社長令息αの執着〜君を手放すくらいなら〜『年下幼馴染αの執着』シリーズ2

ひなた翠

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第三章:すれ違いの六年間

決意

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 久しぶりに拓海に激しく抱かれた。隣で拓海がぐっすりと眠っていて、規則正しい寝息が聞こえてくる。月明かりが窓から差し込み、拓海の顔を照らしていた。穏やかな寝顔を見ていると、胸が締め付けられた。

 酔った勢いで、我慢できず――というのはわかっている。海斗が産まれてから、僕がずっとそういう雰囲気になる前に、避けてきたから。僕が嫌がっていると思い、拓海からの誘いがどんどんと減っていった。

 誘われるのは嬉しい。僕も抱かれたいと思う。でも――抱かれた先に、僕は何も残せないとふと頭に過ぎってしまうと、途端に怖くなる。

 抱かれたいのに、抱かれたくない。僕が拒み続けているうちに、拓海が我慢できずに外に目を向けるようになるかもしれないと思った。

 もし愛人ができたら、僕はすぐに身を引こうと思っていた。自分から離婚を切り出す勇気が持てず、ぎりぎりまで拓海と一緒にいたいとか狡く考えてしまう。

 それなのに拓海にはその気配が全くなかった。仕事から帰宅した海斗の匂いは、彼の匂いしかしない。誰かの移り香もしないし、オメガのフェロモンの匂いもしない。そういうのを隠すための、シャワー後の匂いもしない。
 一日、仕事を頑張った拓海の汗の匂いしかしないのだ。

 今夜は酒の匂いがした。でも――オメガの匂いはしない。きっと意識的に近づいていないのだろう。仕事でもプライベートでも徹底している。

 そっとベッドから出て、床に散らばった服を拾い集めた。荒々しく脱ぎ散らかしたスーツを見て、僕は思わず微笑んでしまう。

 今夜は酔って理性で制御できずに、僕を求めたのだろう。それがたまらなく嬉しく思う。

(まだ僕を愛してくれている)

 パジャマを着ようと立ち上がったとき、股の間から拓海の精液が垂れてくる感覚があった。太腿の内側を伝って流れ落ちる温かい液体に気づき、身体が強張った。

 浴室に駆け込み、シャワーで洗い流そうとしたが、手が震えて蛇口を捻るのに難航する。鏡に映る自分の姿を見て、涙が溢れてきた。太腿を伝う白濁した液体――拓海の精液を目にするだけで息苦しくなった。

せっかく奥まで注いでくれたのに、僕の身体はそれを受け止めることができない。子宮がないから、どれだけ拓海が中に出してくれても、赤ちゃんを授かることは二度とない。

 膝から力が抜けて、その場にしゃがみ込んだ。声を殺して泣きながら、自分の無力さを呪う。拓海の子供を産みたい。もう一度、お腹の中で命を育てたい。拓海に「パパになったよ」と笑顔で報告したい。

 でも、それは叶わない――。

(僕には、もう子宮がないから)

 シャワーを浴びて身体を洗い流し、パジャマを着た。鏡を見ると、目が赤く腫れていた。拓海に気づかれないように、冷たい水で顔を洗う。

 リビングに降りると、時計が午前三時を指していた。静まり返った部屋の中で、自分の足音だけが響いた。キッチンの引き出しを開け、奥にしまっていた封筒を取り出した。三ヶ月前に区役所で受け取った離婚届が、そこに入っていた。

 ダイニングテーブルに座り、封筒から離婚届を取り出した。

「このままじゃ拓海が不幸になる」

 声に出して呟くと、涙が再び溢れてきた。拓海は優しいから、「悠斗と海斗がいれば充分」と言ってくれる。番になれなくても、子供が一人でも、構わないと笑ってくれる。

 でも、本当は違うのではないか。拓海だって、もっと子供が欲しいはずだ。海斗に兄弟を作ってあげたいと思っているかもしれない。

 僕が拓海の足枷になっている。子を産めないオメガが、御曹司の配偶者として相応しいわけがない。親戚たちの期待にも、会社の人たちの期待にも、僕は応えられない。

「拓海には、ちゃんと子を産めるオメガと番になってほしい」

 ペンを握る手が震えて、文字が上手く書けなかった。何度も深呼吸をして、ようやく自分の名前を書き始めた。一画一画、丁寧に書いていく。涙で視界が滲んで、紙が濡れていく。

 名前を書き終えて、次は住所を書いた。震える手で文字を書き続けると、涙がポタポタと紙の上に落ちた。慌てて手で拭ったが、涙は止まらなかった。

 本籍地を書き、続いて海斗の親権について記入した。海斗の親権は拓海に渡したい。拓海なら、ちゃんと海斗を育ててくれる。経済的にも安定しているし、愛情もたっぷり注いでくれる。僕なんかより、ずっと良い環境で海斗を育てられる。

 僕の最終学歴は高校だ。しかも社会に出て働いた経験もない。さらにはオメガ。雇ってくれる会社はそう多くはないだろう。

(海斗と離れたくないけど)

 毎朝「ママ、おはよう」と笑顔で抱きついてくれる海斗。「ママ、大好き」と言ってくれる海斗。あの笑顔を、もう見られなくなるのは辛い。

 涙が止まらなくて、ペンを持つ手が震え続けた。

 全ての項目を書き終えて、最後に捺印をした。あとは拓海に渡して、サインしてもらわなければいけない。

 離婚届を見つめながら、「これでいいんだ」と自分に言い聞かせた。拓海を自由にするんだ。ちゃんと子供を産めるオメガと、幸せになってほしい。海斗に兄弟を作ってあげてほしい。会社を継いで、立派な社長になってほしい。
 僕がいない方が、拓海は幸せになれると思うから。

 離婚届を封筒に戻し、引き出しの奥にしまった。タイミングを見て、拓海に渡そう。
 リビングのソファに座り込み、膝を抱えた。窓の外はまだ暗い。

 拓海と離婚する。海斗と離れる。一人で生きていく。

 そう考えただけで、辛すぎて胸が張り裂けそうになった。拓海を愛している。海斗を愛している。二人と離れたくない。ずっと一緒にいたい。

 でも、それは僕のエゴだ。拓海の幸せを考えたら、僕がいない方がいい。子を産めないオメガが、これから大企業を背負っていく拓海の隣にいていいはずがない。

 涙が枯れるまで泣き続けた。声を殺して、肩を震わせながら、ただ泣いた。
 夜が明け始める頃、ようやく涙が止まった。

 朝になったら、いつも通りの笑顔を作ろう。拓海に心配をかけないように、海斗を笑顔で送り出そう。
 そして、タイミングを見て、離婚届を拓海に渡そう。

 決意は固まった。後戻りはできない。拓海のために、海斗のために。
 それが、僕にできる最後の愛情――。
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