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第10話 後編・春の決意
「……僕が彼方に命を吸われるたびに、
あんた……」
そこまで言って、春は改めて言い直した。
「……蓮さんが、助けてくれてたんだね……」
「そうだな。
お前は随分な暴言を吐いてくれたが」
――この、腐れ外道!
思い出した途端、
春の顔がかっと熱くなる。
「あ、あの……
ごめんなさい!
それから……ありがとうございました!」
深く、頭を下げた。
「……」
返事がない。
恐る恐る顔を上げると、
蓮が目を見開いたまま、こちらを見ていた。
「……急に素直になられると、調子が狂う。
それに、敬語も」
「ぼ、僕だって!
ちゃんとした目上の人には敬意を払いますよ!」
言った瞬間、
周囲の温度が下がった……気がした。
「……ちゃんとした、ねぇ。
まるで俺が、まともな大人じゃないみたいに聞こえるんだが」
……笑顔が怖い。
不穏な気配に、春は慌てて言い募る。
「だ、だって!
正直、第一印象最悪でしたから!
初対面で睨まれるわ、敵意向けられるわ、
無様とか言われるわ!」
「それで?
今は敬意を払うに値するってことでいいのか?」
「……半分くらい」
一瞬、沈黙が落ちる。
次の瞬間――
ふっと、蓮の口元が緩んだ。
「なんだ、それ」
呆れたような声とは裏腹に、
その口元は、笑っている。
その笑みが、
思いのほか柔らかくて、
春は一瞬、見惚れてしまった。
(……こんなふうに、笑うんだ)
心臓が、
急に早鐘を打ち始める。
頬に熱が集まり、
慌てて視線を逸らす。
その一方で、
蓮もまた、自身の異変に気づいていた。
笑った?
……俺が?
あり得ない、と即座に否定する。
白鷺の血を引く相手に、
こんなふうに、素の感情を向けるなど――
胸の奥が、わずかにざわつく。
理由を考える前に、
蓮はその感情を押し殺し、春に釘を差した。
「とにかく、
お前はもう彼方に関わるな。
危険すぎる」
「でも……
もし彼方が、僕のところに来たら……」
一人では、
どうすることもできない。
「心配ない。
別荘地に近づかない限りは」
「……それって、どういう……」
蓮は一瞬の沈黙のあと、
静かに言った。
「直哉が倒れた」
「……え?」
「彼方を失ったショックで、
殆ど眠れず、食事もろくに取れていなかった。
夕方、意識を失った」
「だ、大丈夫なんですか!?
島には大きな病院もないですし……」
「主治医がついている。
命に別状はない」
だが、と蓮は続ける。
「直哉が倒れた直後、
彼方の様子が一変した。
おぞましい気配を残して、姿を消したんだ。
嫌な予感がして探しに出たところ
――お前たちに出くわした」
「……彼方、
きっと……ショックだったんでしょうね」
自分のせいで弱っていく直哉を
見ていられなかったんだ。
ついさっき、浜辺で見た
あの異様な姿が脳裏をよぎる。
春は、意を決して蓮を見つめた。
「……僕が、
正しい力の使い方を覚えれば……
彼方の願いを、叶えてあげられるんですよね?」
その言葉に、
蓮の瞳から、すっと温度が消えた。
「彼方には関わるなと言ったはずだ。
――――死者と生者はどうしたって交われない。
交わるべきじゃないんだ」
「でも!」
蓮の冷たい視線に思わず怯みそうになる。
それでも、春は引かなかった。
「彼方が言ってたんです!
直哉さんに、どうしても伝えなきゃいけないことがあるって!」
必死に懇願してきた、
あの日の姿が蘇る。
「僕なら、
それを叶えられるんですよね!?」
「それは、お前の独りよがりだ」
蓮の声に、かすかな怒気が滲む。
「どんなに辛くとも、
直哉は彼方の死を受け入れるしかない」
「そうかもしれない!」
声が、思わず大きくなる。
「蓮さんの言ってることは正しいです!
正しいけど……でも!
後悔したまま生きるぐらいなら……。
ちゃんと、お別れするべきだと思うんです!」
蓮の言葉を理解できないわけじゃない。
それでも――知ってしまった。
二人をもう一度、
めぐり合わせる力が自分にあることを。
「……僕、幼い頃に両親を亡くしているんです」
春は俯くと、
ぽつりと零した。
「その前後の記憶が抜け落ちていて……
何も思い出せない。
最後に何を話したのかも、
どんなふうに別れたのかも……」
唇を噛みしめ、
小さく息を吸う。
「今も、両親の死と向き合えていません。
ずっと、胸の奥に燻り続けているんです」
蓮は何も言わず、
ただ春の言葉に耳を傾けていた。
春は顔を上げると、
まっすぐに蓮の瞳を見据え、言いきった。
「直哉さんもこのままだと、
彼方の死と向き合うこともできず、
後悔と共に、生きていくことになる!」
春の脳裏に、
彼方に触れた瞬間の、
あの光景がよみがえる。
「言い争いをしたまま、
彼方が、
直哉さんの目の前で亡くなったから……
その記憶だけが残り続けるなんて
あまりにも残酷だよ……」
だから――。
春は、縋るように蓮を見つめた。
「お願いです……!
僕に、
力の使い方を教えてください!!」
深く、頭を下げる。
――長い沈黙が続いた。
静寂が落ち、波の音だけが耳に届く。
やがて、
その沈黙を破るかのごとく
深い溜め息が落とされた。
「……後悔、するなよ」
春は、はっと顔を上げた。
まっすぐに春の瞳を見据える蓮の瞳と交わる。
「協力はする。
ただし、お前にかけられた封印は解けない。
あくまで、基礎的な力の使い方だけだ。
それでもいいか?」
その問いに、
春は迷わず頷いた。
「十分です!
ありがとうございます、蓮さん!」
まるで、桜のつぼみが花開くような、
屈託のない笑顔だった。
その愛らしくも無防備な笑顔に、
蓮の瞳がわずかに見開かれた。
胸の奥がざわついた理由に
まだ、名前はない。
ただひとつ確かなのは——
この選択が
蓮自身の中に眠っていた感情を
静かに起こし始めているという事実だけだった。
あんた……」
そこまで言って、春は改めて言い直した。
「……蓮さんが、助けてくれてたんだね……」
「そうだな。
お前は随分な暴言を吐いてくれたが」
――この、腐れ外道!
思い出した途端、
春の顔がかっと熱くなる。
「あ、あの……
ごめんなさい!
それから……ありがとうございました!」
深く、頭を下げた。
「……」
返事がない。
恐る恐る顔を上げると、
蓮が目を見開いたまま、こちらを見ていた。
「……急に素直になられると、調子が狂う。
それに、敬語も」
「ぼ、僕だって!
ちゃんとした目上の人には敬意を払いますよ!」
言った瞬間、
周囲の温度が下がった……気がした。
「……ちゃんとした、ねぇ。
まるで俺が、まともな大人じゃないみたいに聞こえるんだが」
……笑顔が怖い。
不穏な気配に、春は慌てて言い募る。
「だ、だって!
正直、第一印象最悪でしたから!
初対面で睨まれるわ、敵意向けられるわ、
無様とか言われるわ!」
「それで?
今は敬意を払うに値するってことでいいのか?」
「……半分くらい」
一瞬、沈黙が落ちる。
次の瞬間――
ふっと、蓮の口元が緩んだ。
「なんだ、それ」
呆れたような声とは裏腹に、
その口元は、笑っている。
その笑みが、
思いのほか柔らかくて、
春は一瞬、見惚れてしまった。
(……こんなふうに、笑うんだ)
心臓が、
急に早鐘を打ち始める。
頬に熱が集まり、
慌てて視線を逸らす。
その一方で、
蓮もまた、自身の異変に気づいていた。
笑った?
……俺が?
あり得ない、と即座に否定する。
白鷺の血を引く相手に、
こんなふうに、素の感情を向けるなど――
胸の奥が、わずかにざわつく。
理由を考える前に、
蓮はその感情を押し殺し、春に釘を差した。
「とにかく、
お前はもう彼方に関わるな。
危険すぎる」
「でも……
もし彼方が、僕のところに来たら……」
一人では、
どうすることもできない。
「心配ない。
別荘地に近づかない限りは」
「……それって、どういう……」
蓮は一瞬の沈黙のあと、
静かに言った。
「直哉が倒れた」
「……え?」
「彼方を失ったショックで、
殆ど眠れず、食事もろくに取れていなかった。
夕方、意識を失った」
「だ、大丈夫なんですか!?
島には大きな病院もないですし……」
「主治医がついている。
命に別状はない」
だが、と蓮は続ける。
「直哉が倒れた直後、
彼方の様子が一変した。
おぞましい気配を残して、姿を消したんだ。
嫌な予感がして探しに出たところ
――お前たちに出くわした」
「……彼方、
きっと……ショックだったんでしょうね」
自分のせいで弱っていく直哉を
見ていられなかったんだ。
ついさっき、浜辺で見た
あの異様な姿が脳裏をよぎる。
春は、意を決して蓮を見つめた。
「……僕が、
正しい力の使い方を覚えれば……
彼方の願いを、叶えてあげられるんですよね?」
その言葉に、
蓮の瞳から、すっと温度が消えた。
「彼方には関わるなと言ったはずだ。
――――死者と生者はどうしたって交われない。
交わるべきじゃないんだ」
「でも!」
蓮の冷たい視線に思わず怯みそうになる。
それでも、春は引かなかった。
「彼方が言ってたんです!
直哉さんに、どうしても伝えなきゃいけないことがあるって!」
必死に懇願してきた、
あの日の姿が蘇る。
「僕なら、
それを叶えられるんですよね!?」
「それは、お前の独りよがりだ」
蓮の声に、かすかな怒気が滲む。
「どんなに辛くとも、
直哉は彼方の死を受け入れるしかない」
「そうかもしれない!」
声が、思わず大きくなる。
「蓮さんの言ってることは正しいです!
正しいけど……でも!
後悔したまま生きるぐらいなら……。
ちゃんと、お別れするべきだと思うんです!」
蓮の言葉を理解できないわけじゃない。
それでも――知ってしまった。
二人をもう一度、
めぐり合わせる力が自分にあることを。
「……僕、幼い頃に両親を亡くしているんです」
春は俯くと、
ぽつりと零した。
「その前後の記憶が抜け落ちていて……
何も思い出せない。
最後に何を話したのかも、
どんなふうに別れたのかも……」
唇を噛みしめ、
小さく息を吸う。
「今も、両親の死と向き合えていません。
ずっと、胸の奥に燻り続けているんです」
蓮は何も言わず、
ただ春の言葉に耳を傾けていた。
春は顔を上げると、
まっすぐに蓮の瞳を見据え、言いきった。
「直哉さんもこのままだと、
彼方の死と向き合うこともできず、
後悔と共に、生きていくことになる!」
春の脳裏に、
彼方に触れた瞬間の、
あの光景がよみがえる。
「言い争いをしたまま、
彼方が、
直哉さんの目の前で亡くなったから……
その記憶だけが残り続けるなんて
あまりにも残酷だよ……」
だから――。
春は、縋るように蓮を見つめた。
「お願いです……!
僕に、
力の使い方を教えてください!!」
深く、頭を下げる。
――長い沈黙が続いた。
静寂が落ち、波の音だけが耳に届く。
やがて、
その沈黙を破るかのごとく
深い溜め息が落とされた。
「……後悔、するなよ」
春は、はっと顔を上げた。
まっすぐに春の瞳を見据える蓮の瞳と交わる。
「協力はする。
ただし、お前にかけられた封印は解けない。
あくまで、基礎的な力の使い方だけだ。
それでもいいか?」
その問いに、
春は迷わず頷いた。
「十分です!
ありがとうございます、蓮さん!」
まるで、桜のつぼみが花開くような、
屈託のない笑顔だった。
その愛らしくも無防備な笑顔に、
蓮の瞳がわずかに見開かれた。
胸の奥がざわついた理由に
まだ、名前はない。
ただひとつ確かなのは——
この選択が
蓮自身の中に眠っていた感情を
静かに起こし始めているという事実だけだった。
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