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6 もたらされたのは懐かしい人の事

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なかなかできなかったランチ。

やっと会議の予定がない今日、もう木曜日ですけど。
午前中に紀子にメッセージを送っておいた。

『了解。楽しみ。』

そう返事が来た。

最後にメールをチェックして、お昼は問題なく行けることを確認して出かける。
男性には何人かの愛妻弁当組もいる。もちろん女子にも。

すごいなあ、子供のお弁当のついでだろうか?
最近の子供のお弁当もほぼ食材で遊んでますみたいな細工具合。
食べ物で遊んではいけません、そんな言葉ももはやどこへやら。
美味しいの?って思うけど、喜んで食べてもらうことに熱意を注ぐ、素晴らしきママたち。

やっぱり無理。

おにぎりに型抜きしてある海苔なら巻いてあげよう。
それだけで勘弁して。ゴマで目をつけたり、細かい細工で顔を作ったり。
可愛いラップを開発してくれる?それだけで十分って言われるくらいの物。
何でもかんでも包みます。ラップします。お弁当も汚れないし。
ごみはまとめて捨てて来てくれると本当にうれしい、・・・なんて。
母親には向いてないらしい。
残念。

旦那の弁当・・・・。
外で好きなもの食べればいいよ。3食面倒見るなんて・・・・。

はぁ~。

財布と携帯を手にして紀子の席へ。
向こうから歩いてきていて、そのままエレベーターで下がる。

ちょっと歩いてコーヒーと洋食が売りのお店へ。

ちょっと贅沢な値段。
毎日じゃないから一緒の時は美味しいものを食べたい。
メニューが少ないから出てくるのも早い。
高いからちょっと穴場で、雰囲気もゆっくりしてて好きなお店。

「遅くなってごめんね。毎日会議で終わりが見えない。1人で寂しくカフェのサンドイッチでした。飽きた~。」

「お疲れ。」

いたわる笑顔を向けられた。
とりあえず注文して一番に聞いた。

「ねえ、正直に答えて欲しいんだけど。私の噂って聞いたことある?木坂とうっすらとした噂があるらしいけど。」

「ああ、うっすらとね。」

「ええええ~、知ってたの?一度も教えてくれなかったわよね。どう思ってたの?」

「だってそんなことないって知ってるから。誰かに聞かれたら否定してたし。」

「聞かれたことあるの?・・・・私は月曜日に初めて聞きましたが。」

「そりゃあ、当事者が二人とも同じ課でしょう。聞きづらいわよ。」

「・・・・それにしたって。」

「大丈夫、それに好奇心以上に本当に千鶴を想ってたら、そうじゃない事は見通せてると思う。」

「・・・そんな人いないから、だから皆がうっすら誤解の中なんでしょう。」

落ち込む。

陽菜ちゃんが聞いてくれなければ知らないまま。
普通に木坂とやり取りしていた。
そんな一言一言見られて判定されてたの?

「何がショックなの?」

「えっ・・・・・っと、う~ん。そう言われると。ただ誤解されてたんだなあって思っただけで。」

そう、何がショックと言われると何だろう。

「でもその時に後輩が言ったのよ。木坂に可愛い子猫が飛びついても断られてるって。だから噂は本当なんだなあって皆思ってるみたいって。私恨まれたくない、身に覚えない事で恨まれたくない。」

「そんなの木坂君がはっきり言ってるわよ。違うなら違うって。」

「だから違うって。」

紀子が微妙な顔をする。

「取りあえず食事しよう。」

そうだった。冷めてしまう。ランチランチ美味しいランチ。
食後にはいつもミルクティーを頼む。丁寧に入れてくれるから好き。

「ねえ、何か話があるって?」

「あ、そう。そうなんだけど。」

「何何?」

期待して待つ。女の子?男の子?産休は寂しいけどまた戻ってくるよね?

「あのね。」

「うんうん。」

「実は・・。」

「うんうん。」

「何も聞いてない?」

「へ?誰に何?」

性別?何?まさか退職・・・・。
何・・・・早く言ってほしいような‥‥。

「人事だから先に知ったんだけど、柳先輩が本社に戻ってくるの。」

へ? えっと2人目の話は?先輩の話? 何で今?

「柳先輩、大阪でも頑張ってて、今回も引き留められたけど、毎年帰りたがっててやっと帰ってこれるらしいの。春には帰ってくるの。多分、千鶴の上司あたりに・・・・あ、これはまだわからないけど。でも帰ってくるよ。」

「そう。」それ以外何を言おう。

「3年の予定だったから長かったね。」

それも真実通りの事。

うれしいけど、すでに少し緊張してる私。
会いたいような、それを否定したいような・・・・表情も作れない。
どんな顔してる。
この間見かけた気がした姿はやっぱり先輩だった?

「泣かないで。多分喜んでくれると思ったから、絶対早く教えようと思ってたの。確実に決まったらって。」

表情を作るより、すこし泣いてたらしい?
ちょっと懐かしさの涙です。
喜ぶって、なんで紀子はそう思うの?私は何も言ってない・・・・と思う。
本当に誰にも言ってない。
あんまり意識もしてなかった自分の気持ちだし。自分でも分からない、今でも。


「ねえ、何で、紀子は私が喜ぶと思ったの?」

「だって好きだったでしょう?あの頃、先輩いなくなってからやたら合コンに出てたし。何度か話を聞いてたのに、いなくなってからは本当に忘れたように話もしなくなって。元気ないわりに、はしゃいでたし。」

「だって・・・・嫌われ・・・・るというか、全然対象外だったから。先輩帰ってきても別に何もない。それに5年だよ・・・彼女いるよ。遠距離して落ち着いたら引っ越してきて、その内に相手も本社勤務になるかも。だから関係ないよ。でも、上司は嫌だなあ。悪口言えない。」

何とか笑おうとしたけど、どう?

ずっと視界にいるなんて耐えられない。つい、見ちゃうよ。
本当に成田さんの比じゃないくらいで、・・・バレちゃうよ。
そんな事笑い話のように思いたいのに、涙が流れてくる。


「でもこの間思い出したのは柳先輩でしょう?聞いたよね?近くじゃないって言ったよね?」

言った・・・でもあれは誰も思い出さなかったって事だと思うよ。

「ねえ、一人で帰ってくる予定ではあるよ。」

人事部はいろいろ分かるらしい。

「紀子・・・・やめて・・・・もう、いいの。すっかり、今まで忘れてたから。何でもないから。」

存在ごと無しでいられたのに。今更・・・・・・。
そう思いながらも、ずっとあの万年筆を大切に大切に撫でていた私もいて。

「ごめん。でももしそんな機会があったら、今度はちゃんと言うのよ。絶対、私も協力するから。ね、勝手に忘れないで。」

「お願い・・・・もう・・・・・・。」

「ごめん。」

しばらく涙が止まるまで待った。
お気に入りのミルクティーは冷めた。
ランチタイムも少し過ぎた。
化粧もグチャグチャ。
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