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9 彼女の記憶がない夜を繰り返すように~大和~

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予定より早く終わった研修。
慣れと言うのはありがたい、どんどん要領が良くなっている。

メインのメンバーで答えられるくらいの質問も、もう出尽くした感じだ。
九州では目指せ午前中終わり・・・・。
さすがにそこまでは無理でも、余裕のある出張ライフもあと少しだ。


そして金曜日、駅で先に離脱した。

「お疲れ様。ちょっと早いけど知り合いのところまで行くから、ここでご挨拶させてください。」

驚いた表情の皆。
まさか、彼女までそんな表情をしているとは、もしかして信じてるのではないかと疑ってしまう。

まったく嘘ですが。


駅前で挨拶してバス停を調べるふりで歩いて行った。
きちんと携帯を見ながら。

きっと改札では彼女も同じように別れているだろう。

大きなバス乗り場の案内板のところで携帯を見ながら指を動かす。
どこまで演技が必要か。

さり気なく振り向くと、全員改札方向へ向かい、一人離れた彼女が駅の二階へ。

観光協会のチラシを見るふりで横目で彼女の行先を確認する。
全員改札を入ったことを確認してホッとした。


熱い視線で四人の背中を見送り、完全に姿が消えてから、彼女の後を追うように二階へ行ってみた。
すぐに見つけられたのは良かった。
落ち着いたカフェレストランの中にいた。
まっすぐに彼女の姿を目指して声をかけたら、思った以上にびっくりされた。

そのまま一緒に軽く昼をとり、観光に出かけた。

自分ではなんの予定もなかったので彼女の行きたいところに付き合った。
一応さっきの観光協会からチラシはゲットして来ていた。
何枚かは役に立ったので良かった。

徐々に表情もほぐれていって、傍から見れば恰好も手荷物も完全に仕事中の感じだが、二人の中ではそんな感じも薄まって来ていた。


元のホテルでクリーニングの服を受けとって、自分と同じホテルにチェックインする彼女を後ろから見ていた。
元のホテルだったら楽だっただろうに。
荷物も軽く、部屋もそのままで良かった。コインロッカーに荷物を預ける必要もなく。
そう思って、少しだけ期待する自分がいる。


夕飯は済ませて来ている。
それでも、一緒にエレベーターに乗っている短い間に、上の階にあるバーに誘われた。
明日の打ち合わせもしたいと。

久しぶりにお酒を楽しみたいとは話に出ていたが。

急に近づいたような距離感にこっちが戸惑う。

バーの入り口で待ち合わせて、入る。


「お疲れさまでした。楽しかったです。誘ってもらわなかったら、こんな観光のチャンスも逃してました。」

彼女がそう言う。

「一人だと行かなかっただろうから、こちらこそ。明日も楽しみにしてる。」

「そうですね。天気もいいし、ラッキーですね。」

「映像はよく見るけど、初めてだなあ。」

「私も、修学旅行だとどうしても別なところに連れていかれますからね。」

「そうだね。」

「今日は普通に飲む予定?久しぶりじゃない?」


「はい、その為にこのホテルにしたんです。よろしくお願いします。」

「何?今のは前後不覚になったら部屋まで送って欲しいって事?」

「はい。久しぶりなので少し弱くなってるかもしれません。」

「昨日も金田一にこっそり飲まされてたでしょう?」

「・・・・聞こえてたんですか?なんだか金田一君にはバレてる気がします。」

「何が?」

つい勢いよく、聞き返した。

「あ、あの・・・・・お酒が飲めると言うこと、もしくは制限してる理由まで。だいたい最初の頃に相川さんが変なことを言うから、金田一君もああっって思ったのかもしれません。」

「ああ、あれね。」

ビックリした。まさか・・・。
何となく、時々探られてる気がするんだ。
今後も一緒にいるだろうし、あいつは、油断ならない。
あと少しだけは隠したい、せめて準備期間が終わるまでは。
いったんバレたら、結局のせられるまま、最初から最後まで話を吐き出してしまいそうだ。

「でも失敗をする人が私だけじゃないと分かって安心してしまいました。」

ん?もしやあの話が自分の事だとは思ってないのか?
まさか・・・・。
まあ、いい。
楽しく飲みたいなら、それはそれで。たまには飲めばいい。
ちゃんと送り届けるし・・・・。


そう言ったのに、思ったのに、まったく弱くなる感じもなく、普通に同じ量を飲んでいて、意識はクリアだと思う。

ふらつきもせず会計をしてエレベーターに乗った。

このまま部屋に戻って寝るのみ。
そう思ってた。

「相川さん、少し話がしたいんです。」

ずっとしていたが、もっと具体的な話だろうか?

部屋に誘われた。
自分のところは昨日からのまま、彼女のところは荷物を運び入れただけで、そっちの方がいいとは思う。何となく。

自分の部屋のフロアより上のフロアで。

部屋について行く。

ビックリした、広い。
一泊の自腹なのに。
部屋もベッドも広い。

ソファがあった。
そこに座り、部屋を見る。


「広い部屋をとったんだね。もしかしてシングルくらいの狭いのは苦手なの?」

答はなかった。
彼女を見るとこっちを見ていて聞こえてるはずなのに。

「相川さん、私酔ってるようには見えませんよね?」

「うん、全然大丈夫じゃないの?ふらついてもなかったし、手を貸す必要もなかったよ。」

「はい、まったく大丈夫です。」


さすがに表情が硬いけど。
明日の予定はもう決めてる。
いろいろと効率よく時間を使えるように、そう思ってさっき決めたけど。

「どうかしたの?」

やっと動いてくれた。


ソファの隣に座って、視線が合う。
移動の電車でも、さっきのバーのカウンターでも近かったけど。
今は、ちょっと違う気がする。

「昨日、思ったんです。昨日というか、その前からです。いつも相川さんの近くに座るのが私の後輩で、一人がうっすらと探りを入れるような質問を私にしてきて、昨日前後して部屋を出て行くのを見て。」

やっぱり気にはしてくれたみたいだ。
ただ、今はうれしい顔は出来ない。

「だから聞きたくて、昨日は勝手に責めるような言い方をしてしまって、すみませんでした。」

「大丈夫だよ。何とも思ってない。むしろいつも遠くにいたのに、よく気がついてたねってそう思ったくらい。」

「見てれば分かります。それに私とは全然タイプが違って、分かりやすくて、可愛くて、きっと自分にも素直なんですね。」

「じゃあ、ぜんぜん好みが違うって分かってたでしょう?」

「それは分かりません。あの事はほとんど事故みたいなものだって思ってましたし。」


「・・・・事故ね。」

「すみません、本当に自分でもあり得ないくらいのレベルだったので、そう言う意味です、一生に一度あるかないかという意味です。」

さすがにあのレベルは初めてだった。
更に詳しく言うことは今はしないけど。


「事故なら忘れたいと、もしかして全部なかったことにしたいとか?」


自分でも少し確認をしただけだ。
今日もさっきも明日の分も、絶対期待してる。
前進してるんだと、そのままでいいんだと思ってる。

さすがにそこまでは通じなかったらしくて、顔をあげて必死に首を振られた。

「違います。そんなつもりで言ったんじゃないです。」

「ごめん、そう思ってるわけじゃない。つい、言っただけだから。」

「・・・・はい。」


しばらく無言で。

「誰にも、・・・・・嫌だと思ったんです。ずっと近くにいてくれるって思ってたのに、急にそんな保証はどこにもないって気づかされて。誰のところにも行ってほしくないって思ったんです。一緒に観光しようと誘われたのは私で、うれしくてすぐに荷物も詰め替えて、ホテルも同じホテルにしたくて。でも、昨日の夜に断られるかもしれないって思って。やっぱりいいやとか、言われたらどうしようって思って。」


「だから、なかなか電話できなくて。」


「そんなことないのに。彼女にも言ったんだよ。片思いは長いけど、意外にしつこいから、まだ諦めたくないんだって。」

ずっと継続していたとははっきり言いきれないけど、最初に見かけた時からだとすると本当に長い期間だ。あの時の二人が婚約して結婚の段取りまで決めあげるくらいの期間だった。

そこにある体を抱き寄せた。
やっと手に入れたと、今思ってもよかったよね。
そういうことだよね。

声にはならなかったけど、腰に回された手が返事だと思った。

胸にある顔をあげさせてキスをする。

二人とも酔っていない。忘れたりはしない。きっと忘れない。

ベッドにはバスローブが二つきれいに丸められて置かれている。
こっちに来たい。今更下の部屋に帰る意味が分からない。
着替えもいらないくらいなのに。

「この部屋に一緒に・・・・。」

そう言ってくれた。
思いは通じる、いつでも、どんなことでも。

「そう、お願いしたかったんだ。」

キスを深めて体をくっつける。

お互いササッとシャワーを浴びて、ベッドに入った。

あの夜の記憶ならいつでも引き出せる。
素直に反応した彼女のお気に入りの方法で、声をあげさせてくっついた。
自分だけが知ってるあの時間の事も、そう思うとすごくぞくぞくするような喜びだった。

「あの夜の事、まったく、思い出さないの?」

首を振る。
ダメらしい。

それでも、違う楽しみ方があったと思うことにした。
いずれはたくさんの夜に紛れてしまうかもしれないから。
・・・・そうじゃない気もするけど。

なかなか手放せないその日の記憶を、大切に仕舞い込んだ。




いつの間にか本気で寝てしまって、目が覚めた時にはすっかり夜は終わっていた。
カーテンの隙間から入る薄明りにへッドボードの時計を見るとまだまだ朝の始まりの時間だった。

安心して寝直すよりも、背伸びをして体の隅々を目覚めさせるよりも、彼女を起こすことを選んだ。

ゆっくり、優しく。
前回は呆然と見下ろされてたんだっけ。


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