支配者の刻印〜愛を知らない獣が、借金オメガを溺愛する〜

ひなた翠

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第六章:本当の絆

弟の一番でいたかった

 苛立ちを抑えきれないまま寝室に入り、照明もつけずにベッドへ倒れ込んだ。枕に顔を埋めると、鷹臣さんの匂いが鼻腔を満たして、余計に苛々が募った。歩の恋人の話を聞かされた衝撃と、僕だけが蚊帳の外に置かれていた悔しさが胸の奥で渦を巻いて、どちらの感情が上なのかすら判別がつかなかった。

 口うるさい母親と変わらない――。
 鷹臣さんに突きつけられた一言が、何度も頭の中で反芻された。

 寝室の扉が開く気配がした。足音は聞こえないのに、背後から近づいてくる鷹臣さんの体温がはっきりと伝わってきて、ベッドが僅かに沈んだ。

 後ろから腕が回された。広い胸板が背中にぴたりと密着して、鷹臣さんの体温が薄いシャツ越しに染み込んでくる。

「まだ怒ってるのか」
 低い声が耳のすぐ後ろで響いた。

「怒ってない!」
「いや、怒ってるだろ」

「どうせ僕は口うるさい母親みたいなもんだからね」

 自分でも声が尖っているのはわかっていた。八つ当たりだと自覚しながらも、言葉を丸める気にはなれなかった。

「拗ねるなよ」
「拗ねてない!」
「機嫌なおして」

 鷹臣さんの声は穏やかで、怒っている気配は微塵もなかった。腰に回された腕に力が込められ、背中が硬い胸板に押しつけられる。首筋に温かな吐息がかかり、皮膚がぞわりと粟立った。

 鷹臣さんの手が、腰骨の上からゆっくりと下へ滑り落ちていった。指先が部屋着の薄い生地越しに太腿の内側を撫で、そのまま股間に触れた。

「ちょっと!」
 身体を捩って振り払おうとしたのに、背中から密着したままの鷹臣さんの片腕に腰を固定されて逃げられなかった。手のひらが布地の上から性器の輪郭をなぞるように揉みしだいてくる。

「溜まりすぎてるから、イライラしてるんだろ?」
「違う!」
「少し黙ってろ」

 有無を言わさない声音だった。抵抗しようとした手首をあっさりとシーツに押さえつけられ、仰向けにひっくり返されたかと思うと、鷹臣さんの指が部屋着のズボンのゴムに掛かった。下着ごと一気に膝まで引き下ろされ、夜気に晒された肌が震えた。

 鷹臣さんが僕の脚の間に身体を滑り込ませた。顔が下腹部へと近づいてくる。鷹臣さんの吐息が陰茎に触れた瞬間、意志とは無関係に身体がびくりと跳ねた。

 熱い舌が根元から先端に向かってゆっくりと這い上がってくる。舌先が裏筋を丁寧になぞり、窪みに達すると円を描くように舐め回された。唾液の湿った感触と、舌の柔らかな圧力が敏感な粘膜の上を滑っていき、下腹部の奥から痺れるような快感がせり上がってきた。

「んっ……やめ――」

 制止の言葉は最後まで形にならなかった。鷹臣さんが先端を唇で包み込み、口腔の奥へと深く咥え込んだ。温かく、湿った空間に性器が丸ごと飲み込まれていく感覚に、腰が浮き上がりそうになる。大きな手のひらが腰骨を押さえつけ、逃げ場を塞いだ。

 舌が竿の裏側に張りつき、ゆっくりと引いては押し込むように頭が上下した。口腔の内壁が締めつけるように吸い上げてきて、水音が暗い寝室に響いた。鷹臣さんの舌先が先端の割れ目をこじるように舐め、滲み出した液を唾液と混ぜ合わせて絡みつかせてくる。くちゅ、と粘着質な音が鳴るたびに、全身の神経が下腹部に集約されていくのがわかった。

「あ、っ……だめ……」

 シーツを掴む指先に力が入った。快楽の波が腹の底からせり上がってきて、抗えないほどの速さで全身を呑み込んでいく。鷹臣さんは手加減をする気配もなく、ぬるぬると唾液にまみれた性器を根元まで深く咥え込むと、喉の奥で締めつけるように強く吸い上げてきた。

 背筋を駆け上がる甘い痺れに耐えられず、僕は鷹臣さんの髪を掴んだ。黒い短髪が指の間で乱れ、引き剥がそうとした手の力はいつの間にか頭を押さえつける力に変わっていた。鷹臣さんの舌が根元を強く圧迫した瞬間、下腹部の奥で何かが弾けた。

「っ……ああ!」

 声が漏れた。腰が跳ね、身体が弓なりに反った。視界が真っ白に染まり、頭の中が空っぽになっていく。脈打つように繰り返される痙攣のたびに快楽が波のように押し寄せ、鷹臣さんの口内に熱い液体が放たれていった。

 鷹臣さんは一滴も零さずに全てを飲み下すと、ゆっくりと唇を離した。ぷっ、と微かな音がして、唾液の糸が繋がり、切れた。鷹臣さんが手の甲で口元を拭いながら身体を起こし、僕の顔を覗き込む。余裕を含んだ黒い瞳が、暗がりの中でも鮮明に見えた。

 荒い呼吸を整えられないまま、天井を見つめた。全身の力が抜けて、さっきまでの苛立ちの角が削り取られたように丸くなっていた。怒りが萎んだ分だけ、別の感情が胸の奥で存在感を増していく。

「……わかってる。歩の気持ちは」
 声が震えた。

「反対されたくないっていう歩の気持ちも、鷹臣さんが保護者として条件を出してくれたことも、わかってる」
 天井から目を逸らし、腕で顔を覆った。涙が滲んでいるのを悟られたくなかった。

「――でも、一番に言ってほしかった」
 声が、掠れた。

「反対するかもしれない。怒るかもしれない。面倒くさい兄だって思われても、構わない。一番に、僕に言ってほしかった」

 堪えていた涙が、腕の隙間から頬を伝って落ちていった。止めようと歯を食いしばるほど溢れてきて、呼吸が嗚咽に変わった。父が消えたときも、鷹臣さんに身体を差し出すことになったときも、歩には笑顔で接し続けた。歩のためなら何だってできると思ってきた。

 なのに歩は、一番大切な話を僕にはしてくれなかった。

「歩も言えるなら、一番に言いたかったと思うぞ」

 鷹臣さんが静かに言った。ベッドの縁に腰を下ろし、僕の顔を覆う腕をそっと退かした。涙で滲んだ視界に、鷹臣さんの険の取れた穏やかな顔が映った。

「でも一番に言ったのは、鷹臣さんにじゃん」
 鼻声で言い返すと、鷹臣さんが小さく首を振った。

「いや、俺の場合は言わせたに近い。歩の身体からアルファの匂いがして、どういうことか問いただしたら歩が土下座した。相手の男を呼ぶように言ったら、マンションまで送ってきていたらしくてすぐに戻ってきて、彼も一緒に土下座したんだ。厳密に言えば、歩の口からの報告はまだ誰も一番になってない」

「それって無理やりすぎない?」
「でも、一番がいいんだろ?」
「……そうだけど」

「良かったな。まだ一番になれる可能性がある」

 悔しいくらいに的確な言葉だった。歩がまだ誰にも自分の口から打ち明けていないのなら、僕に直接伝えてくれる機会は残っている。涙で腫れた目を擦りながら鷹臣さんを見上げると、黒い瞳が優しく細められていた。

「――そういうことで」
 区切りをつけるように呟いた鷹臣さんの声音が変わった。

 身体を覆うように鷹臣さんが圧し掛かってきて、膝でまだ脱ぎかけのままだった僕のズボンを完全に蹴り落とした。シャツの裾を捲り上げる指先が腹を撫で、脇腹をくすぐり、胸元へ這い上がってくる。敏感な乳首の先端を親指の腹で押し潰すように転がされ、甘い痺れが背骨を伝って腰の奥に落ちていった。

「んっ……待って、まだ……」
「待たない」

 唇が首筋に押しつけられた。強く吸われ、歯が立てられ、舌で舐め上げられる。首筋から鎖骨へ、鎖骨から胸へと唇が移動するたびに、火傷のような熱が肌に焼きつけられていった。

 鷹臣さんの指が太腿の内側を割り開き、さっき達したばかりの性器に触れた。まだ敏感な先端を指先で弾かれて腰がびくりと跳ねる。鷹臣さんの乾いた指先が秘所の入口に触れた瞬間、身体がアルファのフェロモンに反応して蜜が溢れてくるのがわかった。

 指が一本、ゆっくりと中に沈んでいった。オメガの身体は運命の番であるアルファに応じて内側から濡れていき、二本目の指が加わっても痛みはほとんどなかった。中を掻き回すように指が動き、腸壁の敏感な襞を的確に擦り上げてくる。

「あ……っ、そこ……」

 奥の一点を押し込まれた途端、全身が電流を流されたように震えた。鷹臣さんは容赦なく同じ場所を繰り返し刺激してくる。くちゅ、くちゅと粘液の音が暗い部屋に響き、腰が自分の意思を離れて鷹臣さんの指に擦りつくように揺れた。

 鷹臣さんが指を引き抜くと、空虚感が身体の芯を貫いた。衣擦れの音がして、ジッパーが下ろされる。滾った熱が太腿の内側に押しつけられ、その大きさと硬さに息を呑んだ。

「入れるぞ」
「……ん」

 先端が入口を押し広げていく。ゆっくりと、奥へ奥へと侵入してくる熱い塊に、内壁が引き伸ばされていった。身体の奥を押し分けられる圧迫感と、内側を満たされていく充足感が混ざり合い、目の奥がちかちかと瞬いた。

 根元まで入りきった瞬間、鷹臣さんが腰を密着させたまま動きを止めた。互いの荒い呼吸だけが寝室を満たし、繋がった場所から鷹臣さんの熱と脈動が伝わってくる。

「柊」
 低い声で名前を呼ばれ、胸の奥が熱く疼いた。鷹臣さんが腰を引き、ゆっくりと突き入れてきた。奥の壁に押しつけられるような深い一突きに、喉の奥から声が零れた。

「あっ……ん、ぅ……」

 鷹臣さんの動きが徐々に速度を増していった。引いて、押し込む。繰り返されるたびに内壁が鷹臣さんの形に沿って動き、身体が記憶している快楽の場所を的確に擦り上げてくる。水音がベッドの軋みと混ざり合い、僕の口からは抑えきれない嬌声が漏れ続けた。

 鷹臣さんが僕の片脚を肩に担ぎ上げた。角度が変わり、奥の奥まで届く深さで突き上げられる。腹の底を貫かれるような快感に視界が滲み、シーツを掴む指から力が抜けた。

「あぁっ……深い……っ」
「ここか?」

 鷹臣さんが腰を回すように角度を変え、最も感じる場所を探り当てた。狙いすましたように同じ箇所を何度も突かれ、全身を駆け巡る快楽の波に呼吸すら忘れた。汗ばんだ肌と肌がぶつかる湿った音と、結合部から溢れる粘液の淫靡な水音が絶え間なく響いている。

「鷹臣、さっ……だめ……もう――」
「まだだ」

 逃がさないとばかりに腰を掴まれ、引き戻された。深く、強く、繰り返し突き上げられるたびに身体の奥で快楽が膨れ上がっていく。もう考えることができなかった。涙の跡が乾ききらない頬を鷹臣さんの唇が撫で、耳元で荒い吐息が漏れている。

 鷹臣さんのもう片方の手が、僕の再び硬くなった性器を握り込んだ。腰の動きに合わせて上下にしごかれ、前と後ろの快感が同時に襲いかかってきた。全身の神経が灼けるように痺れ、もう限界だった。

「あ、ああっ……イ、く――!」

 身体が弓なりに反り、全身が痙攣した。視界が白く弾け飛び、内側の筋肉が鷹臣さんの熱を激しく締めつけた。腹の上に白濁が散り、指先まで痺れるような快楽の余韻が波のように押し寄せてくる。

 鷹臣さんが低く唸り、最奥に腰を沈めた。身体を強張らせ、脈打つように熱い精が身体の深い場所に注ぎ込まれていく。どくん、どくんと規則正しい拍動が腹の奥に響き、身体の芯まで満たされていく感覚に、意識が遠のきそうになった。

 互いの荒い呼吸だけが寝室に残った。

 鷹臣さんがゆっくりと身体を離し、繋がりを解いた。空になった身体の奥から液体が流れ落ちる感触に頬が熱くなったのに、それを恥じる余力すら残っていなかった。

 鷹臣さんが隣に横たわり、僕の身体を引き寄せた。汗ばんだ胸板に頬を預けると、荒れた鼓動が耳の奥に響いた。大きな手が汗で額に張りついた髪を梳き、優しく掻き上げてくれる。

「歩は、お前が思ってるよりずっとお前のことが好きだぞ」
 静かな声が、頭の上から降ってきた。

「好きだから言えなかった。嫌われるのが怖かったんだ。柊と同じだろ」

 鷹臣さんの言葉が、泣き腫らした胸の奥にゆっくりと沁み込んでいった。僕もかつて、鷹臣さんに抱かれていることを歩に知られたくなかった。弟に軽蔑されるのが怖かったからだ。歩が恋人の存在を隠した気持ちは、誰よりも僕自身がよく理解しているはずだった。

 返事の代わりに鷹臣さんのシャツを握りしめるた。
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