原作では幽閉される悪役Ωなのに、最強αに溺愛監禁されました

ひなた翠

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第一章:運命の交差点

衝突と覚醒

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 俺は王宮の長い廊下を歩いていた。靴音が規則正しく響く。窓から差し込む夕日が床に影を落とし、壁に掛けられた絵画を照らしている。

廊下には誰もいない。静寂が支配する空間。俺の後ろを、三人の家臣が黙って歩いている。足音だけが廊下に響いていた。

 今日は大広間で嫁候補の発表をする日だ。希少なオメガが二人、候補者として挙がっている。ルナ・マリルとユーリ・クレスト。どちらもベータからオメガに移行した特異体質者。国家が管理し、研究対象にしている存在。俺はルナを番として選ぶ。

 理由は単純だ。彼女が女性だから。もう一人の候補者は男だ。もちろん論外。

 俺は女性を好む。男に興味はない。

 政治的にも、ルナの方が有利であるのは明白だ。商家の娘だが、家は裕福で他国に人脈がある。父親は貿易商として成功し、複数の国に支店を持っている。

 婚姻を結べば、外交面で有利になるだろう。

 俺にルナへの恋愛感情はない。結婚に個人の感情など必要ないと教わっている。いかに政治が有利に進められるかが重要だ。

 幼少期から「氷のアルファ」と呼ばれていた。どうやら俺は感情の起伏が人よりも少ないらしい。

 喜びも、怒りも、悲しみも、あまり感じない。周囲は俺を恐れ、距離を置いた。口論では論理的に相手を追い詰め、負けたことがない。武術も強すぎて、誰も挑んでこなかった。

 群がってくるのは、身体目当てのオメガたちだけだった。男も女も関係なく、俺のフェロモンに惹かれて近づいてくる。媚びた笑顔を浮かべ、甘い声で囁く。気持ち悪かった。俺は誰一人として抱いたことがない。触れられることさえ嫌だった。

 ルナも、ただの政治的な駒にすぎない。婚姻を結び、子を成し、王家を継がせる。

 俺は大広間へ向かい、さっさとルナを選び、終わらせる。

 廊下の角が近づいてくる。曲がり角の先は、大広間へ続く最後の通路だった。俺は歩みを緩めず、角を曲がった。
 何かが俺の身体にぶつかってきた。

 柔らかく、軽い感触。俺は咄嗟に腕を伸ばし、相手を抱きとめた。華奢な身体が俺の腕の中に収まる。細く、脆そうな骨格。壊れてしまいそうなほど繊細な身体だった。

 鼻腔を甘い香りがくすぐった。
 蜂蜜を溶かしたような、濃密で芳醇な香り。バニラと花の混ざったような、甘い匂いだった。瞬間、俺の脳が焼けた。

 思考が白く染まり、理性が音を立てて崩れ落ちる。身体の奥から、何かが湧き上がってくる。抑えられない衝動が……本能が目覚める。

『欲しい』

 心の奥底から声が響く。獣のような、原始的な欲求。俺の身体が勝手に反応する。心臓が激しく鼓動し、血液が沸騰する。フェロモンが噴き出し、周囲を覆い尽くす。

 俺は腕の中の相手を見下ろした。

 透き通るような白い肌。淡い金と銀を混ぜたような柔らかい髪。大きな翡翠色の瞳が、俺を見上げている。

 吸い込まれそうなほど美しい瞳。宝石のように輝き、光を反射している。唇は薄く、桜色に染まっている。顔は整っていて、人形のように繊細だった。

 ユーリ・クレスト。もう一人の嫁候補。俺が選ばないと決めていた男。今まで意識したことさえなかった存在だ。
 アルファとしての本能が叫んでいた。

『こいつだ。こいつが俺の番だ』

 運命の番。生涯で一人だけ、魂が求める相手。伝説だと思っていた。現実には存在しないと信じていた。俺には関係ないと考えていたのだが――。

 間違っていたようだ。

 運命の番は実在する。俺の目の前にいるのだから。腕の中で震えている翡翠の瞳の持ち主。華奢で儚げな身体。甘い香りを放つオメガ。

 感じたことのない熱が身体を駆け巡る。欲しい。奪いたい。独占したい。俺のものにしたい。ユーリが今すぐに欲しい。

 考えるよりも先に俺の身体が勝手に動いていた。理性など諸刃の剣だ。本能が俺を支配する。俺はユーリを強く引き寄せ、華奢な身体が俺の胸に押し付けられる。ユーリの瞳が驚きに見開かれた。

 俺は唇を奪った。
 有無を言わさず、力強く、容赦なく。柔らかい唇が俺の唇に触れる。温かく、甘い感触。ユーリの身体が硬直する。

 俺は構わずに唇を押し付け、舌を侵入させた。歯を押し開き、口内を蹂躙する。蜜のような味が口の中に広がる。
もっと欲しい。深く味わいたかった。俺は舌を絡ませ、ユーリの舌を吸い上げる。

 ユーリの身体が震えていた。小刻みに震え、俺の服を掴んでいる。抵抗しようとしているのか、それとも縋っているのか。どちらでも構わなかった。彼がどう思っていようが、俺はユーリを離すつもりはない。

「し、シオン様?」
 背後で家臣の声がした。驚愕に満ちた声。固まっているのが気配で分かる。

「な、何を――」
(うるさい。邪魔な声だ)

 俺はキスを深め、ユーリの腰を抱いた。逃がさないように、強く掴む。ユーリの身体が跳ね、甘い吐息が漏れる。
 息が苦しくなり、俺はやっと唇を離した。銀の糸が唇と唇を繋ぎ、ゆっくりと切れる。

 ユーリは涙目で震えている。翡翠の瞳に涙が溜まり、睫毛を濡らしている。頬は赤く染まり、唇は俺に奪われて腫れている。息を荒げ、胸が上下していた。

(美しい)

 こんなに美しいものを見たことがない。涙に濡れた翡翠の瞳。震える唇。紅潮した頬。すべてが愛おしかった。触れたい。抱きしめたい。もっと深く繋がりたい。

「なぜ、今まで気づかなかった」

 低く掠れた声が喉から漏れる。俺自身の声だと気づくのに時間がかかった。感情が声に乗っている。熱が、渇望が、執着が、すべてが混ざり合っていた。

「お前しかいない」

 俺はもう一度ユーリを強く抱きしめた。華奢な身体を腕の中に閉じ込める。手放したくなかった。他の誰の手にも渡したくなかった。

 他の男の手垢がつく前に、すぐにでも俺のものにしたかった。番の契約を結び、完全に俺だけのものにする。

 ユーリの香りが鼻腔を満たす。甘く、濃密で、俺を狂わせる香り。脳が蕩け、理性が飛んでいく。ユーリの匂いに呼応するかのようにアルファの、強烈な支配の香りが立ち込める。俺のものだと宣言する匂い。

 ユーリの身体が俺のフェロモンに反応して、震えが強くなり、顔が更に赤く染まる。オメガとしての本能が目覚め始めている。

(ユーリがほしい)

 心臓が熱く、激しく鼓動している。生きていると実感する。ユーリのためなら、何でもできると思った。世界を敵に回しても構わない。

 俺が欲しいのは、ユーリだけだった。
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