真訳・アレンシアの魔女 下巻 石碑巡りたち

かずさ ともひろ

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石碑巡り・その終焉

04話 マールとは

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 ユーリエが消えて、どれだけ時間がったのだろう。
 僕はユーリエがいた空間を握っては、手を離す。
 そんなことを繰り返している。

 こんなの、嫌だ。
 信じたくない。

 僕らは、これで終わりなの?
 こんな終わり方なの?

 だったら、ひどい。あんまりだ。

 不意に、ユーリエが消える前の姿を思い返す。
 ユーリエは、丘の上を指さしていた。

 ……あそこに、なにかある?
 一〇〇〇年前にマールが建て、今まで存在を知られていなかった、五つ目の石碑。
 そんなものを、どうして指さしたんだろう。

 その時。
 僕は意識しないようにしていた最悪の現実が、あそこにあるんじゃないかと思った。

 なんでも願いをかなえるけれど、予測不能な副作用を引き起こす禁術・アルヴァダーグ。

 一〇〇〇年前。アレンシアを旅して、そのおもいを石碑に残したあかつきの賢者マール。

 紅の髪、紅の瞳に染まって消えた、ユーリエ。

 石碑に残された、文章。

 赤い髪の、魔導士。

 紅の、魔女。

 …………。

 ……。

 まさかとは思うけれど。

 もし石碑に残されていた文章がユーリエにあてたものではなく、本当にマールのものだとしたら?
 僕が敬愛してやまない暁の賢者マールという人物とは……。

 その答えが、きっとあそこにある。

 僕は丘の上に顔を向けて立ち上がり、置いていたローブのところへ行く。
 そこには、消えてしまったユーリエの草人を嘆き、草人であった草を抱き締めて泣いている僕の草人がいた。

「うん、悲しいよね。わかるよ」

 僕はローブを着て、ワンドを腰に差す。

「だから、行こうか」

 こうして僕は草人を肩に乗せて、歩いていった。
 ユーリエが最後に示した、丘の上へ。

 丘を登る途中に雨がみ、風に押された雲が隠していた青空をゆっくりと広げていく。
 腰の高さまで伸びた草をかきわけて進むと、そこには古いほこらがあった。煉瓦造れんがづくりだったけれど、長い間、風雨にさらされてきたせいか、所々に草やこけが生えている。

 これまで聖神殿で守られていたものと違い、妙な幻術はかけられていなかった。
 ただそこには、ひとつの遺跡がほのかなマナによって守られている。
 これは……たぶん、石碑が放っているマナだろう。

 その祠に近づくと、その形が明確になった。
 卵を半分にしてテーブルに置いたかのような形をしており、扉は存在しなかった。
 そのかわり、入り口からすぐの通路の奥は、壁になっていた。

 僕は中に入り、回廊を歩く。
 すると入り口から見て真反対側にまた奥への入り口があった。

 天然の扉のようなものだろう。こうしておけば、中まで雨風は入ってこない。
 何重になっているかはわからないけれど、そのまま回廊を歩き続けると、やがて広間に出た。この部屋だけは魔法がかけられていたらしく、壁も床も艶々していて青輝き、時の流れを感じさせなかった。

 そして僕は、信じたくないものを目にした。

 部屋の中央に巨大な石碑があり、床にめり込んでいる。
 その前で倒れているなにかを発見した。

 小さな小さな……草人だった。
 衣類はボロボロで、原形をとどめていない。その子は僕を目にすると、横に置いてあったなにかを重そうに引きずり、泣きながらこちらにやってきた。

「ぴ、ぴ~~!」

 刹那、僕の草人が肩から飛び降りて、その草人に抱きついた。

「「ぴぃいいい!」」

 二人の姿に、涙腺が緩む。
 マールも壮絶な人生を歩んできたけれど、この子もそうだ。
 きっと一〇〇〇年もの間、ここを守り続けてくれたのだ。

 今日という日がくることを、信じて。

 僕は草人が持ってこようとしていたものを手に取り、目を見開いた。
 それは、とても古びた腕輪だった。

 手が震える。
 息をあららげつつ、その腕輪の、裏側を、見た。

“一五一四 ユーリエ”

「ぐぅ……くっ……ぅううっ……」

 もう涙を止められなかった。

 この『草人の魔法』を使えるのは、僕とユーリエだけだ。
 そしてここに置いてあった腕輪は、間違いなくユーリエのものだ。

 なんてことだ。
 こんなことがあっていいのか。

 暁の賢者マールは、ユーリエだった。
 紅の魔女マールは、ユーリエだった。

「うう、ううう……」

 膝から力が抜けかけた、その時。
 石碑が音を立てて魔法陣を開いた。

 そうだ。マールの……ユーリエの、最後の言葉を見なくては。
 僕は足に力を入れ、抱き締め合って涙する草人らから視線を外した。
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