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第7章 混乱へようこそ(新4日目)
7ー6 LIFE2(新4日目夜)
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「どうして!」
バシッ!
「私が!」
ビシャッ!
「こんなことっ!」
バン!
「しなきゃならないのよっ!」
ビッチャン!
水が顔に跳ねた。
「嫌あ」
ラクシュミはバスルームにしゃがんだまま半泣きで叫んだ。
祖父のように洗濯機は駄目で手洗いが理想とは思わない。技術の進歩は素晴らしい。人から見られたくないので外の洗濯機は使わずバスルームで自分の服を洗い始めた。今日はクローゼットにあったワンピースとワイドパンツを組み合わせて着ていたが肩や肘回りが突っ張り全身が蒸す。廉価品はどうしようもない。不愉快だ。
『ドライ表示だったら……部屋で手洗いした方がいい』
ネットに入れて湯を使えば洗濯機OKのマークが付いていた。
手洗いでいけないことはない。
「……うっっ」
(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い)
垢や汗、その他体から出た汚い物に自分の手が触れている、と思うだけで吐きそうだ。何度もえづきながらワンピースを床に叩き付けた。伝統的な洗濯スタイルだ。
(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい)
申し訳なくて両親には知られたくない。ここにいる人たちに見られるのもごめんだ。自分は洗濯をするように生まれた人間ではない。
だが神様からだけは隠せない。
マントラを唱えながら作業しようとして止めた。
神の科学は清くあれ、それが人間本来の姿だと教えている。
今自分は法を破っている最中だ。マントラを唱えるなど無礼が過ぎる。全部終わったらお詫びを唱えよう。
『襟元は擦り洗いをした方がいいと思う』
洗い上げたと思ったら襟が綺麗になっていない。白い布地がうっすら色づいていて汚い。これまた異様に気持ち悪い。
クリスティーナが言った通り擦り洗いをし直し、終わってシャワーを浴びる間部屋で干そうとベッド脇のライトスタンドの笠の上に掛けようとして、シェードにたまっていた埃がついてしまいまた洗いー掃除をさせていないから部屋も汚れてきたのだと悟ったーと計三回洗った。
念入りにシャワーを浴びて着替え108回マントラを唱え、回数を増やそうかと思ったところで十二時を回っていることに気付き止める。
もう「狼」の時間だ。
防音パネルの外は静まり返っているようにしか聞こえない。
部屋の中も低い空調音と天井扇風機のカラカラという音が響くだけだ。
いつものようにドアにバケツベルの仕掛けをし、内側にスタンドを移動して濡れた服を外に向けて掛けた。自分と同じように清らかさを重んじる「狼」だったら躊躇するだろう。
(人殺しを重ねてきた人間にそんな足止めは無意味か)
アビマニュとファルハを送った時には流れなかった涙が洗濯中頬を伝ったのを思い出し、自嘲する。
人殺しと洗濯、どちらがより非法だろう。
人を殺すことは軍人や警官など必要なら仕事として行う。
クリシュナ・バガヴァーンはクルクシェートラの戦場でアルジュナの馭者として馳せ、敵を殲滅に持ち込んだ。
一方清浄であることは聖典にある基本だ。
よって、やるべきではない人の洗濯の方がアダルマだとラクシュミは結論付けた。
この汚れはどうやったら清められるのか。取り返しはつくのか。
今はもう片方の人殺し、「人狼」の活動時間だ。
ラクシュミは今日連中に文句を付けた。煙たいだろう。
新入り組の中に連中のスパイがいて彼女ーウルヴァシかトーシタか、ディヴィアの置き土産かーが「人狼」か「狼」に影響力を及ぼせたなら、襲撃の確率は高い。
世界の上流階級共通の「ゲーム」などイギリス王室の面々が鑑賞する競馬くらいしか思い付かず比喩に使ったが的外れだった気がして今更落ちこむ。
静かな部屋の中、生と死の境界線が目の前で揺れるように思う。
その上でアビマニュ、クリスティーナ、ジョージといった人々の面影が微笑む。クリスティーナが自分に何か言い募る様ですらもう懐かしい。
浅く胸で繰り返されていた呼吸を深く腹に落とし込む。
まず、「人狼」は銃を持参する。
こちらが力で対抗したらルール違反。
家具や建物を壊して利用したら違反。
部屋の外に逃げ出してもルール違反だ。
ラクシュミにはわずかながら古武術のたしなみがある。
習った古典舞踊の基本の動きが古武術のもので、最初に武術を練習させられるのだ。
その程度で銃に対抗出来るとは思わない。
だいたい今まで「人狼」に襲われて翌朝まで生き延びた人間はひとりもいない。
サラージは一度はゴパルを打ち負かしたようだが、別の「狼」に薬でやられたか、「連中」に暴力での違反を取られて死亡した。
よってー
「人狼 殿」
コピー紙を折った小冊子をベッド横の白いテーブルに置いた。
クリスティーナの話を簡単にまとめ対してのジョージのメモも挟んである。
彼女からアイデアを打ち明けられた人間はもう自分しか残っていない。
人狼が襲撃に来たら冊子を指差し、余裕があれば、
「私を殺した後でこれを読んで」
と託すことに決めた。その横には
「爆弾魔との会話 朝には倉庫に戻す」
との書き付けの下、ミラーワークの布に包んだ筆記会話の布巾がある。
夜中に放置していては出入り出来る「連中」に読まれてしまうと持ち出したものだ。
殺されても遺体と一緒に発見してもらえるようメモを付けた。
生を諦める訳ではない。
この命は今まで繰り返された転生と刈り取ったカルマの結果、現代では世界唯一の聖なる国で神の科学の伝統を重んじる家に生まれ、幼い頃から教えのアムリタを注がれて育った。
食べ物に不自由せず、貧しさに追われず聖典を学び祈る時間を多く取れる、著しく修業にふさわしい生まれを獲得している。
ここまで恵まれた生命を大切にしない理由がない。
アビマニュは先がないと知っていた。
否、今夜から先を断ち切ることに決め、やるべき仕事を全うした。
クリスティーナも自分の仕事をラクシュミたちに託し永遠の破滅へ身を投じた。
ジョージも出来ることをこつこつ積み上げようとしていた。
(私はー)
どのルール違反も気にせず最後までこの命を守り反撃する。
生き延びたい。自分のためだけでなく、この場の人たちのために。
クリスティーナもジョージもファルハもいなくなった今自分は最年長。
「連中」に目立ってしまったならむしろ盾となれる。
全員が助かるようになどクリスティーナのような綺麗事は言えない。少なくてもあと二人ほど、死者は出ると見る。
けれども出来る限り抑えて年下の人たちを守り、帰還の道を探る。
(クリスティーナだったら、そうする)
『愛よりも命が大事』
結果は神様にお預けする。カルマ・ヨギーとして。
ーーーーー
爆弾魔は誰も信じない。
自分の脱出口を閉ざされないように。
周りに足を引っ張られないように、少しだけ浮上して見せた。
バシッ!
「私が!」
ビシャッ!
「こんなことっ!」
バン!
「しなきゃならないのよっ!」
ビッチャン!
水が顔に跳ねた。
「嫌あ」
ラクシュミはバスルームにしゃがんだまま半泣きで叫んだ。
祖父のように洗濯機は駄目で手洗いが理想とは思わない。技術の進歩は素晴らしい。人から見られたくないので外の洗濯機は使わずバスルームで自分の服を洗い始めた。今日はクローゼットにあったワンピースとワイドパンツを組み合わせて着ていたが肩や肘回りが突っ張り全身が蒸す。廉価品はどうしようもない。不愉快だ。
『ドライ表示だったら……部屋で手洗いした方がいい』
ネットに入れて湯を使えば洗濯機OKのマークが付いていた。
手洗いでいけないことはない。
「……うっっ」
(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い)
垢や汗、その他体から出た汚い物に自分の手が触れている、と思うだけで吐きそうだ。何度もえづきながらワンピースを床に叩き付けた。伝統的な洗濯スタイルだ。
(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい)
申し訳なくて両親には知られたくない。ここにいる人たちに見られるのもごめんだ。自分は洗濯をするように生まれた人間ではない。
だが神様からだけは隠せない。
マントラを唱えながら作業しようとして止めた。
神の科学は清くあれ、それが人間本来の姿だと教えている。
今自分は法を破っている最中だ。マントラを唱えるなど無礼が過ぎる。全部終わったらお詫びを唱えよう。
『襟元は擦り洗いをした方がいいと思う』
洗い上げたと思ったら襟が綺麗になっていない。白い布地がうっすら色づいていて汚い。これまた異様に気持ち悪い。
クリスティーナが言った通り擦り洗いをし直し、終わってシャワーを浴びる間部屋で干そうとベッド脇のライトスタンドの笠の上に掛けようとして、シェードにたまっていた埃がついてしまいまた洗いー掃除をさせていないから部屋も汚れてきたのだと悟ったーと計三回洗った。
念入りにシャワーを浴びて着替え108回マントラを唱え、回数を増やそうかと思ったところで十二時を回っていることに気付き止める。
もう「狼」の時間だ。
防音パネルの外は静まり返っているようにしか聞こえない。
部屋の中も低い空調音と天井扇風機のカラカラという音が響くだけだ。
いつものようにドアにバケツベルの仕掛けをし、内側にスタンドを移動して濡れた服を外に向けて掛けた。自分と同じように清らかさを重んじる「狼」だったら躊躇するだろう。
(人殺しを重ねてきた人間にそんな足止めは無意味か)
アビマニュとファルハを送った時には流れなかった涙が洗濯中頬を伝ったのを思い出し、自嘲する。
人殺しと洗濯、どちらがより非法だろう。
人を殺すことは軍人や警官など必要なら仕事として行う。
クリシュナ・バガヴァーンはクルクシェートラの戦場でアルジュナの馭者として馳せ、敵を殲滅に持ち込んだ。
一方清浄であることは聖典にある基本だ。
よって、やるべきではない人の洗濯の方がアダルマだとラクシュミは結論付けた。
この汚れはどうやったら清められるのか。取り返しはつくのか。
今はもう片方の人殺し、「人狼」の活動時間だ。
ラクシュミは今日連中に文句を付けた。煙たいだろう。
新入り組の中に連中のスパイがいて彼女ーウルヴァシかトーシタか、ディヴィアの置き土産かーが「人狼」か「狼」に影響力を及ぼせたなら、襲撃の確率は高い。
世界の上流階級共通の「ゲーム」などイギリス王室の面々が鑑賞する競馬くらいしか思い付かず比喩に使ったが的外れだった気がして今更落ちこむ。
静かな部屋の中、生と死の境界線が目の前で揺れるように思う。
その上でアビマニュ、クリスティーナ、ジョージといった人々の面影が微笑む。クリスティーナが自分に何か言い募る様ですらもう懐かしい。
浅く胸で繰り返されていた呼吸を深く腹に落とし込む。
まず、「人狼」は銃を持参する。
こちらが力で対抗したらルール違反。
家具や建物を壊して利用したら違反。
部屋の外に逃げ出してもルール違反だ。
ラクシュミにはわずかながら古武術のたしなみがある。
習った古典舞踊の基本の動きが古武術のもので、最初に武術を練習させられるのだ。
その程度で銃に対抗出来るとは思わない。
だいたい今まで「人狼」に襲われて翌朝まで生き延びた人間はひとりもいない。
サラージは一度はゴパルを打ち負かしたようだが、別の「狼」に薬でやられたか、「連中」に暴力での違反を取られて死亡した。
よってー
「人狼 殿」
コピー紙を折った小冊子をベッド横の白いテーブルに置いた。
クリスティーナの話を簡単にまとめ対してのジョージのメモも挟んである。
彼女からアイデアを打ち明けられた人間はもう自分しか残っていない。
人狼が襲撃に来たら冊子を指差し、余裕があれば、
「私を殺した後でこれを読んで」
と託すことに決めた。その横には
「爆弾魔との会話 朝には倉庫に戻す」
との書き付けの下、ミラーワークの布に包んだ筆記会話の布巾がある。
夜中に放置していては出入り出来る「連中」に読まれてしまうと持ち出したものだ。
殺されても遺体と一緒に発見してもらえるようメモを付けた。
生を諦める訳ではない。
この命は今まで繰り返された転生と刈り取ったカルマの結果、現代では世界唯一の聖なる国で神の科学の伝統を重んじる家に生まれ、幼い頃から教えのアムリタを注がれて育った。
食べ物に不自由せず、貧しさに追われず聖典を学び祈る時間を多く取れる、著しく修業にふさわしい生まれを獲得している。
ここまで恵まれた生命を大切にしない理由がない。
アビマニュは先がないと知っていた。
否、今夜から先を断ち切ることに決め、やるべき仕事を全うした。
クリスティーナも自分の仕事をラクシュミたちに託し永遠の破滅へ身を投じた。
ジョージも出来ることをこつこつ積み上げようとしていた。
(私はー)
どのルール違反も気にせず最後までこの命を守り反撃する。
生き延びたい。自分のためだけでなく、この場の人たちのために。
クリスティーナもジョージもファルハもいなくなった今自分は最年長。
「連中」に目立ってしまったならむしろ盾となれる。
全員が助かるようになどクリスティーナのような綺麗事は言えない。少なくてもあと二人ほど、死者は出ると見る。
けれども出来る限り抑えて年下の人たちを守り、帰還の道を探る。
(クリスティーナだったら、そうする)
『愛よりも命が大事』
結果は神様にお預けする。カルマ・ヨギーとして。
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爆弾魔は誰も信じない。
自分の脱出口を閉ざされないように。
周りに足を引っ張られないように、少しだけ浮上して見せた。
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