公園のベンチで出会ったのはかこちゃんと・・・・。(仮)

羽月☆

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29 改めて実感したこと、させてくれた人。

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昼間はスーツで調査員、夜は時々送迎のバイト。
しばらくは商店街に顔を出す暇もなさそうだ。
今はうっかり仕事を受けられない。彼女との時間が減るだけだった。

彼女の描いた地蔵と狸の画をコピーして文章を頼んで、自分は写真を現像して。来週送ろう。
日曜日のお昼にメールに気がついた。彼女からだと思っていたのに今日子さんからで。
明日はどこに行くのかなあと揶揄うような内容。彼女が話したんだろう。

『今日は早く終わるように真奈ちゃんが張り切ってる。』

そう書いてあった。
いつも頑張ってるよ、と思ったりして。

サーフィン君の報告書もほぼ終わり、今は新しい依頼分の報告書を作成中。
対象者は28歳、普通のサラリーマン。
真面目そうにも思える。歩き方、身だしなみ。
仕事終わりに一度追尾した限り特に問題なさそうだった。
自宅最寄りの駅を降りて電話をかけた。さりげなく聞くと奥さんにだったらしい。

「もうすぐ帰るけど、何か欲しいものある?」

優しい声で妊婦の奥さんを気遣う夫。そう見えた。
その後バスに乗り、自宅に帰りつくまで見届けた。
奥さんから帰ってきたとメールが来てお終い。このところそのパターンらしい。
後は週末2日間。奥さんが留守にする間を追尾する。私服で交代で対象者についていく形になる。予定は奥さんも分からないらしい。聞いたけど特にと言って教えてくれなかったと。

何度か交代しながら男性の消えた場所へ。いったいどこへ?
きれいなビルだった。ただその中に奥さんが通う産科があるのを見つけた。
一人で行く?どんなパターンだ?
一緒に組んでいる相棒は孫もいる年齢で、必然的に自分の役目になった。
一人そこに入りさりげなく見渡すと、いた。
ゆっくりオズオズと受付に行く。その時に名前を呼ばれて対象者が奥に行った。
自分は本当に挙動不審だったかもしれないけど、女性が多いクリニックではさほど珍しくないみたいだった。
妻の代わりに聞きに来たと言っていくつか急ごしらえの質問をする。
赤面し汗をかいてる自分に優しく教えてくれる受付の人。
分かったのは女性のドクターで出産は提携の病院だと言うこと。
産前産後のケアに力を入れてる事。
実際に今奥の部屋で出産を控えた妊婦向けの教室をやっていることを教えてくれた。
男性も参加されますよ、そう言われてピンときた。

「そういえばさっきも男性が一人いましたよね。奥さんと一緒に参加されてるんですね。」

「今日はおひとりですが、他の日に奥様は参加されてます。」

「もし奥様が里帰り分娩を希望されるようでも、それまでのサポートも当然受けられます。実際に奥様が数カ月を残して里帰りしても、男性だけが最後まで受けたり、産後の新米お母さんの役に立つこともありますよ。」

そう言われて対象者の行動が納得できた。ひとりでそんな教室に通っているらしい。
依頼人がやめているのか、今日だけ来ないのかは分からないが。ここに来た目的が分かればそれで十分だった。
受付にお礼を言って案内だけもらって外に出た。
ぐったりと疲れる。絵空事が知識外のこと過ぎて。
下に降りて相棒を探して報告する。


「ほう、そうなんだ。まあ、何だなあ。罪悪感って言うのかなあ?」

「そうでしょうか?依頼人は何が不審だったんでしょうかね?」

今のところ全く何もない。この後にどこに行くのか分からないが。
いっそこの調査が無駄になることを祈りたい。ビルから出てきた対象者を相棒が追尾して、少し距離を置いて自分もついていく。
さっき同じクリニックにいるところを目撃されたので少し距離を置いたほうがいいだろうとの判断だった。しばらくしたら交代する予定だった。
ただ対象者はそのまままっすぐ最寄り駅に行きバスに乗り自宅に帰ったらしい。
同じバスに乗るのを避けて駅にいた自分。相棒から報告が来た。
車を回してもらいマンションの前で待機するらしい。
そのまま交代ということにして会社に戻る。
クリニックに入る写真や出てくる写真は撮れている。
当然日付と時刻入り。証拠となるのだ。
すべてのデータをアップしてもらい報告書を仕上げる。
夕方まで特に外出の気配はないらしい。
そのまま報告書を書き上げて保存して自分は仕事を終えた。
相棒に挨拶して帰宅する。
やっぱりもう何もないだろう。
今の時間から動くこともないだろうし、まさか誰かを連れ込むなんてこともしなそうだ。
消灯するまで自宅を見守り1週間の仕事を終了する。
報告を聞きに来るのは月曜日らしい。
途中まで作っておいたので後は追記して印刷で完成。
依頼人が不審がることは一つもない。
週末は実に大人しく一人分の買い物をして自宅で過ごし、次の日はどう見ても依頼人のためを思っての外出。以上。

時計を見るといい時間だった。真奈のところに顔を出して一緒に帰ろうかと思って歩いていたら改札を出たところで声をかけられた。
夏目さんだった。スーツを着ている。

「こんにちは、夏目さん。スーツということは今日もお仕事ですか?」

「はい。そうです。佐野さんも。」

「はい。今日で一段落で明日は休みです。」

「そうなんですか?・・・・・佐野さん、お疲れかもしれませんが、時間少しいいですか?」

「はい、大丈夫ですよ。それにしても電車混んでましたね。日曜日も同じようなスーツの人いますもんね。」

「そうですね。」

駅を出たところにある小さな公園を通り先に立ち止まった夏目さんが振り返った。
すこし不安になった。
こちらを見た彼女の目がすぐに伏せられる。

「あの、佐野さん。あの、・・・私とお付き合いしていただけないでしょうか?ずっと好きでした。初めて話をした時から。」

うつむき静止している彼女の肩に緊張が見える。
もう少し前だったら告白したいと思ってる人がいると言えたのに。
でもその前だとしたら、・・・・それでも、夏目さんじゃないと思っただろう。
今までずっと待ってたのは真奈だったから。
だから時間もかからなかった、すぐにわかった。やっと見つけたと。
ゆっくり夏目さんの顔が上がる。
上がりきらないまでに視線がこちらをうかがうように上がる。

「すみません。僕には、婚約したばかりの彼女がいるんです。」

それ以上でも以下でもない。
驚いた顔をしてこちらを見る夏目さん。
休んでる風もなくいつも一人でいた自分。
愛想だけは良くあちこちに気楽に顔を出していた自分。
彼女がいるような噂が漂っていたのはほんの最近、商店街のおやじたちの間だけかもしれない、それが真奈だとはっきりわかったのもほんの数日前。
いつその事実が夏目さんに届くだろうか?夏目さんと知り合ったのは数年前。
商店街の掃除に親父さんの代わりに出た時が初めてだと思う。
初めましてと挨拶して少し話をしただけだった。
もう数年前の事すぎて。それから会うと軽く挨拶をしたり立ち話をするくらいにはなった。でもそれだけだったから。自分に向けれた好意に気がつくことはなかった。
目の前で驚いた目と口をゆっくり閉じた夏目さんがうつむいて声を震わせた。

「すみません、私・・・忘れてください。」

そう言って背中を向けると走り去った。
残された自分は一人その背中を見送る。
きっと僕よりいい人がいます、とか言えるはずもなく。ただ申し訳ないと思った。
ゆっくり公園から出てぼんやりと歩いた。
それでもきちんと行くべきところには着いていた。
気がついたら真奈の笑顔があった。

「佐野さん、お疲れ様。」

お帰りなさいと言われてる気がする笑顔。
ぼそっと挨拶してカフェテーブルに座り込んだ。
目の前に立つ彼女の手を握りしめる。それでも足りなくて彼女の体にもたれて夏目さんの言うように忘れようとした。許されるなら。
彼女の職場だと思い出して顔を上げて先に帰ると告げた。
そういえば駅に自転車を置いたままになっている。明日を楽しみにして働いてる彼女。
先に買い物をして食事の準備をしよう。何かしていた方が気がまぎれる。
リクエストを聞いて買い物をして帰った。早く終わったらしい彼女も帰ってきた。
シャワーを浴びてもらっている間にすっかり仕上げを終えて一緒に食事をする。

何て奴なんだろう、自分は。
そばにいる彼女の笑顔を見て声を聞いて、それだけで忘れることができる。
さっき、自分が誰かを傷つけたことなんてきれいにさっぱりと。
自分勝手な自分自身に驚くくらいだ。
今のこの時間は何にも代えがたいものなんだから。

いつものように彼女の横でパソコンを開く。いつもの鼻歌が聞こえる。
お馴染のフレーズをくり返しハミングする彼女。
テーブルの上に置かれたカエルが前半分の色を付けられている。
几帳面に色塗りして置く、次の一匹を手に取る。
くり返しされる作業。
ハミングをやめて塗り終わったカエルと見つめ合っている。
話しかけてるのか?首を倒しながらカエルに笑いかけてそのままこっちを見上げた。
まさか自分がさっきからじっと見ていたとは思ってなかったらしく、ちょっと驚いた顔をした。

「楽しそうだね、真奈。」

つい鼻歌を歌ってることを教えたら真っ赤になりながら気にする。

「うるさかったですよね?」

いつも歌ってると教えたら驚いていた。
しかも自分が何の歌をハミングしていたのかすら分かってない、無自覚だったらしい。
そうだとは思った。
パソコンを置いて彼女の横に座る。
意識してはいなかった、ただ、忘れてただけ。
パソコン用の眼鏡をかけたまま言葉をささやくと少し距離を置かれた。
眼鏡をはずすのを止められてされたお願いは甘い言葉が欲しいと。

「真奈、愛してる。もし、もし誰かを傷つけてたとしても、それが真奈じゃなきゃ、いい。そう思ってる。自分勝手だけど後悔はしない、反省はしても後悔はしないから。ずっとそばにいて。」

本当に自分勝手に感情を処理した。
これから夏目さんと会うとき、ちょっと気まずく思うだろう、何も知らずに隣に真奈がいたらもっと。こんなに近くにいるかぎりは避けられない。どうかいい人と巡り会って欲しい。夏目さんだけの事を思って願うばかりじゃない、自分の小さな罪悪感を刺激する針を出来るだけ小さくしたい。
どうせ自分はそんな自分本位な男なんだ。
そう思うことに快感すら覚えるくらい今自分の腕の中にある存在を一番だと言えるから。

「光司さん?」

力を入れて抱きしめてた。
自分の腕の中で苦しそうな声が聞こえたので力を緩める。
彼女の視線の中に入る。
目を閉じた彼女にキスをする、やっぱり眼鏡はいらない。
眼鏡をはずしたけど目を閉じた彼女は気がつかずに止められることもなかった。

「まだ色塗り終わらない?」

おでこをくっつけて囁くように聞く。

「終わりでいいです。また明日します。」

首に回された彼女の手と背中に回した自分の手。
同じように引き寄せれば二人の距離はすぐになくなる。

「佐野さん、お願い・・・・。」

「まな、誰を呼んでるの?」

「・・・・こうじさん・・・・・おねがい。」

甘い声で名前を呼ばれることにも慣れた。
何が違うんだろう、他の誰かと。
それは分からないけど多分間違ってないから。多分じゃない、絶対間違ってない。

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