真訳・アレンシアの魔女 下巻 石碑巡りたち

かずさ ともひろ

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第四の石碑 ディゴバ

03話 ふたりの草人

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「……あは、良かったぁ……ぅう……え~ん……」

 半泣きから泣き顔に変わったユーリエを、僕はきつく抱き締めた。
 ユーリエも、僕の背中に手を回す。

ままも理不尽なことも言わない。お料理も頑張る。カナクが自慢できるような女の子になるから。私、もう二度と離れたくない。カナクとずっと一緒にいたいよ!」

「喜んで……と言いたいところだけど、もう少しだけ待ってくれないかな?」

「え?」

 僕とユーリエは、身体を離す。
「一緒になれないの?」

「そんなことはないよ。でもね、まだ石碑が一つ残ってる。それに僕はまだ、ユーリエに伝えていない秘密があるんだ」

 銀獣人。
 希少種族レアレイスであり、人間ではないということが、ことさら重く感じた。

「最後の石碑を読んだら、君に僕の全てを見せる。それでもユーリエが僕を受け入れてくれるなら、この人生を君にささげるよ」

「……そうだね、まだ石碑巡り、終わってないもんね」

「石碑巡りを終えるまで、あと一つ。この巡礼が終わったら、君の好きなところに行こう。セレンディアだとユーリエは養女とはいえ、王女さまにされちゃう可能性があるから、違う場所で暮らそうよ。そうだなあ、アレンシア北東部のガザラ王国なんかいいかも」

「素敵! 田舎いなかで桃畑とか作ったり、いろんな作物を育てたり、お花を飾ったりして、カナクとのんびり暮らしたいな」

「ははっ、桃は外さないんだね」

「えへへ~」

 顔を真っ赤にして、まぶたを腫らして、涙でぐしゃぐしゃの顔をしたユーリエ。
 これほど可愛かわいい表情をする女の子は、見たことがない。

「僕はマール信徒であり、君を連れた石碑巡りだ。こんな奇跡のような文章だとは思わなかったけれど、最後の石碑にも必ずなんらかの意図があると思う。それを読んだ後で、僕はユーリエと一緒になって、その先の未来を夢見たいと思ってるんだ。だめかな?」

「ううん、ありがと。それでいいよ。それと――」

 ユーリエが、もう一度僕に抱きついた。

「私はカナクがなんであろうと信じてる。たとえ人間じゃなくてもね」

「!?」

 感づいていた、のか。
 それも、そうかもしれない。

 ユーリエほどの魔導士なら、僕が人間じゃないことくらいわかっちゃうか。
 それでも、受け入れてくれるというなら、こんなに幸せなことはない。

「あ、そうだ!」

 ユーリエは僕から離れて、先ほど集めてきた草の束の前に立って、ワンドを手にした。

「見てて、カナク!」

 瞳を閉じて、緑と青と茶のマナをワンドの先に集め、ワンドの先で配合させる。
 そして魔法陣を二つ描くと、高らかに叫んだ。

「『草人の魔法』!」

 ユーリエが魔法陣にワンドを刺すと、小さな魔法陣がユーリエの左手に貼りつく。そして草の束から、手のひらくらいの大きさの、ユーリエの服を着た草人が召喚された。

「さすがユーリエ、あっさりおぼえちゃったね」

「まあ、そこまで難解な詠唱文じゃなかったし。でも本人のマナと魔法陣をリンクさせるっていう発想はすごいと思うわ。しかもこんなに可愛い魔法を考えついちゃうカナクは、やっぱり天才だと思うよ」

「あ、あはは、そうかな」

 そんなに褒められるとうれしいけれど、やっぱり照れる。

「ねえ、詠唱文をこれに変えて、カナクにも草人を出してほしいの」

「え?」

 そう言いながら、ユーリエは僕にメモを渡す。
 そこには少し改変された『草人』の魔法の詠唱文が書かれていた。

「これ、一体……」

「ささ、早く早く!」

「あ、うん」

 僕はユーリエに促されるまま魔法を唱えて、僕の草人を出す。

“ぴ~!”
“ぴぴ~!”

 召喚した瞬間、小さな二人は熱い抱擁を交わした。
 というか、こんな鳴き声を出すんだ。
 知らなかった。

「やっぱり!」

 ユーリエが微笑ほほえみながら、ぱん、と両手をたたく。

「なにが?」

「この『草人の魔法』って、リンクした人のおもいを乗せられることに気づいたの。それを詠唱文に組み込んでみたってこと」

「お、おお……そんなことが……」

 詠唱文を、改良した?
 そ、そんなことができるなんて。
 本当に、どっちが天才なのか。

「まあ悪用すればさ、例えば召喚した草人の動向で、相手が自分を好きか嫌いかを知ることができちゃったりするんだけど」

「それって、本当に危ないじゃないか!」

 こ、この魔法を学校で使わなくてよかった。
『草人の魔法』自体は、ユーリエが言った通り、それほど難しいものじゃない。
 もしこんなものが学校で流行はやってしまったら、心に秘めていた恋心を草人が態度で伝えてしまう。
 考えただけでも恐ろしい。

「でもさ、私とカナクならいいでしょう? だってもう、想いを伝え合ったんだし」

「まあ……うん、いいけど」

「あ、それとね、カナクが書いた詠唱文だとマナ効率が悪かったから、一〇〇分の一にしておいたわ。これなら疲労を感じないでしょ?」

「どれだけ天才なんだいユーリエは!?」

 確かに、左手の甲から発せられるマナの量がごくわずかだから疲労感はない。これなら永続的に草人を連れて行っても問題なさそうだ。
 ……うん? ということは。

「ひょっとしてユーリエ、この子らと旅をしようと?」

「うん! だって可愛いじゃない!」

 ユーリエはかがんで、抱き合う二人の草人の頭を、指で優しくでる。

「凄いね~。全然離れないよ。お互い、大好きなんだね」

 これって、ひょっとして。
 さっきのユーリエの告白で僕が明確に答えなかったら、第二の矢として草人を使い、僕に言わせようとしたんじゃないだろうか。

 聡明そうめいなユーリエだからその可能性は充分考えられるし、今日はそれくらいの覚悟で僕に想いを告げたんだと思う。そのためにユーリエは石碑の文章を解読し、寝込むほどがんばったんじゃないかな。
 胸が、熱くなる。

「ユーリエ」

「うん?」

「僕はユーリエが大好きだよ。ずっと一緒にいたい」

「うぇっ!?」

 ぼむ、と顔を赤くするユーリエ。
 それと同時に、二人の草人がちゅー、と口づけを交わしていた。

「はわわわ」

「わ、わあ」

 困惑する僕ら。
 自分の想いを形にするって、想像以上に恥ずかしいんだなぁ……。

 でも、なんだか微笑ほほえましい。
 僕がユーリエを見る。
 ユーリエが、僕に視線を向けている。

 自然と、僕らは声をあげて笑い合った。
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