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14 他人の評価が気になる一日です。

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本当につくづく思う。なんで一年無しでいられたんだろう。
新人が研修から帰ってきて配属されて周囲がちょっとバタバタしてくる。
自分の課には今3年目がいない。そうなると必然指導係が二年目に降りてきた。
男女2人の新人。上司の命令で井田と分担して指導することになった。
でも大変なので一緒に教えたほうが効率がいい。2人まとめて交互に教えることにした。
そろそろ新しいイベントの入る時期だ。この時期が一番忙しい。分からないことはすぐに聞くこと、教えるのは初めてだからそのつもりでと念を押して一緒に仕事をすすめる、面倒だ、2倍かかる。これは去年自分たちに教えてくれた先輩も感じただろう。順番というやつだ。
2人の理解力に差がないのがうれしい。気も合わない方ではないらしく任せると2人で相談して何とか仕上げてくる。去年の自分はどうだったか?思い出せない。苦労した覚えもないからそこそこ出来る新人だったのでは?
数件の依頼を一緒にこなすと飲み込みもよく手がかからなくなってきた。
任せてる時間は自分の仕事もできる。任せたものをチェックしても完成度は高い。
井田と話をしてそろそろ独り立ちの方向でと考え始めた。
2人に聞くとやりたいということだった。とりあえず最初の2件2人で、それぞれ主導とサポートで。ただ2件とも恒例のイベントでサンプルがある。そうなると難なくこなしてくれて合格。
時々先方に出向くこともある。営業程ではないが外回りはあるのだ。
今日は女性の方を担当した。小野山ゆかりという。若い。新鮮だ。ただ一つ若いだけなのに。小野山と一緒に外へ向かう。女性がいるだけでやわらかい雰囲気になるらしく特に問題なく終了。相手も何度も顔を合わせてる人だから気安い。

「ねえ茅野君、なんだか最近雰囲気変わったよね?」

「はぁ?自分ですか?」

「そうそう。なんだか柔らかくなったよね?2年目の余裕?」

「自分はそんなにいっぱいいっぱいでしたか?」

何?そんな気はないぞ。しかも後輩の前で暴露とは。

「いや、冗談。いつでも余裕あったよ。クールなくらい。でもちょっと違うよね。いいことあった?」

「いいことだらけですよ。毎日。」

あった、あった。思い当たる。でも教えない。

「それよりもうすぐお父さんですよね?」

確か前にそんな話をしていた、そろそろなのでは?

「そうなんだよ、ちょっとね、照れるけど。今週末くらいかなあ?」

とろける顔を見る。

「楽しみですね。タイミングいいといいですね、奥さんにとっても。」

「いやあ、実際オロオロして呆れられそうだよ。あの瞬間から母になるらしいからね。茅野君も気を付けてね。変貌するらしいよ。豹変とも言うけど。」

ちょっと想像してみた。うっ、無理。
唯がまだまだ手がかかるんだ。

「やっぱりいいことあったね。」

つい想像にはまって素になってしまった。

「じゃあ、またね、茅野君、小野山さんも今後ともよろしくね。」

軽く挨拶して別れた。

「小野山さん、ここは取引先の相手にしてはとてもやりやすいところだから。付き合いも長いからね。全部がこうだといいけどね。」

「やっぱり難しいところもありますか?」

「まあ、いろいろだけど。決定権は自分達にはないからそのあたりは弁えて。今のところもめたりしたことはないから安心して。ただもっとビジネスライクな対応のところがあるから。あとは相性次第。」

「はい、分かります、なんとなく。」

「今までバイトとかもしてたでしょう?女性だからって嫌な目にあったことある?」

「えっと、軽いセクハラ発言はありますけど、悪気がないって分かれば躱せます。」

「そう、でも嫌なことは小さなことでも報告してもらった方がいいかな。次の担当者が女性で同じ目に合うかもしれないし、躱せないタイプもいるかもしれないから、男性だとしても。まあ、佐野木くんもそういうタイプじゃなさそうだから安心してるけど。」

「はい。ありがとうございます。」

そう言いながら社に戻る。報告書を任せて課長に提出してもらう。


そういえば雰囲気が変わったって、最近よく言われる。井田と橋本には何度も言われてる。しみじみと。昔はとっつきにくかったとまで言われた。何故だ、普通にしてるだけなのに。どちらかと言えば今の方が異常事態だ。自分でもあきれるほど甘いやり取りを楽しんで、どうにか笑わせようと、喜ばせようと考えてしまう。こんな自分だったのかとあきれるくらいだ。
それに唯の事を知ってる定食屋のおばちゃんだけじゃなく、あそこの顔なじみのお客さんにも言われた。また連れて来てと言われてなかなか行けてない。ついお酒メインの方へ連れて行ってしまうから。今週行くかな。


いつもなら7月に開催される納涼会。
今年はイベントの都合があり少し早めに頭に予定された。去年までは偉い人の席の近くと決まっていたけど、今年は免除だ。いつものように四人仲良く飲もう。
なんだかんだと言って井田は彼女と仲良くやってるらしい。一緒に暮らし始めても順調だということだ。あんまり順調だと参考にならないじゃないか。普通何でぶつかるんだろう?お互いの流儀の違いだろうか?さすがに唯の部屋は賑やかで物があふれそうだった。いや、自分の目にはそう見えたが普通と言えば普通なのか。シンプルを好む自分からするとそう見えるということで。
ただ部屋が狭くて両隣が気になる。結局自分の部屋に来てもらうことばかりになった。唯もあいかわらずくつろいでゴロゴロして緊張感はない。馴染んでるので問題はない。一緒にいる時間は長くても実際一緒に住むとなると別なんだろうなあ。まだまだそんなことは言い出せずにいる。唯も特に気にしてる様子も見えない。何も考えてないのだろう。週の真ん中と週末を一緒に過ごす、それが2人の中で決まりのようになっている。
大丈夫、満足だ、今は満足だ。

井田と一緒に上司に呼ばれる。
会議室で新人のことについて聞かれる。
井田とは時々話をしていた。お互いに2人に対する意見に相違はない。

「大分慣れて来てます。慣れたところなら独り立ちしても大丈夫かなというくらいです。2人の意見です。」

横で井田もうなずく。

「そうか、今年も問題なさそうで何よりだ。小野山も大丈夫か?」

「はい、男性相手もそう問題ないですし、むしろいい場合もありそうなくらいです。」

「了解、分かった。じゃあ、2人を呼んでくれるか?」

「はい、交代します。」

お疲れと井田と言いながら2人に声をかけて会議室に向かうように言う。

「やっぱ、同期はいいな。」

「そうだね。1人じゃ心細いからね。」

お互い席に戻りちょっとだけ満足して仕事を再開する。
確かにそうだろう。ただ能力の差がないって条件だな。どちらかが明らかに優れてたり、劣ってたりするとそれはそれで厄介だ。今年は良かった、男女差もそれぞれいいことがありそうだった。自分で言うのもなんだが井田も自分もさほど差はないと思う。センスともいうが、能力も同じくらいか。
気が利いて優しくて穏やかで、井田はいい奴だ、唯の件では世話になったし。
3年目の先輩がいないというのは途中でやめたからだ。
入ってすぐに1人辞めたらしい。とにかく大変だったと聞いた。ケアレスミスが多すぎてクライアントを怒らせたりすることが繰り返されたらしい。もう1人は優秀過ぎたのか。自分から発信力、提案を盛り込んだプロディースをもっとしたいということだったらしい。デザイン会社志望だったと聞いた。自分たち2人はその点とても安心して見守られたことだろう。数か月後にはすっかり馴染んでいたのだから。

明日は金曜日だ。今週は定食屋に行こうかとちょっと楽しみにしながら真面目な顔をして仕事を再開した。

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