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21 携帯の中にいたのは数時間前の私と記憶にない戯言。

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改札を出る前に気がついた。
腕組みをして正面にいた。

怒ってるような・・・明らかに不機嫌のような。



「お疲れ様です。すみませんでした。」

「何が?」

「えっと、連絡をもらったのに、気がつかなくて返事が遅くなったことです。」

「ああ。」

そう言って見下ろされて、眉間にしわが寄った。

何だろう、今のは明らかに、説教が必要なだと思った顔だった気がする。
他に謝るべきポイントが分からない。


手を引かれて歩きだす。

もうシャワーを浴びたんじゃないだろうか?
わざわざ着替えて迎えに来てくれたんだろう。
そう、そこはお礼を言うところだった。


「あの、遅くに迎えに来ていただいてありがとうございました。」

「ああ、俺が来いと言ったんだから当然だろう。」

そうですよね・・・そうそう、そうかも。


「誰と飲んでた?」

「前のバイト先に顔を出しました。葛城さんも知ってる場所です。オーナーに誘われて、先輩も来てくれたので四人で食事をしました。」

「聞いてたのは女性だけだったはずだけど。」

「そうですよ。」

チラリと目があったけど、何?心配してた?男の人がいるって思った?
思わずニヤリとしそうになったけど。

「飲んだよな。」

「ああ・・・・はい。」

しまった・・・・、そうだ、一応条件付きの禁酒中。
でも、女子だけだし、いいじゃん。

「寝たのか?」

「はい。今までも何度も途中休憩してるので、慣れてる人たちだし、つい。」

「それで?」

「起こされて、明日も仕事だからと終わりになりました。」



「迷惑かけたんならお詫びついでに行ってもいいな。」
「何でですか?」

困る。バレるかも。何を言ったか伝わるかも。
恥ずかしい。
思った以上にやめて欲しいという響きが乗ったらしい。

「お前やっぱり何か言ったんだな。」

「言ったか言わないかで言ったら、言ったかもしれません。」

「また俺の事を愚痴りながら、ついでに恥ずかしいことを言ったんだろう。」

「覚えてません。多分悪口は言ったらしいです。後は・・・・多分林さんとか卜部君の話をしたみたいです。楽しく仕事をしてるみたいで安心だって言われました。」

多分そうだろう。そう思うことにした。

「そんなに視線をキョロキョロさせながら言っても信じられない。誤魔化したい時が分かりやすくていい。」

もう駄目だ。全部バレてるんだろう。
私が想像するくらいの事はバレてるんだろう。


「何でこんな癖があるんでしょうか?本当に楽しく飲めないです。つまらないです。」

楽しく飲んで酔ったらこうなると思ってたのに。

「だいたい何でそんなに俺に文句があるのか分からない。そこをどうにかしろ。」

その無自覚さが問題だと思いますが・・・・。
ただ、幸せの間飲めないねって言われたけど、これじゃ別れてもしばらくは愚痴りそう。
そんな事を思って顔を見た。
夜の散歩中で眉間のシワはとれている。


歩き慣れた道は何も考えなくても葛城さんの部屋につく。
手を引かれてるからなおさらだ。


部屋に入り、シャワーを浴びて洗濯してもらっていたものに着替える。
すっかり自分の部屋着も置いてあるし、明日の仕事用の服もある。


「何で平日に行ったんだ?明日お店は休みだったか?」

「いいえ、ちょっとだけ思い立ったんです。キリアンは元気でしたよ。」

そう言って携帯の写真を出して渡す。
葛城さんが可愛がっていたあの子だ。

写真を捲りながら、少し口元が緩むのを見た。
撮ってきてよかった。


そう思ったら、急に声が聞こえた。

それは自分の声でビックリした。

だって喋ってないのに。

本当に何だろうと思った。
真剣に携帯を見てる葛城さん。

明らかに携帯から声がするのにやっと気がついた。


「ちょっと待ってください、何ですか、それは?」

携帯を見ようとしたのに立たれて逃げられた。

「私の携帯です。」

大きな声で言った。だって喋ってる内容が何か、気がついた。
多分今日の悩み相談の続きなんだろう。

私の記憶にないのに、何で携帯にあるの?
それは誰かが面白がって撮ったんでしょう。

だったら一言教えて欲しい。

真剣に見ていた葛城さんの表情もさすがに変わった。
怒ってはいない、呆れてもいない。
かなり面白そうに見ている。

林さん卜部君メンバーと飲んだ時と何かが違うんだろうか?


「返してください。そんなの知りません。きっと飲み過ぎたから・・・・・。」


静に聞かないで欲しい。
愚痴りながら惚気たとは言われたけど、本当にやられてる自分。
前振りの愚痴を覆いかぶさる・・・・・惚気だ。


「面白い。合間に感想が入ってる。確かに飲んでたのは女性だけらしいな。三人の女性というのも本当だったんだな。」

「疑ってたんですか?」

「いや。」

じゃあ、何。

急に静かになった携帯。


「パワーアップしてるけど、油断し過ぎだろう。友達にも嫌がられるぞ、もう二度と一緒には飲みに行きたくないと思われるな。卜部が急いで飲ませて撃沈させたのとは別の理由でそう思われるだろうな。」

「そんなに飲んでません。二杯しか飲んでないはずです。明細を見ても皆で8杯でした。多分一人二杯です。」

「一人一杯の、残りがお前とか言うパターンはないのか?」

「そんな事はないはずです。みんな飲めます。」

「じゃあ、嫌われたくなかったら本当に禁酒だな。」

そんなぁ・・・・・・・。


「ほら、消すなよ、でもそれ、落とすなよ。」

「もちろんです。」

別にその動画じゃなくてもそれなりにラブラブ満載の写真がない訳じゃない。
危なくはないけど、見られたらやっぱり恥ずかしい。
見せる目的じゃないものが入ってる。
二人でその瞬間を共有したくて撮ったものが。


「ほら寝るぞ。明日は仕事だからな。」

「はい。・・・・・ところで今日は何か急用でもあったんですか?」

「別に、さっさと帰ったから、誘おうと思っただけだ。まさかあんな面白いことになってるとはな。」

「もういいです。それに誘うなら会社を出る前に連絡ください。」

「ああ、分かった。少しも油断ならない事は分かった。」

ムカついたのでさっさと電気を消して寝室に引っ込んだ。

布団にもぐりこんで目を閉じた。


ゆっくり足音がして隣が沈んで少し体が傾く。


「どうせ明日にはこっち向いてるんだから。」

腰に手を当てられてグッと回されて、あっさり向き合った。


暗い中でお互いの目を合わせる。


「今、レベル59くらいか。」

ニヤリとして言われた。

「何がですか?」

「出し入れ自由の色気メーター。自分で100にするか、一気に押し上げてやろうか。」

どっちの努力で、どのくらいまで上がったのかは知らない。




夢の中でキリアンと見つめ合ってた気がする。
動かないキリアンに向かってひたすら愚痴を言っていた気がする。

惚気じゃない、愚痴。

だって全然笑顔じゃなくて、言葉もぶちぶちって感じだった。

まったくキリアンも聞いてるんだか聞いてないんだか、そんな態度にもイライラしながらずっと言葉は止まらずに言い続けていた。


「ペシッ。」

おでこに刺激がきて、ビックリして目が開いた。

「煩い、寝言で愚痴るな。」

朝から不機嫌な顔の葛城さん。

なんで怖い顔なんだろう・・・・・無表情じゃないなあ・・・・なんてぼんやり見ていた。



「今本気で文句を言ってただろう。寝言でそこまではっきり主張できるなんてさすがだな。」

「・・・・・何か言ってましたか?」

寝言を言ってたの・・・・?そんな癖あったの?

「俺の文句だ。いつまでたっても惚気にならない、ただの文句だ。」

また別パターンだった?
もっと耐えて聞いてれば惚気たかもしれないのに。

まったく、朝から気短だから。

「油断しました。失礼しました。」

「うっかり休憩で寝ることもできないな。寝ながら愚痴ってたら、さすがに誰も飲んでくれないぞ。」

え・・・・・、そんな可能性の話?

本当に禁酒・・・・・。
今度こそ本気の禁酒???


「本当に同じようなネタなのに毎度毎度新しいバージョンで披露されるんだから。よっぽど許せないらしいな。」

「何がでしょう?」

「俺が偉そうだ、褒めない、可愛がらない、冷たい。」

「すみません、正直で。」

「まあ、いい。お酒が入るとその後は褒めてくれるから、寝言くらい我慢してやる。ただ、うるさいときは殴るぞ。」


「もっと優しく起こして止めてください。」

「週末ならな。平日の朝は忙しい。優しくして欲しかったらまた夜に来ればいい。」


むむっ。


目覚ましのアラームが鳴った。

起きる時間だ。

今の勝負はどうなったんだろう。
週末に持ち越すか、今日決着をつけるか。

「ほら、起きるぞ。」

そう言ってベッドの脇で背伸びをして、裸で歩いて行った。

下着が散乱してるのはそのままだ。

急いで自分の分をまとめて残りを適当に放り投げて一ケ所にまとめ上げてやった。
ざっくりと葛城さんの分の山が出来た。



いつものようにバスタオルを腰に巻いて、手には私の分を持ってやってきた。

もらったバスタオルを当てながら起きる。


ささっと自分の山を拾いあげ、シャワーを浴びて着替えた。
コーヒーをいれてもらい、パンを温めてもらい、すっかり私の準備が出来上がったころにはすべてが準備されていた。

偉そうにしても、そんなところはいいと思う。

部屋を出る時に手を取られて、鍵を渡された。


「今日はこれで。早かったら先に入ってていいから。」

自分の手の平の平たい銀色をじっと見た。

不動産屋さん以外に渡されたことのない種類の物。
それは『彼氏の部屋の鍵』というアイテム。

「スペアだから、失くすなよ。」

そう言われてもじっと見たまま動かない私。

「・・・・今日返すんですよね。」

「明日の朝また渡されたいなら、それでもいい。家訓で『夜越しで他所様の家の鍵を持つな。』というのがあるなら毎日返してもらって、毎日渡す。」


それはずっと持っていていいって事?


「ほら、キーホルダーにつけて。本気で毎日返すなよ。一応冗談だからな。行くぞ。」

そう言って押しのけられた。
ドアが開いて外に出る。

エレベーターの中で無くさないように自分の鍵の隣にくっつけた。

鍵が一つ増えただけなのに、とても重たくなった気がした。
ぎゅっと手にして大切にバッグのポケットにしまった。

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