくらい。
だってちょっとだけ視線を集めた気がするから。
途中林森さんが近くを通った。
「どう?」
同じように聞いてくるけど、『仲良く』やってるのか聞きたいんだろう。
「黙々と仕事してます。」
「そう。頑張って。」
「ありがとうございます。」
そう言っていなくなった。
「でもちょっと痩せた?」
「だって部屋で一人でバランスバーとヨーグルトだよ。お腹すくよ。」
「専務と一緒に食べてたの?」
「まさか・・・・専務は副社長の部屋に行くから。一人で静かに食べてた。やっと降りてこれるようになったから美味しいものが食べれる。」
「やっぱり大変だね。」
「何だか視線が痛い気もするし、想像はしてたけど、変な噂は出てきてない?」
「今のところないかな。何で代わったのか皆知ってるから、逆に違うタイプだと思われてるかも。」
違うタイプです。
嫌がられる程ぐいぐい行くなんて、どんな大胆な先輩なの?
「普通にいるのはビックリだよね。知られてないとは思ってないだろうにね。」
小声だったけど皆がうなずいて聞こえてるのは分かる。
私もうなずいたけど、戻るしかないじゃない・・・・そうさせてほしい・・・・。
だいたいそんな事言われたら恨まれそうじゃない。
本当に大人しく仕事をしてるだけだから。
そんな日々はあっという間に過ぎた。
あれから同行がなくなり、一人の時間が増えたのも楽でいい。
その間は飲み物もトイレも欠伸も独り言も、全部自由!!
それでも予定が早まったら困るから、いなくなって30分後辺りが一番気が抜けてる時間だった。
今のところダメだしされることもない、聞いたらちゃんと教えてくれる。
普通の会話はないけど、それにも慣れた。
挨拶だけ出来てればいいと思えるようになった。
「あ・・・雨・・・。」
いつものように一人で休憩してたら、予報より早めに降り出してきたらしい雨。
夜の遅い時間に降り出すって言ってたのに、あっという間に黒い雲に覆われた空。
専務は傘を持って行っただろうか?
タクシーだから濡れないで帰れたらいいけど。
私も置き傘を持って帰るようだ。
見てる間に雨はどんどんひどくなってきた。
時計を見る。
あと一時間くらい。
その頃にはやんでたらいいのに。
そう思って仕事に戻った。
軽いノックの後専務が帰ってきた。
「お帰りなさい。雨は大丈夫でしたか?」
「ああ、大丈夫。」
「特に連絡はありませんでした。」
「ありがとう。」
外を見たら、雨はやんでいた。
良かった、ちょっとしたはぐれ雲があったのかもしれない。
仕事が終わり、外に出た時も雨は降ってなかった。
駅の中でふらりと買い物をして自分の駅についてびっくりした。
早めに降り出したらしい雨。
誰もが空を恨めしそうに見上げている。
数人がバッグの底から小さな傘を取り出して雨の中に歩き出す。
天気予報を見ていた人の方が足止めされてる感じだ。
どうしようかと思ったけどスーパーはすぐそこにある。
入り口まで走って行けばそんなに濡れないだろう。
そう思った人は走って行ってる。
買い物をしてまだやまないようなら傘を買えばいい。
そう思って早歩きで屋根から出た。
スーパーの屋根の下にもぐり込んでハンカチで濡れた部分を拭く。
それほどでもなかった。
籠を持って目についた野菜を買って行く。
一周してレジに行く前に外を見た。
地面に打ち付ける雨は残念ながらさっきより激しく跳ね返っていた。そして入ってくるお客さん誰もが傘を持っている。
入り口に引き返し一番お手軽価格の傘を持った。
タクシーに乗る専務のためよりも、自分のためにこそ雨が止むように祈るべきだったらしい。
小さな傘に守られて自分の部屋まで歩いた。
さすがに買い物袋もずいぶん濡れた。
そのままお風呂に入って、出てきてから買い物袋の中身を出した。
ああ・・・・・・冷凍食品が・・・・。
濡れたスーツと靴も乾かすようにして、食事を食べて、やっと落ち着いた。
今のところ大きな失敗もないし、言われたことはきちんとできていると思う。
それ以外は全くだけど、そもそもそんなに気を遣ってまで手伝うことがない気がする。
外に行く以外の時間もたっぷりある気がするし、きっと自分でするべきこともあるだろう。
もっとベテランだったりすると今以上の手伝いができるんだろうか?
経理の私が得意げにやってる領収書精算だって、基本は金額をコツコツ入れて行けばいいだけで、他の課出身の人だってできるだろう。
じゃあ、それ以外も特に・・・・・。
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