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第一章:幼馴染の距離
モテる海斗の高校生活
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海斗が高校生になった春、僕は大学三年生だった。
疎遠になっていた僕たちの生活は、別々の時間を刻んでいた。朝、家を出る時間も違えば、帰宅する時間も違う。休日に顔を合わせることもほとんどなくなり、窓越しに手を振り合うこともなくなっていた。
ある日の夕方、大学からの帰り道、最寄り駅の改札を出た時だった。
駅前のロータリーに、海斗の姿が見えた。制服姿の海斗が、女子生徒と向かい合って立っている。さらに背が伸びて、僕よりもずっと高くなっていた。肩幅が広くなり、もう子どもの面影はない。栗茶色の髪が夕日に照らされて、輝いて見えた。
女子生徒が海斗に何か話しかけていた。手に白い封筒を持っている。ラブレターだろうか。女子生徒の頬が赤く染まり、緊張した面持ちで海斗を見上げている。
僕は足を止めた。立ち止まってはいけないと頭では分かっていたのに、身体が動かなくなった。海斗と女子生徒の間に割って入ることもできず、ただその場に立ち尽くしていた。
「これ、受け取ってもらえませんか」
女子生徒の声が、夕暮れの駅前に響いた。震える手が、海斗に向かって伸びている。白い封筒が、海斗の目の前に差し出されていた。
海斗は封筒を見て、表情を変えずに首を横に振った。
「いらない」
冷たい声だった。今まで聞いたことのないような、相手を突き放すような声だ。
「藤堂くん……」
「興味ないから」
海斗があっさりと告げた。封筒を受け取ることもなく、女子生徒に背を向ける。女子生徒は呆然と立ち尽くし、手に持った封筒を握りしめていた。
海斗が歩き出した瞬間、僕と目が合った。
深い黒瞳が、僕を捉えた。海斗の表情が、一瞬で変わった。冷たかった顔が、パッと明るくなる。口元が綻んで、笑顔になっていった。
「はーちゃん、帰り?」
海斗が嬉しそうな声を上げて、僕に向かって駆け寄ってきた。大きな身体が近づいてきて、あっという間に目の前に立っている。海斗の匂いが鼻腔を刺激してくる。
「え? あ、さっきの子はいいの?」
僕は思わず尋ねていた。海斗は振り返りもせず、冷たく答えた。
「ああ」
たった一言。女子生徒のことなど、もうどうでもいいという態度だった。海斗の瞳は僕だけを見つめていて、他の誰も目に入っていないようだった。
「それよりはーちゃんと一緒になるのは久しぶりだね」
海斗が嬉しそうに笑った。子どもの頃のような、無邪気な笑顔だった。僕の横に並び、自然に歩き出す。僕も流されるように、海斗の隣を歩いた。
駅から家までの道を、二人で歩いていく。久しぶりに感じる海斗の体温が、肌に伝わってくる。夕暮れの街が、オレンジ色に染まっていた。
「海ちゃん、さっきの……」
僕が呟くと、海斗は肩をすくめた。
「だって、興味ないし」
「でも、もう少し優しく断ってあげればいいのに」
「優しくしたら、期待させるだろ。絶対に付き合わないんだから」
海斗があっさりと答えた。いつもの優しい海斗とは違う、冷たい態度だった。誰にでも優しい海斗が、あんな風に冷たく振るなんて思わなかった。
「海ちゃん、変わったね」
「そう?」
海斗が僕の方を見た。笑顔のまま、首を傾げている。
「昔は、もっと誰にでも優しかったのに」
「はーちゃんには優しいよ」
海斗がさらりと言った。僕の心臓が、大きく跳ねる。顔が熱くなり、視線を逸らしてしまう。
「それは……昔からの付き合いだから」
「そうだね。昔から、ずっと一緒だったもんね」
海斗の声が、柔らかかった。懐かしそうに、そして嬉しそうに笑っている。僕は海斗の横顔を盗み見て、胸の奥に痛みが広がっていくのを感じた。
(海ちゃんは、誰にでも優しいわけじゃない)
さっきの冷たい態度が、頭に焼き付いている。興味のない相手には、あんなにも冷たくなれる。優しさは、選んだ相手にだけ向けられる。
(僕は、昔からの付き合いだから優しくされてるだけ)
幼馴染という関係性。長い付き合いという歴史。それだけが、僕と海斗を繋いでいる。特別な感情があるわけではない。ただの幼馴染。
僕がもし――海斗に告白をしたら、僕もあんな風に冷たく断られてしまうのだろう。
(耐えられないな)
家の前まで辿り着くと、海斗が立ち止まった。
「久しぶりに一緒に帰れて、嬉しかった」
海斗が笑顔で言った。僕も笑顔を返そうとしたが、上手く笑えなかった。
「また、一緒に帰ろうね」
海斗の言葉に、僕は曖昧に頷いた。胸の奥に、重い痛みが広がっていく。
それから数ヶ月の間に、何度か海斗が告白される場面を目撃した。駅前で、商店街で、時には家の前で。女子生徒たちが勇気を振り絞って想いを伝えるたびに、海斗は冷たく断っていた。
誰とも付き合わない海斗。誰にも特別な感情を向けない海斗。一体、誰になら愛情を向けるのだろうか。
僕はいつも遠くから、その光景を見ていた。海斗が冷たく振る姿を見るたびに、胸が痛んだ。女子生徒たちの気持ちが分かったから。海斗に想いを伝えて、冷たく断られる痛み。
きっと僕も、海斗に告白したら断られる――。
疎遠になっていた僕たちの生活は、別々の時間を刻んでいた。朝、家を出る時間も違えば、帰宅する時間も違う。休日に顔を合わせることもほとんどなくなり、窓越しに手を振り合うこともなくなっていた。
ある日の夕方、大学からの帰り道、最寄り駅の改札を出た時だった。
駅前のロータリーに、海斗の姿が見えた。制服姿の海斗が、女子生徒と向かい合って立っている。さらに背が伸びて、僕よりもずっと高くなっていた。肩幅が広くなり、もう子どもの面影はない。栗茶色の髪が夕日に照らされて、輝いて見えた。
女子生徒が海斗に何か話しかけていた。手に白い封筒を持っている。ラブレターだろうか。女子生徒の頬が赤く染まり、緊張した面持ちで海斗を見上げている。
僕は足を止めた。立ち止まってはいけないと頭では分かっていたのに、身体が動かなくなった。海斗と女子生徒の間に割って入ることもできず、ただその場に立ち尽くしていた。
「これ、受け取ってもらえませんか」
女子生徒の声が、夕暮れの駅前に響いた。震える手が、海斗に向かって伸びている。白い封筒が、海斗の目の前に差し出されていた。
海斗は封筒を見て、表情を変えずに首を横に振った。
「いらない」
冷たい声だった。今まで聞いたことのないような、相手を突き放すような声だ。
「藤堂くん……」
「興味ないから」
海斗があっさりと告げた。封筒を受け取ることもなく、女子生徒に背を向ける。女子生徒は呆然と立ち尽くし、手に持った封筒を握りしめていた。
海斗が歩き出した瞬間、僕と目が合った。
深い黒瞳が、僕を捉えた。海斗の表情が、一瞬で変わった。冷たかった顔が、パッと明るくなる。口元が綻んで、笑顔になっていった。
「はーちゃん、帰り?」
海斗が嬉しそうな声を上げて、僕に向かって駆け寄ってきた。大きな身体が近づいてきて、あっという間に目の前に立っている。海斗の匂いが鼻腔を刺激してくる。
「え? あ、さっきの子はいいの?」
僕は思わず尋ねていた。海斗は振り返りもせず、冷たく答えた。
「ああ」
たった一言。女子生徒のことなど、もうどうでもいいという態度だった。海斗の瞳は僕だけを見つめていて、他の誰も目に入っていないようだった。
「それよりはーちゃんと一緒になるのは久しぶりだね」
海斗が嬉しそうに笑った。子どもの頃のような、無邪気な笑顔だった。僕の横に並び、自然に歩き出す。僕も流されるように、海斗の隣を歩いた。
駅から家までの道を、二人で歩いていく。久しぶりに感じる海斗の体温が、肌に伝わってくる。夕暮れの街が、オレンジ色に染まっていた。
「海ちゃん、さっきの……」
僕が呟くと、海斗は肩をすくめた。
「だって、興味ないし」
「でも、もう少し優しく断ってあげればいいのに」
「優しくしたら、期待させるだろ。絶対に付き合わないんだから」
海斗があっさりと答えた。いつもの優しい海斗とは違う、冷たい態度だった。誰にでも優しい海斗が、あんな風に冷たく振るなんて思わなかった。
「海ちゃん、変わったね」
「そう?」
海斗が僕の方を見た。笑顔のまま、首を傾げている。
「昔は、もっと誰にでも優しかったのに」
「はーちゃんには優しいよ」
海斗がさらりと言った。僕の心臓が、大きく跳ねる。顔が熱くなり、視線を逸らしてしまう。
「それは……昔からの付き合いだから」
「そうだね。昔から、ずっと一緒だったもんね」
海斗の声が、柔らかかった。懐かしそうに、そして嬉しそうに笑っている。僕は海斗の横顔を盗み見て、胸の奥に痛みが広がっていくのを感じた。
(海ちゃんは、誰にでも優しいわけじゃない)
さっきの冷たい態度が、頭に焼き付いている。興味のない相手には、あんなにも冷たくなれる。優しさは、選んだ相手にだけ向けられる。
(僕は、昔からの付き合いだから優しくされてるだけ)
幼馴染という関係性。長い付き合いという歴史。それだけが、僕と海斗を繋いでいる。特別な感情があるわけではない。ただの幼馴染。
僕がもし――海斗に告白をしたら、僕もあんな風に冷たく断られてしまうのだろう。
(耐えられないな)
家の前まで辿り着くと、海斗が立ち止まった。
「久しぶりに一緒に帰れて、嬉しかった」
海斗が笑顔で言った。僕も笑顔を返そうとしたが、上手く笑えなかった。
「また、一緒に帰ろうね」
海斗の言葉に、僕は曖昧に頷いた。胸の奥に、重い痛みが広がっていく。
それから数ヶ月の間に、何度か海斗が告白される場面を目撃した。駅前で、商店街で、時には家の前で。女子生徒たちが勇気を振り絞って想いを伝えるたびに、海斗は冷たく断っていた。
誰とも付き合わない海斗。誰にも特別な感情を向けない海斗。一体、誰になら愛情を向けるのだろうか。
僕はいつも遠くから、その光景を見ていた。海斗が冷たく振る姿を見るたびに、胸が痛んだ。女子生徒たちの気持ちが分かったから。海斗に想いを伝えて、冷たく断られる痛み。
きっと僕も、海斗に告白したら断られる――。
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