原作では幽閉される悪役Ωなのに、最強αに溺愛監禁されました

ひなた翠

文字の大きさ
3 / 19
第一章:運命の交差点

混乱と逃走

しおりを挟む
 キスをされた――。

 シオンに、大勢の前で、堂々と濃厚なキスをされた。唇が熱い。舌が侵入してきた感触がまだ残っている。口の中に残る蜜のような味が広がる。

 何が起きているのか……脳が混乱し、思考が追いつかない。心臓が胸の中で暴れている。バクバクと音を立ていた。

 周囲がざわめいている。僕と同じように、シオンの行動に思考が追いつかないのだろう。

「まさか」
「シオン様が、ユーリ様に」

 恥ずかしさが込み上げてくる。顔が熱い。燃えるように熱い。
 全身から汗が噴き出し、何が起きているのか分からない。思考が停止し、ただシオンに抱きしめられるがままだった。

(なんで?)
 一体、何が起きているのだろう。

「し、シオン様」
 家臣の声が響いた。驚愕に満ちた声。僕は現実に引き戻される。

(何が起きてるんだ――原作と違う)

 頭の中で叫ぶ。原作のシオンは、ルナを選ぶ。僕を見下し、軽蔑し、男のオメガなど眼中にないはずだ。
なのに、なぜキスをした? 

 なぜ僕を抱きしめている?
 なんでいやらしく僕を触っているんだ?
 どうしてそんな熱っぽい視線で僕をみている?
 強く、逃がさないように、シオンの腕が僕の腰を抱いている。

 さらにシオンの琥珀の瞳が僕を見つめていた。熱に浮かされたような瞳で、渇望に満ちた視線。今まで見たことのない表情だ。

(これはこれで――まずい気がする)

 僕はシオンの腕の中で、必死にもがいた。身体をねじり、腕を押す。びくともしなかった。

 シオンの腕は鋼鉄のように硬く、僕の華奢な力では動かせない。人目も憚らず、今にも服を脱がされて抱かれそうで怖い。シオンの手が背中を撫で、腰に沿って下へと滑っていく。

「やめ――」

 声が震える。シオンの手が臀部を掴み、僕の身体を更に引き寄せる。シオンの下腹部の硬さが僕の腹に押し付けられ、僕は目を見開いた。

 逃げようともがく僕に気づいて、シオンの腕に更に力が入る。強く抱きしめられ、息が苦しくなった。肋骨が軋む音がする。

「殿下、何をしているんですか!」
 家臣の声が再び響く。今度は強い口調だった。

「ルナ様がお待ちですよ」
「早く大広間へ」

 シオンが僕から視線を外し、家臣たちの方を向いた。瞬間、腕の力が緩む。

(チャンスだ)

 今しかない。僕は必死に身体をねじった。シオンの腕から抜け出す。全身の力を振り絞り、一歩踏み出す。

「ごめんなさい!」

 叫ぶように謝り、僕は走り出した。廊下を全力疾走する。足音が響く。靴底が床を叩く音。息が荒くなり、喉が痛い。

「待て!」

 後ろでシオンが叫んだ。低く、命令口調の声。背筋が凍る。足音が追いかけてくる。重く、速い足音。シオンの足音だった。

「殿下、お待ちください」
 家臣の声が響く。慌てた様子の声。

「ユーリを捕まえろ」

 シオンの命令が廊下に響いた。冷たく、絶対的な声。僕の心臓が跳ね上がる。このままでは簡単に捕まってしまう。

(どこかに隠れないと。やり過ごして、それから城を出る)

 思考が高速で回転する。足が痛い。息が上がる。視界が滲み、涙が溢れてきた。必死に瞬きをして、前を見つめる。

 今は泣いている場合じゃない。走り続けないと。

 角を曲がると、廊下が続いている。窓の外に中庭が見えてきた。扉がいくつか並んでいる。僕は一番近い扉に手をかけた。重い木製の扉。資料室のようだ。押し開けて中に滑り込み、素早く扉を閉める。

 暗闇が僕を包んだ。窓から差し込む月明かりだけが、部屋をぼんやりと照らしている。資料室には本棚が並び、古い書物が積まれている。埃の匂いがする。

 僕は息を殺し、棚と壁の隙間に身を潜めた。華奢な身体を小さく丸める。膝を抱え、顔を埋める。

(シオンと家臣たちの気配が消えたら、別の場所に移動しよう。ずっと僕を探していることはないはず。ルナに会いに大広間に行くはずだから、その間に城から脱出すればなんとかなるはず)

 即興の計画だった。穴だらけかもしれない。でも、今は考えている余裕がなかった。

 足音が響く。
 僕の心臓が激しく鳴り響き、呼吸を止めた。身体を更に縮める。足音が近づいてくる。

「ユーリ」

 シオンの声が聞こえた。低く、甘く、優しい声だった。今まで聞いたことのない声。今までシオンは僕を蔑むような目で見ていた。

 男のくせに、オメガで守られる位置にいるのを軽蔑するような視線。言葉を交わしたことさえほとんどなかった。なのに、名前を呼ぶ声は優しかった。

 足音が更に近づいてくる。廊下を歩く音。ゆっくりと、探すように。

「どこにいる、ユーリ」

 囁くような声。僕は呼吸を止めたまま、身を縮める。心臓の音が大きすぎる。シオンに聞こえてしまいそうだった。鼓動が耳元で響き、全身に血液が駆け巡る。

(早く通り過ぎてほしい)
 足音が資料室の扉の前で止まった。

 やばい。冷や汗が額に滲む。背中が汗でびっしょりになる。心臓がありえない速さで鼓動を打っていた。

(なんで僕を追いかけるんだ。さっさとルナのところに行けばいいのに。婚約者はルナで決まりなんだから)

 心の中で叫ぶ。理解できなかった。原作通りならシオンはルナを選ぶ。

(なぜ僕を追いかけている?)

 ぶつかったことを怒っているのだろうか。男のオメガのくせに、ぶつかって謝りもしないと激怒したのか。
 そういえば僕は謝っていない。

 逃げる際に思わず、「ごめんなさい」と叫んだが――あれは別に、ぶつかったことを謝ったわけではない。

 血の気が下がる。顔から色が失せていくのが分かる。男のオメガに一方的にぶつかられ、謝りもしない。

 嫌がらせでキスをしたのか。逃げ出そうとする僕を強く抱いて逃さないようにしたのは、謝らなかったからか。いやらしく触ったのも、嫌がらせか。

(でも、今更謝りに出ていけない。こんな状況になったら、余計に謝りにくい)

 僕は心の中で強く念じた。早く立ち去ってくれ。ルナのところに行ってくれ。僕のことは忘れてくれ。

 足音が遠ざかっていった。

 ゆっくりと、廊下の向こうへ。シオンの気配が薄れていく。僕は耳を澄ませ、足音が完全に消えるのを待つ。静寂が戻ってきた。

(――助かった)

 肩の力が抜ける。緊張が解け、身体がぐったりとする。息をゆっくりと吐き出す。深く、長く。酸素が肺に入り込み、頭がクリアになる。

(でも、これからどうしよう。一度、場所を移動して、それから警備兵の目を盗んでなんとか城外に出ないと)

 僕が会場を飛び出したことで原作と全然違う展開になってる。シオンにぶつかって逃走した罪での幽閉ルートが始まってしまったのだろうか。

(どっちに転んでも幽閉じゃないか)

 不安が押し寄せてくる。計画が崩れている。これではもう原作の知識が役に立たない。

 僕はどうすればいい? 
 何をすれば幽閉を回避できる?

 足音が去ったから、場所を移動しよう。僕は身体を動かそうとした。膝を伸ばし、立ち上がろうとする。棚に手をついて、身体を支える。

 四つん這いになり、そっと動き出そうとした瞬間だった。

「――ユーリ」
 耳元で囁かれた。

 背後から、腰を強く掴まれる。引き寄せられ、強く抱きしめられた。硬い胸板が背中に押し付けられ、シオンの腕が僕の身体を包み込む。

(なんで?)

 逃げられない。身動きが取れない。

「つかまえた」
「――っ!」

 シオンの低く、満足げな声に僕は声にならない悲鳴を上げた。喉が詰まり、声が出ない。身体が震えだした。

(やばい――幽閉ルートの回避のはずが……)

シオンの腕の中で、僕は囚われの身となった――。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした

うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。 獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。 怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。 「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」 戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。 獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。 第一章 完結 第二章 完結

執着騎士団長と、筋肉中毒の治癒師

マンスーン
BL
現代日本から異世界へ転生した治癒師のレオには、誰にも言えない秘密がある。 それは「定期的に極上の筋肉に触れて生命力を摂取しないと、魔力欠乏で死んでしまう」という特異体質であること! ​命をつなぐため、そして何より己のフェティシズムを満たすため、レオがターゲットに選んだのは「氷の騎士団長」と恐れられる英雄ガドリエル。 ​「あぁっ、すごい……硬いですガドリエル様ッ!(大胸筋が)」 「……っ、治療中にそんな熱っぽい声を出すなッ」 ​生きるために必死で揉みしだくレオを、ガドリエルは「これほど俺の身を案じてくれるとは」と都合よく勘違い 触られたいムッツリ攻め×触りたい変態受け

抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる

水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」 人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。 ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。 「俺が、貴方の剣となり盾となる」 国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。 シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

冷酷無慈悲なラスボス王子はモブの従者を逃がさない

北川晶
BL
冷徹王子に殺されるモブ従者の子供時代に転生したので、死亡回避に奔走するけど、なんでか婚約者になって執着溺愛王子から逃げられない話。 ノワールは四歳のときに乙女ゲーム『花びらを恋の数だけ抱きしめて』の世界に転生したと気づいた。自分の役どころは冷酷無慈悲なラスボス王子ネロディアスの従者。従者になってしまうと十八歳でラスボス王子に殺される運命だ。 四歳である今はまだ従者ではない。 死亡回避のためネロディアスにみつからぬようにしていたが、なぜかうまくいかないし、その上婚約することにもなってしまった?? 十八歳で死にたくないので、婚約も従者もごめんです。だけど家の事情で断れない。 こうなったら婚約も従者契約も撤回するよう王子を説得しよう! そう思ったノワールはなんとか策を練るのだが、ネロディアスは撤回どころかもっと執着してきてーー!? クールで理論派、ラスボスからなんとか逃げたいモブ従者のノワールと、そんな従者を絶対逃がさない冷酷無慈悲?なラスボス王子ネロディアスの恋愛頭脳戦。

処理中です...