リアル人狼ゲーム in India

大友有無那

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第9章 生存への闘争(新6日目)

9ー5 獅子の群れ(新6日目夜)

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「ロハン手伝えっ!」
「俺に掃除道具を触れっていうのか」
「だったら俺のケツを押せ!」
 叫ぶなりスンダルは咳き込む。這う姿勢から掃除機のパイプを当てて踏み台を押す顔は真っ赤で、額には汗、小刻みに震える腕からも最大限の力の振り絞りがわかる。
 台からパイプがずれないようイムラーンが押さえ、マーダヴァンとプラサットも腕を伸ばして合力するが台の戻る力もかなりのようで、
「痛えっ」
「ぐっ!」
 最早ウルヴァシは吊られていない。
 左足先で体を支え振り回した右足でプラサットとイムラーンが頭を蹴られる。その瞬間イムラーンの腕がパイプの先から外れ、
「うぐわっ!」
 パイプそのものが力余って横に外れスンダルがすっころがる。
 元の位置に戻った台に両足がしっかりと着いた、ものの踏み台そのものに取り付いたロハンが、
「はあああああっ!」
 両手で押せば台はゆるりと奥に動き、青い靴の足はダンスでも踊るようにつま先、かかとと動きながら支えを求める。マーダヴァンにイムラーン、プラサットと皆場所を探し力の限り踏み台を奥へ押し出す。

「あ!」
 パイプを投げ捨て台に戻ろうとしたスンダルが立ったまま部屋の奥に視線を止める。
 暑い風が通り抜けた。
 いつの間にか風の部屋奥の扉が開いていた。
 足元までの丈の短い草が見える。久しぶりの外界だ。
 闇の中に動く小さな光が二つ、それぞれ男が手にライトを持っている。

「ダルシカを返せーーーーーーーーっっ!!」

 レイチェルがひゅっと伸ばした腕の先で小銃を男たちに向けた。
 Tシャツの下、腰のベルトかポケット辺りに忍ばせていたのだろう。
 チェックのシャツの男たちの驚愕は薄明かりでもわかる。

「イムラーン代わって! 彼の方が確実!」
 ラクシュミの指示に台の前からざっと身を起こし、
「貸して」
 手を出した彼に無言で小さな銃を手渡す。空いたスペースにスンダルが走り込み手を添えて台を押す。
 小銃を素早く点検するイムラーンにラクシュミが耳打ちする。頷くと片腕を風の部屋の壁に固定、両手で銃を握り、肩幅に開いた足でしかと床を踏むと、

 ドン、ドン!
 
 男たちの足元、手前の床に銃弾は落ちた。彼らは手を振りつつ先を争い逃げて行く。
「私が指示した。当てていたら武装連中がすぐ入り込んで来る」
 強ばるレイチェルにラクシュミは耳の後ろから言い聞かせる。

「少なくとも君の復讐は済んだよ」
 マーダヴァンが立ち上がった。
「こうなったらもう戻らない」
 いつも通りの静かな声だ。
 
 ウルヴァシの足はもう地を探ることはなく、腕は縄を握るのはおろか動きひとつなく垂れ下がったままだ。首の異様な形状、開いた口、漂う薄い排泄物の臭いも全て彼女が死の世界へ不可逆の旅に向かったことを示していた。

 レイチェルはぼうぜんと歩み寄り、縄をきしませる体を見上げた。
 復讐ものの映画で全てを終えた後の主人公の表情はこういう気持ちだったのかー
 こいつが死んでもダルシカは戻って来ない。
 脱力感と空虚さの中、怒りだけは泡のようにぽこぽこ浮かんでは消えまた沸騰する。
 扉横の柱を軽く蹴って一言。
「I don't like violence」

「心配しなくても、暴力の方も君を好きではないと思うよ」
 小銃を返しながらイムラーンが微笑む。元ネタがバレた、と受け取りつつ肩をすくめる。少し遠くでトーシタも小さく笑っていた。カンナダ語ネイティブ、ではなくてもカルナータカ州から来たのならわかって当然か。
 「人狼」だとバレてから目も合わせなかったトーシタが初めて自分に微笑んでくれた。それだけは良かった。


「ここは指揮官が合図を」
「はあ?」 
 眉をひそめるラクシュミの隣に立ち、
「じゃあ副官のオレが。『ミッション獅子シン、発動』」
 全員を見渡し、必要以上に響かない抑えた声でスンダルは宣言した。

 立ち上がった男たちも立ち尽くしていた女たちも無言でそれぞれ歩き去る。
「トーシタ」
 ひとり戸惑いを隠せずきょろきょろする彼女にアンビカが声をかけ、イムラーンは布巾の束を前にテーブル横で手を振った。


 一度だけラクシュミは「風の部屋」を振り返った。
 流れ込む熱い風に重く揺れる魂の抜け殻を見る。
(スパイが見ているところで本当の計画なんてすると思う?)


 広間から人の姿が消えて間もなく、大音響が響いた。

ーーーーー
 凄まじい苦痛に抗うのが精一杯。
 体に戻ることのない変化が加わっていくことを感じとる。ひとつ、またひとつ、懸命に握り込んでいた自分が剥がれて拡散する。

 苦しみもがく自分の姿は「顧客」たちにそれはもう好評だろうー

 チャンドリカの意識に浮かんだ最後のアイデアだった。


 
 
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