優しいマッチョ先輩とみたらし

１ お酒は３杯までなんです

ぼんやりとグラスを見つめる。大好きなお酒。
でも人前では3杯まで。
慎重に厳選して、頼んで、飲んで。
これが最後の一杯。もう半分しかない。
本当はすごく飲める。
だってまだまだ全然素面、顔色ひとつ変わることなく、息がほんの少しお酒臭いくらい。

でもダメなのだ。本当に。ドン引きされるほどの酒癖の悪さなのだ。
どうやら口が悪くなるらしい。
これまた記憶がないくらい飲んだ時の話で。
さすがにその時は二桁くらい飲んだ？

だって・・・言い訳するけど、あれは失恋した後の励まし会だった。

皆が飲ませて『思いっきり悪口言ってしまえ～』なんて煽ったりしてたし。
だから口が悪くなるのも当たり前、促されるまま、すごく文句を言ってたらしい。
途中までは泣きながら、その辺は覚えてる。
その後目が据わったらしい。
そしてとうとう毒舌先鋒の世界へ。
その、あまりの豹変ぶりに驚かれた。
今でも面白おかしく語られる伝説の一夜。

それからは気を付けてた。ましてや仕事関係の人の中では絶対やばいと思う。
バレたらヤバイ。
だって一応女子のくくりの中で、おしゃれして、しかも・・・恋活真っ最中。
例え一歩も進んでなくても、一応自分では精一杯活動してるつもり。
そんな大切な活動の場で、今更ここで進展は望めなくても、酔って元カレとか、さらには上司とかの文句まで言ったら恋活以上に・・・・仕事ができないから。

ただやっぱり反動があるもので。
飲めない代わりに食べる。
だって同じお金払ってるし、もともと残す主義ではない。きちんと食べるほう。
美味しくない時は無理はしないけど。
美味しいものに限り、作ってくれた人にも申し訳ない、礼儀のうちの一つ・・・なんて言いながらお酒を少し手離して、視線もはがして。
お箸を手に少しずつ余ったメニューを食べてお皿を片付ける。
なんだか自分の左にお皿が積みあがる。
全部一人で食べたみたいな？

ちょっとづつ離しテーブルの端に置く。
満足。
重ね方にも一応ルールを持ちたい。きれいにして汚れたお皿は重ねない。
どうせ業務用の食器洗浄機でしょうが。
なんとなく気になるから。

あ～あ、こうしてちょっとだけ太ってきた私。
学生の頃は今より５ｋｇは痩せてたのに。
就職して頑張って落としたから、新人の頃に比べて７ｋｇ以上太ったことになる。
それも最後に見た目盛りでの話。
もしかして・・・二桁？・・・まさか。
明らかにきつくなって買い直したスーツ。
元が細かったから今がすごく・・・・ってわけじゃないけど。
遠くに見えるリア充組は細いから、比べたら『やわらかそう』って思われるくらいには、・・・・かも。
さすがにもうお腹いっぱいだし。そろそろ終わりよね。
盛り上がってる遠くの人々はさっそく二次会のお店を決めている。
おかしい、席は３個しか離れてないのに、キラキラと恋活に花が咲いたグループが遠くに感じる。キラキラというより、ギラギラともいうけど。

期待して参加した私にとって、こんな飲み会じゃあ大人しくなるしかない。
だって男子の半分会社の人。
何で今更？
当然知らない人数名に群がった肉食女子。
かくして恋活中でもさほど肉食でない私は、隅の隅の席で美味しいお酒を飲み、適当に話をして、最後にお皿をきれいにして重ねる。

隣の百合先輩、向かいの松田先輩、２人は同期でその中に混ざった私。
この席の並びはよくある。
だからゆったりとのんびりと。
だって、まるで会社の席並びの続きだし。
・・・でもそんな日常を装ってるけど、本当はちょっとうれしい。
松田先輩はいつも優しいから大好きな先輩で。
百合先輩と三人でいると話も楽しく盛り上がり。
結果今日も恋活お休み状態。
泣くな、私。諦めるな、私。

もともと仲のいい百合先輩のおかげで、私が近くにいるのも当たり前みたいになってる。
同期のいない私も仲間入りを許されたみたいでうれしい。
それだけで満足したい。

さり気なくお酒を勧めてくれたり、食べたいものを聞いてくれて、頼んでくれたり。
松田先輩に勧められると、うっかり禁断の４杯目のお酒まで頼んでしまいそうになる。
だってとてもうれしそうに聞いてくれるし、一緒に頼むよと言って誘ってくれるから。
でも変なことしてうっかりばれたら、悲しいことになるから。内緒。我慢。
あんまり飲めないことにしてる。
3杯までなら大丈夫って事に。

それでもその３杯目まで選ぶのに、ついつい二人でメニュー表に夢中になることがある。
ふと気が付いて恥ずかしくなって、百合先輩や周囲の人のリクエストをまとめたりしてごまかす。

だいたい今回は外の人との飲み会だと聞いていた。
恋活中の看板掲げて勢いつけて参加しても・・・・結局普通の飲み会だった。
端っこの席に呼ばれて百合先輩と座り、知らないメンズは反対の端。・・・遠い。
自己紹介も今一つ聞こえなかった。お互い誰？って感じです。

そもそも何で百合先輩がいるの？ラブラブな彼氏がいるのに。
肉食女子に阻まれるでもなく早々に諦めた。
いつものように二人の先輩と楽しく食事をいたしました。

終わり。