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第二の石碑 コルセア王都カリーン
12話 法王
再び暗闇の中を歩く。
行きもユーリエは僕の腕にぴったりとくっついていた。
そして、帰りも。
本当に暗い場所が苦手なんだなあ、と思うと同時に、頭の中で交錯する二つの欲望に支配されず旅を終える自信が、徐々に削られていく気がした。
健康的で、いい香りがするユーリエ。
いっそここで、この手で抱き締め、めちゃくちゃにしてしまいたい。
それは普通の男であれば、当たり前に抱く欲望だと思う。
でも僕にはその先がある。
そのままユーリエの温かくて柔らかな白い肌に……牙を突き立てたい。
滴る血を啜り、その肉を食らいたい。
これは銀獣人である僕固有の欲求……“性欲”ではなく“食欲”だ。
僕はこれを自制するためにマール信徒となり、石碑巡りをして自分を鍛えたかった。
なにせユーリエのことを想うだけで唾液が溢れ、牙が伸びてくる。
…………。
うう……駄目だ!
欲に負けて牙を剥くのは魔物の所業だ。
オリヴィア女王さまも言っていた。
この力でユーリエを守りなさい、と。
ヤヒロちゃんは別だったけれど、きっと普通の女の子は銀獣人の本性を見たら、仮に好意があったとしても瞬時にその気が失せるだろう。
それでも構わない。大好きな人、ユーリエを守れれば。
僕らは二人で歩き、扉を開く。
その向こうには、グウェイル大司教さまが待ってくれていた。
「どうかね、石碑の文章は見られたかね?」
「はい。ここにきてもう忘れてしまっていますが、頭の中には記憶されていると思います。それにしても、セレンディアもそうでしたが、あの幻覚には驚かされます」
「うむ。そしてマールの石碑の文章は不思議な内容だが、暁の賢者マールも一人の女性だったのだな、と、胸を打たれたよ」
「はい、同じ気持ちです」
「それにしても、石碑を見て君らに変化でもあったのかな。部屋に入る前よりも、随分と親密になっているようだが」
「え?」
僕はユーリエとくっついたままだったことに気づき、真っ赤になって飛び退いた。
「照れなくてもいいのだよ。マールは愛の神でもあるのだからな」
はっはっは、と笑うグウェイル大司教さま。
しかし、ユーリエは真顔でグウェイル大司教様の前に立った。
「ところでグウェイル大司教さまに伺います。コルセア王国では各所に聖神殿があるとか。しかし統一して歴史が浅い国なので、それぞれの聖神殿が信徒集めの争いを起こしているとか」
グウェイル大司教さまの顔色が、一瞬で変わった。
「どこから耳にしたのかはわからぬが……確かに。我々の悩みはそこなのだ。私はマール教の大司教でありながら、領内の統治にまで手が回っておらず――」
「それは違うでしょう」
氷柱のように冷たく鋭い言葉で、グウェイル大司教さまを穿つユーリエ。
「大司教という位は聖神殿の序列だと頂点ではありません。しかし頂点に立つオリヴィア女王さまは雑務が忙しく、マール法皇の仕事まで手が回っておられない。違いますか?」
「むう……確かに陛下は優れた戦略家であり、卓越した武人であり、誰よりも敬虔なマール信徒であらせられる。私は元々、城下の聖神殿のいち司祭であったが、信徒同士の争いに嫌気がさし、陛下のおそばに仕えることにしたのだ」
「つまり、逃げたんですね」
「なにぃ!?」
ちょっ、ユーリエ!?
「法皇さまの許で学んだのなら、マールの高貴な精神に触れていないはずがないわ。マールはどんなに辛い目に遭っても、決して逃げることはしなかった。法皇さまの負担を減らすために、あなたは命懸けの努力をしたの?」
「この……」
僕は怒りで顔を赤くするグウェイル大司教さまと、目つきの鋭いユーリエの間に入り、ユーリエの両肩を掴んだ。
「ユーリエ、大司教さまに向かって言い過ぎだよ!」
「カナクは黙ってて」
まるで僕を飲み込んでしまいそうな勢いで、声をあげるユーリエ。
その迫力に、怖さすら感じてしまった。
ユーリエにこんな一面があったとは。
「では問おう。その命懸けの努力とはなんだ?」
「お答えしましょう。マール法皇の地位を女王陛下より賜り、女王陛下に代わってこの国の信徒や聖神官たちを一つにまとめることよ」
ユーリエの言葉に、ガウェイン大司教さまの顔色が真っ青になった。
「……一介の司祭だった私を大司教にまでしていただいたオリヴィア女王陛下を心から尊敬し、敬愛している。その陛下から法皇の位を授かれと? 私はそんな恩知らずでも身の程知らずでもない! 二人とも、今すぐここから出て行ってもらおう。さもなくば衛兵を呼ぶことになるぞ!」
ガウェイン大司教さまと僕がワンドを腰から抜いたのは同時だった。
僕はユーリエの前に立ち、マナをワンドの先に集める。
ガウェイン大司教も同じくワンドに力を溜めていた。
まずい。
魔法の撃ち合いになったら、ガウェイン大司教さまに敵うはずがない。
こうなれば……あの姿になって戦うのもやむなしか。
僕とガウエィン大司教さまが睨みあっていると、ことの発端を作ったユーリエは何食わぬ顔でくるりと背中を向け、片膝を突いた。
「ユーリエ、なにを――」
「今のグウェイル大司教さまの発言は紛れもなく本心であったと存じます。お心に響きましたか?」
「「は?」」
思わず、僕とグウェイル大司教さまの声が重なる。
『カナク、ガウェイン。双方ワンドを収めよ』
聞き覚えのある、威厳に溢れた声。
僕はマナを散らし、ワンドを腰に差して片膝を突く。
背後からも、殺気は感じられなかった。
なにしろ、この声は――。
カツカツという足音とともに現れたのはやはり、オリヴィア女王さまだった。
「陛下……もしやこの石碑巡りを用いて、一計を?」
僕の後ろにいるガウェイン大司教さまが、声を震わせる。
「その通りよ。これはあなたの真の思いを知りたくて、私が仕組んだ」
「何故、そのようなお戯れを!?」
「先ほどユーリエが言っていた通り、コルセア王国は急成長しすぎたため、国内のマール信徒同士による争いが激しさを増していることに胸を痛めていた。しかし地方ではまだコルセアに従わぬものたちがいるので、私はまだ遠征しなくてはならない。そこでマール信徒のことは私ではない誰かに任せたいと思っていたのよ。グウェイル、あなたにね」
「そんな……」
オリヴィア女王さまが僕の肩をぽんと叩き、通り過ぎていく。
向きを後ろに変えると、隣にユーリエがやってきた。
「コルセア国王オリヴィアの名において命じる。グウェイル大司教を本日付でマール法皇に昇格させ、マール信徒を一手にまとめよ。なお、大司教は空席とする。あなたなら信頼できるわ。しっかりやりなさい」
「あ、あ、ありがたき幸せにございます……このグウェイル、女王陛下とコルセア王国のために、粉骨砕身、励みまする」
「うむ」
通路に額を当てんばかりに頭を下げる、グウェイル新法王。
その肩に手を置くオリヴィア女王さま。
実に絵になる光景だった。
そして女王さまは、僕らに目を向ける。
「ユーリエ、中々の演技だったわ。ありがとう」
「いえ」
演技……だったのかな。
普段からあんな感じだけど。
「若き石碑巡りよ。あなたらちの前には、これから大きな困難が待ち受けている。マールの旅路に思いを馳せ、必ずやり遂げなさい。そしてまたいつでも私に会いにきてね。いってらっしゃい、マールのご加護がありますように」
「ありがとうございます!」
「はっ」
僕とユーリエはその慈愛に満ちた声を耳にして、深々と頭を下げた。
その後、僕らは王城を後にして、次の石碑を目指すために町へと足を向けた。
行きもユーリエは僕の腕にぴったりとくっついていた。
そして、帰りも。
本当に暗い場所が苦手なんだなあ、と思うと同時に、頭の中で交錯する二つの欲望に支配されず旅を終える自信が、徐々に削られていく気がした。
健康的で、いい香りがするユーリエ。
いっそここで、この手で抱き締め、めちゃくちゃにしてしまいたい。
それは普通の男であれば、当たり前に抱く欲望だと思う。
でも僕にはその先がある。
そのままユーリエの温かくて柔らかな白い肌に……牙を突き立てたい。
滴る血を啜り、その肉を食らいたい。
これは銀獣人である僕固有の欲求……“性欲”ではなく“食欲”だ。
僕はこれを自制するためにマール信徒となり、石碑巡りをして自分を鍛えたかった。
なにせユーリエのことを想うだけで唾液が溢れ、牙が伸びてくる。
…………。
うう……駄目だ!
欲に負けて牙を剥くのは魔物の所業だ。
オリヴィア女王さまも言っていた。
この力でユーリエを守りなさい、と。
ヤヒロちゃんは別だったけれど、きっと普通の女の子は銀獣人の本性を見たら、仮に好意があったとしても瞬時にその気が失せるだろう。
それでも構わない。大好きな人、ユーリエを守れれば。
僕らは二人で歩き、扉を開く。
その向こうには、グウェイル大司教さまが待ってくれていた。
「どうかね、石碑の文章は見られたかね?」
「はい。ここにきてもう忘れてしまっていますが、頭の中には記憶されていると思います。それにしても、セレンディアもそうでしたが、あの幻覚には驚かされます」
「うむ。そしてマールの石碑の文章は不思議な内容だが、暁の賢者マールも一人の女性だったのだな、と、胸を打たれたよ」
「はい、同じ気持ちです」
「それにしても、石碑を見て君らに変化でもあったのかな。部屋に入る前よりも、随分と親密になっているようだが」
「え?」
僕はユーリエとくっついたままだったことに気づき、真っ赤になって飛び退いた。
「照れなくてもいいのだよ。マールは愛の神でもあるのだからな」
はっはっは、と笑うグウェイル大司教さま。
しかし、ユーリエは真顔でグウェイル大司教様の前に立った。
「ところでグウェイル大司教さまに伺います。コルセア王国では各所に聖神殿があるとか。しかし統一して歴史が浅い国なので、それぞれの聖神殿が信徒集めの争いを起こしているとか」
グウェイル大司教さまの顔色が、一瞬で変わった。
「どこから耳にしたのかはわからぬが……確かに。我々の悩みはそこなのだ。私はマール教の大司教でありながら、領内の統治にまで手が回っておらず――」
「それは違うでしょう」
氷柱のように冷たく鋭い言葉で、グウェイル大司教さまを穿つユーリエ。
「大司教という位は聖神殿の序列だと頂点ではありません。しかし頂点に立つオリヴィア女王さまは雑務が忙しく、マール法皇の仕事まで手が回っておられない。違いますか?」
「むう……確かに陛下は優れた戦略家であり、卓越した武人であり、誰よりも敬虔なマール信徒であらせられる。私は元々、城下の聖神殿のいち司祭であったが、信徒同士の争いに嫌気がさし、陛下のおそばに仕えることにしたのだ」
「つまり、逃げたんですね」
「なにぃ!?」
ちょっ、ユーリエ!?
「法皇さまの許で学んだのなら、マールの高貴な精神に触れていないはずがないわ。マールはどんなに辛い目に遭っても、決して逃げることはしなかった。法皇さまの負担を減らすために、あなたは命懸けの努力をしたの?」
「この……」
僕は怒りで顔を赤くするグウェイル大司教さまと、目つきの鋭いユーリエの間に入り、ユーリエの両肩を掴んだ。
「ユーリエ、大司教さまに向かって言い過ぎだよ!」
「カナクは黙ってて」
まるで僕を飲み込んでしまいそうな勢いで、声をあげるユーリエ。
その迫力に、怖さすら感じてしまった。
ユーリエにこんな一面があったとは。
「では問おう。その命懸けの努力とはなんだ?」
「お答えしましょう。マール法皇の地位を女王陛下より賜り、女王陛下に代わってこの国の信徒や聖神官たちを一つにまとめることよ」
ユーリエの言葉に、ガウェイン大司教さまの顔色が真っ青になった。
「……一介の司祭だった私を大司教にまでしていただいたオリヴィア女王陛下を心から尊敬し、敬愛している。その陛下から法皇の位を授かれと? 私はそんな恩知らずでも身の程知らずでもない! 二人とも、今すぐここから出て行ってもらおう。さもなくば衛兵を呼ぶことになるぞ!」
ガウェイン大司教さまと僕がワンドを腰から抜いたのは同時だった。
僕はユーリエの前に立ち、マナをワンドの先に集める。
ガウェイン大司教も同じくワンドに力を溜めていた。
まずい。
魔法の撃ち合いになったら、ガウェイン大司教さまに敵うはずがない。
こうなれば……あの姿になって戦うのもやむなしか。
僕とガウエィン大司教さまが睨みあっていると、ことの発端を作ったユーリエは何食わぬ顔でくるりと背中を向け、片膝を突いた。
「ユーリエ、なにを――」
「今のグウェイル大司教さまの発言は紛れもなく本心であったと存じます。お心に響きましたか?」
「「は?」」
思わず、僕とグウェイル大司教さまの声が重なる。
『カナク、ガウェイン。双方ワンドを収めよ』
聞き覚えのある、威厳に溢れた声。
僕はマナを散らし、ワンドを腰に差して片膝を突く。
背後からも、殺気は感じられなかった。
なにしろ、この声は――。
カツカツという足音とともに現れたのはやはり、オリヴィア女王さまだった。
「陛下……もしやこの石碑巡りを用いて、一計を?」
僕の後ろにいるガウェイン大司教さまが、声を震わせる。
「その通りよ。これはあなたの真の思いを知りたくて、私が仕組んだ」
「何故、そのようなお戯れを!?」
「先ほどユーリエが言っていた通り、コルセア王国は急成長しすぎたため、国内のマール信徒同士による争いが激しさを増していることに胸を痛めていた。しかし地方ではまだコルセアに従わぬものたちがいるので、私はまだ遠征しなくてはならない。そこでマール信徒のことは私ではない誰かに任せたいと思っていたのよ。グウェイル、あなたにね」
「そんな……」
オリヴィア女王さまが僕の肩をぽんと叩き、通り過ぎていく。
向きを後ろに変えると、隣にユーリエがやってきた。
「コルセア国王オリヴィアの名において命じる。グウェイル大司教を本日付でマール法皇に昇格させ、マール信徒を一手にまとめよ。なお、大司教は空席とする。あなたなら信頼できるわ。しっかりやりなさい」
「あ、あ、ありがたき幸せにございます……このグウェイル、女王陛下とコルセア王国のために、粉骨砕身、励みまする」
「うむ」
通路に額を当てんばかりに頭を下げる、グウェイル新法王。
その肩に手を置くオリヴィア女王さま。
実に絵になる光景だった。
そして女王さまは、僕らに目を向ける。
「ユーリエ、中々の演技だったわ。ありがとう」
「いえ」
演技……だったのかな。
普段からあんな感じだけど。
「若き石碑巡りよ。あなたらちの前には、これから大きな困難が待ち受けている。マールの旅路に思いを馳せ、必ずやり遂げなさい。そしてまたいつでも私に会いにきてね。いってらっしゃい、マールのご加護がありますように」
「ありがとうございます!」
「はっ」
僕とユーリエはその慈愛に満ちた声を耳にして、深々と頭を下げた。
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