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 障子を少しだけ開けて、月明かりが差し込む畳みで僕は横になる。

 母さんの内掛けを羽織り、下は全裸だ。先週までと違うのは、すでに一人で準備を整えてあること。

 和真がすぐに僕を抱けるように。

 深夜一時過ぎ、離れに近づく音がする。障子に、見慣れた影ができた。ゆっくりと開くと、和真が立っていた。

「兄さんは?」
「寝たよ。今日は疲れてたみたい」

「和真が疲れさせたんでしょ?」
「いつもと一緒だよ」

 僕は起き上がって、和真を迎い入れる。兄さんの匂いをつけた和真に抱き着くと、庭先に見える人影に目をやった。

――秀一さん。

 兄さんの命令で動く忠実な犬。

 睨むように僕を見つめる彼に、フッと笑みを見せる唇に指をたてた。

 裏切り者とでも僕を憎んでいるのだろうか。
 兄さんには秘密にしてね、と心の中で呟くと僕は和真を抱きしめたまま、障子を閉めた。




 ガタガタっと音がして僕が重い瞼をあければ、無表情で見下すように立っている兄さんがいた。

「和真くんの精液、いる?」
「……舐めていいの?」

「ああ、いいよ。ちゃんと『待て』ができたみたいだから。和真くんをあげる」
「ありがとう、兄さん」

 待ててないけど。この部屋で兄さんに内緒で、抱き合ったよ。僕一人で勝手にやるって言ったのに、和真が僕を優しく愛してくれたんだ。

 きっと兄さんと同じように……いや、兄さんの次に、かな。
 僕は足首まで垂れて濡らしている和真の愛を舐めた。丁寧に、一滴も無駄にしないで。

 兄さんが思わず腰を抜かして座り込めば、足を開かせて着物の下の無防備な個所を露わにする。下着も身につけずにくるなんて、兄さんもイケない大人だ。

「……ん、んぅ……はあ、ん」
 孔を舐める僕の舌に兄さんが身体を火照らせて、甘い声を漏らし始める。

「兄さん、着物に染みができてるよ」
「……っるさい」

「抜いておく?」
 僕は兄さんの男根を触ると、「触るな」と手を弾かれた。

「ごめん、兄さん」
「ちが……、違うんだ、弓弦」

 きゅうに身体を起こした兄さんが、ぎゅうっと僕を抱きしめられた。

「ああ、先週の噛み痕が治りかけじゃないか。僕の所有物の徴が消えちゃう……弓弦は僕のなんだから」

 兄さんの目がスッと細くなる。

 え? 兄さん?

 髪を掴まれたと思ったら僕は顔を畳に押さえつけられた。うつ伏せに倒れた僕は、内掛けの襟ぐりを下げられると、首筋を噛みつかれた。

「あああああっ!」
 痛い痛い痛い!

 肉が抉られる。やめて、噛まないで、兄さん。

「愛しているよ、弓弦。僕だけの弓弦」
「……兄さん?」

「これからも僕に従順だったら、和真くんの精液を舐めさせてあげる。弓弦のすべては僕が支配する。この家から出なくていい。僕の傍にいればそれでいい」
「に、い……さん?」

「汚らわしい男の手に触れさせないよ。弓弦は僕だけが愛してあげるから」

 手首を畳に縫い付けられるように押さえつけると、僕は兄さんの勃起した剛直を奥まで突っ込んだ。

「あああっ、あ、あっ……にいさ、ん、あっ……んで……兄さんは、和真を好きなんじゃ、あっ、んぅ、んんぅ」
「どうして弓弦のナカはこんなに濡れてて、柔らかいのかな?」

 やば……。バレる。
 誤魔化さないと。絶対に、和真の存在を知られちゃいけない。

「一人、で……シタから。期待、して、たんだ。兄さんがまた、先週みたいに……って」
「可愛いことを言ってくれる、ね」

 兄さんの律動が早くなる。

「ああっ、ん……くるしっ」

「でもね、弓弦」と兄さんが僕の耳元に口を寄せて、「先週は、お前の孔は使ってないよね?」と低い声で囁かれた。

 僕はごくっと生唾を飲み込むと、「僕だってそういう気分になる」と小さい声で呟いた。

「くっくっく……だから和真がいつもと違って積極的だったんだ。荒々しいセックスだったよ。何度も何度も僕を喘がせて、失神するまで求めてきた。僕を寝かせて、許可なく弓弦に触ったんだね?」
「ちが……ん、あっ。奥、やだ……そこ、はっ……んんぁっ」

「和真にお仕置きをしないとだね」
 地を這うような兄さんの声に、僕は震えあがった。

 昼間見た肩の火傷痕を思い出して、僕は頭を左右に振った。

「ちがっ、和真じゃない。僕が一人で……シタんだ」
「じゃあなんで、ここに濡れた和真のハンカチがあるんだろうねえ?」

 キスするときに使ったハンカチ。

 言い逃れできない。乾いてない湿り気の残るハンカチを前したら、ここに和真がいたというれっきとした証拠になる。

 もし、兄さんのまえで忘れていったハンカチを使っていたのを見られていたら、僕はもう隠しきれない。

「僕が、イケないんだ。僕が……和真を……だから」
「和真のお仕置き、決定だね」

「違う! 僕のせいだから」

「そうだね。弓弦が愛したせいだよ。お前が和真を愛せば、愛すほど和真は僕にお仕置きされるんだ。弓弦が愛していいのは、僕だけ。それがよぉくわかるように、和真の見えるところに傷を残してあげるね」
「だめ……やめて、兄さん。傷は嫌だ。僕に傷をつけて」

「可愛い弓弦。だめだよ、綺麗な身体の弓弦に、つけていいのは僕の徴だけ。お仕置きでつける傷はすべて、和真の身体。弓弦が直視できないほど、醜く穢れればいいんだ」

 兄さん、どうしてそこまでするの?
 和真を好きなはずじゃ……。僕の勘違い?

 兄さんの好きな人は、僕なの? 僕たちは兄弟なのに。母は違えども、血のつながりのある家族なはず。

「余計な話をしたね。そろそろイカせてよ。弓弦のナカに、僕のを出していいでしょ?」
「ん、あっ……奥は……やっ……め……」

 僕の意思とは裏腹に、兄さんのほとばしる白い熱を吐き出された。一回だけじゃない。何度も何度も、奥に種付けされる。

 和真は兄さんを愛し、兄さんは僕を愛している。僕は、和真が好きだ。見事な三角関係だ。




 翌日、午後から大学に来た和真の左目には包帯が巻かれていた。不注意で切れてしまったと笑う和真に、僕は兄さんの言葉が蘇る。

 僕が兄さんを裏切り続ける限り、和真は愛する相手から痛い仕打ちを受け続けなればいけないんだ。
 少しでもいい。兄さんからおこぼれをもらおうとした僕の浅はかな卑しい心が、和真の身体を傷つけてしまう結果になる。

 僕は和真から離れなくちゃ……。
 兄さんを愛しているフリをしなくちゃ。
 二番目を求めた僕の罰だ。

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