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3 気まぐれの同期二人飲み。 愚痴レベル0はお互いに。

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「丸山君、今日はどんな予定?」

「えっと・・・・ずっと内勤だよ。」

それは出かける時にも聞いた。

「夕方は?定時に終わりそう?」

訳が分からないという顔でうなずきながら返事をもらう。

「う・・・・ん。」

「ちょっと一緒に食事しない?」

そう言ってしまってからすぐに他にいなかっただろうかと、思ったりもした。
友達でもいいのに・・・・むしろ一人でも全然いいし。
でもちょっと話がしたいと思ったのは隣のその人だったのだ・・・と思う。

「あ、無理にはいいよ。」
「いえ・・・・・、大丈夫です・・・・行きます・・・・・・お付き合いいたします。」

なんで丁寧語と敬語?
もう緊張してるみたいだけど、大丈夫?

つい顔をジッと見てしまった。

「あの・・・よろしくお願いします。」

「別にそんなに気合入れなくても大丈夫だよ。ちょっと飲んでさらっと食べよう。明日も仕事だしね。」

別に無理なペースで飲ませるなんてしないし。
大丈夫だから。


そんなに気を遣ってまで誘った私は何だったんだ。

まあ、もう誘ってしまって返事ももらったから・・・・いいか。



一緒に終わりにして、揃って課を出た。
ちょっとだけ珍しいなんて思われたかもしれない。
丸山君が誘ったんだろうと、思われるだろうか?
多分それはないと思う。

横に並んで歩きながらも、そう思った。

何だろう・・・・・そんなに端っこ歩かなくてもよくない?
二人の距離が微妙だった。

エレベータを待ち、一緒に乗り込む。

せっかく背が高いのに俯いてばかりいるみたい。
たいていの人は携帯か、回数表示をぼんやり見てるのに。

まさかこの二人がこれから一緒に食事をするなんて感じは全くないだろう。


チン。


エレベーターが地上についてドヤドヤと降りる。


普通に歩いて行くけどお店の予約でもしてくれたんだろうか?


「丸山君、お店決めてる?」

ビックリしたように振り向いた。

何?

「ごめん、勝手に一人で歩いてて。あの・・・・・気の利いたところは分からないから、氷室さんの行きたいところでお願いします。」

もしかと思うけど、私のことすっかり忘れてた?
まさか約束まるごと忘れてたの?

ちょっと慌てたその顔を見つめた。

「ごめん、先に見つけて予約しておけばよかったかな?」

また謝られた。

「ううん、別にいい。早い時間だし、きっとたいてい空いてると思う。別に気取ったところじゃなくてもいいし。じゃあ、私が決めるね。」

「はい、お願いします。」

ちょいちょい敬語になってる。
もっとリラックスしてくれないとこっちが疲れる気がするんだけど。

ビル群の中を歩いて、あるビルの地下にあるお店に行った。
外の席はビア樽をテーブルにしていて、ちょっと食べて飲むには良さそうだった。

「ここでいいかな?」

「はい・・・・。」

「どうかした?」

「いえ・・・・ちょっとイメージが違ってたから・・・合ってるのかな?」

「もう、どうでもいいよ。」

勝手に一つのビア樽に席を取り中の店員さんに手をあげる。
メニュー表を見て勝手に注文を決める。
丸山君も自分でメニュー表を手にして見てるし。
 
「自分で食べたいものを二種類くらい頼んでシェアしよう。椎茸以外にしてあげる。」

「えっ・・・。」

「何?それ以外にも食べれないものあった?」

「ない・・・・大丈夫。」

「良かった。私は何もないから。」

楽しんでくれる?今一つ?
やっぱり気を遣ってしまう。

「椎茸、克服した方がいいのかな?」

「別に苦手なものがあっていいと思うけど、他のキノコに比べるとあんまり入ってないと思うけど。スライスとか出汁は平気なの?」

「そう・・・・・です。丸ごとが苦手なだけだから。」



「急に誘ってなんだけど、もっとリラックスして良くない?さっきから丁寧語でですます交じりになってるけど。」

「それはやっぱり緊張するし・・・・。」

「いつも隣にいるじゃない。まさか仕事中もずっととか言わないでね。」

「・・・・。」

なんで黙るのよ。

「先輩達と飲みには行ってるよね。あれから飲まされてない?」

「さすがに割り勘だとそんなに飲んでないです。」


「先輩達も氷室さんを誘いたいみたいです。」

「一度も誘われたことがないけど。」

「それは・・・・なかなか・・・。」


「ねえ、前から思ってたんだけど、本当に希望してあそこに来たの?」

ちょっと失礼だっただろうか?

「はい、そうです。なかなか難しいとは思うんですが一生懸命やってるつもりなんです。」

とても同期に対するセリフじゃないけど。
それに『つもり』で結果がついて来ればいいけど。どうなのよ?
それでも希望してたんだったら頑張るだろう。

とりあえず愚痴を聞かされる気配はない。


「昔からそんな感じ?」

「多分、はい。」

なにが?とも聞かれない。正しく伝わってるんだろうか?
視線は上がってもすぐに下げられて、なんだか私がお説教してるみたいな感じ。
しかもすべての質問が私発信、答えはシンプルでなかなか続かない。

私も、楽しい?
それは正直微妙だ。
適当にどうでもいい友達の話をしたり、弟の話をしたり。
そう言えば、僕も・・・なんて話もなくただ聞いてくれる、時々一言くらいの感想がある。
そうなると本当に話は広がらない。

・・・・・大丈夫?

何度かそう思った。

それでも無音の空間を埋めた。私が一人で埋めた。
ちょっと自分の恋愛話も披露したりして。

「ずばり聞いていいのかな・・・・自分から女の人に告白したことってある?」

さすがに何を聞くんだと顔をあげられた。
真っ赤になってビックリ顔。

ないな。そう思った。

「ああ、ごめん、ハッキリ聞き過ぎたみたい。なんだか二人の同期でもあんまり話をする機会がないからよくわからなくて。優しい女の子を好きになりそうだから、あんまり告白されるってパターンも思いつかなくて、ちょっと聞いただけだから。」

言ってから、これもまた失礼だったかなって思ったけど、取り消せない。

「別に・・・・。」

そうつぶやいてもその後はなかった。

「兄弟いるんだっけ?」

「一人です。」

「そう。」

話しがブツブツしてる。
そこは普通聞き返すところなのに、もっと弟の話でも聞いてくれればいいのに。

本当に担当した人と会話が出来てるの?

握りしめていたグラスを口に運んでゴクゴクと飲んだ丸山君。


「ねえ、研修担当は前田先輩だったでしょう?」

うなずく丸山君。さっきの一飲みで結構グラスのお酒は減った。
大丈夫だろうか?

「どんな感じ?」

前田先輩は一番優秀な先輩だ。
明るく快活で信頼できそうで、だから上手く人と会社をつないでる。

私も指導してもらいたいくらい。
どんな感じでやっているのか知りたい、学びたい。
そう思って聞いたのに。

「あ・・・・・・・。」

丸山君の空いた口は言葉がない。

「何?」

飲もうとしていたグラスを下ろして聞いてみた。

「い・・・・いえ・・・・。」

前田先輩の感想を待ってるのに、まったくなく。
しつこく聞くのも恥ずかしい。

二人の間のお皿に手を伸ばす。

お昼はしっかり食べたのに、お酒を飲むと途端にお腹がすく方なのだ。

少しも減ってない気がした。
もちろん丸山君が頼んだ方のものがだ。

顔をあげると、珍しくこっちを見てたみたいで。

「前田先輩は凄いです。」

「まあ、それは知ってる。」

「担当した人の本音を上手に聞き出して、紹介する時もそれに沿うようなワードを盛り込んで勧めてました。それでも必ずニ、三社並べる感じでした。条件が少し折り合わないと思われるところもそれをカバーするように言葉を尽くして。そうすると何となく相手も納得してました。なんだか雑談の中でもそんな事をさらりと出来てる感じでした。」



「そうなんだ。」

確かに最初から絞るよりは私もそうしてる。
途中でダメになっても他にもあるし、途中違うと思っても妥協しなくていいとも思ってる。
でもそれほどぴったりなところってお互いなかなかないと思うのに。

ああ・・・・一緒に同行して近くでそれを見てみたい。

「いいなあ、羨ましい。」

つい本音で言ったら黙られた。

「会話って大事なんだよね。やっぱり一番だよね。」

つい丸山君のお皿に手を付けてしまった。

「ねえ、食べないの?」

手を付けたお皿の残りが気になった。
割り勘だよ、食べても食べなくても割り勘だよ。

「お酒お代わりする?後一杯くらいにしない?」

何だか盛り上がらない二人。
もっと張り合い甲斐のある同期だったら良かっただろうか?なんて思ったりして。

その後もボソボソとした会話のやり取りで初めての同期二人の時間は終わった。


駅まで一緒に歩く。

「じゃあね、急だったのに付き合ってくれてありがとう。また明日。」

手を振って別れたのに、ぼんやりしてて、言葉もなく手を振られた。


やっぱり自分から告白なんてないだろう。
最後にもう一度そう思った。

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