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第四章:愛を知らない獣
弟なりの配慮
リビングのドアを開けると、楽しそうな会話が耳に飛び込んできた。
歩と鷹臣さんがテーブルを挟んで向かい合っていて、二人とも笑顔で何かを話している姿が目に入る。テーブルの上には、焼きたてのトーストと目玉焼き、サラダ、それにオレンジジュースが並んでいた。湯気が立ち上っている目玉焼きからは、バターの香ばしい匂いが漂ってくる。
鷹臣さんが朝ごはんを作ったのだと気づいた瞬間、胸が締めつけられた。
いつもなら僕が作る朝食を、鷹臣さんが準備してくれている。歩が一人で寂しく朝を迎えることがないように、鷹臣さんが早く起きて朝食を用意してくれたのだ。ありがたさと申し訳なさが同時に込み上げてきて、喉の奥が熱くなる。
鷹臣さんが僕に気づいた。振り返って、少しだけ驚いたような表情を浮かべる。歩も鷹臣さんの視線を追って振り返り、僕を見つけると満面の笑みを浮かべた。
「おはよう、お兄ちゃん」
明るい声が響く。歩の笑顔は曇りひとつなくて、心配している様子は微塵も見えなかった。鷹臣さんと楽しく朝食を食べていた歩は、僕がいなくても寂しくなかったのだろうか。
――って、僕のほうが寂しくなってる……。
「おはよう」
僕は小さく返事をして、テーブルに近づいた。鷹臣さんのシャツを借りているだけの姿で、下は何も履いていない。裾が太腿の半ばまでしか隠れていなくて、歩く度に肌が露わになる。恥ずかしくて足を止めたくなったが、歩が不思議そうに僕を見つめているから立ち止まることもできない。
「朝ごはん、ごめん」
謝ると、歩が首を横に振った。
「鷹臣さんが作ってくれたから大丈夫」
嬉しそうに告げる歩の言葉に、僕の胸がチクリと痛んだ。嬉しいはずなのに、どこか寂しさが混じる。
歩が僕から離れていくような、置いていかれるような気持ちになって、胸の奥がざわついた。
(僕より、歩のほうがずっともっとしっかりしてる)
「そろそろ行くね」
歩が席を立った。お皿を流しに運んで、ランドセルを背負う。いつもと変わらない朝の光景。歩が玄関に向かうのを見て、僕は慌てて後を追った。
鷹臣さんのシャツを着たまま、裸足で廊下を歩く。冷たいフローリングの感触が足の裏に伝わってきて、ひんやりとした冷気が素肌を撫でた。歩が玄関で靴を履いているのを見つけて、駆け寄る。
「歩」
名前を呼ぶと、歩が振り返った。ランドセルを背負った小さな背中が、いつもより大きく見える。
「鷹臣さんってお父さんの知り合いじゃないの知ってるよ」
歩が静かに告げた。
ドキッとした。心臓が跳ね上がって、息が詰まる。歩の瞳が真っ直ぐに僕を見つめていて、逃げ場がない。いつから気づいていたのだろう。どこまで知っているのだろう。頭の中で疑問が渦巻いて、言葉が出てこなかった。
「お兄ちゃんの恋人でしょう?」
歩が小さく微笑んだ。優しい笑みだった。責めるような色はひとつもなくて、ただ静かに受け入れているような表情。僕は何も答えられずに、ただ歩を見つめることしかできなかった。
(……借金のことじゃない?)
一番知られたくない部分じゃなかったことに、少し安堵する。
――恋人。
「お父さんが僕たちを捨ててどっか行っちゃったのも知ってる」
淡々とした口調だった。感情を抑えているのか、それとも本当に割り切っているのか。冷静な言葉で、全てを理解している表情に、僕のほうが胸が苦しくなる。
「ごめんね。お兄ちゃんにばっかり苦労させて」
「苦労だなんて……思ってないよ」
歩が深く頭を下げた。ランドセルが背中で揺れて、小さな肩が僅かに震える。謝らなくていいのに。歩は何も悪くないのに。僕の口から言葉が出そうになったが、歩は顔を上げるとさっと玄関のドアを開けた。
「いってきます」
明るい声で告げて、歩が外へ出ていく。僕は玄関に立ち尽くしたまま、歩の背中を見送った。
歩には心配や不安から遠いところにいてほしいと思っていた。父親が出稼ぎにでもいっていないだけ――と軽く捉えていてほしいと……。
一人になった玄関で、僕は深く息をついた。
「すっかりバレてるな」
背後から声がした。振り返ると、鷹臣さんが廊下に立っていた。腕を組んで、僕を見つめている。表情は穏やかで、驚いた様子はない。
「鷹臣さんが言ったのでは?」
僕が問いかけると、鷹臣さんが首を横に振った。
「俺は何も言ってない」
きっぱりとした口調だった。嘘をついている様子はなくて、僕は小さくため息をついた。
「朝食を作っていたら、歩から聞いてきたんだ」
鷹臣さんが説明してくれる。僕は黙って、鷹臣さんの話に耳を傾けた。
「お父さんが僕たちを捨てたから、お兄ちゃんの恋人である鷹臣さんが僕の面倒を見てくれてるんですか?って」
歩の言葉を正確に再現する鷹臣さんの声が、玄関に響く。歩がどんな表情でそれを聞いたのか、どんな気持ちでいたのか。想像するだけで息が詰まる。
「そうだって答えた」
鷹臣さんが静かに告げる。僕は唇を噛んで、視線を落とした。
「――恋人って……どうしてバレ――」
恥ずかしさと困惑が混じり合って、顔が熱くなる。歩に恋人だとバレているなんて、考えたこともなかった。
「朝方、覗きにきたから」
鷹臣さんがさらりと告げた。僕は顔を上げて、鷹臣さんを見つめる。
「いつもの時間に物音がしないから、歩が気になって柊の部屋を見に行ったらいなかったんだと」
鷹臣さんが淡々と説明してくれる。僕の心臓が激しく跳ねて、呼吸が浅くなった。
「それで歩が俺の寝室に来た」
想像しただけで顔が燃えるように熱くなる。昨夜、鷹臣さんに激しく抱かれて眠ってしまった僕は、きっと乱れた姿で鷹臣さんの隣に横たわっていたはずだ。
小学生の弟に、卑猥な姿を見せてしまったかもしれないと思うだけで激しく後悔の念が生まれた。
――酔った勢いでなんてことを……。
いや、僕は酒を一滴も飲んでないけど。それでも酒を飲む鷹臣さんに欲情したのは僕で……僕からあんなことをしなければ、こんなことになってないわけで。
「どうした? って聞いたら、隣に寝ている柊を見て『お兄ちゃんがそこにいるなら大丈夫です』と言って部屋を出て行った」
僕は両手で顔を覆って、その場にしゃがみ込んでしまう。
(恥ずかしい!)
歩に見られた。鷹臣さんと一緒に寝ている姿を、歩に見られてしまった。ずっとそういう雰囲気を隠して、気をつけてきたのに。
たった一晩で崩れてしまった。
「父親が消えたのを知っているから、怖いんだろう」
鷹臣さんが僕の隣にしゃがみ込んだ。大きな手が僕の頭を優しく撫でて、温もりが伝わってくる。
「朝起きて、お前の姿が見えなかったから不安になったんだろ。俺の部屋にいるのを確認して、安心した顔をしてた」
鷹臣さんの言葉に、胸が締めつけられた。
僕の行動一つで、歩が不安になるってことをもっと自覚しないと。
「――エッチは週一回、休日の鷹臣さんの事務所で……というルールにします」
僕は顔を覆ったまま、震える声で告げた。鷹臣さんの手が止まって、沈黙が降りる。
「どうしてそういう答えになる? 恋人同士って歩もわかったのに……」
鷹臣さんが問いかけてきた。僕は顔を上げて、鷹臣さんを見つめる。涙で滲んだ視界に、鷹臣さんの顔がぼやけて見えた。
「わかったからこそです!」
声が大きくなってしまう。感情が抑えきれなくて、涙が頬を伝って落ちた。
「昨日のは、特別です。もうないです。無理です」
必死に訴えると、鷹臣さんが小さく笑った。優しい笑みだった。困ったような、愛おしそうな、複雑な表情で僕を見つめている。
「特別って言うなら」
鷹臣さんが立ち上がった。僕の腕を掴んで、引っ張り上げる。立ち上がった僕を、鷹臣さんが抱きしめた。硬い胸板に顔が押し付けられて、心臓の音が聞こえる。
「今日は大学休めよ。次がないなら、容赦はしない。思う存分しておきたい」
低く、甘い声が耳元で囁かれた。僕の心臓が跳ね上がって、息が詰まる。
「ちょっとここ玄関っ……それに、昨日の話でもう期限切れ――」
慌てて抗議するが、鷹臣さんは聞いていなかった。僕の身体を壁に押し付けて、深くキスをしてくる。舌が絡み合って、唾液が混じり合った。息が苦しくなって、膝の力が抜けていく。
鷹臣さんの手が僕の太腿を撫でた。シャツの裾をたくし上げて、素肌に触れてくる。冷たい空気が肌を撫でて、鳥肌が立った。
「待って……玄関で……」
キスの合間に抗議するが、鷹臣さんは構わずに僕の身体を愛撫してくる。太腿から腰へ、腰から背中へと手が這っていく。くすぐったいような、ゾクゾクするような感覚に、僕の身体が震えた。
「シャツしか着てないお前が悪い」
鷹臣さんが囁いた。責任転嫁だと抗議したかったが、鷹臣さんの舌が首筋を舐めて言葉が出てこなくなる。熱い吐息が肌を撫でて、身体の奥が疼き始めた。
鷹臣さんの手が股間に触れた。優しく撫でられて、敏感な場所が反応してしまう。恥ずかしさで顔が燃えたが、身体は正直に鷹臣さんの愛撫に応えていった。
「んっ……」
小さく声が漏れる。鷹臣さんの指が割れ目をなぞる。昨夜、何度も愛されたばかりの場所は、まだ敏感で濡れやすくなっていた。
「もう濡れてる」
鷹臣さんが嬉しそうに囁いた。指が入口に触れて、ゆっくりと押し込まれてくる。
「ああ……っ」
声が大きくなってしまう。慌てて口を手で塞ぐが、鷹臣さんがその手を掴んで壁に押し付けた。逃げ場がなくなって、鷹臣さんの指が奥へと入り込んでくる。
玄関で、鷹臣さんに愛撫されている。
「鷹臣さん、やめて……ここ、玄関だから……」
懇願するように呟くが、鷹臣さんは止まらなかった。指が奥を擦って、敏感な場所を刺激してくる。快感が全身を駆け巡って、膝が震えた。
もし、共同廊下で人が歩いてきたら――と、考えるだけで恐ろしくなる。出勤や通学の時間帯で、人の出入りが多いはず。
「柊、入れたい」
鷹臣さんが指を抜いた。ベルトを外す音が聞こえて、ジッパーを下ろす音が響く。熱いものが太腿に触れて、僕の心臓が激しく跳ねた。
「待って、本当にここは……」
言葉が途切れた。鷹臣さんの熱が入口に触れて、ゆっくりと押し込まれてくる。
「んんっ……!」
声を堪えようとするが、勝手に口から漏れてしまう。鷹臣さんの熱が奥へと入り込んできて、身体の中を満たしていく。壁に押し付けられたまま、立ったままの体勢で繋がった。
「気持ちいい……」
鷹臣さんが耳元で囁いた。低く、甘い声に、僕の下腹部がさらに疼く。鷹臣さんが腰を動かし始めて、奥を何度も突き上げてきた。
「ああ、だめ……声、出ちゃう……」
必死に堪えるが、快感が強すぎて声が漏れてしまう。鷹臣さんが僕の口に手を当てて、声を塞いだ。もう片方の手で腰を支えて、激しく腰を振ってくる。
鷹臣さんの熱が奥を突くたびに、快感が全身を駆け巡った。壁に押し付けられて、逃げ場がない。鷹臣さんの身体に挟まれて、ただ受け入れることしかできなかった。
「柊、可愛い……」
鷹臣さんの声が甘く蕩けていた。僕の身体を抱きしめて、激しく腰を振ってくる。奥を何度も突かれて、快感が途切れない。
身体の奥から、何かが込み上げてきた。
限界が近い。鷹臣さんの手が口を塞いでいるから、声を出せない。息が苦しくなって、涙が滲んできた。
「イッていいぞ」
鷹臣さんが囁いた。その言葉を聞いた瞬間、身体の奥から何かが弾けた。視界が真っ白になって、全身が痙攣する。
「んんんっ……!」
くぐもった声が漏れた。身体が震えて、膝の力が完全に抜ける。鷹臣さんの腕に支えられていなければ、崩れ落ちていただろう。
鷹臣さんも奥に腰を沈めて、動きを止めた。身体を強張らせて、熱いものが中に注がれる感覚があった。ドクン、ドクンと脈打つように、熱い液体が注ぎ込まれていく。
荒い息を整えながら、僕は鷹臣さんにもたれかかった。全身の力が抜けて、立っていることすら辛い。鷹臣さんの胸に顔を埋めて、心臓の音を聞く。
「玄関で……本当に……」
呆れたように呟くと、鷹臣さんが小さく笑った。
「シャツ一枚で誘惑するお前が悪い」
――誘惑した覚えはない。鷹臣さんが勝手にその気になっただけなのに。
責任転嫁だと抗議したかったが、声を出す元気もなかった。鷹臣さんの腕の中で、ただ荒い息を整えるのに必死だ。
「今日は大学、休むんだろ?」
さも当然のように問いかけてくる言葉に、僕は小さく頷いた。足に全く力が入らない状態で、外には出られない。
「いい子だ」
鷹臣さんが優しく囁いて、額にキスを落とす。温かい唇の感触に、僕の胸が温かくなった。
歩と鷹臣さんがテーブルを挟んで向かい合っていて、二人とも笑顔で何かを話している姿が目に入る。テーブルの上には、焼きたてのトーストと目玉焼き、サラダ、それにオレンジジュースが並んでいた。湯気が立ち上っている目玉焼きからは、バターの香ばしい匂いが漂ってくる。
鷹臣さんが朝ごはんを作ったのだと気づいた瞬間、胸が締めつけられた。
いつもなら僕が作る朝食を、鷹臣さんが準備してくれている。歩が一人で寂しく朝を迎えることがないように、鷹臣さんが早く起きて朝食を用意してくれたのだ。ありがたさと申し訳なさが同時に込み上げてきて、喉の奥が熱くなる。
鷹臣さんが僕に気づいた。振り返って、少しだけ驚いたような表情を浮かべる。歩も鷹臣さんの視線を追って振り返り、僕を見つけると満面の笑みを浮かべた。
「おはよう、お兄ちゃん」
明るい声が響く。歩の笑顔は曇りひとつなくて、心配している様子は微塵も見えなかった。鷹臣さんと楽しく朝食を食べていた歩は、僕がいなくても寂しくなかったのだろうか。
――って、僕のほうが寂しくなってる……。
「おはよう」
僕は小さく返事をして、テーブルに近づいた。鷹臣さんのシャツを借りているだけの姿で、下は何も履いていない。裾が太腿の半ばまでしか隠れていなくて、歩く度に肌が露わになる。恥ずかしくて足を止めたくなったが、歩が不思議そうに僕を見つめているから立ち止まることもできない。
「朝ごはん、ごめん」
謝ると、歩が首を横に振った。
「鷹臣さんが作ってくれたから大丈夫」
嬉しそうに告げる歩の言葉に、僕の胸がチクリと痛んだ。嬉しいはずなのに、どこか寂しさが混じる。
歩が僕から離れていくような、置いていかれるような気持ちになって、胸の奥がざわついた。
(僕より、歩のほうがずっともっとしっかりしてる)
「そろそろ行くね」
歩が席を立った。お皿を流しに運んで、ランドセルを背負う。いつもと変わらない朝の光景。歩が玄関に向かうのを見て、僕は慌てて後を追った。
鷹臣さんのシャツを着たまま、裸足で廊下を歩く。冷たいフローリングの感触が足の裏に伝わってきて、ひんやりとした冷気が素肌を撫でた。歩が玄関で靴を履いているのを見つけて、駆け寄る。
「歩」
名前を呼ぶと、歩が振り返った。ランドセルを背負った小さな背中が、いつもより大きく見える。
「鷹臣さんってお父さんの知り合いじゃないの知ってるよ」
歩が静かに告げた。
ドキッとした。心臓が跳ね上がって、息が詰まる。歩の瞳が真っ直ぐに僕を見つめていて、逃げ場がない。いつから気づいていたのだろう。どこまで知っているのだろう。頭の中で疑問が渦巻いて、言葉が出てこなかった。
「お兄ちゃんの恋人でしょう?」
歩が小さく微笑んだ。優しい笑みだった。責めるような色はひとつもなくて、ただ静かに受け入れているような表情。僕は何も答えられずに、ただ歩を見つめることしかできなかった。
(……借金のことじゃない?)
一番知られたくない部分じゃなかったことに、少し安堵する。
――恋人。
「お父さんが僕たちを捨ててどっか行っちゃったのも知ってる」
淡々とした口調だった。感情を抑えているのか、それとも本当に割り切っているのか。冷静な言葉で、全てを理解している表情に、僕のほうが胸が苦しくなる。
「ごめんね。お兄ちゃんにばっかり苦労させて」
「苦労だなんて……思ってないよ」
歩が深く頭を下げた。ランドセルが背中で揺れて、小さな肩が僅かに震える。謝らなくていいのに。歩は何も悪くないのに。僕の口から言葉が出そうになったが、歩は顔を上げるとさっと玄関のドアを開けた。
「いってきます」
明るい声で告げて、歩が外へ出ていく。僕は玄関に立ち尽くしたまま、歩の背中を見送った。
歩には心配や不安から遠いところにいてほしいと思っていた。父親が出稼ぎにでもいっていないだけ――と軽く捉えていてほしいと……。
一人になった玄関で、僕は深く息をついた。
「すっかりバレてるな」
背後から声がした。振り返ると、鷹臣さんが廊下に立っていた。腕を組んで、僕を見つめている。表情は穏やかで、驚いた様子はない。
「鷹臣さんが言ったのでは?」
僕が問いかけると、鷹臣さんが首を横に振った。
「俺は何も言ってない」
きっぱりとした口調だった。嘘をついている様子はなくて、僕は小さくため息をついた。
「朝食を作っていたら、歩から聞いてきたんだ」
鷹臣さんが説明してくれる。僕は黙って、鷹臣さんの話に耳を傾けた。
「お父さんが僕たちを捨てたから、お兄ちゃんの恋人である鷹臣さんが僕の面倒を見てくれてるんですか?って」
歩の言葉を正確に再現する鷹臣さんの声が、玄関に響く。歩がどんな表情でそれを聞いたのか、どんな気持ちでいたのか。想像するだけで息が詰まる。
「そうだって答えた」
鷹臣さんが静かに告げる。僕は唇を噛んで、視線を落とした。
「――恋人って……どうしてバレ――」
恥ずかしさと困惑が混じり合って、顔が熱くなる。歩に恋人だとバレているなんて、考えたこともなかった。
「朝方、覗きにきたから」
鷹臣さんがさらりと告げた。僕は顔を上げて、鷹臣さんを見つめる。
「いつもの時間に物音がしないから、歩が気になって柊の部屋を見に行ったらいなかったんだと」
鷹臣さんが淡々と説明してくれる。僕の心臓が激しく跳ねて、呼吸が浅くなった。
「それで歩が俺の寝室に来た」
想像しただけで顔が燃えるように熱くなる。昨夜、鷹臣さんに激しく抱かれて眠ってしまった僕は、きっと乱れた姿で鷹臣さんの隣に横たわっていたはずだ。
小学生の弟に、卑猥な姿を見せてしまったかもしれないと思うだけで激しく後悔の念が生まれた。
――酔った勢いでなんてことを……。
いや、僕は酒を一滴も飲んでないけど。それでも酒を飲む鷹臣さんに欲情したのは僕で……僕からあんなことをしなければ、こんなことになってないわけで。
「どうした? って聞いたら、隣に寝ている柊を見て『お兄ちゃんがそこにいるなら大丈夫です』と言って部屋を出て行った」
僕は両手で顔を覆って、その場にしゃがみ込んでしまう。
(恥ずかしい!)
歩に見られた。鷹臣さんと一緒に寝ている姿を、歩に見られてしまった。ずっとそういう雰囲気を隠して、気をつけてきたのに。
たった一晩で崩れてしまった。
「父親が消えたのを知っているから、怖いんだろう」
鷹臣さんが僕の隣にしゃがみ込んだ。大きな手が僕の頭を優しく撫でて、温もりが伝わってくる。
「朝起きて、お前の姿が見えなかったから不安になったんだろ。俺の部屋にいるのを確認して、安心した顔をしてた」
鷹臣さんの言葉に、胸が締めつけられた。
僕の行動一つで、歩が不安になるってことをもっと自覚しないと。
「――エッチは週一回、休日の鷹臣さんの事務所で……というルールにします」
僕は顔を覆ったまま、震える声で告げた。鷹臣さんの手が止まって、沈黙が降りる。
「どうしてそういう答えになる? 恋人同士って歩もわかったのに……」
鷹臣さんが問いかけてきた。僕は顔を上げて、鷹臣さんを見つめる。涙で滲んだ視界に、鷹臣さんの顔がぼやけて見えた。
「わかったからこそです!」
声が大きくなってしまう。感情が抑えきれなくて、涙が頬を伝って落ちた。
「昨日のは、特別です。もうないです。無理です」
必死に訴えると、鷹臣さんが小さく笑った。優しい笑みだった。困ったような、愛おしそうな、複雑な表情で僕を見つめている。
「特別って言うなら」
鷹臣さんが立ち上がった。僕の腕を掴んで、引っ張り上げる。立ち上がった僕を、鷹臣さんが抱きしめた。硬い胸板に顔が押し付けられて、心臓の音が聞こえる。
「今日は大学休めよ。次がないなら、容赦はしない。思う存分しておきたい」
低く、甘い声が耳元で囁かれた。僕の心臓が跳ね上がって、息が詰まる。
「ちょっとここ玄関っ……それに、昨日の話でもう期限切れ――」
慌てて抗議するが、鷹臣さんは聞いていなかった。僕の身体を壁に押し付けて、深くキスをしてくる。舌が絡み合って、唾液が混じり合った。息が苦しくなって、膝の力が抜けていく。
鷹臣さんの手が僕の太腿を撫でた。シャツの裾をたくし上げて、素肌に触れてくる。冷たい空気が肌を撫でて、鳥肌が立った。
「待って……玄関で……」
キスの合間に抗議するが、鷹臣さんは構わずに僕の身体を愛撫してくる。太腿から腰へ、腰から背中へと手が這っていく。くすぐったいような、ゾクゾクするような感覚に、僕の身体が震えた。
「シャツしか着てないお前が悪い」
鷹臣さんが囁いた。責任転嫁だと抗議したかったが、鷹臣さんの舌が首筋を舐めて言葉が出てこなくなる。熱い吐息が肌を撫でて、身体の奥が疼き始めた。
鷹臣さんの手が股間に触れた。優しく撫でられて、敏感な場所が反応してしまう。恥ずかしさで顔が燃えたが、身体は正直に鷹臣さんの愛撫に応えていった。
「んっ……」
小さく声が漏れる。鷹臣さんの指が割れ目をなぞる。昨夜、何度も愛されたばかりの場所は、まだ敏感で濡れやすくなっていた。
「もう濡れてる」
鷹臣さんが嬉しそうに囁いた。指が入口に触れて、ゆっくりと押し込まれてくる。
「ああ……っ」
声が大きくなってしまう。慌てて口を手で塞ぐが、鷹臣さんがその手を掴んで壁に押し付けた。逃げ場がなくなって、鷹臣さんの指が奥へと入り込んでくる。
玄関で、鷹臣さんに愛撫されている。
「鷹臣さん、やめて……ここ、玄関だから……」
懇願するように呟くが、鷹臣さんは止まらなかった。指が奥を擦って、敏感な場所を刺激してくる。快感が全身を駆け巡って、膝が震えた。
もし、共同廊下で人が歩いてきたら――と、考えるだけで恐ろしくなる。出勤や通学の時間帯で、人の出入りが多いはず。
「柊、入れたい」
鷹臣さんが指を抜いた。ベルトを外す音が聞こえて、ジッパーを下ろす音が響く。熱いものが太腿に触れて、僕の心臓が激しく跳ねた。
「待って、本当にここは……」
言葉が途切れた。鷹臣さんの熱が入口に触れて、ゆっくりと押し込まれてくる。
「んんっ……!」
声を堪えようとするが、勝手に口から漏れてしまう。鷹臣さんの熱が奥へと入り込んできて、身体の中を満たしていく。壁に押し付けられたまま、立ったままの体勢で繋がった。
「気持ちいい……」
鷹臣さんが耳元で囁いた。低く、甘い声に、僕の下腹部がさらに疼く。鷹臣さんが腰を動かし始めて、奥を何度も突き上げてきた。
「ああ、だめ……声、出ちゃう……」
必死に堪えるが、快感が強すぎて声が漏れてしまう。鷹臣さんが僕の口に手を当てて、声を塞いだ。もう片方の手で腰を支えて、激しく腰を振ってくる。
鷹臣さんの熱が奥を突くたびに、快感が全身を駆け巡った。壁に押し付けられて、逃げ場がない。鷹臣さんの身体に挟まれて、ただ受け入れることしかできなかった。
「柊、可愛い……」
鷹臣さんの声が甘く蕩けていた。僕の身体を抱きしめて、激しく腰を振ってくる。奥を何度も突かれて、快感が途切れない。
身体の奥から、何かが込み上げてきた。
限界が近い。鷹臣さんの手が口を塞いでいるから、声を出せない。息が苦しくなって、涙が滲んできた。
「イッていいぞ」
鷹臣さんが囁いた。その言葉を聞いた瞬間、身体の奥から何かが弾けた。視界が真っ白になって、全身が痙攣する。
「んんんっ……!」
くぐもった声が漏れた。身体が震えて、膝の力が完全に抜ける。鷹臣さんの腕に支えられていなければ、崩れ落ちていただろう。
鷹臣さんも奥に腰を沈めて、動きを止めた。身体を強張らせて、熱いものが中に注がれる感覚があった。ドクン、ドクンと脈打つように、熱い液体が注ぎ込まれていく。
荒い息を整えながら、僕は鷹臣さんにもたれかかった。全身の力が抜けて、立っていることすら辛い。鷹臣さんの胸に顔を埋めて、心臓の音を聞く。
「玄関で……本当に……」
呆れたように呟くと、鷹臣さんが小さく笑った。
「シャツ一枚で誘惑するお前が悪い」
――誘惑した覚えはない。鷹臣さんが勝手にその気になっただけなのに。
責任転嫁だと抗議したかったが、声を出す元気もなかった。鷹臣さんの腕の中で、ただ荒い息を整えるのに必死だ。
「今日は大学、休むんだろ?」
さも当然のように問いかけてくる言葉に、僕は小さく頷いた。足に全く力が入らない状態で、外には出られない。
「いい子だ」
鷹臣さんが優しく囁いて、額にキスを落とす。温かい唇の感触に、僕の胸が温かくなった。
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なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。