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第三の石碑 レゴラントの町
01話 まちがい、おこす?
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「やっぱり“烈翔紅帝”オリヴィア女王陛下は凄いわ! 噂に違わぬ大きな方だった!」
「グウェイル新法王さまも立派だったよ。ユーリエの言葉に対して本気で怒ってたもん。あれだけの忠誠心は中々持てないるものじゃないよ」
僕らは城を出て、宿を探すためにコルセアの王都を歩いていた。
辺りはすっかり日が落ちていて、町の灯りが地面に咲いた星空のように広がっている。
今日はもう宿を探して疲れを癒やし、明日からは第三の石碑を見るための準備をしなきゃならない。
次の目的地は、ここから更に東にあるフェルゴート王国領内、レゴラントの町だ。
ここコルセア王国の王都カリーンからは、かなりの距離がある。
石碑巡り最大の難所はレゴラントの町からジェド連邦の首都ディゴバの山道であることは間違いないけれど、苦労のない旅なんてないし、まして石碑巡りであれば、してはいけないと思う。
たった一人で、アレンシア中を旅せざるをえなかった、暁の賢者マール。
その頃は街道も今のように整備されていなかっただろうし、旅の商人から食べ物や飲み物を買うこともできなかったかもしれない。
それを考えたら、僕など、どんなに恵まれた旅なんだろうか。
なにより僕の隣にはユーリエがいる。初めは一人でマールを偲び、僕の奥底に眠る欲望を抑える旅をしようと思っていたけれど、ユーリエがいてくれるだけで、とても刺激になる。
ドキドキさせられる。
ハラハラさせられる。
隣のユーリエに目を向けて、口元を緩めた。
「ねえカナク、全然宿がとれないね」
「さすがは王都だね。宿を取るには時間が遅すぎたかな」
「どうするの?」
「最悪は城壁外に出て、野宿すればいいさ」
「ん~~~~。まあ、それもいいかもね!」
「もう二、三軒回って駄目なら、食事をして、野宿の準備をして外に行こうか」
「うん!」
石碑巡りの旅だから、そうそう上手くことが運ぶわけがない。
そう思いながら、目についた“恵みの雨亭”という酒場宿に入ってみた。
「ああ、今なら一部屋だけなら空いてるぜ」
店主のその言葉に、僕とユーリエは視線を交わす。
あ、でも、一部屋?
「さすがに二人で一緒の部屋になっちゃうのはまずいよね?」
「いいじゃない。どっちみち野宿でも二人一緒なんだし」
いや、野外と個室ではかなり違うと思うけど……。
「おじさまぁ、その一部屋、二人で泊まれますかぁ?」
ユーリエが勝手に宿を取るべく、店主と交渉に入っていた。
「ん~、まあ泊まれなくはないが、一人用だから狭いぜ?」
「いいです。お願いします~!」
間髪入れず、ユーリエが攻める。
こんな可愛らしい声も出せるんだね、ユーリエ。
僕にはもっと低い声なのに。
……うん? 店主さん、なんて言っていた?
一人用?
「しゃあねぇなあ~。じゃあ二階の一番奥の部屋な。これ、鍵だ」
宿の鍵を受け取るユーリエ。
考えているうちに勝手に話が進んでる!
「本当は二人分、料金を取るんだが、まあ料金は……ん、まさか、その腕輪……」
ユーリエの腕輪に、店主の目が向いている。
「はい。私はこの召し使いとともに旅をしている石碑巡りです」
……とうとう召し使いまで降格したのか。
「そういうことなら話は別だ。代金はとれないな。お嬢ちゃん可愛いしな!」
「ありがとうございます、おじさま♪」
おお、やっぱり街での交渉は女の子の方が有利だなあ。
僕だったら石碑巡りの腕輪がローブで隠れているから、今のように見つけてくれることはない。
対してユーリエはマントなので、二の腕に嵌めた腕輪が綺麗に主張していた。
「でもな、若いからってあんまり激しくしないでくれよ。壁が狭いし、一階の天井が揺れるからさ」
「はい、気をつけます~!」
満面の笑みを返すユーリエ。
いや待って。
今のやりとり、少しおかしくなかったかな!?
……き、気にしないことにしよう。
それから僕らは、ユーリエと階段を上がって部屋に入った。
この間、僕は一言も発する機会がなかった。
なんだか情けないなあ。
「わ、思ったより狭い!」
部屋の奥まで走って行ったユーリエが、何故か驚喜の声をあげる。
「本当だ、これは……なかなかだね」
やはり王都の宿、しかも一人用と言っていただけあって……狭い。
この空間で、ユーリエと一夜を過ごす?
ちょっと自信が……。
でも、ここまで数十軒の宿屋に断られてきたけれど、行き着いたのがここなら文句は――。
ない、と言いかけて、あるものを見て身体が固まった。
ベッド。
よくよく考えれば当たり前だけど、ここは一人用の部屋なんだから、シングルベッドが一つしかない。
これに二人で寝るのは無理がある。
仕方ない、僕は床で寝よう。
固そうだけれど。
「わー、シャワーがある! 町じゃないと身体を洗えないから嬉しいなぁ! 一階で食事もできるし、いい宿屋さんじゃない。ねえねえカナク、私、シャワー浴びていい?」
マントを脱ぎ、それを壁にかけながらはしゃぐユーリエに、僕は少し緊張しながら口を開いた。
「それは構わないけれど……ユーリエは僕と一緒に旅をしてて、途中で僕になにかされるとか思わないの?」
男なら当然の疑問を、ユーリエにぶつけてみた。
顔を上げて、きょとんとした表情のユーリエを見る。
いくら“マール信徒は想い人以外を好きになってはならない”という戒律があるとはいえ、それが自分かもしれないという可能性を考えないのだろうか。
あの賢いユーリエが。
するとユーリエはきゅっと唇を引き締めて、つかつかと僕に迫ってきた。
「それって、どういう意味?」
「ああ、いや、だからその、僕も男だし、なにかまちがいでもおこしちゃったらと……」
「まちがい、おこす?」
「!?」
とんでもない返し方をされた!
頬を赤くして、大きな瞳を逸らしながら言うユーリエ。
……か、可愛いすぎる!
「ねえカナク」
「はい」
「私がどれだけの覚悟でカナクと旅をしてるか、全然、わかってないね」
「え?」
覚悟って、なに?
「セレンディアではああ言っちゃったけどさ、本当は私にとってマールの戒律なんて関係ないんだよ。ただカナクと一緒にいたかっただけ」
「え?」
「それよりカナクはどうなの? 私と石碑巡りをして迷惑じゃない?」
う、ユーリエに反撃された。
「……さ、最初は、困った。苦しまない石碑巡りを、石碑巡りといえるのかな、って。でも今は違う。こういうのだって石碑巡りだと思う。ユーリエと一緒にいるのは、とっても楽しいよ」
僕の言葉を聞いて、ユーリエは破顔した。
「それを聞いて安心したわ。ならいいじゃん。シャワーおっさき~!」
「あ、ちょ、待っ――」
バタン、とシャワールームの扉が叩かれる。
「……どういう意味、なのかなぁ」
僕はコートとローブを脱いで、ユーリエのマントの隣にかけると、ソファに座った。
たぶん、だけど。
少なくとも、ユーリエは僕を嫌いではないと思う。嫌いな相手と旅をするなんてあり得ないし、まして異性とだなんてゾッとするだろう。
覚悟、か。
僕の場合はマール信徒だから、一〇〇〇年前に生きたマールが石碑に残した言葉を読みたい、という強い思いがある。
でもこれは決意であって覚悟ではない、かな。
ユーリエの覚悟か……わからない。
「難しいや」
僕は身体を伸ばして、今日一日を振り返った。
「グウェイル新法王さまも立派だったよ。ユーリエの言葉に対して本気で怒ってたもん。あれだけの忠誠心は中々持てないるものじゃないよ」
僕らは城を出て、宿を探すためにコルセアの王都を歩いていた。
辺りはすっかり日が落ちていて、町の灯りが地面に咲いた星空のように広がっている。
今日はもう宿を探して疲れを癒やし、明日からは第三の石碑を見るための準備をしなきゃならない。
次の目的地は、ここから更に東にあるフェルゴート王国領内、レゴラントの町だ。
ここコルセア王国の王都カリーンからは、かなりの距離がある。
石碑巡り最大の難所はレゴラントの町からジェド連邦の首都ディゴバの山道であることは間違いないけれど、苦労のない旅なんてないし、まして石碑巡りであれば、してはいけないと思う。
たった一人で、アレンシア中を旅せざるをえなかった、暁の賢者マール。
その頃は街道も今のように整備されていなかっただろうし、旅の商人から食べ物や飲み物を買うこともできなかったかもしれない。
それを考えたら、僕など、どんなに恵まれた旅なんだろうか。
なにより僕の隣にはユーリエがいる。初めは一人でマールを偲び、僕の奥底に眠る欲望を抑える旅をしようと思っていたけれど、ユーリエがいてくれるだけで、とても刺激になる。
ドキドキさせられる。
ハラハラさせられる。
隣のユーリエに目を向けて、口元を緩めた。
「ねえカナク、全然宿がとれないね」
「さすがは王都だね。宿を取るには時間が遅すぎたかな」
「どうするの?」
「最悪は城壁外に出て、野宿すればいいさ」
「ん~~~~。まあ、それもいいかもね!」
「もう二、三軒回って駄目なら、食事をして、野宿の準備をして外に行こうか」
「うん!」
石碑巡りの旅だから、そうそう上手くことが運ぶわけがない。
そう思いながら、目についた“恵みの雨亭”という酒場宿に入ってみた。
「ああ、今なら一部屋だけなら空いてるぜ」
店主のその言葉に、僕とユーリエは視線を交わす。
あ、でも、一部屋?
「さすがに二人で一緒の部屋になっちゃうのはまずいよね?」
「いいじゃない。どっちみち野宿でも二人一緒なんだし」
いや、野外と個室ではかなり違うと思うけど……。
「おじさまぁ、その一部屋、二人で泊まれますかぁ?」
ユーリエが勝手に宿を取るべく、店主と交渉に入っていた。
「ん~、まあ泊まれなくはないが、一人用だから狭いぜ?」
「いいです。お願いします~!」
間髪入れず、ユーリエが攻める。
こんな可愛らしい声も出せるんだね、ユーリエ。
僕にはもっと低い声なのに。
……うん? 店主さん、なんて言っていた?
一人用?
「しゃあねぇなあ~。じゃあ二階の一番奥の部屋な。これ、鍵だ」
宿の鍵を受け取るユーリエ。
考えているうちに勝手に話が進んでる!
「本当は二人分、料金を取るんだが、まあ料金は……ん、まさか、その腕輪……」
ユーリエの腕輪に、店主の目が向いている。
「はい。私はこの召し使いとともに旅をしている石碑巡りです」
……とうとう召し使いまで降格したのか。
「そういうことなら話は別だ。代金はとれないな。お嬢ちゃん可愛いしな!」
「ありがとうございます、おじさま♪」
おお、やっぱり街での交渉は女の子の方が有利だなあ。
僕だったら石碑巡りの腕輪がローブで隠れているから、今のように見つけてくれることはない。
対してユーリエはマントなので、二の腕に嵌めた腕輪が綺麗に主張していた。
「でもな、若いからってあんまり激しくしないでくれよ。壁が狭いし、一階の天井が揺れるからさ」
「はい、気をつけます~!」
満面の笑みを返すユーリエ。
いや待って。
今のやりとり、少しおかしくなかったかな!?
……き、気にしないことにしよう。
それから僕らは、ユーリエと階段を上がって部屋に入った。
この間、僕は一言も発する機会がなかった。
なんだか情けないなあ。
「わ、思ったより狭い!」
部屋の奥まで走って行ったユーリエが、何故か驚喜の声をあげる。
「本当だ、これは……なかなかだね」
やはり王都の宿、しかも一人用と言っていただけあって……狭い。
この空間で、ユーリエと一夜を過ごす?
ちょっと自信が……。
でも、ここまで数十軒の宿屋に断られてきたけれど、行き着いたのがここなら文句は――。
ない、と言いかけて、あるものを見て身体が固まった。
ベッド。
よくよく考えれば当たり前だけど、ここは一人用の部屋なんだから、シングルベッドが一つしかない。
これに二人で寝るのは無理がある。
仕方ない、僕は床で寝よう。
固そうだけれど。
「わー、シャワーがある! 町じゃないと身体を洗えないから嬉しいなぁ! 一階で食事もできるし、いい宿屋さんじゃない。ねえねえカナク、私、シャワー浴びていい?」
マントを脱ぎ、それを壁にかけながらはしゃぐユーリエに、僕は少し緊張しながら口を開いた。
「それは構わないけれど……ユーリエは僕と一緒に旅をしてて、途中で僕になにかされるとか思わないの?」
男なら当然の疑問を、ユーリエにぶつけてみた。
顔を上げて、きょとんとした表情のユーリエを見る。
いくら“マール信徒は想い人以外を好きになってはならない”という戒律があるとはいえ、それが自分かもしれないという可能性を考えないのだろうか。
あの賢いユーリエが。
するとユーリエはきゅっと唇を引き締めて、つかつかと僕に迫ってきた。
「それって、どういう意味?」
「ああ、いや、だからその、僕も男だし、なにかまちがいでもおこしちゃったらと……」
「まちがい、おこす?」
「!?」
とんでもない返し方をされた!
頬を赤くして、大きな瞳を逸らしながら言うユーリエ。
……か、可愛いすぎる!
「ねえカナク」
「はい」
「私がどれだけの覚悟でカナクと旅をしてるか、全然、わかってないね」
「え?」
覚悟って、なに?
「セレンディアではああ言っちゃったけどさ、本当は私にとってマールの戒律なんて関係ないんだよ。ただカナクと一緒にいたかっただけ」
「え?」
「それよりカナクはどうなの? 私と石碑巡りをして迷惑じゃない?」
う、ユーリエに反撃された。
「……さ、最初は、困った。苦しまない石碑巡りを、石碑巡りといえるのかな、って。でも今は違う。こういうのだって石碑巡りだと思う。ユーリエと一緒にいるのは、とっても楽しいよ」
僕の言葉を聞いて、ユーリエは破顔した。
「それを聞いて安心したわ。ならいいじゃん。シャワーおっさき~!」
「あ、ちょ、待っ――」
バタン、とシャワールームの扉が叩かれる。
「……どういう意味、なのかなぁ」
僕はコートとローブを脱いで、ユーリエのマントの隣にかけると、ソファに座った。
たぶん、だけど。
少なくとも、ユーリエは僕を嫌いではないと思う。嫌いな相手と旅をするなんてあり得ないし、まして異性とだなんてゾッとするだろう。
覚悟、か。
僕の場合はマール信徒だから、一〇〇〇年前に生きたマールが石碑に残した言葉を読みたい、という強い思いがある。
でもこれは決意であって覚悟ではない、かな。
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