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第四の石碑 ディゴバ
04話 ダークエルフの少女
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それからの旅は、二人の小さな道連れが加わった。
ユーリエの草人は僕の、僕の草人はユーリエの肩に座り、僕らは手を繋ぎながら山道を歩いた。
山道は険しかったけれど、楽しい旅路だった。
誰かを愛する。
誰かに愛される。
それがこんなに力になるなんて、想像もできなかった。
ユーリエがマールの石碑を解析した日から、一ヶ月半。
僕はまだ、ユーリエに銀獣人のことを伝えられずにいた。
想いが通じ合っているからこそ、この関係が壊れてしまうんじゃないかと考えてしまうと、どうしても打ち明ける勇気が挫かれてしまっていた。
ユーリエに対する“食欲”は、かなり消失している。
時折、ユーリエの肌に舌を這わせると“旨い”と思ってしまうことはあったけれど、そこから暴走はしなかった。
少し、精神的に成長したのかもしれない。
いくら銀獣人がアレンシアの希少種族とはいえ、必ず僕以外にもいるはずだ。その彼らが全員、人間やフォレストエルフ、ハーフエルフを食べてしまったら、大きな事件になっていると思う。でもそんな話を全く聞かないのは、今の僕のような境地に達したからじゃないだろうか。
それでも、この旅の終わりには、ユーリエに僕が人間じゃないことを告げたい。
このまま銀獣人であることを隠して、ユーリエと一緒にいたくはない。
だから最後の石碑を読んだら、僕は本当の意味で全てを告白する。
銀獣人の存在は伝説と化しているけれど、全く知られていないわけじゃない。魔法学校でも習うし、銀髪だというだけで“おまえ銀獣人だろう”などと疑われてしまうこともある。大体が誤解だけれど、希に当たっている場合もある。
僕のように。
しかし逆にあの姿を見せない限り外見は人間と同じだから、実は銀獣人なんだ、と信じてもらう方が難しい。
ユーリエはどんな反応をするかな。僕の気がかりはその一点だった。
やがて僕らは、ついにジェド連邦の領内に足を踏み入れた。
ジェド連邦はその名の通り、多数の国の集合体だ。
闇種族ログナカンの国、ログナック。ダークエルフの国、グレイウッズ。トロルの国、オーダス。フロージアの国、ディルギニア。これらの種族が首都ディゴバに集い、最高評議会という決定機関によって政治を行っている。
ディゴバへ近づくごとに巨木が増え、まるで空が分厚くて黒い綿で覆われているかのように、日光が遮られていく。マナの色を見ても緑や青、水色、茶や紫が多くなり、陽光の力である白はほとんど見かけない。これだと炎系の魔法を使うのはかなり難しいだろう。
白のマナがなければ炎系の魔法を使えない、ということはないけれど、効果はかなり小さくなる。鍋でお湯を沸かす程度の炎は出せるけれど、魔物を焼くほどの火力は無理ということだ。
炎系は魔物に最も有効な魔法だ。それが弱まるとなると、用心しなければ。
「ねえカナク、この辺りって白いマナが少なくない?」
ユーリエも気づいたらしい。
さすがは魔導士。
人間なのに勘が鋭い。
「そうだね。ディゴバって、この密集した木々とあの雲のせいで日光が当たらず、しかも湿気が多い場所にあるから沼地が多いって書物に書いてあったけど、ここまでとはね」
「ねえカナク、ここからディゴバまで、あとどのくらいなの?」
「ちょっと待ってね」
僕は荷物から地図を取り出して広げる。
するとユーリエがワンドの先にマナを集めて、灯りを作ってくれた。
こういう細かな優しさが、ユーリエの魅力なんだ。
「ええと……あと十日くらいみたいだね。しばらくはこの街道を使っていても問題はないと思う。以前、セレンディアノ酒場にきた旅人から聞いたことがあるんだけど、レゴラントからディゴバに向かうこの街道には、殆ど闇種族が現れないんだって」
「まあ、それはそうね。だって向こう側からしたら、陽種族の町に向かう街道だもん。危なすぎるよね」
「そう。だから問題は街道から外れてからだね。そこからは、これまで以上に警戒しないといけない」
「でもさ、ディゴバの石碑って、これまでと同じように町の中にあるんでしょう?」
「うん」
「そんな、闇種族の巣窟に飛び込むようなことするの?」
「いや、そこはマールも考えてくれたみたいだよ」
「?」
ユーリエが首を傾げる。
ディゴバの石碑については、あらかじめセレンディアの大司教さまから伺ってきた。
その話が本当なら、マールは将来、自分が建てた石碑を巡礼するという習慣が生まれることを予想していたことになる。
本当に、聡明な人だ。
「カナク、どういうこと?」
「細かいことはもう少しディゴバに近づいてから話すよ。僕も見たわけじゃないしね」
「そっか」
ユーリエは納得して、顔を前に向けた。
ディゴバ方面に歩くにしたがって、どんどん暗さが増してくる。
六日もすると、もう辺りは真っ暗だった。
まだ時刻は十四ハル。普通なら明るい昼間だというのに、もう深夜のようだ。
僕とユーリエは『暗視の魔法』を使い、頭の上に魔法陣を展開する。やや青みがかっているけれど、真っ暗でも視界を確保できるものだ。僅かでも明るさがあると逆に視界を奪われてしまうけれど、ここのように自分の手すら見えないような場所ではこれが一番だ。
ここからは、どこから魔物や闇種族が襲ってくるかわからない。
僕らはワンドを握りいつでも魔法を唱えられる状態にして、草人たちをやや少し前に歩かせて偵察、先導してもらった。
本来はこういう使い方をするために作った魔法なんだけどね。
「もう少しでディゴバかな?」
ユーリエが小声で喋る。
「予定ではそろそろディゴバの灯りが見えてきてもおかしくない。これだけ暗ければ、目立つだろうからね」
「そうね。でもこの闇の濃さはすごいね。まるで光まで吸い込んでしまいそう」
「魔物や闇種族の多くは“暗視”を標準能力で持ってるからね。僕ら陽種族に比べると、視界という意味ではかなり有利だよ」
なにせ『暗視の魔法』は、視力を良くするものじゃない。それに対して闇種族のログナカン、ダークエルフ、トロルが備えている“暗視”は、暗ければ暗いほど鮮明に見えるという。
誰が名づけたのかわからないけれど、闇種族とは、実に的を射た表現なんだ。
「注意していこう。街道沿いに進めば迷うことはないけど、その分、魔物らも狙いやすいからね」
「大丈夫。もしなにかが襲ってきたら秒速で氷付けにして、股間から砕いてやるから!」
何故そこから!?
ユーリエって、時々怖い。
いや、元々怖かったっけ。
最初に石碑巡りに連れて行けって言われた時は、殺意すら覚えたから。
まあ、頼りになるのはありがたいことだけれど。
などと思っていた矢先、僕の左手の甲に貼りついた魔法陣が鈍い光を放った。
「カナク、これって……!?」
見ると、ユーリエの左手も薄らと光っている。
「草人たちがなにかを見つけたんだ。痛みを感じないから、これは……僕らを呼んでいるんだ!」
「そうなの!? あの子らにそんな能力があったなんて……」
「急ごう。誰かが危機に陥っているかもしれない!」
草人とは十メル程度しか離れていない。少し走れば、すぐに追いつく距離だ。
僕とユーリエが少し走って草人らを発見すると、二人は街道の右側にある茂みのそばで、抱き合って泣いていた。
「なん、だ?」
茂みの中から、なにものかの気配がした。
僕はユーリエと視線を交わし、合図する。ユーリエは軽く頷くと、ワンドを構えていつでも攻撃できる姿勢をとった。
そして、ゆっくりと茂みに左手を入れると、草を払いのけた。
「!?」
僕は、言葉を失った。
ダークエルフの少女が、無残な姿で街道脇の茂みに倒れていた。
服はズタズタに裂かれており、顔は腫れ、涙でぐしゃぐしゃになっており、両腕が切断されている。
「ユーリエぇ!」
僕は咄嗟に意識のない女の子を街道に引きずり出すと、右手のワンドにマナを集める。
ユーリエもそばにやってきて、その子のあまりの酷い状態に、顔を硬直させた。
「カナク、その子を助けるの?」
戸惑い気味に言うユーリエ。
「当たり前じゃないか。彼女はまだ生きてる! 腕の修復まではできないかもしれないけど、上級魔法『完全治癒の魔法』を使う!」
「でも、その子はダークエルフ……闇種族だよ?」
「それが?」
黙るユーリエ。
それより急いで治癒しないと、この子は命を落とす。
僕は魔法陣を描き、詠唱文を流していく。さすがに上級ともなると、この身体では、ささっと書けるものではない。
だけど……。
ふと気がつくと僕の横で、既に魔法陣を書きあげたユーリエが、魔法陣に向かってワンドの先を向けていた。
な、なんて速度だ!
「『完全治癒の魔法』!」
ワンドを突き刺された魔法陣が輝くと、ダークエルフの女の子の傷がみるみる塞がり、顔の腫れも消えていく。
そして、がくりと膝を突くユーリエ。
それはそうだ。なにせ『完全治癒の魔法』は上級なのだから。
「か、カナク……この子は命にかかわるくらいの重傷よ! ここから治癒させるには、わ、私の魔法だけじゃ、ちょっと厳しいわ。だからカナクはこの子の両腕に集中して、魔法を唱えて!」
きつそうな表情を浮かべながら叫ぶ。
ありがとう、ユーリエ。
「わかった!」
遅ればせながら魔法陣を書き上げた僕は、同じく『完全治癒の魔法』を唱える。
全身の体力や傷はユーリエが癒やしてくれた。
だから僕は、彼女の失われた両腕に集中する。
この方法は治癒と言うよりも“時戻し”に近い。彼女の身体に両腕があった時まで戻すのだ。こんな変則的な使い方もできるから『完全治癒の魔法』は、上級でもかなり難しい部類に入るし、魔法陣を作るのも時間が掛かる上に、普通の人間であれば急速に体力を消耗する。
だけど僕は人間じゃないから、魔法に関しての消耗は全く気にならなかった。
「くく……く!」
僕は魔法陣にワンドを刺したまま、彼女の腕が徐々に戻っていくのを確認した。
やがて上半身もすっかり元に戻った彼女は、傷一つない状態まで回復できた。
「はぁ、はぁ……」
咄嗟のできごとだったから気づかなかったけれど、本来、この『完全治癒の魔法』は白いマナを使う魔法だ。ところがここにはそれが少なかったので、体力の回復まではできなかったかもしれないけれど、ひとまず身体が治れば問題ないだろう。
一命は取り留めたはずだ。
本当によかった。
「ねえカナク」
「うん?」
「やっぱりあなたは、素晴らしい人だわ!」
「え、なんで?」
「いーの。さっすが、私の心を奪った人ね」
「どこでそう思ったの?」
「それがわからないところ!」
「????」
僕は首を傾げつつ、ダークエルフの女の子に目を向けた。
ユーリエの草人は僕の、僕の草人はユーリエの肩に座り、僕らは手を繋ぎながら山道を歩いた。
山道は険しかったけれど、楽しい旅路だった。
誰かを愛する。
誰かに愛される。
それがこんなに力になるなんて、想像もできなかった。
ユーリエがマールの石碑を解析した日から、一ヶ月半。
僕はまだ、ユーリエに銀獣人のことを伝えられずにいた。
想いが通じ合っているからこそ、この関係が壊れてしまうんじゃないかと考えてしまうと、どうしても打ち明ける勇気が挫かれてしまっていた。
ユーリエに対する“食欲”は、かなり消失している。
時折、ユーリエの肌に舌を這わせると“旨い”と思ってしまうことはあったけれど、そこから暴走はしなかった。
少し、精神的に成長したのかもしれない。
いくら銀獣人がアレンシアの希少種族とはいえ、必ず僕以外にもいるはずだ。その彼らが全員、人間やフォレストエルフ、ハーフエルフを食べてしまったら、大きな事件になっていると思う。でもそんな話を全く聞かないのは、今の僕のような境地に達したからじゃないだろうか。
それでも、この旅の終わりには、ユーリエに僕が人間じゃないことを告げたい。
このまま銀獣人であることを隠して、ユーリエと一緒にいたくはない。
だから最後の石碑を読んだら、僕は本当の意味で全てを告白する。
銀獣人の存在は伝説と化しているけれど、全く知られていないわけじゃない。魔法学校でも習うし、銀髪だというだけで“おまえ銀獣人だろう”などと疑われてしまうこともある。大体が誤解だけれど、希に当たっている場合もある。
僕のように。
しかし逆にあの姿を見せない限り外見は人間と同じだから、実は銀獣人なんだ、と信じてもらう方が難しい。
ユーリエはどんな反応をするかな。僕の気がかりはその一点だった。
やがて僕らは、ついにジェド連邦の領内に足を踏み入れた。
ジェド連邦はその名の通り、多数の国の集合体だ。
闇種族ログナカンの国、ログナック。ダークエルフの国、グレイウッズ。トロルの国、オーダス。フロージアの国、ディルギニア。これらの種族が首都ディゴバに集い、最高評議会という決定機関によって政治を行っている。
ディゴバへ近づくごとに巨木が増え、まるで空が分厚くて黒い綿で覆われているかのように、日光が遮られていく。マナの色を見ても緑や青、水色、茶や紫が多くなり、陽光の力である白はほとんど見かけない。これだと炎系の魔法を使うのはかなり難しいだろう。
白のマナがなければ炎系の魔法を使えない、ということはないけれど、効果はかなり小さくなる。鍋でお湯を沸かす程度の炎は出せるけれど、魔物を焼くほどの火力は無理ということだ。
炎系は魔物に最も有効な魔法だ。それが弱まるとなると、用心しなければ。
「ねえカナク、この辺りって白いマナが少なくない?」
ユーリエも気づいたらしい。
さすがは魔導士。
人間なのに勘が鋭い。
「そうだね。ディゴバって、この密集した木々とあの雲のせいで日光が当たらず、しかも湿気が多い場所にあるから沼地が多いって書物に書いてあったけど、ここまでとはね」
「ねえカナク、ここからディゴバまで、あとどのくらいなの?」
「ちょっと待ってね」
僕は荷物から地図を取り出して広げる。
するとユーリエがワンドの先にマナを集めて、灯りを作ってくれた。
こういう細かな優しさが、ユーリエの魅力なんだ。
「ええと……あと十日くらいみたいだね。しばらくはこの街道を使っていても問題はないと思う。以前、セレンディアノ酒場にきた旅人から聞いたことがあるんだけど、レゴラントからディゴバに向かうこの街道には、殆ど闇種族が現れないんだって」
「まあ、それはそうね。だって向こう側からしたら、陽種族の町に向かう街道だもん。危なすぎるよね」
「そう。だから問題は街道から外れてからだね。そこからは、これまで以上に警戒しないといけない」
「でもさ、ディゴバの石碑って、これまでと同じように町の中にあるんでしょう?」
「うん」
「そんな、闇種族の巣窟に飛び込むようなことするの?」
「いや、そこはマールも考えてくれたみたいだよ」
「?」
ユーリエが首を傾げる。
ディゴバの石碑については、あらかじめセレンディアの大司教さまから伺ってきた。
その話が本当なら、マールは将来、自分が建てた石碑を巡礼するという習慣が生まれることを予想していたことになる。
本当に、聡明な人だ。
「カナク、どういうこと?」
「細かいことはもう少しディゴバに近づいてから話すよ。僕も見たわけじゃないしね」
「そっか」
ユーリエは納得して、顔を前に向けた。
ディゴバ方面に歩くにしたがって、どんどん暗さが増してくる。
六日もすると、もう辺りは真っ暗だった。
まだ時刻は十四ハル。普通なら明るい昼間だというのに、もう深夜のようだ。
僕とユーリエは『暗視の魔法』を使い、頭の上に魔法陣を展開する。やや青みがかっているけれど、真っ暗でも視界を確保できるものだ。僅かでも明るさがあると逆に視界を奪われてしまうけれど、ここのように自分の手すら見えないような場所ではこれが一番だ。
ここからは、どこから魔物や闇種族が襲ってくるかわからない。
僕らはワンドを握りいつでも魔法を唱えられる状態にして、草人たちをやや少し前に歩かせて偵察、先導してもらった。
本来はこういう使い方をするために作った魔法なんだけどね。
「もう少しでディゴバかな?」
ユーリエが小声で喋る。
「予定ではそろそろディゴバの灯りが見えてきてもおかしくない。これだけ暗ければ、目立つだろうからね」
「そうね。でもこの闇の濃さはすごいね。まるで光まで吸い込んでしまいそう」
「魔物や闇種族の多くは“暗視”を標準能力で持ってるからね。僕ら陽種族に比べると、視界という意味ではかなり有利だよ」
なにせ『暗視の魔法』は、視力を良くするものじゃない。それに対して闇種族のログナカン、ダークエルフ、トロルが備えている“暗視”は、暗ければ暗いほど鮮明に見えるという。
誰が名づけたのかわからないけれど、闇種族とは、実に的を射た表現なんだ。
「注意していこう。街道沿いに進めば迷うことはないけど、その分、魔物らも狙いやすいからね」
「大丈夫。もしなにかが襲ってきたら秒速で氷付けにして、股間から砕いてやるから!」
何故そこから!?
ユーリエって、時々怖い。
いや、元々怖かったっけ。
最初に石碑巡りに連れて行けって言われた時は、殺意すら覚えたから。
まあ、頼りになるのはありがたいことだけれど。
などと思っていた矢先、僕の左手の甲に貼りついた魔法陣が鈍い光を放った。
「カナク、これって……!?」
見ると、ユーリエの左手も薄らと光っている。
「草人たちがなにかを見つけたんだ。痛みを感じないから、これは……僕らを呼んでいるんだ!」
「そうなの!? あの子らにそんな能力があったなんて……」
「急ごう。誰かが危機に陥っているかもしれない!」
草人とは十メル程度しか離れていない。少し走れば、すぐに追いつく距離だ。
僕とユーリエが少し走って草人らを発見すると、二人は街道の右側にある茂みのそばで、抱き合って泣いていた。
「なん、だ?」
茂みの中から、なにものかの気配がした。
僕はユーリエと視線を交わし、合図する。ユーリエは軽く頷くと、ワンドを構えていつでも攻撃できる姿勢をとった。
そして、ゆっくりと茂みに左手を入れると、草を払いのけた。
「!?」
僕は、言葉を失った。
ダークエルフの少女が、無残な姿で街道脇の茂みに倒れていた。
服はズタズタに裂かれており、顔は腫れ、涙でぐしゃぐしゃになっており、両腕が切断されている。
「ユーリエぇ!」
僕は咄嗟に意識のない女の子を街道に引きずり出すと、右手のワンドにマナを集める。
ユーリエもそばにやってきて、その子のあまりの酷い状態に、顔を硬直させた。
「カナク、その子を助けるの?」
戸惑い気味に言うユーリエ。
「当たり前じゃないか。彼女はまだ生きてる! 腕の修復まではできないかもしれないけど、上級魔法『完全治癒の魔法』を使う!」
「でも、その子はダークエルフ……闇種族だよ?」
「それが?」
黙るユーリエ。
それより急いで治癒しないと、この子は命を落とす。
僕は魔法陣を描き、詠唱文を流していく。さすがに上級ともなると、この身体では、ささっと書けるものではない。
だけど……。
ふと気がつくと僕の横で、既に魔法陣を書きあげたユーリエが、魔法陣に向かってワンドの先を向けていた。
な、なんて速度だ!
「『完全治癒の魔法』!」
ワンドを突き刺された魔法陣が輝くと、ダークエルフの女の子の傷がみるみる塞がり、顔の腫れも消えていく。
そして、がくりと膝を突くユーリエ。
それはそうだ。なにせ『完全治癒の魔法』は上級なのだから。
「か、カナク……この子は命にかかわるくらいの重傷よ! ここから治癒させるには、わ、私の魔法だけじゃ、ちょっと厳しいわ。だからカナクはこの子の両腕に集中して、魔法を唱えて!」
きつそうな表情を浮かべながら叫ぶ。
ありがとう、ユーリエ。
「わかった!」
遅ればせながら魔法陣を書き上げた僕は、同じく『完全治癒の魔法』を唱える。
全身の体力や傷はユーリエが癒やしてくれた。
だから僕は、彼女の失われた両腕に集中する。
この方法は治癒と言うよりも“時戻し”に近い。彼女の身体に両腕があった時まで戻すのだ。こんな変則的な使い方もできるから『完全治癒の魔法』は、上級でもかなり難しい部類に入るし、魔法陣を作るのも時間が掛かる上に、普通の人間であれば急速に体力を消耗する。
だけど僕は人間じゃないから、魔法に関しての消耗は全く気にならなかった。
「くく……く!」
僕は魔法陣にワンドを刺したまま、彼女の腕が徐々に戻っていくのを確認した。
やがて上半身もすっかり元に戻った彼女は、傷一つない状態まで回復できた。
「はぁ、はぁ……」
咄嗟のできごとだったから気づかなかったけれど、本来、この『完全治癒の魔法』は白いマナを使う魔法だ。ところがここにはそれが少なかったので、体力の回復まではできなかったかもしれないけれど、ひとまず身体が治れば問題ないだろう。
一命は取り留めたはずだ。
本当によかった。
「ねえカナク」
「うん?」
「やっぱりあなたは、素晴らしい人だわ!」
「え、なんで?」
「いーの。さっすが、私の心を奪った人ね」
「どこでそう思ったの?」
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「????」
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―――――――――
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基本的には同じですが、リメイクするにあたって展開をかなり変えているので御注意を。
1話2000~3000文字で毎日更新してます。
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