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第12.5話 ――Side.黒鷺蓮・名前のない感情
春に力の使い方を教え始めて、今日で二日目になる。
――呆れるほど、呑み込みが早い。
本来なら、力を“視認”できるようになるまでに、数年はかかる。
それを春は、ほんの数時間でやってのけた。
天賦の才。
選定者であるがゆえ――
そう結論づけてしまえれば、どれほど楽だっただろう。
だが、それだけでは説明のつかない違和感が、いくつも残る。
蓮は、必死に瞑想に集中しようとしている春へと視線を向けた。
どうやら、瞑想はあまり得意ではないらしい。
呼吸は浅く、微かに乱れている。
吸う息と吐く息の間に、一定の間がない。
眉間には、本人も気づかぬうちに、きつく力が入っていた。
集中しようとすればするほど、
余計な思考が、表情に滲み出てしまうタイプだ。
蓮の視線は、自然と春の閉じられた瞳へと留まる。
長い睫毛が、かすかに震えていた。
――無防備だ。
あまりにも。
こちらの視線に気づかない、
ただそれだけで、人はここまで無防備になれるものなのか。
蓮は、そのまま、ゆっくりと視線を滑らせていく。
小ぶりだが、形の整った鼻。
白い肌に映える、やわらかな頬。
そして、ふっくらとした、艶のある唇。
一歩間違えれば、美少女と見紛うほどの、整った顔立ち。
――まったく。
春の中で雑念が増えるにつれ、
眉間の皺も、次第に深く刻まれていく。
その様子が、どうにも見ていられず、
指先で、その皺を軽く弾いた。
「痛っ!!」
春は勢いよく目を開き、
潤んだ大きな瞳で、蓮を睨みつけてくる。
「もう!
そうやってすぐデコピンするの、やめてくださいよ!!」
矢継ぎ早に文句を並べ立てるその姿は、
どこか小動物めいていて。
本人は至って真剣なのだろうが、
喉の奥でクッと、小さく零してしまう。
――いつからだろう。
春の感情に、
変化が見え始めたのは。
蓮は、黒鷺の能力ゆえか、
幼い頃から、人の強い感情を読み取ることができた。
それは時に、
色として“視える”ほど、鮮明で――
だからこそ、否応なく分かってしまう。
出会った当初の春は、
蓮に対する警戒と疑念の色で満ちていた。
濁り、硬く、距離を測る色。
それが、時間と共に少しずつ溶け、
形を変え――
今では、ときおり、
淡い薄桃色が混じる。
本人ですら、まだ気づいていないだろう。
その感情の正体は――好意だ。
今も、額をさすりながら文句を言ってはいるが、
そこに嫌悪の色は、欠片も存在しない。
蓮は、この能力のせいで、
人間の薄暗い部分を、嫌というほど見てきた。
社会的地位の高さもさることながら、
誰もが振り向く美貌を持つがゆえ、
異性、同性関係なく、際限なく言い寄ってくる。
笑顔を貼り付けて近づきながら、
その内側は、欲望と下心に塗れている。
値踏みするような視線。
肌に絡みつく、不快な気配。
人の欲望や執着は、
どれも等しく、醜かった。
だからこそ、
自分へ向けられる好意を遠ざけ、
その感情そのものを、忌避してきたはずなのに。
――なのに。
春の中に見え隠れする、その薄桃色だけは違う。
透明で、
曇りがなく、
ひどく、綺麗だ。
その色が、
いつか育ち、
花開くことを――
心のどこかで、
望んでしまっている自分がいる。
――まさか、この俺が。
あり得ない。
蓮は、内心でそう切り捨てる。
その瞬間、
不意に、直哉の声が脳裏をよぎった。
『恋に落ちるのに、時間は関係ないよ。
理屈じゃないんだ』
『心が囚われた瞬間には、もう手遅れだから。
それを、いつ自覚するか――ただ、それだけの話』
蓮は、
未だに文句を言い続ける春を、どこか可笑しそうに眺めながら、
一切の思考を、静かに遮断した。
――呆れるほど、呑み込みが早い。
本来なら、力を“視認”できるようになるまでに、数年はかかる。
それを春は、ほんの数時間でやってのけた。
天賦の才。
選定者であるがゆえ――
そう結論づけてしまえれば、どれほど楽だっただろう。
だが、それだけでは説明のつかない違和感が、いくつも残る。
蓮は、必死に瞑想に集中しようとしている春へと視線を向けた。
どうやら、瞑想はあまり得意ではないらしい。
呼吸は浅く、微かに乱れている。
吸う息と吐く息の間に、一定の間がない。
眉間には、本人も気づかぬうちに、きつく力が入っていた。
集中しようとすればするほど、
余計な思考が、表情に滲み出てしまうタイプだ。
蓮の視線は、自然と春の閉じられた瞳へと留まる。
長い睫毛が、かすかに震えていた。
――無防備だ。
あまりにも。
こちらの視線に気づかない、
ただそれだけで、人はここまで無防備になれるものなのか。
蓮は、そのまま、ゆっくりと視線を滑らせていく。
小ぶりだが、形の整った鼻。
白い肌に映える、やわらかな頬。
そして、ふっくらとした、艶のある唇。
一歩間違えれば、美少女と見紛うほどの、整った顔立ち。
――まったく。
春の中で雑念が増えるにつれ、
眉間の皺も、次第に深く刻まれていく。
その様子が、どうにも見ていられず、
指先で、その皺を軽く弾いた。
「痛っ!!」
春は勢いよく目を開き、
潤んだ大きな瞳で、蓮を睨みつけてくる。
「もう!
そうやってすぐデコピンするの、やめてくださいよ!!」
矢継ぎ早に文句を並べ立てるその姿は、
どこか小動物めいていて。
本人は至って真剣なのだろうが、
喉の奥でクッと、小さく零してしまう。
――いつからだろう。
春の感情に、
変化が見え始めたのは。
蓮は、黒鷺の能力ゆえか、
幼い頃から、人の強い感情を読み取ることができた。
それは時に、
色として“視える”ほど、鮮明で――
だからこそ、否応なく分かってしまう。
出会った当初の春は、
蓮に対する警戒と疑念の色で満ちていた。
濁り、硬く、距離を測る色。
それが、時間と共に少しずつ溶け、
形を変え――
今では、ときおり、
淡い薄桃色が混じる。
本人ですら、まだ気づいていないだろう。
その感情の正体は――好意だ。
今も、額をさすりながら文句を言ってはいるが、
そこに嫌悪の色は、欠片も存在しない。
蓮は、この能力のせいで、
人間の薄暗い部分を、嫌というほど見てきた。
社会的地位の高さもさることながら、
誰もが振り向く美貌を持つがゆえ、
異性、同性関係なく、際限なく言い寄ってくる。
笑顔を貼り付けて近づきながら、
その内側は、欲望と下心に塗れている。
値踏みするような視線。
肌に絡みつく、不快な気配。
人の欲望や執着は、
どれも等しく、醜かった。
だからこそ、
自分へ向けられる好意を遠ざけ、
その感情そのものを、忌避してきたはずなのに。
――なのに。
春の中に見え隠れする、その薄桃色だけは違う。
透明で、
曇りがなく、
ひどく、綺麗だ。
その色が、
いつか育ち、
花開くことを――
心のどこかで、
望んでしまっている自分がいる。
――まさか、この俺が。
あり得ない。
蓮は、内心でそう切り捨てる。
その瞬間、
不意に、直哉の声が脳裏をよぎった。
『恋に落ちるのに、時間は関係ないよ。
理屈じゃないんだ』
『心が囚われた瞬間には、もう手遅れだから。
それを、いつ自覚するか――ただ、それだけの話』
蓮は、
未だに文句を言い続ける春を、どこか可笑しそうに眺めながら、
一切の思考を、静かに遮断した。
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