社長令息αの執着〜君を手放すくらいなら〜『年下幼馴染αの執着』シリーズ2

ひなた翠

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第四章:離婚騒動

拒絶

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 拓海に離婚届を渡してから、数日が経った。あの夜、拓海は「離婚はしない」と断言し、離婚届を受け取らなかった。それから、僕たちの間には重苦しい空気が漂い続けていた。

 海斗が幼稚園に行っている昼間、リビングで拓海と向かい合って座った。会社を休んで家にいる拓海は、疲れた表情で僕を見つめていた。

「離婚してください」

 もう一度、頭を下げた。拓海が黙って僕を見つめているのがわかった。

「できれば、海斗の入学前には決着を付けたい。海斗が小学校に上がる前に、ちゃんと環境を整えてあげたいんです」

 声が震えて、言葉が途切れそうになった。拓海が深くため息をついた音が聞こえた。

「理由を教えて」
 拓海の声は低く、抑えた怒りが滲んでいた。

「僕じゃ、拓海に相応しくない」
 やっとの思いで言葉を絞り出すと、拓海が立ち上がった。

「何を言っているんだ」
 拓海の声が大きくなり、僕は肩を震わせた。

「子を産めないオメガなんて……今後、大企業の社長になっていく拓海の配偶者として、相応しくない」
 顔を上げると、拓海が拳を握りしめていた。

「悠斗がいればいい。何度言えばわかるんだ」
 拓海が僕に近づいてきて、肩を掴んだ。

「社長の息子には、ちゃんとした番が必要です。ちゃんと子供を産める相手と、番になってください」
 僕の言葉に、拓海の手に力が込められた。痛みを感じたが、顔には出さなかった。

「悠斗以外いらないって何度も――」
 拓海が僕の顔を覗き込んできて、目が合った。拓海の目には涙が浮かんでいた。

「子宮がないことをそんなに悔やむなら、俺を恨んでいい。なんとか残そうとしていた悠斗の気持ちを無視して、子宮の全摘をお願いしたのは俺だから」
 拓海の言葉に、胸が締め付けられた。

「違う……あの時は医者だってそう言ってたから」
「医者はリスクはあるけど、残せなくはないっていう言い方だっただろ。俺はそのリスクを悠斗に負わせたくないから、全摘をお願いしたんだ」

 拓海の声が震えていて、僕も涙が溢れそうになった。

「悠斗が今後も再発に悩んだり苦しむなら、全摘したほうがいいって思った。俺は、俺の隣で悠斗に笑っていてほしいだけなんだ」
 拓海が僕を抱きしめようとしたが、僕は身体を引いた。

「そうじゃない。僕が言いたいのはそういうことじゃない」
 拓海の手が止まり、険しい表情で僕を見つめた。

「じゃあ何が言いたいんだよ」
「拓海には、もっと相応しい人がいるって……」
「そこだろ!」

 拓海が叫び、僕は身体を震わせた。

「二人目ができないから離婚しろって悠斗は言ってるんだ。他のやつとやって、子作りしろって」
 拓海の言葉が、胸に突き刺さった。

「俺は悠斗以外を抱く気はないし、子どももほしくない。海斗だけで充分だ」
 拓海が僕の肩から手を離し、テーブルの上に置いてあった離婚届を掴んだ。

「これ、書かないからな」

 拓海が離婚届を握りしめたまま、リビングを出ていった。書斎のドアが激しく閉まる音が響き、僕は一人リビングに取り残された。

 膝から力が抜けて、ソファに座り込んだ。顔を両手で覆い、声を殺して泣いた。

 拓海は優しい。僕のことを想ってくれている。子宮がなくても、子供が一人でも、構わないと言ってくれている。

 会社の人たちも、親戚たちも、みんな期待している。拓海が立派な後継者になることを。そのために、相応しい配偶者と番になることを。

(僕じゃだめなんだ)

 子を産めないオメガは、拓海の隣にいてはいけない。
 涙が止まらなくて、ソファで膝を抱えたまま泣き続けた。

 とてもじゃないが、この泣き腫らした姿では海斗を迎えにはいけなくて、実家の母親にお迎えを頼んだ。

 体調が悪いと嘘をつくと、夕方まで海斗を預かるからゆっくり休みなさないと言われた。なかなか出かけない僕に不思議に思ったのか、拓海が書斎から出てきた。

「海斗のお迎えは?」
「母に頼みました。この顔では無理だから。体調悪いって言ったら、夕方まで海斗を預かってくれるって」

 拓海の視線が時計に向く。

「――わかった。俺がお義母さんのところに迎えに行ってくるから」
「いや。でも……」
「平気だから」

 拓海がぎこちない笑みを浮かべると、ジャケットを羽織って外出した。僕はすぐに母に「拓海が海斗の迎えにそっちに向かった」とだけメッセージをいれた。

 三十分もすると玄関のドアが開く音がした。海斗のいつも通りの笑顔で「ママ、ただいま!」と抱きついてきて、僕は必死で笑顔を作った。

「おかえり。今日は楽しかった?」
「うん! お絵描きしたの」

 海斗が嬉しそうに話してくれる。その横を、何も言わずに拓海が通り過ぎてまた書斎へと戻ってしまう。

「パパは?」

 海斗が尋ねると、僕は「お仕事が忙しいみたい」と答えた。海斗は不思議そうな顔をしたが、何も言わなかった。

 夕食を作り終えて、海斗と二人で食べた。拓海の分も用意したが、書斎から出てくる気配はなかった。食事が終わって片付けをしていると、海斗が「ママ、パパに持っていく」と言って、拓海の分のご飯をお盆に乗せた。

「ありがとう。ママが持っていくから、海斗はお風呂の準備しててね」
 海斗を先に風呂場に行かせて、僕は書斎の前に立った。ノックをしたが、返事がなかった。

「拓海、夕食置いておくね」
 声をかけても、返事はなかった。ドアの前にお盆を置いて、リビングに戻った。

 海斗をお風呂に入れて、寝かしつけた。「パパは?」と何度も聞かれたが、「お仕事が忙しいから」と誤魔化した。海斗は寂しそうな顔をしたが、やがて眠りについた。

 僕が廊下に出ると、書斎のドアの前に置いたお盆の姿が消えていた。書斎で夕食を食べくれたのだろう。
 寝室に戻り、ベッドに横たわった。

 時計が深夜零時を過ぎても、拓海は来なかった。目を閉じても眠れなくて、天井を見つめ続けた。
 ようやく眠りに落ちたのは、明け方近くだった。

 浅い眠りの中、ドアが開く音が聞こえた気がした。足音が近づいてきて、ベッドの横に誰かが立っている気配がする。僕は目を閉じたまま、寝ているふりを続けた。

 拓海の匂いがした。拓海がベッドの横に座り、僕の髪を撫でた。優しく、愛おしそうに。
 拓海が服を脱ぐ音がして、着替えを始めたのがわかった。部屋着からスーツに着替えているのだろう。

 拓海が僕の頬に触れた。温かい手のひらが、優しく頬を撫でた。
 そして、唇が頬に触れた。柔らかく、温かいキスだった。

「ごめん」
 拓海が小さく囁いた。

「昨日は怒鳴って、ごめん。でも、離婚だけは無理」

 拓海の声が震えていて、胸が痛んだ。拓海がもう一度、僕の頬にキスをした。
 足音が遠ざかり、ドアが静かに閉まった。目を開けると、涙が溢れてきた。枕に顔を埋めて、声を殺して泣いた。
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