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第15話 後編・贄の名を持つ人
蓮は、無言でロケットを見つめていたが、
やがて、ゆっくりと春へと視線を移した。
その瞳には、感情を削ぎ落としたかのような、
乾いた暗さだけが浮かんでいる。
「俺の、腹違いの兄だ」
低く、短い言葉が耳に届いた。
「……え」
「……黒鷺の贄として――
白鷺一族に、嬲り殺された」
一瞬、
風の音が遠のいた気がした。
あまりの衝撃に、
春は言葉を失う。
「兄は、俺の唯一の肉親で――
俺の全てだった」
蓮の言葉が途切れ、
金のロケットへと視線が落ちる。
「兄……紫苑は、生まれながらにして体が弱く、
力を使う時は
常に命の危険と隣り合わせだった」
春の脳裏に、
ロケットの中の写真が蘇る。
儚げで、
今にも消えてしまいそうな
美しい人。
「奴らは俺を人質に取り、
無理やり紫苑に力を使わせた。
…… 一人きりで、
白鷺の削られた命すべてを、背負わされた」
蓮の胸の奥で、
押し殺してきた感情が、わずかに軋む。
「次に紫苑と対面したのは、
遺体としてだった」
「……っ」
「全身、痣と傷だらけで、
目を逸らしたくなるような姿になって」
瞳の奥に、
消えることのない憎悪が浮かび上がる。
それは、どれだけ時間が経っても、
決して薄れることのない憎しみだった。
「……でも、どうして……?」
春が、震える声で問う。
「……黒鷺の人たちは、
お兄さんを、助けてくれなかったの……?」
蓮の瞳に、
一族へ向けた侮蔑の色が浮かぶ。
「黒鷺にも、利のある話だった」
「そんな……」
春は、それ以上言葉を紡げなかった。
「その当時、黒鷺の血筋には
選定者に匹敵する能力者が、他にも存在していた。
――それが、仇となった」
死んでも代えのきく存在。
――そう判断された。
「選定者だった兄は……
一族に、切り捨てられたんだ」
――かつて、春に向けられていた憎悪の感情。
その理由が、
ひとつ、またひとつと形を成していく。
春の頬に、冷たい雫が、静かに零れ落ちていった。
蓮の瞳が、驚きに見開かれる。
「……なぜ、お前が泣くんだ?」
言われて初めて、
春は自分が泣いていることに気づいた。
「……泣くな」
どこか、戸惑うようなその声音は、
ひどく優しかった。
それが、
春の胸を、余計に締め付けた。
泣きたくないのに、
意思に反して涙は溢れ、
次々と頬を濡らしていく。
その雫を、
蓮の長く、形の良い指が、
そっと救い上げた。
春は、
ロケットの中で微笑んでいた
黒鷺紫苑に想いを馳せ、
やりきれない思いで
胸が押しつぶされそうになる。
黒鷺の選定者として生まれ、
贄として使い潰され、
命の尽きるその瞬間まで、
力を搾取され続けた人。
蓮は、
そんな過去と、
そんな憎しみを、
抱えたまま生きていた。
――僕に黒鷺の力を使った時、
どんな思いだったのだろう。
――僕が協力を求めた時、
何を思っていたのだろう。
「……ごめ、なさ……」
声が震える。
「知らなかったからって……
僕は、蓮さんに、
なんてことを……」
一瞬の沈黙のあと、
蓮の静かな声が、降ってきた。
「それは違う。
兄の死と、お前は無関係だ。
……頭では、
わかっていたはずなんだ」
――悪かった。
蓮が、春に謝罪する。
「いくらお前に白鷺の血が流れているからといって、
出会った当初、
あんな態度を取るべきじゃなかった」
その言葉に、
春の喉から嗚咽が漏れる。
「違う……」
首を振りながら、春は言う。
「蓮さんは、何も間違えていない。
もし……もし僕も、
この世で一番大切な人を殺されたら……」
声が詰まる。
「きっと、それにまつわる人間すべてを、
憎んでいたと思うから」
自分で口にした言葉に、
心が重く沈んだ。
望んで白鷺の血筋に生まれたわけではない。
それでも、
黒鷺紫苑を死に追いやった一族と
同じ血が流れている事実は変わらない。
――これ以上、
傍にいてはいけない。
自分の存在が、
蓮に辛い過去を
彷彿させてしまうから。
「……今日はもう、帰ります」
無理やり、言葉を紡いだ。
「力の習得も、
あとは自分でなんとかします。
今まで……
ありがとうございました」
頭が割れるように痛む。
それを悟られないように、
全身に力を込めて、無理やり笑った。
蓮から、離れたかった。
この場から、今すぐいなくなりたかった。
ただ、早く帰りたかった。
茅葺屋根の、あの家に。
――なのに。
再び、二の腕を掴まれ、
体ごと、背後の木へ押し付けられる。
「……れん、さん?」
やがて、ゆっくりと春へと視線を移した。
その瞳には、感情を削ぎ落としたかのような、
乾いた暗さだけが浮かんでいる。
「俺の、腹違いの兄だ」
低く、短い言葉が耳に届いた。
「……え」
「……黒鷺の贄として――
白鷺一族に、嬲り殺された」
一瞬、
風の音が遠のいた気がした。
あまりの衝撃に、
春は言葉を失う。
「兄は、俺の唯一の肉親で――
俺の全てだった」
蓮の言葉が途切れ、
金のロケットへと視線が落ちる。
「兄……紫苑は、生まれながらにして体が弱く、
力を使う時は
常に命の危険と隣り合わせだった」
春の脳裏に、
ロケットの中の写真が蘇る。
儚げで、
今にも消えてしまいそうな
美しい人。
「奴らは俺を人質に取り、
無理やり紫苑に力を使わせた。
…… 一人きりで、
白鷺の削られた命すべてを、背負わされた」
蓮の胸の奥で、
押し殺してきた感情が、わずかに軋む。
「次に紫苑と対面したのは、
遺体としてだった」
「……っ」
「全身、痣と傷だらけで、
目を逸らしたくなるような姿になって」
瞳の奥に、
消えることのない憎悪が浮かび上がる。
それは、どれだけ時間が経っても、
決して薄れることのない憎しみだった。
「……でも、どうして……?」
春が、震える声で問う。
「……黒鷺の人たちは、
お兄さんを、助けてくれなかったの……?」
蓮の瞳に、
一族へ向けた侮蔑の色が浮かぶ。
「黒鷺にも、利のある話だった」
「そんな……」
春は、それ以上言葉を紡げなかった。
「その当時、黒鷺の血筋には
選定者に匹敵する能力者が、他にも存在していた。
――それが、仇となった」
死んでも代えのきく存在。
――そう判断された。
「選定者だった兄は……
一族に、切り捨てられたんだ」
――かつて、春に向けられていた憎悪の感情。
その理由が、
ひとつ、またひとつと形を成していく。
春の頬に、冷たい雫が、静かに零れ落ちていった。
蓮の瞳が、驚きに見開かれる。
「……なぜ、お前が泣くんだ?」
言われて初めて、
春は自分が泣いていることに気づいた。
「……泣くな」
どこか、戸惑うようなその声音は、
ひどく優しかった。
それが、
春の胸を、余計に締め付けた。
泣きたくないのに、
意思に反して涙は溢れ、
次々と頬を濡らしていく。
その雫を、
蓮の長く、形の良い指が、
そっと救い上げた。
春は、
ロケットの中で微笑んでいた
黒鷺紫苑に想いを馳せ、
やりきれない思いで
胸が押しつぶされそうになる。
黒鷺の選定者として生まれ、
贄として使い潰され、
命の尽きるその瞬間まで、
力を搾取され続けた人。
蓮は、
そんな過去と、
そんな憎しみを、
抱えたまま生きていた。
――僕に黒鷺の力を使った時、
どんな思いだったのだろう。
――僕が協力を求めた時、
何を思っていたのだろう。
「……ごめ、なさ……」
声が震える。
「知らなかったからって……
僕は、蓮さんに、
なんてことを……」
一瞬の沈黙のあと、
蓮の静かな声が、降ってきた。
「それは違う。
兄の死と、お前は無関係だ。
……頭では、
わかっていたはずなんだ」
――悪かった。
蓮が、春に謝罪する。
「いくらお前に白鷺の血が流れているからといって、
出会った当初、
あんな態度を取るべきじゃなかった」
その言葉に、
春の喉から嗚咽が漏れる。
「違う……」
首を振りながら、春は言う。
「蓮さんは、何も間違えていない。
もし……もし僕も、
この世で一番大切な人を殺されたら……」
声が詰まる。
「きっと、それにまつわる人間すべてを、
憎んでいたと思うから」
自分で口にした言葉に、
心が重く沈んだ。
望んで白鷺の血筋に生まれたわけではない。
それでも、
黒鷺紫苑を死に追いやった一族と
同じ血が流れている事実は変わらない。
――これ以上、
傍にいてはいけない。
自分の存在が、
蓮に辛い過去を
彷彿させてしまうから。
「……今日はもう、帰ります」
無理やり、言葉を紡いだ。
「力の習得も、
あとは自分でなんとかします。
今まで……
ありがとうございました」
頭が割れるように痛む。
それを悟られないように、
全身に力を込めて、無理やり笑った。
蓮から、離れたかった。
この場から、今すぐいなくなりたかった。
ただ、早く帰りたかった。
茅葺屋根の、あの家に。
――なのに。
再び、二の腕を掴まれ、
体ごと、背後の木へ押し付けられる。
「……れん、さん?」
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