公園のベンチで出会ったのはかこちゃんと・・・・。(仮)

羽月☆

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5 そして二度目、バイト代を無駄にしてくれた優しい人。

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あの日一緒に飲んだあと約束通り猫の写真をもらった。
コンビニで写真にプリントして壁に貼った。
癒される。名前は・・・なぜかサノマルにした。呼ぶこともないだろう。
目で挨拶するときに心でつぶやくだけ。おはよう、サノマル。ただいま、サノマル。おやすみ、サノマル。なんて感じだ。
かこちゃんに引き続いてペットが増えた気分にはなる。


そういえば最近新しいお客さんがたくさん来てくれるようになった。
商店街の近くにある会社の人々だ。
毎日スーツを着たスマートな人々。男性と女性。まとめ買いしてくれる人もいる。
なかでも1人良く話しかけてくれる人がいた。若い男の人ですごく丁寧に美味しかったパンの感想を言ってくれる。夕方来ることが多くなり人が少なくてちょっと長めに会話したりする。
家の冷凍室で保存して少しずつ解凍して食べてくれるらしい。
週に2回位は来てくれるその人に少しずつプライベートな話をするようになった。
年齢とか、住んでる場所とか、休みの日の過ごし方とか。
話が上手で自分の事をさりげなく会話に盛り込んだ後聞かれるとつい答えてしまう。
何回か途中で今日子さんがお店に出てきたことがある。
愛想よく挨拶して又引っ込む今日子さん。

そんなある日今日子さんに言われた。

「今日も来てたわね、あのスーツの人。」

「はい、及川さんです。火曜日と金曜日が多いです。同じ会社の中でおいしいと評判になってるってことでした。最近スーツの人が増えましたからね。」

「随分いろいろ話をしてるのね。」

「あ、そうですね。すごく自然に話ができる人なんですよね。」

「真奈ちゃんはああいう人が好きなのかな?」

「え~、何でですか?確かに素敵ですけど。」

確かに私が夢見たオフィスライフではあんな先輩がいた。
でもあんな立派そうな人にはもっと知的な人が隣にいるはず。
それに仕事の話を少しされたけどあんまり分からなかった。

ある日曜日珍しく及川さんが私服でやってきた。
最初印象が違うので気がつかなかった。
スーツに比べると私服だからかとても柔らかい雰囲気になるらしい。
夕方の時間、あんまり残りのパンの種類も多くない。

「こんにちは藤井さん。」

「こんにちは、及川さん、びっくりしました。スーツの印象が強いので。」

「はい、今日は休日出勤の残業でした。」

「そうなんですか、お疲れ様です。でもあんまりパンも残ってないです。」

「そうですね。これ全部売り切ったら藤井さん終わりですか?」

「そうですよ。及川さん全部買ってくれますか?」

店内には10点の商品がある。残り少ないので割引価格になっていた。

「いいですよ。全部買います。」

及川さんが私の冗談を真に受けて言う。

「及川さん、冗談です。及川さんがいつも買うパンはほとんどありませんし。」

「いいです。他のパンでも美味しいのは変わりないですし。それに、明日休みなんですよね、良かったら明日お食事に付き合ってもらえませんか?お昼のランチのお誘いです。」

びっくりしてしばらく言葉もなかった。何故?

「あの・・・・。」

及川さんが持ってきたパンを袋に詰めていた。及川さんに指摘されて手元を見るとトングに力が入りすっかりパンがつぶれていた。おおお、なんて事、しかもデニッシュ。そのまま後ろに置いて自分用にする。

「すみません。あれはちょっと売り物にならなくて。あ、あの・・・・。」

「これ名刺です。携帯番号も書いてます。明日駅の改札に12時でいいですか?都合が悪くなったらメールください。ないことを願いますが。」

相変わらず冗談の色もなく。私は名刺に視線を落とした。
思い直してパンを詰めてお会計する。

「お腹空いたんです、帰って食べます。じゃ、明日12時で大丈夫ですか?」

こくりと頷いて返事した。
そのままお店を出て行く及川さんの背中を見送る。

「ありがとうございました。」

いつものセリフも小声になる。
名刺をポケットにしまい後かたずけを始める。
外の看板をしまい、スクリーンを下ろす。
トレーとトングを洗浄機に入れて洗浄開始ボタンを押す。
パン棚を丁寧に拭いて、カフェスペースの掃除。
床掃除をして終わり。
あ、忘れてた。
今日子さんは早上がりしていたので奥の務さんに声をかける。

「最後のお客さんが全部買って帰ってくれました。ひとつつぶしてしまったデニッシュ買い取ります。」

務さんが出てきてくれる。

「あ、売り切り?じゃあ、それはお土産でいいよ。」

「いえ、お客様がまとめ買いしてくれたのを私がつぶしたのでお支払いします。」

務さんはそう、じゃあそうしよっかと言ってくれた。
売れ残りをいつもたくさんもらっている。落としたり、つぶしたりして迷惑かけた分は自分で買取させてもらうようにしている。
最後に店内の明かりを落としてお金をレジに置いて着替える。
もう一度務さんに挨拶して帰宅する。

「どうしよう。」手にはさっきもらった名刺がある。

「あんまり深く考えなくてもいいんじゃないかな?・・・ランチを一緒に食べるだけ。」

「明日12時。」

独り言のようにぶつぶつ言いながら名刺は財布に大切にしまう。
『及川 千春』さん。初めてフルネームを見た。
なんとなく優しいさわやかな名前がぴったりくる。
部屋に帰るころには何を着ていこうかと悩んでいた。
明るいワンピースにしよう。いつも仕事では動きやすいパンツが多い。
なので休みの日は明るい色のワンピースを着ることが多い。
バッグと靴と考えて。部屋についてサノマルに挨拶する。
ゆっくりお風呂に入り化粧水をはたきながらクローゼットから服を取り出す。
上着とバッグなどもセットして満足。
荷物を移し替えて買い取ったパンを取り出して食べる。
夕食には甘い。すっかりお惣菜も買い忘れてしまったのでしょうがない。
そのまま携帯をぼんやり眺める。
特に誰からもメールはない。
テーブルに置いて歯磨きをしてストレッチをして足をあげながらテレビを見る。行儀悪いけど立ちっぱなしだと疲れるのだ。
及川さんには見せられない、でも佐野さんなら一緒に付き合ってくれそう。
なんてどうでもいいじゃないと笑いながらぼんやりサノマルを見る。
サノマル元気かなあ?大分大きくなったかなあ?

時々思い出したかのように佐野さんからはメールが来る。
特に何か用事があるわけではない、珍しい仕事の事とか、きれいな花や空などの自然なものから犬猫などのかわいい動物の写真まで。私は変わらない日常の中でさやかちゃんの事とか商店街のおすすめお惣菜など書いて返信するくらい。
時々一斉メールで迷子のペット情報が来る。この間はごつい亀を探してたみたい。その日のうちに探し当てたらしく、元気でしたと写真付きでまた一斉メールが来た。本当に凄腕なのか?ナオキ君たちが活躍してるのかもしれない。

足の疲れも取れて眠くなる。
明日は休み、いつもなら公園で本を読んだりするんだけど、明日は美味しいランチ。
何食べるんだろう?

次の日もいい天気で気分上々。
のんびり駅まで歩く。途中お金をおろして、時々商店街の知り合いに声をかけられる。
そういえば商店街は月曜日休みだから、ほとんどの人が寝坊して、疲れを取ってるか家族サービスしてるか。
駅の改札には少し早めについたのに既に及川さんがいた。
姿を見つけ早足で行く。途中こちらに気がついた及川さんが明るい笑顔で手を振る。
今日も私服だ。やっぱり昨日の代わりにお休みなのかな?

「こんにちは、お待たせしました。」

「いいえ、まだ時間前ですよ。僕も来たばかりでした。」

「及川さん今日お休みなんですか?」昨日とは違う感じの私服。

「はい昨日の代休です。藤井さんに合わせて月曜日にしたんです。お断りメールがなくてよかったです。」

「大丈夫ですよ。いつもぼんやり過ごしてますので。」

「藤井さん、スカート姿新鮮です。お似合いですね。」

「ありがとうございます。仕事は動きやすい服になるので反動です。」

本当にあっさりとほめてくれるので自分でも驚くくらい軽く受け流せる。

「お店は勝手に予約したんです。好き嫌いくらい聞けば良かったと反省してます。イタリアンです、苦手なものがあったら当日でもいいそうです。」

「大丈夫です。その辺は何でもいけます。」

「お酒は?」歩きながら及川さんが聞いてくる。

「普通くらいは飲めます。」

「そう言う人の普通はたいてい凄いんですよ。」

笑顔で会話しながら歩く。
駅の反対口から少し歩いたひっそりとしたお店だった。
思いっきり静かなお店。この間のお店とは雰囲気が違う。
それでも店員さんの態度はやわらかくて居心地よさそう。
予約していたコースメニューにお酒を頼んでお昼から乾杯。

「会社の人とも来られるんですか?」

「いえ、ここは初めてです。たいてい居酒屋で質より量です。」

「素敵なお店ですね。料理もとても楽しみです。やっぱり大人感ありますね。」

「そうですか?」

「はい、なんだかスーツ姿を知っているので年齢より年上に思えます。」

「う~ん、それは喜ぶべきところですか?」

「はい。落ち着いてるという意味ですから。」

「でも藤井さんも今日はいつもの仕事の時もよりぐっと大人っぽいですよ。落ち着いて見えます。」

「そうですか?うれしいなあ、初めて言われました。」

つい赤面する。
料理もいいペースで運ばれてくる。どれもおしゃれで美味しい。
及川さんはアウトドア派らしく、たいてい週末は外で趣味のバイクやキャンプなど友達と出かけてるらしい。見た目を裏切る。てっきりインドアだと思ってた。

「藤井さんは将来パン屋さんをやりたいんですか?」

「いいえ、まったく考えてません。今日子さん達も自転車とワゴンと移動販売から始めたらしいです。やっぱりお店は大変そうです。」

「大変じゃない仕事はあんまりないですね。何をしたいかと考えたら頑張れるかと思います。僕は趣味でストレスも吹き飛ぶんですが。」

「そうですよね。」

毎日楽しんでやってますなんて言ってた佐野さんも、本当はいろいろと大変なのかもしれない。

「じゃあ、普通に会社務めはしないんですか?」

「無理です。そんな特筆する技もないですし、もう面接は・・・・苦手なんです。」

「そうですか、もったいないけど。藤井さんがそれでいいのなら。」

私は今はこれがいいんです。もったいなくありません。分相応です。大きな声で言いたいけど、それはきっとわかってもらえないのだろう。

パン屋さんのバイト。もし私じゃなくて将来パン屋さんを開業したいという人がバイトに入ったとしたら今日子さんと務さんの仕事ももっと手伝えて、いろいろと勉強して学ぼうという姿勢も見せられて、教え甲斐があるかもしれない?
商店街のおじさんたちに気に入られるよりそういう人の方が良かったのかな?
自分では思いつきもせず考えもしなかった、誰もそんなこと言ってくれなかった。
ちょっと落ち込む。
自分で気がつくべきだった?私くらいお店の役に立つ人ならその辺にゴロゴロといるのかもしれない。もっと要領のいい人だって。
佐野さんが褒めてくれるから、ご縁があったから、ここにいていいって言ってくれた言葉をそのまま信じてたのに、どんどん今の自分の立ってる場所が頼りなく思えてくる。
人は自分らしく生きる場所を探して落ち着く、それが地と人の縁だというなら。
佐野さんが繰り返し私に教えてくれた、ここは私の縁のある場所。ここで自分らしく立っていられるように私も前を向いていた。
実家では兄が結婚してかわいい奥さんと子供と暮らしている。親も一緒に住んでいてもらって私も親も安心で。そして私は今の様に甘やかされた状態で。
兄と結婚する、義父母と同居、そんな場所でも義姉さんは立派にやっているみたい。
両親とも特に問題なく。私すら帰れない場所にすんなりと馴染んで生きていける人。
みんな大切なものを持って生きている人たち。
大切なものもなく、空っぽな状態のまま流された場所で生きてる私とは違うかもしれない。やっぱり違う。
優しい人の言葉はどうしてこんなに簡単にひっくり返るんだろう。信じてたのに。
それに佐野さんはあのお店の初期バイトでもある。まだまだ顧客も少なくて二人とも不安でさやかちゃんが小さくて、そんな時期を支えてくれた人、今でも今日子さんもさやかちゃんも絶対の信頼を寄せている。きっと務さんも。
やっぱり私じゃなくても良かった。むしろ・・・。
さっきから佐野さんの事ばかり考えてる。いい人の佐野さんが私にくれた言葉がするすると簡単に心から流れ出す。また空っぽになるかも。

「・・・さん、藤井さん。どうかしましたか?」

名前を呼ばれて視線をあげる。目の前にいたのは及川さん。

「あ、すみません。お酒強かったですかね?ちょっと力が抜けました。」

ごまかすように笑う。

「デザートもおいしそうですね。」

笑顔ではしゃいでも、とっくに味を感じれなくなっている。
すべてのメニューを食べてお会計をしてもらう。
誘ったのは自分だからとご馳走してくれた。
素直にお礼を言って駅まで歩く。少し離れて歩く私。
改札に着くまで特に会話もなく気まずいまま別れる。
改札をくぐるその後姿を見送り、私は駅の向こう側へ。

ポトリポトリと自分の足音が元気なく地面に落ちるみたい。
下を向いて歩いて、いつもの商店街を通り抜ける。どのお店もシャッターが閉まっている。
いつもは帰りにお惣菜を買ったりするから声をかけられるけど今日はそんなこともない。どこかよそよそしい顔を見せるシャッター。

普段感じたことのない拒絶感を感じてしまう。

そんなとぼとぼした足取りの私の目の前まで来て声かけてきた人。
それは佐野さんだった。
どうしてこんな日に、こんな時に。
今一番会いたくない人かもしれない。
勝手に恨みがましい目をしてしまい、慌てて表情を取り繕う。

「こんにちは、真奈さん。お出かけでしたか?今日も素敵ですね。」

いつもの優しい誉め言葉も薄っぺらく響いてしまう、だって心が空っぽになったから。

「こんにちは。今日はお休みだったので。今から帰るんです。」

「なんだか元気ないですけど?大丈夫ですか?」

「大丈夫です。それじゃあ。」

そのまま歩き出した私に一歩遅れてついてきた佐野さん。
横に並んで話しかけてくる。もういいのに、やめてほしい位なのに。

「送ります。僕時間があるし。」

「大丈夫です。あと少しですし、まだ明るい昼の時間です。」

「いえ、そんな悲しい顔して歩いてると心配です。」

そう言って並んで歩く。
こんなに一方的に恨まれて、変だと思ってるはずなのに心配してくれて。
子供っぽい自分の対応にますます嫌気がさす。
言葉できちんと伝えてるさやかちゃんの方が立派じゃない。
結局無言で歩きマンションの前まで来た。

「ありがとうございました。さようなら。」

そう言って返事を待たずに背を向ける。
呆れただろう、嫌われただろう、きっと悲しいほどに後悔する自分が想像できるのに振り向くこともできない。

部屋に入り服を脱いでシャワーを浴びる。
お湯を顔に浴びながら涙が出てくる。
適当に洗い流して着替える。適当に髪を乾かして布団に入った。

多分それがいけなかったんだと思う。
目が覚めた夜、体が震える悪寒とのどの痛み。完全に風邪をひいた。
湿った髪をきちんと乾かして、着替えをして、置き薬を引っ張り出して飲む。
水分をたっぷりとって丸くなって布団へ。
自分でも震えてるのがわかる、熱が出る前ぶれ。体を小さく丸くして抱えるように自分を抱きしめる。明日仕事は無理。具合が悪い時は早めに休むように言われてる。
朝一で連絡しよう。迷惑かけてしまう。本当にダメな自分。
それでも自分でしか抱きしめられなくて熱が上がりきるのをひたすら待った。

薬が効いて一度は下がった熱。でもまだくり返し悪寒が襲ってくる。
今日子さんに謝って1日お休みをもらった。無理をせずに明日まで休むように言われた。
誰か手伝ってくれてるのかな?今日子さんがお店に出てるのかな?

誰でもできる仕事。値段だけ覚えればいいんだから。
せっかくの今日子さんの親切にすらまともに向き合えない私は、今相当ねじれた心の持ち主だった。夜に軽くシャワーを浴びて着替える。
鼻が出てティッシュがゴミ箱に山になる。
食欲もないのでホットミルクを飲んで過ごしていたけど、夜中になるころようやくお腹が空いたと思うようになった。悪寒も落ち着いてきたようだ。
少しだるいので微熱くらいにはなってるだろう。
朝起きて空腹を感じる程度に回復はした。少し声が変だけど、鼻も落ち着いてきた。
インスタントのスープを作りぼんやりとテレビを見ながら飲む。薬を飲んでまた寝る。
昼過ぎに目が覚めた時にはスッキリとしていた。明日から働ける。
シャワーを浴びて着替えて洗濯をする。汗をかいたからシーツも洗う。
軽く掃除をしてスッキリすると又元気になった気がした。

今日子さんにメールを入れる。明日からちゃんと仕事をします。迷惑をかけましたと。
ゆっくりと休んでと優しい返信が来た。とその後にお見舞いのバイトを頼んだとの一文が。バイトというと佐野さんしか思いつかない。
来る?ここに?自分の格好を見る。
パジャマは洗濯したので部屋着。そうおかしくはないだろう。
髪をとかして、お化粧はないけどまあ、いいや。だって入り口でお見舞い受け取ったら追い返していいからと書かれていたから。
そうでなくてもあんな気まずい対応をした私に呆れてるだろうし。
あと少しで来るらしい。グルグルといろんなところを見て、最後にもう一度自分をチェックする。何とも落ち着かない時間だった。

部屋の呼び鈴が鳴りオートロックを開ける。
部屋の前のドアを開けるとやはり佐野さんがそこにいた。さっきオートロック解除でわかってたけど、本当にいた。片手に持った重そうな袋。

「これお見舞いです。今日子さんと僕から。具合はどう?」

袋をこちらに差し出しながら心配そうに聞いてくる。
あの気まずい感じはすっかりなかったことの様に。
あ、仕事だよね、バイトだもん。今日子さんに報告するんだよね。

「大丈夫?」

また聞かれた。ぼんやり顔を見ていたと思う。

「大丈夫です。明日からはちゃんと働けます。」慌てて返事する。

「そう、良かった。この間元気なかったし、ちょうど様子を見に行ったら風邪だって聞いて。ついでにお見舞い頼まれたから堂々と部屋番号もゲットしました、なんてね。」

忘れてくれてるんだ。あんな態度。やっぱり私よりはずっと大人だし。
手に持った袋が重い。ちょっと気になって覗いてみた。
パンとビタミンドリンクに数種類のでデザートとフルーツ、おいしそうな焼き菓子まで。
こんなに?思わず声が出た。

「ごめんね、パンとドリンクは今日子さんからね。あとはなんだか食べやすそうなものを買ってきたんだ。クッキーはおいしそうだったから。お豆腐屋さんのクッキーだからヘルシーらしいよ。」

知ってる。軽いクッキーは消化もよさそう。食べたこともあるけど、いつの間にか新しい味を出していたらしい。知らなかった。
よく考えたら玄関でのやり取り。

「もし嫌いなものとかあったら困るでしょう?大丈夫だった?」

「はい、でも多いですね。1人じゃ・・・・。」

2人で見合う。

「あの時間あったら一緒に食べませんか?買って来てもらったもので何ですが。」

「いいんですか?入っても。」

「あ、すみません、あんまり掃除が出来てなくてきれいなじゃないかも。どうぞ。」

思い切ってドアを開ける。
ゆっくり入ってくる佐野さん。
ドアを閉めて鍵をかける音がした。

「スリッパ無くてすみません。」誰も来ないってバレちゃう。

自分だけスリッパで部屋に戻る。
後ろから佐野さんがついてくる。テーブルのあたりに座ってもらう。

「今お茶淹れます。」

パンとドリンクを取り出して袋ごとテーブルに持っていく。

「何を食べますか?」

「えっと先に真奈さんどうぞ。」

「じゃあ、コーヒーゼリーにします。」

袋の中身をテーブルに並べる。

「さすがに買いすぎました。」

もしかしてこれでバイト代また飛んじゃうんじゃないの?
申し訳ないのでもっとよく一つづつ見る。
賑やかなテーブルから一つ佐野さんが手にする。

「僕これもらおうかな。」

甘そうなプリンを手にする。スプーン二人分と紅茶を入れて運ぶ。

「すみません、病み上がりというか病み中なのに。図々しく上がりこんで。」

「いえ、お世話かけました。お店大丈夫そうでした?」

「今日子さんがお店番でした。常連のお客さんが寂しがってましたよ。」

そうやってまた私を甘やかすから。うれしいけど今は心に積もらない。
ぼんやりとスプーンを口に運ぶ佐野さんを見ていた。

「どうしました?大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。そんなに心配していただかなくても大丈夫ですよ。」

「でもいつも元気で明るいから、この間みたいにひどく悲しそうな様子を見たら心配でした。具合悪かったんですね。すみません、あの時に気がついてれば。」

違う、あれは違う。
本当にあの時気がつかれたら、きっと私の顔なんて絶対見たくなくなったと思う。
ひどい自分の足りなさを八つ当たりの様にして恨み節で責めてた身勝手な私だった。

「あの、佐野さん。もう、そんなに優しくしないでください。私はせっかく優しくされてもその言葉を素直に聞ける余裕がないんです。せっかくの優しさも私からは流れ出てしまいます。いくら佐野さんが余裕があってもそんな無駄なことをしてるなんて、私の心を見たらきっとむなしくなりますよ。せっかくのバイトなのにこの間も私におごってくれて。今日も、プラスどころかマイナスのバイトじゃないですか。今日子さんにもきちんと言っておきますから。私はそんな・・・何もお返しできません。だからもういいです。私には優しくするだけもったいないですから。」

『からん。』

隣でスプーンを置く音が聞こえた。きっと佐野さんの心があきれた音だろう。
空っぽな私の体と心に、寂しい部屋に、冷たく響いた気がした。



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