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第三章:舞踏会の夜
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戦が終わり、王都の夜は再び華やかさを取り戻していた。あちこちで舞踏会が開かれ、若い貴族たちは伴侶探しに夢中になっている。
友人に誘われて、私も舞踏会に参加することにした。
部屋で支度を整える。侍女が選んでくれた淡い桜色のドレスに身を包み、髪を結い上げてもらう。
鏡台の前に座り、映る自分の姿を見つめた。
侍女が真珠の髪飾りを挿し、首元に細い銀の鎖をかけてくれる。
準備が整うと、私は馬車に乗って舞踏会の会場になっている友人の屋敷に急いだ。
馬車に揺られながら、私は窓の外を眺めていた。夜空には月が浮かび、街は祝祭の明かりで輝いている。
八年ぶりの平和。長い戦が終わり、人々は再び笑顔を取り戻していた。馬車が会場に到着し、扉が開けられる。音楽が流れてくる。弦楽器の音色が、夜の空気に溶けていた。
友人の屋敷は既に大勢の人で賑わっていた。天井から下がる巨大なシャンデリアが、無数のクリスタルを煌めかせている。光が乱反射し、会場全体がまるで星空の下にあるかのように輝いていた。
華やかなドレスを纏った貴族の女性たちが、あちこちで談笑している。
宝石をちりばめた髪飾り、煌びやかなネックレス、色とりどりのドレス。男性たちは礼服に身を包み、女性たちに声をかけていた。
祝祭の空気が、会場を満たしている。笑い声、音楽、グラスが触れ合う音。全てが、戦の終わりを祝っているかのようだった。
友人が手を振っているのが見えた。彼女の隣には、何人かの知り合いもいる。私は彼女たちの元へと向かい、挨拶を交わした。
久しぶりに会う友人たちとの会話は弾んだが、私の心はどこか上の空だった。視線が、自然と会場を彷徨う。ついダリウスを探してしまう。
兄が舞踏会に出席すると話していたから、きっとダリウスも一緒に来ているとは思うが――。
すぐに兄の姿を見つけた。いつものように女性たちに囲まれて、笑顔で会話をしている。兄は昔から人気があるらしい。話し上手で、リップサービスも得意な兄は、女性たちの扱いが上手い。
歳の離れた妹にまで、お世辞を言ってくるくらいだから、他の女性たちには尚更だろう。
兄の周りには、常に笑い声が絶えない。女性たちが兄の腕に触れ、兄が微笑みながら何かを囁く。親しげな雰囲気が遠目から見てもわかった。
少し横に視線を動かすと、ダリウスの姿が目に入った。心臓が、大きく跳ねる。
彼もまたやはり女性たちに囲まれていた。黒い礼服に身を包んだ姿は、圧倒的に目を引いていた。鍛え抜かれた身体のラインが、礼服越しにも分かる。
濃紺の髪が、シャンデリアの光を反射して艶やかに輝いていた。整った顔立ち。精悍な顎のライン。灰青色の瞳は、光の角度によって鋼色に見える。無表情のまま、女性たちの質問に答えているようだった。
ダリウスは口下手で、寡黙で、あまり笑わないことで有名だった。
女性たちからの噂は、「何を考えているか分からない小難しい人」というものだった。顔立ちは整っていて精悍で、格好いい。
だから女性たちにモテるのだが、声がかけにくいらしい。兄と一緒にいることが多かったから、私は友人の姉たちからよく質問された。「どんな人なの? 好きな人はいるのかしら?」と。
幼い私が、ダリウスの恋愛事情など知る由もなく、苦笑するだけだった。
でも今は兄よりも、群がる女性の数が多い気がする。相変わらず無表情だが、女性たちの質問にはきちんと答えて会話が成り立っているように見えた。
時折、僅かに頷く姿が見える。戦での活躍が、今の彼の人気を後押ししているのだろう。
前線で怯まずに指揮を執り、国を勝利へと導いた男として、彼は有名になっていた。女性たちの憧れの的になるのも、当然だ。
魅惑的な女性たちに囲まれているダリウスを見ていると、胸が苦しくなった。息が詰まるような感覚が私を襲う。
視線を逸らしたいのに、逸らせない。彼の周りにいる女性たちは、どの女性も美しく、洗練されていた。上流貴族の令嬢たちだ。
(私のような下流伯爵家の娘では太刀打ちできない)
豪華なドレスを纏い、宝石を身につけ、優雅な立ち振る舞いをしている。私などよりも、ずっと彼に相応しいお相手だろう。
ダリウスの隣に立つ女性が、彼の腕に触れた。親しげに微笑みながら、何かを話している。ダリウスは無表情のまま、彼女の方を向いた。何かを答えているようだった。女性が楽しそうに笑う。
胸が、締め付けられた。
友人が何かを話しかけてきたが、言葉が耳に入ってこなかった。笑顔で頷いたが、何を言われたのか理解していない。視線は、ダリウスに釘付けだった。
また別の女性が、ダリウスに話しかける。彼は丁寧に応対している。女性たちは、彼との会話を楽しんでいるようだった。
ダリウスは、あの女性たちの誰かに、あの日と同じような言葉を言うのだろうか。「どうか俺と一生を添い遂げてください」と、誰かの手にキスをするのだろうか。想像するだけで、胸が締め付けられる。
もう……見ているのが辛い。
見たくないのなら、視界に入れなければいいとはわかっているが――意図しなくても視線がダリウスにいってしまうのだ。
ここにいてもただ苦しいだけ。
友人に具合が悪いと告げて、私は会場を出た。冷たい夜の空気が、火照った顔を冷やしてくれる。馬車に乗り込み、屋敷へと戻った。
友人に誘われて、私も舞踏会に参加することにした。
部屋で支度を整える。侍女が選んでくれた淡い桜色のドレスに身を包み、髪を結い上げてもらう。
鏡台の前に座り、映る自分の姿を見つめた。
侍女が真珠の髪飾りを挿し、首元に細い銀の鎖をかけてくれる。
準備が整うと、私は馬車に乗って舞踏会の会場になっている友人の屋敷に急いだ。
馬車に揺られながら、私は窓の外を眺めていた。夜空には月が浮かび、街は祝祭の明かりで輝いている。
八年ぶりの平和。長い戦が終わり、人々は再び笑顔を取り戻していた。馬車が会場に到着し、扉が開けられる。音楽が流れてくる。弦楽器の音色が、夜の空気に溶けていた。
友人の屋敷は既に大勢の人で賑わっていた。天井から下がる巨大なシャンデリアが、無数のクリスタルを煌めかせている。光が乱反射し、会場全体がまるで星空の下にあるかのように輝いていた。
華やかなドレスを纏った貴族の女性たちが、あちこちで談笑している。
宝石をちりばめた髪飾り、煌びやかなネックレス、色とりどりのドレス。男性たちは礼服に身を包み、女性たちに声をかけていた。
祝祭の空気が、会場を満たしている。笑い声、音楽、グラスが触れ合う音。全てが、戦の終わりを祝っているかのようだった。
友人が手を振っているのが見えた。彼女の隣には、何人かの知り合いもいる。私は彼女たちの元へと向かい、挨拶を交わした。
久しぶりに会う友人たちとの会話は弾んだが、私の心はどこか上の空だった。視線が、自然と会場を彷徨う。ついダリウスを探してしまう。
兄が舞踏会に出席すると話していたから、きっとダリウスも一緒に来ているとは思うが――。
すぐに兄の姿を見つけた。いつものように女性たちに囲まれて、笑顔で会話をしている。兄は昔から人気があるらしい。話し上手で、リップサービスも得意な兄は、女性たちの扱いが上手い。
歳の離れた妹にまで、お世辞を言ってくるくらいだから、他の女性たちには尚更だろう。
兄の周りには、常に笑い声が絶えない。女性たちが兄の腕に触れ、兄が微笑みながら何かを囁く。親しげな雰囲気が遠目から見てもわかった。
少し横に視線を動かすと、ダリウスの姿が目に入った。心臓が、大きく跳ねる。
彼もまたやはり女性たちに囲まれていた。黒い礼服に身を包んだ姿は、圧倒的に目を引いていた。鍛え抜かれた身体のラインが、礼服越しにも分かる。
濃紺の髪が、シャンデリアの光を反射して艶やかに輝いていた。整った顔立ち。精悍な顎のライン。灰青色の瞳は、光の角度によって鋼色に見える。無表情のまま、女性たちの質問に答えているようだった。
ダリウスは口下手で、寡黙で、あまり笑わないことで有名だった。
女性たちからの噂は、「何を考えているか分からない小難しい人」というものだった。顔立ちは整っていて精悍で、格好いい。
だから女性たちにモテるのだが、声がかけにくいらしい。兄と一緒にいることが多かったから、私は友人の姉たちからよく質問された。「どんな人なの? 好きな人はいるのかしら?」と。
幼い私が、ダリウスの恋愛事情など知る由もなく、苦笑するだけだった。
でも今は兄よりも、群がる女性の数が多い気がする。相変わらず無表情だが、女性たちの質問にはきちんと答えて会話が成り立っているように見えた。
時折、僅かに頷く姿が見える。戦での活躍が、今の彼の人気を後押ししているのだろう。
前線で怯まずに指揮を執り、国を勝利へと導いた男として、彼は有名になっていた。女性たちの憧れの的になるのも、当然だ。
魅惑的な女性たちに囲まれているダリウスを見ていると、胸が苦しくなった。息が詰まるような感覚が私を襲う。
視線を逸らしたいのに、逸らせない。彼の周りにいる女性たちは、どの女性も美しく、洗練されていた。上流貴族の令嬢たちだ。
(私のような下流伯爵家の娘では太刀打ちできない)
豪華なドレスを纏い、宝石を身につけ、優雅な立ち振る舞いをしている。私などよりも、ずっと彼に相応しいお相手だろう。
ダリウスの隣に立つ女性が、彼の腕に触れた。親しげに微笑みながら、何かを話している。ダリウスは無表情のまま、彼女の方を向いた。何かを答えているようだった。女性が楽しそうに笑う。
胸が、締め付けられた。
友人が何かを話しかけてきたが、言葉が耳に入ってこなかった。笑顔で頷いたが、何を言われたのか理解していない。視線は、ダリウスに釘付けだった。
また別の女性が、ダリウスに話しかける。彼は丁寧に応対している。女性たちは、彼との会話を楽しんでいるようだった。
ダリウスは、あの女性たちの誰かに、あの日と同じような言葉を言うのだろうか。「どうか俺と一生を添い遂げてください」と、誰かの手にキスをするのだろうか。想像するだけで、胸が締め付けられる。
もう……見ているのが辛い。
見たくないのなら、視界に入れなければいいとはわかっているが――意図しなくても視線がダリウスにいってしまうのだ。
ここにいてもただ苦しいだけ。
友人に具合が悪いと告げて、私は会場を出た。冷たい夜の空気が、火照った顔を冷やしてくれる。馬車に乗り込み、屋敷へと戻った。
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