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第9章 生存への闘争(新6日目)
9ー1 限界(新6日目朝)
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「わたしじゃない! わたしじゃないっ!」
暴れ回るレイチェルを止めようとしたマーダヴァンは振り切られ、イムラーンの伸ばした遠慮がちな手は払われて勢い余った彼は三階廊下のパネル壁にぶつかった。
ラクシュミは後ろからがしりとレイチェルの胴に両腕を回し強く固定した。
「離してくださいっっっ! ダルシカに会わせて! ねえ、本当にダルシカはー」
「残念ながらお亡くなりになっているよ」
マーダヴァンは悲しみと同情をたたえた声で言い聞かせる。
「信じないから! ダルシカあっ! わたし昨日は本気じゃなかった! 絶対票は集まらないってわかってたから、ちょっと入れただけだよぉ……」
「お別れの時間は取るから」
少しばかり腕の力を強める。
「あなただけじゃない。私たち『容疑者』全員、現場には近づけない。聞いてる?」
女性唯一の「人狼」容疑者リスト外、アンビカが遺体を改めた。今は男性たちが部屋を調べている。後方では硬い表情のウルヴァシとトーシタが様子を窺う。
動けないと悟ってかレイチェルはだらりと力を抜いた。いきなり重くなる体に閉口しつつ抱え直して支える。
「全部話すから! だから助けて!」
年よりも幼く高い声が廊下に響く。
「……話の中身次第だな」
スンダルが白い手袋を外しながら冷静に告げればレイチェルは涙ぐむ。
と彼女はぐっと顎を上げた。
「それから……ダルシカの仇を取って‼︎」
一転、決然として言った。
ーーーーーー
生花の代わりに、色とりどりの花柄の服に包まれてダルシカは火葬室に送られた。
「……アイシャは髪に花を飾ってもらってた」
「ファルハとクリスティーナが摘んであげたんだ。あの時は庭があったからね」
レイチェルに返したアンビカが自室からジャスミンの白い花が描かれたシャツを持ち出したのをきっかけに、女たちはそれぞれクローゼットから花柄の服を持ち寄った。
「ダルシカは英語だけじゃなくって、数学と物理も凄く得意でお父さんはITエンジニアになれって」
「でもダルシカは文学部に行きたかった。物語が大好きなの」
「クリスティーナさんを尊敬してた。いいなって」
「お父さん凄く恐いからどう言い出していいかわからないって」
かつてダルシカがやった通りに遺髪を取ったレイチェルは聞かせるともなくしゃべり、シーツの上を花の布で飾った。
インドの女なら誰しも羨む美しい黒髪にまがい物の花は確かに哀れだ。
余りにも予想通りに、「プレイヤー」中でも傑出したひとりが奪われた。
悲しみはあるのに何かが限界まで来ているのかラクシュミの心は動かない。
極限まで叩きのめされ、涙を流し続けるレイチェルに軽い嫉妬さえ覚える。
だがこれからを考えれば心が凍っていた方がましだー気を引き締め直す。
「君も手伝って」
男性たちが「火の部屋」へ運び入れる時、イムラーンは声をかけてレイチェルにも肩を支えさせ、最後の送りに参加させた。
「ごめんね。本当にごめん…………」
赤い内扉をロハン、外の青い扉はプラサットが重く閉じる。
ジャイナ教徒は他におらず彼女が信じる道での葬送方法を誰も知らない。
ただそれぞれに祈りを捧げた。
ーーーーー
七時ぎりぎりに葬送を済ませてから一度沐浴して台所に立った。
ずっと隣に立っていたダルシカの不在が今頃になってラクシュミの胸を締め付ける。料理どころではないレイチェルは早々食堂に座らせた。ウルヴァシだけがこまめに動いて手早くダルを仕上げる、と。
からからん!
「あ、痛っ」
床に座り込む。手を止めずどうしたのか尋ねるとスパイスボックスーといっても丸いステンレス容器だーのチリを腕に落とし、その手で目元を触ってしまったという。洗ってくるように勧めたウルヴァシが自室へ戻り、ラクシュミはひとり淡々と火の神への捧げ物ー調理を続けた。
(とは言え……)
レトルト湯煎は神への供物に入るのだろうか。一瞬真面目に考えてしまった。
料理開始は遅れ、食材も心許ない。ノンベジ食堂に習って今朝からはこちらでもレトルトカレーを温めた。それでも皿に盛り付けるところまで台所で行い、合うスパイスがあれば上に散らして仕上げる。
非常事態であり、心をこめて出すなら許してもらえるのではないか。
(この捧げ物によりカーリー女神が甦りますように)
人間は生き返らない。だがそこに籠もった女神は決して滅びない。
小さく手を頭を下げてから食堂に出て、
「ベジベレバス、プラサット。ミックスベジタブル、マーダヴァン」
注文を確かめながら皿を配り、テーブルの様子を眺め渡す。
皆伏せがちで会話もほとんどない。
「レイチェル」
ウルヴァシが仕上げたものに塩とガラムマサラを加えたダルをよそってやる。彼女が右手をチャパティに動かしたのを見、ロハンにもダルを配ってから台所に戻る。
(神様、皆限界です)
十時から、広間でレイチェルは語り出した。
暴れ回るレイチェルを止めようとしたマーダヴァンは振り切られ、イムラーンの伸ばした遠慮がちな手は払われて勢い余った彼は三階廊下のパネル壁にぶつかった。
ラクシュミは後ろからがしりとレイチェルの胴に両腕を回し強く固定した。
「離してくださいっっっ! ダルシカに会わせて! ねえ、本当にダルシカはー」
「残念ながらお亡くなりになっているよ」
マーダヴァンは悲しみと同情をたたえた声で言い聞かせる。
「信じないから! ダルシカあっ! わたし昨日は本気じゃなかった! 絶対票は集まらないってわかってたから、ちょっと入れただけだよぉ……」
「お別れの時間は取るから」
少しばかり腕の力を強める。
「あなただけじゃない。私たち『容疑者』全員、現場には近づけない。聞いてる?」
女性唯一の「人狼」容疑者リスト外、アンビカが遺体を改めた。今は男性たちが部屋を調べている。後方では硬い表情のウルヴァシとトーシタが様子を窺う。
動けないと悟ってかレイチェルはだらりと力を抜いた。いきなり重くなる体に閉口しつつ抱え直して支える。
「全部話すから! だから助けて!」
年よりも幼く高い声が廊下に響く。
「……話の中身次第だな」
スンダルが白い手袋を外しながら冷静に告げればレイチェルは涙ぐむ。
と彼女はぐっと顎を上げた。
「それから……ダルシカの仇を取って‼︎」
一転、決然として言った。
ーーーーーー
生花の代わりに、色とりどりの花柄の服に包まれてダルシカは火葬室に送られた。
「……アイシャは髪に花を飾ってもらってた」
「ファルハとクリスティーナが摘んであげたんだ。あの時は庭があったからね」
レイチェルに返したアンビカが自室からジャスミンの白い花が描かれたシャツを持ち出したのをきっかけに、女たちはそれぞれクローゼットから花柄の服を持ち寄った。
「ダルシカは英語だけじゃなくって、数学と物理も凄く得意でお父さんはITエンジニアになれって」
「でもダルシカは文学部に行きたかった。物語が大好きなの」
「クリスティーナさんを尊敬してた。いいなって」
「お父さん凄く恐いからどう言い出していいかわからないって」
かつてダルシカがやった通りに遺髪を取ったレイチェルは聞かせるともなくしゃべり、シーツの上を花の布で飾った。
インドの女なら誰しも羨む美しい黒髪にまがい物の花は確かに哀れだ。
余りにも予想通りに、「プレイヤー」中でも傑出したひとりが奪われた。
悲しみはあるのに何かが限界まで来ているのかラクシュミの心は動かない。
極限まで叩きのめされ、涙を流し続けるレイチェルに軽い嫉妬さえ覚える。
だがこれからを考えれば心が凍っていた方がましだー気を引き締め直す。
「君も手伝って」
男性たちが「火の部屋」へ運び入れる時、イムラーンは声をかけてレイチェルにも肩を支えさせ、最後の送りに参加させた。
「ごめんね。本当にごめん…………」
赤い内扉をロハン、外の青い扉はプラサットが重く閉じる。
ジャイナ教徒は他におらず彼女が信じる道での葬送方法を誰も知らない。
ただそれぞれに祈りを捧げた。
ーーーーー
七時ぎりぎりに葬送を済ませてから一度沐浴して台所に立った。
ずっと隣に立っていたダルシカの不在が今頃になってラクシュミの胸を締め付ける。料理どころではないレイチェルは早々食堂に座らせた。ウルヴァシだけがこまめに動いて手早くダルを仕上げる、と。
からからん!
「あ、痛っ」
床に座り込む。手を止めずどうしたのか尋ねるとスパイスボックスーといっても丸いステンレス容器だーのチリを腕に落とし、その手で目元を触ってしまったという。洗ってくるように勧めたウルヴァシが自室へ戻り、ラクシュミはひとり淡々と火の神への捧げ物ー調理を続けた。
(とは言え……)
レトルト湯煎は神への供物に入るのだろうか。一瞬真面目に考えてしまった。
料理開始は遅れ、食材も心許ない。ノンベジ食堂に習って今朝からはこちらでもレトルトカレーを温めた。それでも皿に盛り付けるところまで台所で行い、合うスパイスがあれば上に散らして仕上げる。
非常事態であり、心をこめて出すなら許してもらえるのではないか。
(この捧げ物によりカーリー女神が甦りますように)
人間は生き返らない。だがそこに籠もった女神は決して滅びない。
小さく手を頭を下げてから食堂に出て、
「ベジベレバス、プラサット。ミックスベジタブル、マーダヴァン」
注文を確かめながら皿を配り、テーブルの様子を眺め渡す。
皆伏せがちで会話もほとんどない。
「レイチェル」
ウルヴァシが仕上げたものに塩とガラムマサラを加えたダルをよそってやる。彼女が右手をチャパティに動かしたのを見、ロハンにもダルを配ってから台所に戻る。
(神様、皆限界です)
十時から、広間でレイチェルは語り出した。
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