真訳・アレンシアの魔女 下巻 石碑巡りたち

かずさ ともひろ

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第二の石碑 コルセア王都カリーン

01話 桃

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 セレンディアの東門を抜けて、最初の夜。
 僕らはこの日、街道脇の草原で一夜を明かすことにした。

 幸いにもここには草がたくさんあるから、緑のマナが多い。
 僕はワンドを抜き、緑と茶色のマナを集めて魔法陣を描き、構文を書き込んで叫んだ。

草洞の魔法グレイブ!』

 ワンドを魔法陣の真ん中に刺すと、周辺の土が盛り上がり、草が集められ、小さな草の洞穴ができあがった。

「へえ、カナクにしてはやるじゃん!」

「僕にしては、は、余計じゃない?」

「あはは、冗談冗談」

 まあ、ユーリエならこの魔法で城でも建てられそうな気がするけれど。
 特に腕のいい魔法使いなら、全く同じ魔法でもマナ効率、発想力の違いで、完成度や形などが大きく変わる。ユーリエから及第点を頂けた僕の草洞は、ユーリエと二人で入ってみると想像よりかなり狭かった。

「ああ、そっか。僕は一人で石碑巡りをするつもりだったから、一人用の魔法を唱えちゃった。ごめん、一回これを破棄してもっと大きなものを――」

 と、言いかけた僕に、ユーリエは笑顔を近づけて僕の口を制した。

「ううん、これでいいよカナク。素敵だわ」

「そ、そう? 狭いよ?」

「いいの!」

 まあ、ユーリエがいいっていうなら、それでいいか。
 もうすぐ日が暮れる。僕とユーリエは荷物を置き、草洞の天井に穴を開けて煙突代わりにすると、真ん中にを作った。

「なにもない草原にお宿を作っちゃうなんてすごいね。こんな魔法、学校では習わなかったのに」

 ユーリエがぽかんと口を開いて感心し、天井を見上げる。

「この魔法はマールが旅をしている時に編み出したって、教会に伝えられているものの一つだよ。雨風をしのげない場所で眠るためのものなんだって」

 僕は草が敷き詰められ、ふかふかになった床を押しながら言う。
 勿論もちろん、火が燃え広がないよう焚き火は石で囲み、程良く熱を洞の中に残しつつ、入り口から新鮮な空気を入れ、天井から煙を出す仕組みになっていた。本当によくできている。

「確かに、セレンディアは平地が多いもんね。この辺りで普通に野宿するのは危険だわ」

「僕はずっと石碑巡りをするために準備してきたからね。旅に必要な魔法を調べて、練習していたんだよ」

「さっすがカナク、頼りになる!」

「どうも」

 魔法学校で一番の成績を常に維持したまま卒業したユーリエに褒められると、やっぱり、ちょっとうれしい。
 僕らは焚き火を挟んで座り、今後の旅について話し合った。

「このフェーン街道は途中で二手に分かれる。まず川を渡った後にジェノアの森に入る道。ここをまっすぐ行くのが近いけれど、ジェノアの森は魔物が多いらしいから、危険だね。もう一つの道は、ジェノアの森を大きく迂回うかいして街道に戻ってくる道。こっちだと一ヶ月は無駄にするけど、安全に旅ができる」

「カナクはどっちを選ぶつもり?」

「もちろん、ジェノアの森に入る道だよ。ここにはフォレストエルフの町があるらしいから、もし通り道にあるなら、行ってみたいな」

「フォレストエルフねぇ……」

 ユーリエが胡乱うろんな瞳で僕をにらむ。

「なにか?」

「フォレストエルフって美女が多い種族だっていうじゃん。そういう目の保養目的で旅をするのは、如何いかがなものかと――」

「いやそんなこと、僕は全く言ってないけど!?」

「ふーん、そう。ふーん」

 何故なぜだか唇をとがらせるユーリエ。
 わからない……。

「単純に、ここからコルセア王都カリーンに行くには、そこしか町がないからだよ。食糧も尽きてるだろうし、立ち寄ったほうがいいと思うよ」

「ふーん」

「それに目の保養なら、いつもして――んあっ! んんッ!」

「!?」

 失言。
 口が大滑りした。

「ねえねえ今の、どういう意味!?」

 やはりユーリエが食いついてきた。
 つんいのまま、焚き火をかわして僕に迫る。
 まるで猫のようだ。

「僕はなにも言ってません」

「いいえ、確かに言いました! 目の保養はもうしてるって! それって、私以外にいないよね?」

 うう、恥ずかしい。そんなことを知られたら、軽蔑されてしまう。
 僕に近づき、首を伸ばして顔を近づけるユーリエ。横を向いて少し距離をとる僕。
 攻められてる?

「ねえねえ、どんなところが目の保養になるの~?」

「うぐ……」

 ああ、なんたる失敗。
 にじむ汗が止まらない。

「ひょっとしてかがんだ時の胸元とか、太ももとか、結構、見られちゃってたのかな?」

 ……実は、見てました。ていうか、今も胸元が見えてるんだけど。
 顔が熱くなって、否定できなくて、膝を抱えて顔を埋める。

「あはは、カナクって可愛かわいい~」
 
 可愛いのは君だよ、ユーリエ。
 大好きだから、目に入っちゃうんだ。

「もう許してよ、ユーリエ」

「ん~~、どうしようかな~。しらないうちに私、辱められてたってことだしな~」

「そ、そんなつもりじゃないって!」

「マール信徒はおもい人がいたら、その人以外を見てはならない、じゃなかったの?」

「そうだよ」

「ん、あれ、それって、つまり……」

 またやった。
 ここは、あれで誤魔化ごまかそう!

「ユーリエ、今日は石碑巡りの旅に出て初めての、記念すべき日だからさ」

 僕は慌てて鞄から、芳醇ほうじゆんな香りを放つ果実を出した。

「そ、そ、それは……桃ぉ!」

「そうだよ! 五つあるから、一緒に食べよう!」

「わぁ~い!」

 ユーリエに桃を渡すと、いきなりかぷっ、とかじる。

「おいっしぃ~! あまい~!」

 ほおに手を当てて、うっとりと桃の甘さを堪能する。
 その姿に、先の僕の失言は消え去ったと確信した。
 でも本当にこれから先、こんな汁気のある果実を口にできる機会は少ないと思う。旅の基本は、乾き物と、塩と、水だ。
 だから今だけは、ユーリエにいい思いをさせてあげたかった。

 それにしても……危なかった。
 確かに僕はユーリエを見ていた。
 マール信徒は、想い人以外を見てはならない。
 ユーリエを見ていたということは、ユーリエが僕の想い人だと言っているようなものだ。

 石碑巡り初日の夜でこれとは、先が思いやられる。
 結局、ユーリエに桃を四つ譲ると、ユーリエからマールのようにあがめられた。
 ユーリエくらいのお金持ちなら、桃なんていくらでも食べられるだろうに。
 まあその辺の事情も、旅の途中で話してくれるかもしれない。

「ふ~、幸せ……」

 桃を平らげて、満足そうに笑みを浮かべるユーリエ。

「うん、美味おいしい桃だった。きっとコルセア産のやつだね」

「そういえば桃を食べる前に、カナクは――」

「今日は歩き疲れたからもう寝ようね! 今日は暖かいから布団はマントで十分だ。僕の寝袋、ユーリエに貸してあげる。焚き火は消しておいてね。それじゃねおやすみ!」

「え、ちょ、わ!」

 僕は荷物から寝袋を取ってユーリエに押しつけて、自分のマントを広げて横になった。

「もう! カナクったら!」

 怒られても、なにをされても構わない。
 今の僕は、宿願だった石碑巡りの旅に出ていることで、少し浮ついているらしい。なにもマールの苦痛をそのまま追想する必要はないけれど、大好きな人と旅ができるなんて、幸せすぎる。
 ユーリエはなにかぶつぶつ言いながら『埋没の魔法ベアリード』で焚き火を地面に沈めて消し、寝袋を広げている様子だった。

 小さな虫たちの合奏と、女の子の衣擦きぬずれの音だけが草洞に響く。
 本当にこんな状況、いいのかな。もう寝てしまおう。
 明日になったら心機一転できるさ。
 と、思っていたら。

「ねぇカナク、起きてるでしょ?」

 ユーリエが話しかけてきた。

「うん、なに?」

「この寝袋、いい匂い」

「ああ、きちんと洗ったから――」

「カナクの匂いがする」

「おやすみっ!」

 ……うう。
 これは大変な試練だと思い知った。
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