月だけが見ている僕たちのイケない関係

ひなた翠

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「弓弦、起きれそう?」
「……ん、大丈夫。兄さんの洗濯をしなくちゃ、だから」

 僕の痛くて起き上がれない身体を兄さんが、優しくキスをしていく。ベッドのシーツは僕の孔が切れた血で汚れている。それさえも、兄さんは愛おしそうに眺めていた。

「父さんが次期家元を近々発表するようだよ」
「兄さんで決まりなんだから、発表なんてそんな仰々しくしなくてもいいのに」

「一族の人間を呼んで、師範以上の門下生を呼んで、発表するのが代々やってきた方法だから、僕のときもそうするんだろ? そのまま祝いの席を設けて朝まで騒ぐんだ」

「僕は……どうなるんだろ?」
「弓弦?」

 身体を触るのを止めた兄さんが、僕の隣に横になる。顔を覗き見るように視線を合わせると、キスをしてきた。

「家元に襲名できなかった兄弟は、屋敷を出ていくのがルールでしょ? おじさんもおばさんも、父さんが家元になったら出ていったんだ。僕は大学を中退してから外に出てないから……外の生活がわからない」

「大丈夫。僕が家元になるんだから、弓弦をここから出すわけないだろ? ずっと僕の傍にいるんだ」
「そ、だね」

「むしろ、家を出ていけっていう父さんのほうを僕は追い出す。そしたら、弓弦とずっと一緒だ。弓弦の部屋も僕と一緒にしよう」

 いいことを思いついたと言わんばかりに、兄さんが目を輝かせた。

「待って。兄さんはこの部屋を和真と一緒に使ってるんじゃ……」
「和真を別室にすればいい。僕がこの家のルールになれば、和真を追い出してもいいんだ」

 僕は重くなる瞼を閉じると、「そうだね。和真を追い出そうか。そしたら僕たちだけになるね」と呟いた。
 そうしたら和真は自由になれるから。

 屋敷には僕たちだけが残る。そして華道の家として、長年栄華をおさめてきたここは廃れる。僕たち二人が最後の人間になるんだ。

 兄さんはお弟子さんたちに厳しいから、父さんが隠居したらきっと……彼らはいなくなるだろう。徐々に屋敷にいる人間が少なくなり、仕えてくれる人も消える……いや、僕たちだけでは雇えなくなる。

 そうやって僕たちのまわりから人が減って、二人だけになって……静かにこの屋敷で息を引き取るんだ。

『必ず助け出してみせます』
 秀一の言葉が脳裏をかすめていく。

 助け出されても、僕は外で生きていけない。世間のルールを僕は知らないんだから。
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