リアル人狼ゲーム in India

大友有無那

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第1章 リアル人狼ゲームへようこそ(1日目)

1ー1 1日目夕

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『ナマスカール、ナマスカール、ナマスカール』
 間を開けてまた三回。もっと繰り返されていたかもしれない。
『「リアル人狼ゲーム」プレイヤーの皆さまを心から歓迎いたします。全員お目覚めになったようですので、早速ルールの説明を開始します。最初に、ゲームが終了するまでこの建物から出てはなりません。次にこの建物や備品は一切傷付けてはなりません。次にー』
「何言ってるんだかわからねーよっ!」
 少年が叫んだ。パンジャーブ語、だろうか?


 彼女は混乱していた。
 日本からインドに帰国して何週間も過ぎたのになぜ人狼ゲームの解説など聞いているのだろう。そもそもここはどこだ?
 広間の中、目の前には大きな天然木のテーブルが広がり、彼女は短辺の端から二人目あたりに居るようだ。両隣とは乳白色の板に遮られて人影が動くのがわかる程度、見えるのは離れた場所のみだ。
(あ、眼鏡掛けてる)
 それなしでは家の中も歩けない彼女はすぐに気付いた。自分の服は同僚との食事会のまま、黄色いシャツと茶色のパンツ。理容室にあるような、だがより高級感のある白い椅子の上、両腕は肘掛けとカバーの間の円筒に通り動けない。右手の先にテンキーがある。触ってみようとしてすぐに止めた。あたりがうるさくなり過ぎたのだ。
「ふざけるな! お前ら何だ!」
「何言ってるんだかわからない!」
 右手側で男が叫べば左のどこかで少女が声を絞る。アナウンスと同じヒンディー語に多分ベンガル語、テルグ語と様々だ。
「ヒンディーはわからないよ! タミル語で話して!」
 少年らしい声が悲鳴を上げる。同郷の言葉に思わず叫び返した。
「必要になったら訳してあげるよ!」
「アッカ(お姉さん)、タミルの人?」
 きょろきょろしても姿は確認出来ない。席が近過ぎるのか?
「そうだよ」
「うるせえっ!」
 聞こえねえだろうがっ! と近くからヒンディー語で怒鳴られた。タミル語の会話が叱られたようだがあちらこちらこの状況で上からのアナウンスなど誰にも聞こえていない。
(上から?)
 見上げると大きな吹き抜けの二階と三階に回り廊下があり木の扉が並んでいた。地方邸宅の古めの様式だろうか。テーブルの真上高くにシャンデリアが腕を広げプリズムに輝いていた。その奥の黒い箱がアナウンスを垂れ流すスピーカーのようだ。
 スピーカーを挟むように大きな扇風機がゆっくりと動く。館内には冷房も入っているようだが広過ぎるのか効きは良くない。ぼんやりとしか冷やさない日本の空調のようだ。
 自分たちは一階大広間の少し段を上がったところのテーブル回りに座らされている。シャンデリアが落ちたら逃げられるかふと考えて下を見ると、両足は足置きの上でこれも枷のような白いカバーで足首を固定されびくとも動かなかった。
 視界の向こうには大きなガラス張り、奥には木々が見える。
 外は青黒い。日が落ちたばかりほどだろうか。
 両肘掛けの間は小さな板で繋がれていて上にタブレットが乗っかっていた。電源は入っており丸の中に入った「14」という数字が画面一杯に表示されている。真ん前の札立てにも14、テンキーの手前右手首下にもビニールコーティングされた14の数字、目を動かすと左腕にも白地に○の中14と印刷された腕章が嵌まっている。
(つまり私は14番なんだ)
「ヒンディー語みたいですがよくわかりません。テルグ語で話してください」
 主張の通りそのヒンディーは文法に誤りが多かったが澄んだ声は騒動の中でもよく響いた。一瞬静まるが、
「パンジャーブ語でも話せ!」
「カンナダ語っ!」
「英語ならわかりやすいと思う」
(いやそれはー)
 ますます騒がしくなり結局彼女も、
「タミル語もお願い!」
 と加えた。

 ボン。ボボボン。太鼓らしき音が上から響く。先ほどからの明らかに機械を通した女の声が続けた。
『複数の言語での説明をとのご希望がありました。当方ではヒンディー語以外に英語の用意もございますのでこれから加えます。なお説明の内容は全てこちらのモニター』
 と左手長辺側の後方、壁際の台に乗った大きな黒いモニターに一瞬スポットライトを当てる。
(どれだけ金かけてるんだこのシステム)
 眉をひそめる。中に放り込まれた自分は川に流される小さな葉っぱだ。
『及び皆さまにお配りしているタブレットの中に保存されています。繰り返し確認してよく理解してください。これは皆さまの命に関わることです』
 背がチリチリ震えた。胸をえぐられた体、首から吹き出る血ー
 浮かぶのは日本で見た光景だ。現実ではなく映画や漫画のシーンだがそれが頭を殴る。
(有り得ない)
 悪い夢の中かと頬をつねろうにも腕が動かせない。
 見渡すと、ある者は強ばり別の者は叫び、ある者は泣いているのか泣きそうなのかうなだれると地獄の光景が広がっている。何人かの男は体を大きく揺すって椅子から逃れようとしているが果たせない。
(二十人? いやもっとだ)
 男女半々くらいで皆若い。大人とはいえない少年少女も目立ち20代半ばの自分は上限だろう。男は洋装だが女はサリーやサルワール・カミーズ姿も混ざる。見るからに洒落た国内ブランドものーちょっと羨ましいー、逆に屋台の駕籠から引っ張り出したような明らかに縫製が悪いサルワール・カミーズー社会の中の居場所にはかなり幅がある。誘拐犯はそのあたり選ばなかったようだ。
 アナウンスは最初から説明をやり直し、ヒンディー語の後に英語で同じ内容を伝える。
 英語の方が得意な自分は正直楽だが、同郷の少年のように両方わからないだろう人間には意味がない。そしてこれは、ゲームとやらが無差別で拉致しながら教育レベルや貧富の差でのハンディを容認していることを意味する。
 彼女は歯を食いしばった。
 本当に命がけなら、まして許されない!
 金を湯水のように使う「敵」のイメージがスピーカーの向こうにぼんやりと形作られ、彼女は高い天井を睨んだ。


『次に、プレイヤーに危害を加えてはなりません。ただし狼の役の仕事として0時から3時の間に村人を殺害することは除きます』
 口を半開きにしたり動きを止める者たちの中彼女は顔色を変えなかった。人狼ゲームならそうだ。覚めた頭とは裏腹に震えは全身に移る。感じていた怒りが恐怖に塗り替えられた。
『怖がりなんだから無理することないのに』
 小さな自分に木陰で繰り返したのは村のおばあちゃんだったか。
(でもねおばあちゃん。恐いからって向かっていかなかったら、何も変わらないんだよ)
 村も、自分も。
 もう一度、涙目で上を睨み付ける。

「ひやあっ!」
 だが周りは高い悲鳴を皮切りに怒号が行き交い、ボリュームが大きくなったアナウンスも聞き取れない。と、
(!)
 首がじんわりと温かくなった。日本の冬に使い捨てカイロを服に仕込んだ時のようだ。だがそこで止まらずむしろ熱さを首回りに伝え出す。
 ようやく彼女は参加者全ての首に金属の輪が嵌められていることに気付いた。見逃していた理由は簡単で、彼女の知る「リアル人狼ゲーム」では首に輪が有るのが当たり前だったからだ。寮のルームメイトと覗き込んで読んだ漫画のコマを思い出す。
『ルールに従っていただくと言った筈です。違反した場合はこのように罰を加えることとなってしまいます。順調にいけば十五分持たないでしょうね』
(……)
 初めて声に苛立ちが交じった、と感じた。録音でも合成でもなく生身の人間がしゃべっているのを変換している? など考察するのも場違いに呑気だ。いや現実逃避か。
 すぐに首が金属の冷たさを感じるようになる。熱するのを止め冷やしたのか。ただし肌にはまだ熱が残っていて彼女は新たな恐怖を感じた。これなら「彼ら」は姿も見せずすぐに自分たちを殺せる。
(彼ら?)
 恐怖を肌で感じ続けながら考える。日本の漫画や映画では首謀者は明かされないことが多かった。話がまとまらないからだろうとルームメイトと意見を交わした記憶がある。全く役に立たない。
 今、機械の向こうで演説する人間は何を考えている?
「嫌だよ、首が熱い」
「もう冷めてきてるよ。大丈夫だって」
 タミル少年らしき声にさほど大きくない声で返す。自分では大丈夫だなど思っていないので大嘘つきだ。
(私たちは本当に殺し合いのゲームをさせられるの?)
 日本での記憶によるなら、騙し裏切り心身ぼろぼろになって生き残るのはごくわずか。
 大テーブルの周りの人々をゆっくりと見渡す。
(嫌だ。そんなこと)
 死にたくない。殺したくもない。
 何とか、何とか出来ないものだろうか。


「俺にこんなことをしていいと思っているのか! 俺の親父はX州州知事」
(うわっ)
「の一番の後援者だ!」
 左手長辺側に居る男が声を響かせてフルネームを名乗った。レスリングでもしていそうな肩幅だ。
(……知事の息子ではないのか)
 脱力するが本当ならそれなりの「力」はある。
 天上の声は少しの沈黙の後、
『皆さまには個室を準備してあります。二階が男性、三階が女性です。説明が終わりましたらすぐに案内図を見て自分の部屋の中を確認することをおすすめします。個室についてのルールですがまずは他の人の部屋に入ってはなりません。ただし住人が死亡した部屋はその限りではありません。次に、23時から5時までは部屋を出てはなりません。この間扉はロックされますのでプレイヤーの皆さまは余裕を持って部屋にお入りください。ただし狼の役のー』
 無視して説明を続けた。彼が口を噤んだ理由は再度首が熱せられたからとは後から奴が文句を垂れ流してわかった話だ。
(ああいうのは面倒だ)
 嫌な気持ちを胸の奥に押しとどめた。



<注> 
・出てくる言語は全てインドで州公用語になるほどメジャーなもので、うちヒンディー語がインド全体での公用語となります。
・サリーやサルワール・カミーズは民族衣装の名称です。
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