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第7章 混乱へようこそ(新4日目)
7ー1 紙片(新4日目朝)
しおりを挟む「それをクリスティーナが付けたというの?」
有志会議前、朝食を終えベジタリアン食堂から出て来たラクシュミを半ば無理矢理捕まえた。広間奥の木のテーブル前、垂直に背の立った椅子の方に彼女が座ったのでアビマニュは隣の落ち着かないロッキングチェアに腰掛けた。
「最初の晩にクリスティーナさんが目を止めていて僕も見たんです。こんな物にもメーカー名が入っているんだと思って」
Co.だから会社名だろう。
「昨日の朝ディヴィアさんを送った時プレートには傷一つなかったのを見ています。ですが今朝エクジョットを送った時には文字を丸く囲む傷が出来ていました」
『Macojin.Co.』
火葬室に入ってすぐ、アビマニュの目線よりは少し下の銀色のプレート。楕円が四分の三くらい描かれ向かって左下部は線が消えていた。顔を近づけると回りに一センチにも満たない短い傷や点もいくつか見えた。
さすがに葬送では写真は撮れない。観察しているだけでも邪魔なようですぐに後ろに下がった。
「ディヴィアさんの後『火葬室』に入ったのはクリスティーナさんだけです」
「クリスティーナだけじゃない」
「えっ?」
「引き出して痕跡を残さず掃除した作業員、あちら側の人間も入っている。……眼鏡くらい焼け残っているかと思ったんだけど」
(……)
作業時の傷の可能性もある。元々あったのにたまたま今朝気付いただけかもしれない、決めつけるなと説教が降ってきた。
(いや本当に傷ひとつなかったんだ。昨日までは)
歯がゆい。
「仮にクリスティーナの仕業だとして何を伝えようとしたっていうの?」
大きく首を横に振る。
「わかりません。『人狼』は誰かを暗示しているのか、それとも『連中』の正体についてか」
「通じないメッセージを残すほど馬鹿じゃないと思ったんだけど」
ラクシュミはばさりと斬った。
「ただ、『変化』は気に留める価値はあると思う。明日以降その傷がどうなるか注意はしておけばいい」
「……Macojinって会社、ラクシュミさんご存じですか」
「知らない。響きからは我が国の会社ではない気がする。一応機械だしスンダルに聞いてみたらどう?」
「彼が『狼』や『象』だったらまずいと思うので止めた方がいいかと」
「……君、クリスティーナが『占星術師』だと思っていたの?」
はっと表情を変え探る視線を合わせてきた。
スンダルにはしゃべらなくともラクシュミと話すのは、クリスティーナの占いで白が出されているから。昨夜票を投じたのに? と当然思うだろう。
反らしていた顔をあげ真っ直ぐ見返した。
「この後皆に知らせますが、」
マーダヴァンの「タントラ」占いでクリスティーナが「村人」だと出た。
「そんなにマーダヴァンは信じられる?」
「……名乗り出たタイミングやその後の言動からも本物の『タントラ』だと思えます」
「そう」
いつもの不機嫌な顔を横目に話を進める。
「クリスティーナさんの提案、どうします」
声を落とし、唇も読まれないように俯き気味にする。濃い色の木目テーブルの傷に埃がうっすらとたまっているのが見えた。そのまま腕だけ回して紙を渡す。
「ジョージさんの部屋にあったメモです。会議ではお仕事について考えていたようだと言うつもりですが、実際にはあの『アイデア』についてだと思います」
紙片がさっと引かれる。
「これも具体的なことはさっぱりです」
「……作戦立案に向かないふたりが残った訳か」
ラクシュミは仰いで小さくため息を吐く。
「おっしゃる通り、僕には思い付きません」
「君があきらめるのは結構。私はやれるだけやる」
すくっと立ち上がったラクシュミに追いすがるように椅子を離れる。
「あきらめるなんて言ってませんっ! 協力させてください。あと、その紙は会議で見せるので預かー」
「『協力』? 何甘えたことを言っているの。必要なのは共同企画者で実行人」
一瞬躊躇した。言葉が出ない。
「あれ」はクリスティーナがいなくては出来ない作戦ではなかっただろうか。
エアコンでよく冷やされた空気のように胸が熱を失う。
「クリスティーナは私とはことごとく違う人間」
身を翻してこちらを向いたラクシュミは椅子の背の前で足を止める。
「その彼女が……、何かと私に食ってかかるクリスティーナならどう考えるか。そう頭を廻らせると、」
目を閉じ、
「浮かび上がってくる論理がある」
低い空調音に重ねて静かに語る。
『お得感 コストパフォーマンス
希少価値 今だけ・お客様だけ 特別な』
斜めに書き連ねられたジョージのメモ。
顔を伏せ、髪を掻き上げるふりで口元を隠しながらラクシュミは一気に言った。
「ファルハとスンダルは仲間に引き込まざるを得ない。建物構造と機械関係がわかる人は必要。マートゥリーがいれば最高だったけどそこは仕方がない」
IT専門家がいればかなりこの「戦い」は有利に運ぶ。
「奴ら」はそれがわかっていて早くにマートゥリーを殺したのか。
タブレットのプログラム改編も設備破壊だなど「ルールブック」には書いていない。改めて思うが「連中」は恣意的だ。
ここはルールで仕切られてなどいない。
資金も潤沢な誘拐犯かつビジネスマンの「連中」が思うままに力を振るい支配する。
『弱点はその『力」の源泉』
クリスティーナの目の輝き。抑えた声でも強く響いた声。
「ってラクシュミさんまさか……」
肯定も否定もせずこの「作戦」は「狼」も「象」も関係ないからいいでしょうとこちらを見たラクシュミが手のひらでひゅっと押さえる仕草をした。
少し離れた床置きクッションの手前でダルシカがこちらを見ていた。
小声での会話が聞こえる距離ではないがぎくりと心臓が縮む。
ラクシュミが招くとジョージのメモより厚い紙片を差し出した。見覚えがあるものだ。
「済みません。どうしてもじっくり読みたくて昨日の夜一晩自分の部屋に持ち込みました。クリスティーナさんの『ノート』です」
昨夜席に置き去りにしてあったという。
ラクシュミがページを繰るのを覗き込み一緒に中を見た。
「遺髪は他の方のと同じように礼拝室にいれてあります」
(遺髪も準備もしてあったのか)
会議前には既に処刑を覚悟していたのかと思うが、ノートの最後のページには今朝も行動するのが前提のメモが残されている。
「全部写真に撮ってあります。書き直したりしてもわかりますから」
タブレットを振りダルシカがアビマニュを睨んだ。
「……そんなことしないよ」
「事実の詳細な記録はありがたい。このまま席において皆の閲覧用にしたい。それでいい?」
聞くラクシュミにダルシカはぴょこんと頷くと、黒く艶やかな三つ編みを背中でぽんぽん揺らして早足で去って行った。
ークリスティーナを見捨てた。
ー本物の「占星術師」だったのに。
と夜の会議では反感を集めるだろうか。
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