愛の物語を囁いて

ひなた翠

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暴力

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 パチンと音がして、蛍光灯がチカチカと光り出した。

「伊坂!?」と目を疑うような低い声に、僕はゆっくりと顔をあげた。

「あ……英先生」と僕は力のない声を出す。

 窓際の隅っこで、僕は自分のワイシャツを皺くちゃになったラッピング袋を抱きしめて、座っていた。

 外はすでに真っ暗で、教室にある時計には午後8時前を指していた。

「先生のワイシャツを鼻血で汚しちゃったんだ。洗って返します」

 僕は身体を小さく丸めると、ぼそぼそと口を動かした。

「堂々と嘘をつくのは、気にして欲しいから? それともスル―してもらいたいから?」

 英先生が、教卓に黒い鞄を置いた。

 僕のほうに長い足を向けて、近づいてくる。

「深く突っ込まれたくないけど。全く気にされないのも寂しいかな」

 僕はフッと笑うなり、傷口がピキッと引きつり、「って」と言葉が漏れた。

 英先生が僕の目の前で、膝を折って座りこんだ。

「小暮先生の拳に、痣が出来てた。質問したら、ひどく動揺してた。朝の一件もあるし、俺はどう処理をしたらいいか……悩んでる」

「家庭の事情ってヤツだから」

 英先生が、「ああ」と短く返事をした。

「俺は中学高校の6年間で、母親が4回替わった。何十回と親父の浮気現場を黙認したし、家庭教師の先生も4,5回替わった。俺にとったら普通の出来事だったから特に気にしてなかったが、近所の人たちからはいつも哀れな目で見られてた。でも俺は、俺の人生を『最悪』だとは思わなかった」

「なんで?」

「親父の女が変わろうが。家庭教師が親父と寝ようが。俺の人生には何の影響も無かったから」

「僕もそう思えば楽になるのかな?」

「伊坂の場合は違うだろ。伊坂の人生に影響が出てる。顔を殴られるなんて、大人の人間として最低だ。それが教師なんて……な」

「同情は嫌いだ」

「同情はしない。哀れだとも思わない。もちろん、可哀想だとも、な。ただ傍に居て欲しいときには、傍についててやる。学校内に限定させてもらうけどな」

 英先生がにこっと微笑むと、「セックスも……無しだ」と付け加えた。

「気持ち良かったのに」

 僕はぼそっと呟いた。

「辛かったら、辛いって言え。泣きたかったら泣け。傍に居て欲しいときは、傍にいてやる。だから約束しろ。己の身を壊そうなんて思うな」

「……わかった」

 僕は小さく頷いた。

 約束するよ。自分の身体を大切にする。

 誰かに壊してもらおうなんて、思わない。大事にするよ。
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