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6 戸惑う二人の距離

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今日は土曜日。明日は日曜日。会社は休みのふたり。
果たして・・・・誘っていいものかどうか?
ゆっくりと視線は子猫と彼女を往復する。

もちろん彼女の視線は猫に集中。
寂しいと思う一方、あの時のような可愛い彼女が見たいとも思う。
その為なら自分の事は忘れてくれてもいい!とさえ思ったり。

あ、起きた。

小さな声が聞こえ彼女の横顔がうれしそうになるのを見た。
気が付かないふりをしてぼんやり箱を見ておく。
もぞっと顔をあげた子猫が見えた。

「あ、起きたか?子猫。」

「起きたよね。」

彼女が子猫に近寄り、顎に指を当てててクイクイと撫でている。
かすかに顔を揺らして気持ちよさそうにしながら挨拶を返す子猫。

「みゃあ」

彼女の笑顔を名残惜しく見つつも猫缶と猫皿を持ってくる。

「とりあえず半分くらいかな?」

缶の側面を見ながら言う。

「そうですね。」

割りばしで半分を皿にあけて彼女の膝元に置く。
彼女が猫を抱き上げ顔をくっつけ合うように教える。

「ご飯ですよ。美味しいからモリモリどうぞ。」

そっとおろした顔が猫皿にくっつく。
途端にムシャムシャというかガツガツというか。
初めての離乳食はあっさりとお気に召したようで。

「食べた!」

呆れて呆然の自分をよそに彼女が嬉しそうにこっちを向いた。
貴重な表情満載の顔。本当にうれしそうで。

「全然心配なかったね。これだったらカリカリもいけるかな?むしろ猫ミルクはどうだろうという勢いだね。」

小皿と猫ミルクを持ってくる。
足りないようだったら皿にあけてみようと。
あっさり完食した子猫が美味しそうに舌をペロリと出す。
隣に猫ミルクをおくとそっちも舐め始めた。

「わかってるのか?もう麻美さんに抱っこされて飲ませてもらうことはなくなったんだぞ。自分で飲めるんだからな。いいのか?」

分かってるのかどうか、多分そんなこと考えてもいないだろうがあっさりと猫ミルクも舐め切った。

「ねえ、カリカリも食べるようだったら一日二回でいいかな?」

「はい、様子を見て増やしていけば。」

「そうだね、これで明日も様子を見て問題なければ増やそうかな。」

「良かったね。」

猫を撫でながら話しかける彼女。

ぽてぽてと彼女の方へ歩いていく。
足元に行って見上げると抱き上げてもらえた。
正面から表情豊かな彼女の顔を見てお礼を言うように鳴く。

「みゃあ~。」

うらやましいぞ、この上なくうらやましいぞ。
今や二人というか、一人と一匹の世界に入った。
完全部外者感が自分の周りを包む。
でもその嬉しそうな彼女の横顔に満足する自分。
さっき見た表情を繰り返し脳内再生する。
話しかけることもせずそのまま見入る。
静かな時間。

片付けたものを洗ったり、仕分けたり。
猫用食器も同じように。

一通り終わり何気ない風で彼女の近くに寄る。

「寝たかな?」

「いえ、起きてますけど、眠そうです。」

笑顔でこっちを向いてくれた彼女の顔から一気に表情がなくなる。
すぐ横に自分がいた、話ながら近寄ったのがよくなかったのか。
一気に距離を取られる。

昨日までも何度かあったが。今日のお昼にも。

でも・・・ここでも自分は急ぎ過ぎたのかもしれない。

彼女は子猫をゆっくり、でも急に箱に下ろすと立ち上がってしまった。

「すみません。失礼します。ごちそうさまでした。長々と・・・。」

顔をきちんと上げることもなくするりと玄関に向かった。
失礼しますとつぶやいて部屋を出て行ってしまった。

呆然とした自分、謝る暇もなかった。
鍵を持ち後を追う。
ちらりと振り返った箱から顔を出す子猫。

「待ってろ。」
絶対連れて帰るから。視線に力が入った。


昨日帰った道をたどるように急ぐ。
思ったほど時間もかからずにその背中をとらえられた。
ホッとして息を整えながら近寄る。

本当にトボトボと歩くような姿。
下を向き全く違うイメージでもある。

そんなに・・・・?

彼女の反応にはまったく驚かされる。
その根本の思いを自分は読み間違えてるんだろうか?

「小路さん、あの・・・。」

自分の声に気が付いて立ち止まった彼女。

「ごめん。あの失礼があったのなら謝ります。」

立ち止まったままの彼女の前に回る。
あと少しであの公園。
幸い通行人もいない、フェンス脇でとりあえず誰の邪魔にもならない。

失礼を謝ればいいと思っていた自分は甘かったのだろうか?
ちらりと見えた顔に涙を認めて、ただびっくりしてその後の言葉が出なかった。

何かしたか?近寄っただけ。
普通なら「近い、近い。」と体を引くくらいだと思えるのに。
一切触れてもいないのに。
何で?

「本当にごめん。あの、何がいけなかったのか自分では分からないんだ、正直。それがよくないのかな?本当にごめん。せっかく仲良くなれたのに・・・・。何か言ってはもらえないのかな?」

しばらく前に立ち返事を待った。
ただ彼女は首を振るだけで言葉はなく。

「分かった。本当にごめん。あと少しだけど、気をつけて帰って。今日はありがとう。じゃあ。・・・・また。」

手をあげて頭を触りたいけど、そんな事なんて絶対できない。
もちろん肩も触れられず、背中も。

ただ横を通りすれ違い、家の方へ引き返した。


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