錬金術師の弟子の告白

瓢箪独楽

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錬金術師の弟子の告白

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 僕はしがない錬金術師。別に、国のお抱えだったり街中で大人気の錬金術師とかではない。街はずれで一人、錬金術の研究に時間を費やしているだけ。生まれて三十年目にして既に老人の様な生活をしている。
 そんな僕にも弟子が一人居る。先月十八歳になったばかりの若い女の子だ。彼女と出会ったのは五年前の冬。僕の十年の街はずれ生活、その半分を過ぎた頃だった。
 当時、街は流行り病が猛威を振るい、数多くの人がその命を失っていた。人々は自分が感染するのを恐れ、既に罹患りかんした者を隔離、または排除するといった状況。
 そんな人々の負の感情が蔓延する頃に出会った彼女も、恐ろしい病に罹患した者だった―― 



 虚ろな目をした少女が僕の家の玄関脇に座って居る。俯いて膝を抱える少女。着ている物はしっかりとした物ではあるが、それは酷く汚れていて、この格好のまま暫くの間生きてきた事ぐらいは容易に想像できた。
「お嬢ちゃん、何か用かい?」
 全くというわけではないが、滅多に人の来ない場所である。そんな恰好で、どうしてここへという二つの意味を込めて、彼女の返事を待ってみる。
「…………くない」
ぼそぼそと聞き取り辛くはあったが、彼女の様子から何らかの病に侵されている事、そしてそれが彼女の命の灯を今にも消さんとしている事を、僕は理解していた。
「そっか、死にたくないのか。なら、うちにお入り」
手を差し伸べると、少女はまだ虚ろな表情のままその手を握り返した。

「ほら、これを飲みなさい」
小さな丸薬と水の入ったコップを渡す。
 彼女は少し戸惑った表情を見せたが、すぐにそれを飲み込んだ。自分の体内を確かめるかの様に、少女は暫く宙を見つめ動きを止める。
「そんなすぐには何も起きないよ。とりあえず、そこのベッドに横になって」
そう促すと、少女は言われるままベッドに入った。
 横たわる少女に僕は、さっき飲んだ薬が『死』以外を治す薬である事、つまり手の施しようがない損傷があれば助からなかったという事。そして、もう二度と作り出せない事を告げた。そして少女は僕に街の現状、自分の現状を伝えた。
 ほんの数分の会話の後、少女は深く長い眠りについた。数分前よりも幾分穏やかな少女の表情が、数年ぶりの笑顔を引き出してくれていた事に僕はまだ気づいていなかった。

 少女との出会いから三週間が経った。虚ろだったその瞳には光が戻り、少女から消えつつあった命は、無事つなぎ留められた事が見て取れた。
「錬金術師さん、本当にありがとう」
 十三歳の少女にとってかなり質素な食事を、これ以上なくおいしそうに頬張りながら、もう何度目か分からない感謝を述べる。僕が、もう感謝はいいから一杯食べなさいと言うと、満面の笑みで頷きニシシと笑っている。
 少女が薬を飲んで眠り目覚めたのは二日後。次第に回復してゆく中で、自ら出来る家事を手伝い始め、今では食器の置き場所について僕が怒られる程だ。
 少女の体の変化とは別に、僕にも変化が表れていた。良く笑うようになったのだ。食器の置き場所で怒られても、何となく笑ってしまう。その何となくを上手くは説明できないのだが、僕は随分とその何となくを気に入っていた。
「錬金術師さん」
 僕が些細な物思いに耽っていると、ふいに真面目な顔の少女が呼び掛けてきた。有無を言わせる時間を与えずに、少女が続ける。
「私を弟子にしてください」
唐突な申し出に僕は言葉を見つけられなかった。この三週間の居心地の良さと離れるのは寂しいなどと、確かに考えてはいたが、まさかこういう道を少女から提案されるとは思っても居なかった。
「両親をあの病で亡くした事は話しましたよね。つまり今の私には帰る場所はありません。それに貴方の錬金術は私を救ってくれました。今度は私が誰かを救いたいのです」
 少女の瞳は、こちらが思わず目を逸らしてしまいそうになるくらい、まっすぐに僕を見つめていた。その真剣さに、自らの姿勢を正し真正面から向かい合う。
 えらく長く感じられる数十秒が過ぎた頃、ふとある事を思い出した。

――そういえば、この子は既にの錬金術を使えたんだった。

「わかった。ここに住んで錬金術を学ぶといい」
少女の目が大きく見開く。
「ただし、家事の手伝いはしてもらうよ」
僕が言い終わるよりも早く、少女は可愛らしい笑顔を作っていた。



「師匠~! 一体いつになったらコップの置き場所を覚えてくれるんですか!」
台所から彼女の声が聞こえる。もう五年も経つのだななどと考えているところにコレである。確かに彼女が怒るのも無理はないなと反省する。
 そう、もう五年だ。十三歳だった彼女も今では立派な淑女で…… 女性である。
 彼女が弟子になって、まず最初に教えたのは錬金術は夢物語であるという事。
君が考えているモノとは幾分差異があるはずだと。一掴みの土から一掴みの黄金なんてものは幻想だと。
 例えば、『ある植物の根と別の植物の葉を一緒にすりつぶすと、打ち身や捻挫に良く効く薬になる』といった事や、『具合の悪くなった家具を元に、新たな家具を作り出す方法』などが錬金術なのだと。
 この話を聞いた彼女の驚いた顔を思い出すと、いまだに吹き出しそうになる。
「何一人でニコニコ笑ってるんですか」
気が付くと、不思議半分面白さ半分な顔で僕を見ていた。
机に向かって物思いに耽っていたが、いつの間にか笑ってしまっていたらしい。うん、あの時の顔はやはり中々の破壊力だ。
「いや、ちょっと昔を思い出していてね。何てことのない思い出し笑いだよ」
僕は立ち上がり、おもむろに窓に向かった。
 窓から見える景色は、どこか灰色に感じたあの日とは違い、穏やかな日の光によってその鮮やかさに磨きをかけているかの様だ。
「昔かぁ……。 そういえばあの日私にくれた薬、あれって…… 賢者の石ですよね」
青空に同化しそうな程の上空を一羽の鳥が泳いでいった。
「ああ、あれは僕の賢者の石だ」
「僕の?」
振り返り頷く僕。
「賢者の石の力は、作った錬金術師によって全然違うんだ。そもそも賢者の石っていうのは、それぞれの錬金術師がその生涯で錬金した最高傑作に付けられる名前なんだよ」
驚きと感心の混ざった表情の彼女に、僕は全てを語った。
 僕の両親も彼女の両親と同じように、流行り病で続けて亡くなった事。そして、先に亡くなった父を追うように弱っていく母をみて、その特効薬を作ろうと決心した事。その特効薬が完成する直前に母が息を引き取った事。それら全てを彼女は黙って聞いていた。
「今思えば…… そうだな…… 僕は君を助ける事で救われたのかもしれないな」
ほんの少しの時間で救えなかった母。母の死の後、投げ出さずに最期まで作り上げた事が目の前の彼女を救い、結果として自分の心も救われた事を実感していた。
 勝手に溢れてきた涙を左手で拭っていると、ふいに右手にぬくもりを感じた。視線を落とすと、彼女が僕の右手を優しく握ってくれていた。彼女の頬にも同じように涙が流れている。

――まっすぐで優しいこの子は、まさしく稀代の錬金術師だ。

 左手で彼女の涙を拭い、そのまま彼女の頭に手を置いた。僕を見上げる彼女に言いたい事があった。
「今日で君は僕の弟子を卒業だ」
「えっ……」
戸惑う彼女に僕は続ける。
「僕は最初に君に教えたよね。錬金術はある物から別の何かを作るものだと。ただし、それは世界の法則を捻じ曲げて作られるものではないと」
彼女がコクッと小さく頷く。
「でも君の錬金術は何もない所から別のものを作る錬金術だった。そんな君に僕が教えられる事は何もないんだよ」
「どういう…… 事ですか」
「だって君は、ここに居るだけで僕に笑顔を作ってくれたじゃないか」
今僕は三十年の人生で一番穏やかな笑顔をしているのだろう。胸の辺りの温かさからそれが分かる。
「でも……!」
彼女の考えている事もわかっている。だから僕は続けた。
「心配するな。これからも一緒に暮らそう。これからは師匠と弟子じゃなく、親子としてだ」
 彼女の瞳からとめどなく涙が溢れる。
 さっきまでの、不安と寂しさの入り混じった表情はどこかへすっ飛び、今はびしょ濡れの満面の笑み。何に対してなのか、ずっと「うん、うん」と頷いている。

――ああ、良かった。本当に良かった。この子が傍にいてくれるなら、僕から笑顔が消える事は金輪際ないだろう。だから僕も彼女がこれからも笑顔でいられるように生きてゆこう。

 僕たちは暫くの間、互いの愛情を確かめ合うかの様に抱き合っていた。




「あ、そういえば。なんでもう二度と賢者の石は作れないの?」
「ん? あー…… まぁ色々あってな」
「色々って何?」
「怒るなよ?」
「怒んないよ」
「僕の父親の骨が材料だったんだ」
「え…… 私、人骨飲んだの?」
「う、うん。なんか…… ごめん」
「……まぁ、それで私は助かったわけだし、気にしない事にする!」
「そう言ってもらえると助かる」
「それに、最高の錬金術師の一人の遺骨だしね」
「え? 父親は錬金術師じゃないぞ?」
「何言ってんの? お父さんとお母さんが居て、初めて人は生まれるんだよ?」 
「はっ!!! た、確かに…… と、なると全ての人間は最高の錬金術師!?」
「さぁねー。さーて、来年には親子から恋人にクラスチェンジだー」
「ん? 何か言った?」
「いいえ、何も?」




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