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14 五年なのか、そこは六年なのか、まだまだ先があると思う日。

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だって、少し前まで悲しい別れを引きづって、その一方で小さな思い出を大切に隠しながら抱きしめて。
少しだけ心をゆるめたら思いっきり思い出に占領されて、そのまま流れるように伊織のところに押し流されて捕まった。

居心地が良くて、自分ではなんの違和感もない。
職場でもすごくうまくいってると思ってる。
仕事も、二人の関係も。

それでも何かが少しづつ変わってきた気がする。


昼の時間を使ってアンケートを作ってみて、試しにヘルメスに記入してもらった。
反応をうかがう。

「書くことがいっぱいあり過ぎて伝えきれないです。」

どうもあんまり参考にならない。

選択式の方が答えやすいかと思ったのに。
フリーの欄にたくさん書きたいとは。

伊織も笑ってた。

『初の試みでした。いろんな意見をお願いします。裏面もどうぞご自由にお使いください。』
そう付け加えた。

その用紙を課内に回して、他の子の意見も数人でまとめて書いてもらう。

「こんなものかな?」

「ああ、いいと思うけど。」

「じゃあ、ハルのところに行ってくる。」

大人しく仕事をする気分でもなくて。
アンケート用紙を持ってイベント課に行ってハルを捕まえた。

「いらっしゃい。ちょっと待って。抜けるよ~、隣にいるからね。」

誰ともなくそう声をかけてハルが隣の部屋に入る。

小さなカンファレンス室になっている。

まだイベントの名残りがあちこちに見える。


「おめでとう。良かったね。」

「ありがとう。」

「まあ、優勝は今年は当たり前だと思ってたけど、それ以外の方ね。」

「何?賞金?」

「ねえ、誰にも言わないつもりなの?結構みんな見守ってたのに。」

「・・・・何?」


「伊織君の事。」

声を落として言われた。
いきなりすぎて顔が赤くなるのを隠せない。
ねえ、なんでバレてるの?いろいろ・・・、いつから、何で?

「だいたいさあ、あの面接会場にいたのは2人だけじゃなくて、ほぼ皆だったんだよ。二、三人は落ちたり、他に行ったかもしれないけど、あの時からちょっと・・・って思ったりしたって。知り合いでもなさそうなのになあって。私なんて最終面接でちょっと斜め前にいたんだけど。気が付いてないよね。」

「知らない・・・だって他の人のこと見てる余裕なかったし。」


そこまでさがのぼるの?

「まあ、面接の順番にもよるよね。真帆が行く前に伊織君が励ましてたのも聞いてた。いきなりやるなあって思ってた。だから終わった後も二人を気にしてた。そんなの私だけじゃないと思うけど。」

「それは終わった人の余裕でしょう?私は、全然知らないし。誰も気が付いてないと思ってた。」

「まあね、それなのに、その後はそんなにで。伊織君もあんまり普通だし。ちょっと違ったかなあなんて思ってた。でも何となく真帆は気にしてたよね、最初から。」

「最初だけだよ。伊織は全然言ってこなかったし、ただの隣の親切な人だったんだって思ったし。」

「でも覚えてたでしょう?あれが伊織君だったって、すぐわかったでしょう?」

「うん、まあね。」

「まあ、長かったよ。観察してるのも疲れた。伊織君がさり気なくて、それに真帆は全然気が付かなくて。むしろ嫌そうだったから、私も何も言わなかった。さりげなく何度か探りを入れても、なんだかね、いまいちだったし。」

それも知らない。
だって噂が・・・・・・。

「まあ、良かったね。同期一同ホッとしてます。」

「ねえ、待って、何で知ってるの?」

言ってないのだ。誰にも。伊織が言った?

「今日、優勝した瞬間二人を見て・・・あああ・・・・って。」

「ううっ。」

それは隠せないうれしさの爆発で、無意識の・・・・・。
バラしたのは私らしい・・・・・。

無言でアンケートを差し出した。

「うちのヘルメスが言うには舞台裏でも嫌がってたりする子はいなかったらしいよ。女言葉でみんな褒め合ってたって言ってた。うちは特にノリノリだったから、気が付いてないかもしれないけど。」

「楽しそうだったと思うよ。大成功じゃない?外部の人に評価されたよ。ちょっといい方向に動けばいいって思ってる。来年もやれるんじゃない?二連覇狙いに行くでしょう?」

そう言われてそのつもりだと答えたいけど・・・・。

「何?」

「伊織が他の課に行くかもって。自分で言ってた。もしかしたら話があるかもって。」

「ああ、そう。まあねえ。でもその方がいいとは思うけど。あまり近すぎるのもね。」

そう考えもする。
でも、思った以上に心細くもあって。

「来年は謎のモデルで出場すれば。一応女性部門にいれといてあげるから。昔のは伊織君は正体隠してて、最終チェックも写真でしかしてないし。今度は直接変身させてもらえばいいよ。って、来年の事だけどね。」

そんな先の事。
楽しみにもしてたけど、今は考えられなくなった。

「もっと自分の部下も信頼して。不安は仕事面だけでしょう?だったら誰かいるんじゃないの、頼りにできる子?」

いるいる。みんないい子。

そうだよね。

「ありがとう。」

「どういたしまして。楽しかったし。今回の企画はいろいろとお世話になったし。来年から恒例になったら、あとは任せて。アンケート預かるね。」

「うん。」

そう言って部屋を出て自分の席に戻る。

皆を見渡して、思う。
誰に伊織の分のバトンを渡せるだろうか?
伊織も心置きなく自分が活躍できるところに行きたいだろう。
ここでは表に立つ事はない。

まあ、その内考えよう。


心を落ち着けて、残業しなくてもいいように仕事をすすめた。

来週は二日ほど外回りになる。
その準備も必要だ。

時間になり、あちこちからパソコンを閉じたり、トイレに行く音がする。

「紺野、終わったか?」

「うん、まあね。」

目の前の書類を捲る。
来週でもいい。
月曜日に片付けてから外に行けばいい。


「ねえ、あのアンケート、あれでいいみたい。来週配布して、記入をお願いして集計まで任されたから。手が空いてたら手伝ってくれる?」

「ああ、最後まで手伝うって。」

「ありがとう。」

「じゃあ、そろそろ準備できるか?」

「大丈夫。」

そう言ってパソコンを閉じて、書類をバッグに入れる。

幹事の原田君に金一封は渡ってる。

「これ本当にぱあっと使っていいんですか?」

「いいんじゃない?せっかくみんな揃ってるし。」

場所は聞いてなかったのでぞろぞろと一団の後ろの方からついて行く。


隣には伊織がいる。



本当にメイクは必要最低限の下着と同じくらい大切なもので、雰囲気を変えたい時は、ファッションの最後のポイントみたいにサングラスや帽子やヘア飾りなどと同じような存在にもなるし、泣きはらした日はちょっと出来事を隠すための相棒にもなるし、本当に、いろいろ。

メイクだけで変わるわけじゃないけど、メイクで変わることは出来る。

毎日をもっと楽しく、いつもよりうれしい日は隠せないくらいに華やかに、もしかしたらずっと最後まで深く密接に付き合う相棒かもしれない。

平凡かもしれない日々が少しでも楽しくなりますように、笑顔が似合いますように。


そう思ってる。


他にも大切なものや相棒はたくさんあるとしても、一番近くに肌にくっついてる。
何も隠せない。
そんな存在、他には無いよね。

もしかしてそんな相棒でも隠せないくらい輝くかもしれない、何かが溢れてくるかもしれない。
それとももう本当に面倒になって一切の纏をやめるかも・・・・・・それはないか。
もっともっと真剣に何かを隠したくてお願いするように重たく重ねるかもしれない。

それは分からない。


まだ五年、やっと五年。


六年目だと数えてる人が隣にいたとしても、すぐに追いついてやるから。
なんて側にいる限り追いつけない。

でもそれでいいと思う。

出会ってからの時間と、仕事を好きでいる時間。

少しだけ出会いが早かった。
本当にちょっとの間だったけど、二人がそう思ってるからそこが出会いのスタートで。

まだまだ先は長いんだよね。

本当に五年だってあっという間だったからね。


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