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20 けじめが大切
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一緒に良平さんの家へ行く。
テンションの高い爺さんの出来上がりだ。
後は任せて準備を始める。
脚立を押さえてくれる彼女に良平さんの相手を頼む。
一度降りて休憩すると話が盛り上がっていたようだ。
脚立から下りて手伝いを頼むと軍手をしてウキウキと枝集めを始める彼女。
お昼を食べてる間氷とペットボトルを冷やしてもらう。
うっかりしてた。ここ数日のいつもの手順なのに。
お腹いっぱいになって息を吐く。
心そぞろじゃいけない。刃物をもつし、怪我をする。
でも今日のメインは夜。レストランで自分に出来るけじめをするつもりだから。
午後は2人で仲良く看板を作ったらしい。本当に彼女を連れてきてよかった。
「佐野君、ええんじゃないかのう?」
彼女が離れたときに横でつぶやかれた。爺さんのお墨付きにうれしくなる。
何よりも二人とも楽しく過ごしてくれたようだ。
明日の約束をして仕事を終わりにした。
名残惜しそうな二人はまたの約束をしていた。
パンを配達する約束まで勝手に仲間に入れられていたんだから。
本当に来月のキャンペーンに賭ける彼女の意気込みがすごい。自信ありのようだ。
自分の部屋に戻りいつものように風呂場へ直行。
彼女の手をつなぎそのまま一緒に。
脱ぎ始めた自分に背を向けて出て行こうとする彼女。
誘って先にシャワーを浴びる。
髪を二回ほど洗いさっぱりする。かなり汗もかいたのでよく泡を立てて洗う。
彼女がなかなか来ない。ガラスから服を着たままの彼女が透けて見える。
シャワーを止めてドアを開ける。
じっと見つめられる。そんな日もあるだろうと。
ちょっと残念だけど。のんびり予約の時間まで過ごすとするか。
彼女の頭を撫でリビングで待っててもらう。
ドアを閉めてシャワーを浴びているとまたドアが開いた。
何だか怒られたけど言葉が足りなかったらしい。
本当に先走って心が転がり過ぎてる。
一緒に寝室に行きたいとちゃんと伝える。
分かったと言われてドアが閉じられて彼女が入ってきた。
すっかり自分は磨き上げられた。
彼女の体に軽くお湯をかけてササっと寝室に連れて行く。
しっかりと縋りついてくる彼女をベッドの上に下ろす。
それなのに何故かまた彼女と話し合いタイム。
こんな広い部屋に住んでることにびっくりしてと、他にもいろいろと。
結局いつもの怒らないのかという話になる。怒ってばかりの自分に対して怒らないのかと。
ここまで何度も言われると逆に自分の怒りのリミッターを試してるみたいに思えてくる。怒らせたいのかと疑ってしまう。
でも結局4回男の別れのトラウマらしい。
どうにかして覆したいのだが本当に闇が深い、人の事は言えないが。
なんとなく納得した地点に話を落ち着ける。
どんどんコツをつかんできた。そしてそろそろ楽しい時間に。
寝心地一番で買ったベッドがこんなに意味ある場所にやっと変わったのもうれしい。
微睡む彼女の汗を拭いて髪をかき分け額にキスをする。
「なま、愛してる。」
広い広いとずっと言っていた。一緒に住んでも全く自分は問題ない。
ちょっとだけバイト先が遠くなるからちょっとだけ早起きをしてもらう。
いつか、遠くない未来に。そうなればいい。
いつものように横抱きしてこの後の予定をくり返しシュミレーションする。
なかなか空いてる時間が合わなくて自分だけで買ったあれを彼女はどうするだろう。
突き返されることはないと、きっと大丈夫だろうと思いたい。
まだ本当に短い付き合いで、彼女はトラウマ乗り越えるべく坂を上っている途中。
ゆっくり考えてもらいたい。
自分のけじめとしてきちんと伝えたいという自己満足に尽きる。
アラームが鳴る。そろそろ起きる時間か。
自分でとめるより先に彼女が止めた。
珍しい事が起きた。寝ぼけはしても目覚めは朝よりいいらしい。
ちょっと寝たふりでシュミレーションを続ける。
彼女が自分の顔を触ってくる。
キスをして起こして欲しいと思ってたらいきなりされた。
うん、することはあってもされるのは初めてだ。
本当に寝てたら起きるだろうか?今くらいだとそんなに衝撃はないなあ。
顔の感想をつぶやかれて、このまま寝ていたいと言う。それはダメだ!
「ダメだよ。」
思わず声に出した。寝たふり終了。
彼女がびっくりする。
案の定ちょっと怒られて愚痴られたけどさっさと起きだした。
シャワーを浴びて少し仕事をする。
何かしてないと落ち着かない、ジャケットのポケットにちゃんと準備している。
ちゃんとジャケットを着ていくこと!!
何かしてれば彼女がゆっくりと準備も出来る。本当にジャケット忘れるな、自分。
仕事は進まなかった。深く息をついて緊張を逃がす。
気がつくとすっかり準備を終えた彼女がこっちを見ていた。
珍しい顔をして近づいてくる。ジッと顔を見られた。
どうやら眼鏡好きらしい。新たな発見。そんなに喜ぶならいつもかけてようか。
レーシックで視力はいいからうっとうしい眼鏡もコンタクトも大学生の頃にさよならした。喜ぶならそうするのに、全力でとめられた。なんだがっかり。まあいい。
忘れずにジャケットを羽織る。かすかに膨らんだポケットを撫でる。
バッグで隠すようにして自転車に乗り駅へ。
歩いて駅中を通り向こう口へ行く。
予約のお店は前にお客さんに紹介してもらった。美味しいらしい。
デートに使ってと言われてやっとこれた。予約がとれてよかった。
コースを食べながらお酒を飲む。
デザートまでがあっという間だった気がする。
とりあえず一息ついて。
前にいろんな人に目撃されていた彼女とサラリーマンとの食事、今日もどこからか視線を感じないか?ゆっくり店内をスキャンする。知った顔はいない。
ただこっちは知らなくても向こうが知ってくれているというありがたい現象がある。
まあ、そこはしょうがない。
深呼吸して彼女が下を向いた瞬間を狙ってポケットから箱を取り出す。
テーブルの真ん中へ。
もう、この形と色を見たらどのテーブルからでも何をしてるのかわかるだろう。
いっそお菓子の箱にでも入れたいくらいだった。
彼女に向けてパカリと空けてシュミレーション通りに復唱、まさに復唱してみた、プロポーズの言葉を。
指輪を挟んで静かな時間が流れる。
心が波打ち吐き気がする。寝ぼけた彼女に軽く練習してはみたが、正気の彼女は初めてで。思っていた反応とも違った。
かなりの時間彼女が指輪を睨みつける。
気に入らなかったとか?なんだか困ってるとかより、怒ってるような?
やっぱり一緒に選んだほうが良かったか。シンプルなものを選んだつもりだけど。
ようやく彼女が動いたかと思ったら箱は閉じられてこっちに戻ってきた。
うれしいけど、違うと。何度も謝られた。
これは本当にダメなパターン。落ち込むパターン。
嘘だろう、ついさっきまであんなに溶け合っていたのに、何故。よく分からない。
彼女の本心が分からない。
あんなに自分のことが分からないからと繰り返していたのに、それはこっちのセリフとなった。
何故、本当に何故?好きだと確かめ合い、付き合い、体も重ね、スペアキーももらった。毎日一緒にいる。
この先は、だからもっと先でいいって言ってるのに、今すぐ決めて欲しいとは言ってない。パニックを通り越して虚無の心で会計をして外に出る。が
腕に絡みついて手を握る彼女。
やっぱり・・・・何故?
彼女の言うとおりに又自転車を拾い彼女の部屋へ。
無意識にいつもの場所へ腰を下ろす。
彼女が正面に座り見上げてくる。
台無しにしてごめんなさいと謝られた。
怒らないのかとは聞かれない。まあ、今は怒る気力もないです。
指輪を見せて欲しいと言われた。そして彼女の指にはめる。
ここまで来て何がダメだったのかやっとわかった。情けない。
あの時せめて指にはめていれば。喜んだ彼女の顔が見れたかもしれなかったのに。
そんなことをグルグル考えてたらまた大失態。
シュミレーションがないとこんなことも出来ない男になったのか?
まさかの逆プロポーズをされてハッと気がついた。
「真奈さん、僕と結婚してください。」
やっと言えた。やり直しのプロポーズ。彼女からの返事。
そして感動して抱き合いキスをする。
そしてこんな日に一緒にいれないのは寂しいと言われて自分の部屋へ行くことになった。仕事をしてもいいと言われたが出来る訳ない。そんなものは明日する。
けじめをつけた自分。
いま彼女を迎えてこの部屋がやっと息を始めた。今まで一人で空の巣を守った。
大切なものを見つけろと、守りたいものを見つけろと師匠に言われて見つけたら全力で向かう気でいた、手に入れたら絶対離さないと心に決めた。
そして少しづつ暖めてやっとこの部屋に迎えて新しく始めることができた。
空っぽだった自分の中の何かがゆっくり満たされていく。
部屋に響く甘い声が静かに床に落ちて色を持ち、温度を持ち、形を持ち、部屋中にたちこめる。自分一人じゃ満たせないものがゆっくりと部屋を満たす。
今は外しているのに自分の首に巻きつく手に、握りしめた手に、重ねた指に、腰を引き付ける手に自分が送った印の跡を感じる。
何度も何度もお互い上りつめる。容赦なく責め立ててお互いにずぶぬれになるくらいの汗を交じり合わせてなめ合う。
重なり合ったそこはもう外れないのではと思うくらいに深く結びつく。奥へ奥へ突き上げる度にもっと深く入り込んでいくような不安を覚える。
このまま深く自分がのまれる感覚。
とうとう彼女が声も出さなくなって果ててしまっているのに気がついて我に返った。
残りの勢いで自分も初めて倒れ込む。
息を吐いて仰向けになり手早く処理をする。
ちらりと見た床には二人の服と包み紙と中身を包んだごみが転がっている。
布団もずり落ちた状態。今は引き寄せる気力もない。
ただ横になって沈んだ。かすかに触れた手だけをつないで彼女を感じる。
目を閉じてゆっくり息をする。
耳の中にはまだ彼女の声が響いている。可愛い声から悲鳴に近い声になるまで。
何度も震える彼女の体を容赦なく攻め続けた。
ちらりと横を見るとぐたったりと横になっているのが見える。
このままでは二人とも風邪をひく。
ずり落ちた布団を引き上げて彼女の体にかけて近くで横になる。
だいぶ鼓動も息も落ち着いてきた。冷えた体を抱きしめ合うようにして少し眠る。
腕の中で動き出す気配がして目が覚めた。
彼女はまだ目を開けてはいない。
ゆっくり背中をさすりながら体温を確かめる。
すっかり目が覚めてしまった。掃除でもするか。
ちょっとこの状態はひどいかもしれない。
ゆっくり彼女から離れてゴミをまとめて自分の下着を拾いシャワーを浴びに行く。
パジャマに着替えて洗濯の準備をする。
ソファで水を飲んでると置いたままだったパソコンと眼鏡が見える。
眼鏡を持って洗面台の鏡を見る。自分では何の変化も見れないのだが。
今度直樹に聞いてみようか?馬鹿にされる確率半分くらい。
でも直樹も似合いそうだ、直樹の将来にも役に立つかもしれないじゃないか。
ソファに戻りパソコンを開く。放っておいた銘柄は特に変動もなく。もし将来を考えるならこっちもきちんとしておこう。決して貯金に不足はないと思う。
彼女は自分がこんな部屋に住んでいることにびっくりしていた。
まさか便利屋がそんなに儲かってるとは思ってないのだろう。
確かに自営業としてはそれほど収入は多くない。が、ほとんど体一つで出来るもので経費など必要としない。自転車にはガソリン代もかからず駐車料金もほとんどかからない。
純粋に利益になることが多い。
サラリーマンに比べると少ないが商売をやってる自営業にしたら利益率は断然いいはずだ。
それでも健康あってのものだ。不安がないわけではない。
最近サボっていた日報を書いておく。
眼鏡をはずしてそろりと立ち上がり寝室へ行く。
ペットボトルを持っていこう。
彼女が起きたら飲んだ方がいいし、シャワーも浴びたほうがいいのだが。
まさか起きてるとは思わなかった。ベッドの上でぼんやりとしている。
「まな、お水持ってきたよ。」
キャップを開けて手渡す。
気がついてないけど胸が見えてる。まだ寝ぼけてるかな?
ゴクゴクとむせずに飲んでほとんど空っぽに。
わずかに数センチ残してこっちに返してくる。大丈夫だろうか?
「真奈、冷えるよ。シャワー浴びる?」
隣に腰を下ろすと抱きついてきた。
頭を撫でながら囁いてみる。
「喉痛くない?」
「うん。」
「寒くない?」
「うん。」
「眠い?」
答えがない。聞くまでもなく寝ていた。
体が冷えている。
「真奈、起きてシャワー浴びない?パジャマ着よう?」
「うん・・・・。」
しばらくして寝息に戻る。
しょうがないのでパジャマの上を持ってきて包むようにして体をくっつけて横になった。
あ、目覚まし、早めに起こしてもらおう。
「真奈、おやすみ。」
そして朝、やっぱりぼんやりしながら寝ぼけている。
「まな、おはよう。」
「はよう。」
「バイトの時間だよ。」
「うん。」
全く起きそうにない。顔をはたいて何とか起こす。これが自分の毎日の仕事になるのか?
頬を押さえながら目を覚ます彼女。
「起きた?」
「うん。」
「いいからシャワー浴びて、朝ごはん用意するから。」
先に部屋を出て洗面台にタオルを置いておく。
コーヒーを入れてスープを暖める。
冷凍室を探しても食糧難。このところ帰ってなかったので何もなかった。
パン屋で働いてる分には問題ないか?
軽く化粧をして出てくる。着ていた服を丸々とたたみバッグに入れている。」
「真奈、一度部屋に戻るの?」
「ううん、直接行きます。」
「洗濯物洗っててあげるから。ネットに入れてて。」
「え、それは・・・大丈夫です。」
手を振りながら首も降って拒否の表現。
「ねえ、今日もここに帰ってくるって約束したんだけど。」
「え、誰と?」
「もちろん真奈。座って。」コーヒーを渡す。
「ごめんこれしかなくて。」
紙パックのスープを暖めたものを出す。
「大丈夫です。きっと試食があるから。早めにもらいます。美味しい。」
「ねえ、本当に真面目に、ここに住むのは嫌?」
「まさか・・・。」
「引っ越さなくていいよ。ちゃんとご両親に挨拶に行ってからでいいし。だけどどっちかに一緒にいたいと思うんだけど。」
「・・・・じゃあ、荷物持って少しこっちに泊って・・・お試しに。」
「今日は9時頃になるから、先に入ってて。合間に時間あるからご飯作っとくから、先に食べていいからね。」
合鍵を渡す。手の上のそれをじっと見つめる彼女。
「ありがとうございます、佐野さん。うれしい。」
「どういたしまして。」
テンションの高い爺さんの出来上がりだ。
後は任せて準備を始める。
脚立を押さえてくれる彼女に良平さんの相手を頼む。
一度降りて休憩すると話が盛り上がっていたようだ。
脚立から下りて手伝いを頼むと軍手をしてウキウキと枝集めを始める彼女。
お昼を食べてる間氷とペットボトルを冷やしてもらう。
うっかりしてた。ここ数日のいつもの手順なのに。
お腹いっぱいになって息を吐く。
心そぞろじゃいけない。刃物をもつし、怪我をする。
でも今日のメインは夜。レストランで自分に出来るけじめをするつもりだから。
午後は2人で仲良く看板を作ったらしい。本当に彼女を連れてきてよかった。
「佐野君、ええんじゃないかのう?」
彼女が離れたときに横でつぶやかれた。爺さんのお墨付きにうれしくなる。
何よりも二人とも楽しく過ごしてくれたようだ。
明日の約束をして仕事を終わりにした。
名残惜しそうな二人はまたの約束をしていた。
パンを配達する約束まで勝手に仲間に入れられていたんだから。
本当に来月のキャンペーンに賭ける彼女の意気込みがすごい。自信ありのようだ。
自分の部屋に戻りいつものように風呂場へ直行。
彼女の手をつなぎそのまま一緒に。
脱ぎ始めた自分に背を向けて出て行こうとする彼女。
誘って先にシャワーを浴びる。
髪を二回ほど洗いさっぱりする。かなり汗もかいたのでよく泡を立てて洗う。
彼女がなかなか来ない。ガラスから服を着たままの彼女が透けて見える。
シャワーを止めてドアを開ける。
じっと見つめられる。そんな日もあるだろうと。
ちょっと残念だけど。のんびり予約の時間まで過ごすとするか。
彼女の頭を撫でリビングで待っててもらう。
ドアを閉めてシャワーを浴びているとまたドアが開いた。
何だか怒られたけど言葉が足りなかったらしい。
本当に先走って心が転がり過ぎてる。
一緒に寝室に行きたいとちゃんと伝える。
分かったと言われてドアが閉じられて彼女が入ってきた。
すっかり自分は磨き上げられた。
彼女の体に軽くお湯をかけてササっと寝室に連れて行く。
しっかりと縋りついてくる彼女をベッドの上に下ろす。
それなのに何故かまた彼女と話し合いタイム。
こんな広い部屋に住んでることにびっくりしてと、他にもいろいろと。
結局いつもの怒らないのかという話になる。怒ってばかりの自分に対して怒らないのかと。
ここまで何度も言われると逆に自分の怒りのリミッターを試してるみたいに思えてくる。怒らせたいのかと疑ってしまう。
でも結局4回男の別れのトラウマらしい。
どうにかして覆したいのだが本当に闇が深い、人の事は言えないが。
なんとなく納得した地点に話を落ち着ける。
どんどんコツをつかんできた。そしてそろそろ楽しい時間に。
寝心地一番で買ったベッドがこんなに意味ある場所にやっと変わったのもうれしい。
微睡む彼女の汗を拭いて髪をかき分け額にキスをする。
「なま、愛してる。」
広い広いとずっと言っていた。一緒に住んでも全く自分は問題ない。
ちょっとだけバイト先が遠くなるからちょっとだけ早起きをしてもらう。
いつか、遠くない未来に。そうなればいい。
いつものように横抱きしてこの後の予定をくり返しシュミレーションする。
なかなか空いてる時間が合わなくて自分だけで買ったあれを彼女はどうするだろう。
突き返されることはないと、きっと大丈夫だろうと思いたい。
まだ本当に短い付き合いで、彼女はトラウマ乗り越えるべく坂を上っている途中。
ゆっくり考えてもらいたい。
自分のけじめとしてきちんと伝えたいという自己満足に尽きる。
アラームが鳴る。そろそろ起きる時間か。
自分でとめるより先に彼女が止めた。
珍しい事が起きた。寝ぼけはしても目覚めは朝よりいいらしい。
ちょっと寝たふりでシュミレーションを続ける。
彼女が自分の顔を触ってくる。
キスをして起こして欲しいと思ってたらいきなりされた。
うん、することはあってもされるのは初めてだ。
本当に寝てたら起きるだろうか?今くらいだとそんなに衝撃はないなあ。
顔の感想をつぶやかれて、このまま寝ていたいと言う。それはダメだ!
「ダメだよ。」
思わず声に出した。寝たふり終了。
彼女がびっくりする。
案の定ちょっと怒られて愚痴られたけどさっさと起きだした。
シャワーを浴びて少し仕事をする。
何かしてないと落ち着かない、ジャケットのポケットにちゃんと準備している。
ちゃんとジャケットを着ていくこと!!
何かしてれば彼女がゆっくりと準備も出来る。本当にジャケット忘れるな、自分。
仕事は進まなかった。深く息をついて緊張を逃がす。
気がつくとすっかり準備を終えた彼女がこっちを見ていた。
珍しい顔をして近づいてくる。ジッと顔を見られた。
どうやら眼鏡好きらしい。新たな発見。そんなに喜ぶならいつもかけてようか。
レーシックで視力はいいからうっとうしい眼鏡もコンタクトも大学生の頃にさよならした。喜ぶならそうするのに、全力でとめられた。なんだがっかり。まあいい。
忘れずにジャケットを羽織る。かすかに膨らんだポケットを撫でる。
バッグで隠すようにして自転車に乗り駅へ。
歩いて駅中を通り向こう口へ行く。
予約のお店は前にお客さんに紹介してもらった。美味しいらしい。
デートに使ってと言われてやっとこれた。予約がとれてよかった。
コースを食べながらお酒を飲む。
デザートまでがあっという間だった気がする。
とりあえず一息ついて。
前にいろんな人に目撃されていた彼女とサラリーマンとの食事、今日もどこからか視線を感じないか?ゆっくり店内をスキャンする。知った顔はいない。
ただこっちは知らなくても向こうが知ってくれているというありがたい現象がある。
まあ、そこはしょうがない。
深呼吸して彼女が下を向いた瞬間を狙ってポケットから箱を取り出す。
テーブルの真ん中へ。
もう、この形と色を見たらどのテーブルからでも何をしてるのかわかるだろう。
いっそお菓子の箱にでも入れたいくらいだった。
彼女に向けてパカリと空けてシュミレーション通りに復唱、まさに復唱してみた、プロポーズの言葉を。
指輪を挟んで静かな時間が流れる。
心が波打ち吐き気がする。寝ぼけた彼女に軽く練習してはみたが、正気の彼女は初めてで。思っていた反応とも違った。
かなりの時間彼女が指輪を睨みつける。
気に入らなかったとか?なんだか困ってるとかより、怒ってるような?
やっぱり一緒に選んだほうが良かったか。シンプルなものを選んだつもりだけど。
ようやく彼女が動いたかと思ったら箱は閉じられてこっちに戻ってきた。
うれしいけど、違うと。何度も謝られた。
これは本当にダメなパターン。落ち込むパターン。
嘘だろう、ついさっきまであんなに溶け合っていたのに、何故。よく分からない。
彼女の本心が分からない。
あんなに自分のことが分からないからと繰り返していたのに、それはこっちのセリフとなった。
何故、本当に何故?好きだと確かめ合い、付き合い、体も重ね、スペアキーももらった。毎日一緒にいる。
この先は、だからもっと先でいいって言ってるのに、今すぐ決めて欲しいとは言ってない。パニックを通り越して虚無の心で会計をして外に出る。が
腕に絡みついて手を握る彼女。
やっぱり・・・・何故?
彼女の言うとおりに又自転車を拾い彼女の部屋へ。
無意識にいつもの場所へ腰を下ろす。
彼女が正面に座り見上げてくる。
台無しにしてごめんなさいと謝られた。
怒らないのかとは聞かれない。まあ、今は怒る気力もないです。
指輪を見せて欲しいと言われた。そして彼女の指にはめる。
ここまで来て何がダメだったのかやっとわかった。情けない。
あの時せめて指にはめていれば。喜んだ彼女の顔が見れたかもしれなかったのに。
そんなことをグルグル考えてたらまた大失態。
シュミレーションがないとこんなことも出来ない男になったのか?
まさかの逆プロポーズをされてハッと気がついた。
「真奈さん、僕と結婚してください。」
やっと言えた。やり直しのプロポーズ。彼女からの返事。
そして感動して抱き合いキスをする。
そしてこんな日に一緒にいれないのは寂しいと言われて自分の部屋へ行くことになった。仕事をしてもいいと言われたが出来る訳ない。そんなものは明日する。
けじめをつけた自分。
いま彼女を迎えてこの部屋がやっと息を始めた。今まで一人で空の巣を守った。
大切なものを見つけろと、守りたいものを見つけろと師匠に言われて見つけたら全力で向かう気でいた、手に入れたら絶対離さないと心に決めた。
そして少しづつ暖めてやっとこの部屋に迎えて新しく始めることができた。
空っぽだった自分の中の何かがゆっくり満たされていく。
部屋に響く甘い声が静かに床に落ちて色を持ち、温度を持ち、形を持ち、部屋中にたちこめる。自分一人じゃ満たせないものがゆっくりと部屋を満たす。
今は外しているのに自分の首に巻きつく手に、握りしめた手に、重ねた指に、腰を引き付ける手に自分が送った印の跡を感じる。
何度も何度もお互い上りつめる。容赦なく責め立ててお互いにずぶぬれになるくらいの汗を交じり合わせてなめ合う。
重なり合ったそこはもう外れないのではと思うくらいに深く結びつく。奥へ奥へ突き上げる度にもっと深く入り込んでいくような不安を覚える。
このまま深く自分がのまれる感覚。
とうとう彼女が声も出さなくなって果ててしまっているのに気がついて我に返った。
残りの勢いで自分も初めて倒れ込む。
息を吐いて仰向けになり手早く処理をする。
ちらりと見た床には二人の服と包み紙と中身を包んだごみが転がっている。
布団もずり落ちた状態。今は引き寄せる気力もない。
ただ横になって沈んだ。かすかに触れた手だけをつないで彼女を感じる。
目を閉じてゆっくり息をする。
耳の中にはまだ彼女の声が響いている。可愛い声から悲鳴に近い声になるまで。
何度も震える彼女の体を容赦なく攻め続けた。
ちらりと横を見るとぐたったりと横になっているのが見える。
このままでは二人とも風邪をひく。
ずり落ちた布団を引き上げて彼女の体にかけて近くで横になる。
だいぶ鼓動も息も落ち着いてきた。冷えた体を抱きしめ合うようにして少し眠る。
腕の中で動き出す気配がして目が覚めた。
彼女はまだ目を開けてはいない。
ゆっくり背中をさすりながら体温を確かめる。
すっかり目が覚めてしまった。掃除でもするか。
ちょっとこの状態はひどいかもしれない。
ゆっくり彼女から離れてゴミをまとめて自分の下着を拾いシャワーを浴びに行く。
パジャマに着替えて洗濯の準備をする。
ソファで水を飲んでると置いたままだったパソコンと眼鏡が見える。
眼鏡を持って洗面台の鏡を見る。自分では何の変化も見れないのだが。
今度直樹に聞いてみようか?馬鹿にされる確率半分くらい。
でも直樹も似合いそうだ、直樹の将来にも役に立つかもしれないじゃないか。
ソファに戻りパソコンを開く。放っておいた銘柄は特に変動もなく。もし将来を考えるならこっちもきちんとしておこう。決して貯金に不足はないと思う。
彼女は自分がこんな部屋に住んでいることにびっくりしていた。
まさか便利屋がそんなに儲かってるとは思ってないのだろう。
確かに自営業としてはそれほど収入は多くない。が、ほとんど体一つで出来るもので経費など必要としない。自転車にはガソリン代もかからず駐車料金もほとんどかからない。
純粋に利益になることが多い。
サラリーマンに比べると少ないが商売をやってる自営業にしたら利益率は断然いいはずだ。
それでも健康あってのものだ。不安がないわけではない。
最近サボっていた日報を書いておく。
眼鏡をはずしてそろりと立ち上がり寝室へ行く。
ペットボトルを持っていこう。
彼女が起きたら飲んだ方がいいし、シャワーも浴びたほうがいいのだが。
まさか起きてるとは思わなかった。ベッドの上でぼんやりとしている。
「まな、お水持ってきたよ。」
キャップを開けて手渡す。
気がついてないけど胸が見えてる。まだ寝ぼけてるかな?
ゴクゴクとむせずに飲んでほとんど空っぽに。
わずかに数センチ残してこっちに返してくる。大丈夫だろうか?
「真奈、冷えるよ。シャワー浴びる?」
隣に腰を下ろすと抱きついてきた。
頭を撫でながら囁いてみる。
「喉痛くない?」
「うん。」
「寒くない?」
「うん。」
「眠い?」
答えがない。聞くまでもなく寝ていた。
体が冷えている。
「真奈、起きてシャワー浴びない?パジャマ着よう?」
「うん・・・・。」
しばらくして寝息に戻る。
しょうがないのでパジャマの上を持ってきて包むようにして体をくっつけて横になった。
あ、目覚まし、早めに起こしてもらおう。
「真奈、おやすみ。」
そして朝、やっぱりぼんやりしながら寝ぼけている。
「まな、おはよう。」
「はよう。」
「バイトの時間だよ。」
「うん。」
全く起きそうにない。顔をはたいて何とか起こす。これが自分の毎日の仕事になるのか?
頬を押さえながら目を覚ます彼女。
「起きた?」
「うん。」
「いいからシャワー浴びて、朝ごはん用意するから。」
先に部屋を出て洗面台にタオルを置いておく。
コーヒーを入れてスープを暖める。
冷凍室を探しても食糧難。このところ帰ってなかったので何もなかった。
パン屋で働いてる分には問題ないか?
軽く化粧をして出てくる。着ていた服を丸々とたたみバッグに入れている。」
「真奈、一度部屋に戻るの?」
「ううん、直接行きます。」
「洗濯物洗っててあげるから。ネットに入れてて。」
「え、それは・・・大丈夫です。」
手を振りながら首も降って拒否の表現。
「ねえ、今日もここに帰ってくるって約束したんだけど。」
「え、誰と?」
「もちろん真奈。座って。」コーヒーを渡す。
「ごめんこれしかなくて。」
紙パックのスープを暖めたものを出す。
「大丈夫です。きっと試食があるから。早めにもらいます。美味しい。」
「ねえ、本当に真面目に、ここに住むのは嫌?」
「まさか・・・。」
「引っ越さなくていいよ。ちゃんとご両親に挨拶に行ってからでいいし。だけどどっちかに一緒にいたいと思うんだけど。」
「・・・・じゃあ、荷物持って少しこっちに泊って・・・お試しに。」
「今日は9時頃になるから、先に入ってて。合間に時間あるからご飯作っとくから、先に食べていいからね。」
合鍵を渡す。手の上のそれをじっと見つめる彼女。
「ありがとうございます、佐野さん。うれしい。」
「どういたしまして。」
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母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
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